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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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73 血砂の戦いⅡ

「これでもう半数にはなったかな、余計に勝てる見込みがなくなってしまったようだな、どうする? おとなしく女共を返すかね」

「……」

 もう勝てるどころか逃げられそうにもない状況で、答える力も無くなりそうになっていたら、後ろからマルティアーゼが馬に乗ってやって来た。

「トム」

「マールさん、何故出てきたんですか? 危険です、早く皆の所に」

「皆はもう戦える状態ではなかったから逃げるように云ってきたわ、農場には誰もいない、私達だけになってしまったわ」

「では、皆と何故逃げなかったのですか、此処にいても……」

「そんなこと出来るわけがないでしょう、変なことを言う人ね、ふふっ」

「姫様……」

「ほう……上等な娘がいるではないか、そなたならいい稼ぎが出来そうだ、女共よりそなた一人を差し出せば良しとしてもよいがどうだ?」

 ゾーディア男爵はぺろりと舌を出して、マルティアーゼを値踏みするような目つきで言ってくる。

「貴方があの町を仕切ってる貴族ね、生憎私はそのような事に身を捧げるつもりはないから、国を守る貴族が民を物扱いするなんて許せないわ」

「ふはは、顔に似合わず気の強い女だな……嫌いではないが、だが今の状況を理解出来ているのかね」

「そうねぇ、大変……かしら?」

 マルティアーゼが周りの兵士達を見て云った。

「大変?」

 ゾーディア男爵が何を言ってるのだと聞き返すと、

「先生!」

 またも後ろから声が聞こえてきて、マルティアーゼとトムが振り返るとアーリが二人の元に走ってくるのが見えた。

「アーリ! 何をしに戻ってきた、皆はどうした? 何故メラルドに行かない」

 トムが怒鳴った。

「いえ、皆にはメラルドに行くように伝えました、先生やマールさんだけを残してなんて行けませんよ、私も戦います」

 アーリは剣を抜いて言う。

「なんてことだ……、二人とも命を粗末にしすぎだ」

 マルティアーゼは兎も角、アーリまでも逃げなかったことにトムは落胆した。

 最悪、逃げるだけなら一人のほうが確率はあったが、二人も残ってしまっては絶望的だった。

 一人が三人になっても戦況が変わるわけでもなく、より一層絶望が濃くなるだけだった。

「これではもう戦うしか残されていないようね、三人で三百を相手って……、味方もいない、ただもう生きるか死ぬかの瀬戸際なのね……何だかゾクゾクするわ、ふふっ」

 マルティアーゼは薄い笑みをこぼした。

「……マールさん?」

 トムはマルティアーゼを見てどきりとした。

 マルティアーゼの目の色が太陽に反射して光っているのかと思ったが、そうではなく普段は青い瞳が金色に変わっていくのに驚く。

 すると、農場から逃げ出していく馬車の一団を見たゾーディア男爵が、兵達に追撃の指示を出す。

「女共を逃したか……、追え、逃がすな捕まえろ! 男どもは殺しても構わん」

 ゾーディア男爵が命令を下す。

「くそっ!」

 トムとアーリのどちらが言ったのか、二人は剣を構えて向かってくる敵兵に身構えた。

 一斉に動き出した三百の兵が怒涛のごとく地鳴りを轟かせて三人に迫ってくる。

 今やもう、この荒野で信頼出来るものは己の腕のみで、生き残るためには全身全霊でもって立ち向かうしかなかった。

(少しでも多くの敵を倒すことだけだ)

「来いっ!」

 トムは気合を入れるが、突然、荒野の真ん中で爆発が起きる。

 飛んできた火球は敵兵の進路を防ぐように地面に落ちて、大量の砂と炎を巻き上げた。

 地面には大きな穴が空き、その中に何人もの兵士達が体から煙を吐いて倒れていた。

 トムは瞬間、振り向いた。

 マルティアーゼはまるで楽しく遊んでいるかの如く笑みを浮かべながら、幾つもの火球をとめどなく投げつける彼女を見たトムは、ぞっとした恐ろしさを感じた。

 普段の彼女とは到底思えぬアルカイックな表情で、その瞳の奥から冷徹とも思える無機質な眼光を相手に向けている。

 死をも遊びのように、倒れていく敵兵に哀れみの感情すら浮かべない容赦のない攻撃を繰り出していた。

 幾つもの火球は三百の兵に恐怖を与え、兵達の恐怖に引きつった顔がマルティアーゼに恍惚とした笑みを与えていた。

(どうしたというのだ……、こんな姫様は初めてだ……)

 心酔という言葉がトムの脳裏に浮かんでくる。

 周りが見えず、自分の世界に没頭し、倫理や常識にとらわれない子供のように、目の前の玩具を無慈悲に壊しているように見えた。

 そのお蔭で一時的にでも敵の進行を食い止め、兵達は届かない場所まで後退していく。

「うああ……」

 ごくりとアーリが喉を鳴らしながらマルティアーゼを見ていた。

 アーリは巨大な火の玉がマルティアーゼの手から飛んでいくのを目前で眺めながら、次々と敵兵を倒していく様子に驚嘆した。

 しかし、トムには違う思いが浮かんでいだ。

(これは……明らかに今までの魔法とは違う……)

 トムは魔導に関して知識は薄かったが、今まで見てきたマルティアーゼの魔法とは、格段に威力も質も違うように思えた。

「魔道士だったのか……」

 ゾーディア男爵の口から憎々しい声が漏れる。

 味方の兵が次々と倒れていき、前線が徐々に後退してくると、

「ゾーディア卿ここは危険です、おさがり下さい」

 と、側近は声をかけるが、

「退くな! 相手はたった三人だぞ、何を言っておる」

 言葉に耳を貸さずに号令を出すゾーディア男爵の近くに、火球が落ちて熱風が降りかかる。

「ぐあっ、熱い!」

「卿! 卿を後方に連れて行け」

 側近達がゾーディア男爵を守るように取り囲んで退いていく。

「何をしておる、さっさと進まぬか」

 側近の一人は馬を駆けて前線の兵達の背中を押そうと、単身でマルティアーゼ達に向かってきた。

 それに付き従うように兵達も足を前に出し始める。

「アーリ、マールさんの護衛を頼むぞ、決して敵を近づけさせるな」

「先生、何処へ……」

 トムは向かって来る側近に立ち向う為に馬の腹を蹴る。

「はっ!」

 荒野の真ん中で二騎の男達がぶつかりあう。

 お互い剣を掲げ相手に繰り出していった。

 陽光を反射させて煌めく剣が交差すると、すれ違いざまに馬を反転させて剣を交差させる。

 キラキラ光る何合もの打ち合いの結果は、トムが相手の胸を切り裂く事で勝負が着いた。

「ぎゃああ」

 トムは主を失った馬の手綱を掴むとマルティアーゼ達の元に戻り、アーリに馬を手渡した。

「馬を使え」

 そう云って、トムはまた敵陣へと向かっていった。

 手綱を受け取ったアーリは馬に乗ってマルティアーゼの近くに寄っていくと、

「凄いですね、マールさんの魔法は……」

 しかし、その声はマルティアーゼに届いた様子もなく、目を輝かせながら夢中で詠唱を唱えていた。

 爆発と熱風が入り混じる中、トムは敵兵に突っ込んでいくと、手当たり次第目に入った敵に切り掛かって、なんとか足を止め進行を遅らせようと奮闘する。

「あなた達は一体誰なんだ……」

 たった二人で三百の相手をしているのを呆然と見ていたアーリの口から、知らずのうちに言葉が漏れていた。

「押さぬか、ええい何をしておる」

 先程までの余裕の表情は消え、苛立ちがゾーディア男爵の顔に出ていた。

 魔法をすり抜けてきた敵兵がマルティアーゼ達へと襲いかかる。

「マールさんに近づけさせないぞ」

 アーリが前に出て応戦する。

 習った剣で馬上から攻撃し、一人二人と馬の足を利用して切り倒していく。

 しかしアーリだけでは大勢の敵の勢いも止められず、通り抜けた兵達は魔法を使うマルティアーゼを止めようと、勢いを付けて向かっていった。

 トムの周りに火球を飛ばしていたマルティアーゼは、自分に迫る敵に顔を向けただけで、驚きもせずじっと敵兵の数と位置を確認した。

 焦る様子もなく、片方の手の平を敵兵に向けただけでことは終わっていた。

 手の平から生成された無数の光の矢が、向かってくる敵兵の体に容赦なく突き抜けていき、バタバタと串刺しにして屠っていった。

「アーリ戻れ、離れすぎだ」

 戦いに夢中になっていたアーリはいつの間にか敵陣深く入り込んでいて、それに気づいたトムが叫ぶ。

 トムは馬を走らせアーリの元へ駆けつけると、

「周りをもっとよく見ろ、逃げる敵は放っておけ、守る所に向かってくる敵にだけ集中しろ、行けっ」

 と叱咤した。

「はい」

 マルティアーゼだけ一人ぽつんと離れていたが、もしかするとこの場で一番安全な立ち位置だったかもしれなかった。

 敵兵はマルティアーゼに近寄ることも出来ず、行けば死ぬという本能が足をすくませていて、無意識にトムやアーリを殺るほうが楽だと感じていた。

 太陽は全身を現し地表を照らして、じわじわと大地にいる生き物の体温を上げていく。

 地面からは夜のうちに貯めた水分が立ち昇って、陽炎のように見る者の視界を揺らしていた。

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