72
「どうして彼らが……、守りを固めているのじゃなかったの」
農場から見ていたマルティアーゼもグレン達が出て行った事に驚いていた。
トムからは守るようにと言われていたのに、何を思ったのか剣を振り上げ大声を上げながら敵に向かって行ったのである。
グレン達が敵兵の前まで突進していくと、いきなりグレンが敵の目の前で剣を投げ捨てると、手を挙げて降伏の意思表示をした。
付いてきた男達は、どうしたんだと言わんばかりに足を止めた。
「おい、何してるんだ……何故止まる」
そこに百人程の敵兵がこちらを取り囲むように一気に迫ってきた。
「うわあっ」
「ひいぃ」
「グレン、騙したのか!」
「逃げろ!」
男達は農場へと引き返そうとするのを、敵兵が飲み込んでいく。
捕まる者や応戦する者もいたが、一瞬にして敵兵の中に消えていった。
なんとか逃げようとする者も敵兵に迫られ、農場まで逃げ切れそうになく、男達はもう駄目かと思った刹那。
カキンッ、金属音と共に敵兵の悲鳴が背中から聞こえてきた。
「行け! アーリに直ぐに出るように伝えてくれ」
捕まえようとする兵士達と逃げる仲間達の間に割って入ってきたトムが、馬上から敵を次々と切り伏せていた。
「はっ!」
掛け声と共に手綱を引きながら、巧みに馬で敵兵の進行を妨げていく。
取り囲もうとする敵兵の動きを見ながら右に左に馬を駆けさせて、包囲から抜けながら敵兵を切りつけて、仲間が農場に戻るまでの時間を稼いでいく。
たった一騎で百の敵兵の進行を止めているのを見たゾーディア男爵は、側近に何かを伝えると兵を退かせた。
「なかなかの腕前ではないか、だが一人で我が兵全員の相手に出来ぬだろう」
ゾーディア男爵の側にグレンが連れてこられた。
「へへっ、約束通り場所は合ってたでしょう、それに人数も減らしておきました」
「ご苦労」
グレンはにたりと笑って、ゾーディア男爵に報告した。
「グレン……貴様だったのか!」
トムが叫ぶ。
「悪いな、あんたのとこにいれば金が貰えると思ったら、一銀も貰えないまま終わりそうだったんでこっちに付くことにしたよ」
「馬鹿な……国のしている事に反対していたんじゃないのか! 俺達はお金のために動いてたのではないぞ」
「ああ、反対してたよ、けど集まったのはたった五十人だ、そんな数でこの国がしている事をどうしろって云うんだ、どんなに足掻いてもそんなに簡単には国は変わらねえさ、金もねえのに俺はあんた達とお尋ね者に成りたくはないんでね、こっちに付けば報酬も貰えて、襲撃の件も不問にしてくれるっていうんだ、どう考えてもこっちのほうが得策だろう」
グレンがはははっと笑った。
「ふむ、そなたの言う通り、一国を変えるのに五十では少なすぎるな、逆に言えばたった五十を始末すれば良いということ、だな」
「?」
グレンがゾーディア男爵に振り向こうとしたが、衝撃が体を貫き、自分の胸に飛び出てきた剣先を見つめた。
「銀の報酬だ」
剣先から流れ落ちる自分の血が地面に吸い込まれて赤く染まっていくのを、驚愕の表情をして近づく死を眺めながらグレンは崩れ落ちていった。
「…………」
トムはただじっと見ていた。
裏切ったグレンも許せなかったが、やはり元から約束など守るつもりはなかったゾーディア男爵に対して、鋭い眼光でもって睨みつけていた。
敵兵に捕まった仲間達は全員荒野で死体となって転がり、なんとか助かって農場へと戻ることが出来た仲間は、震える声でアーリに逃げるようにとトムの言葉を伝えた。
農場から見ていたマルティアーゼ達の間にも動揺が起きる。
一瞬で仲間の半数が殺されたのを見て戦意が失くなり、アーリ達と逃げたほうが良いのはないかと声が誰かから挙がった。
動揺は伝播して、直ぐにでも逃げ出したい気持ちと、この場にいなくてはいけないのかと仲間と目を交わし、どうすれば良いのか不安でそわそわし始めていく。
(このままではいけないわ……)
もういつ誰かの一声で堰を切ったように恐慌に陥るかと、マルティアーゼはヒヤヒヤしながら沈黙を保って見守ったが、青ざめた顔をした皆を見ていて、これ以上此処にいても戦うことも出来ないだろうと、マルティアーゼは皆に言葉をかけた。
「皆さんはアーリさん達と逃げて下さい」
「……い、いいのか? 君はどうするんだい?」
「私は残るわ、そうしないとトムが危ないもの」
「しかし、君一人残った所で……」
「私一人生き残った所で仕方がないの、トムを見殺しにする訳にはいかないから」
にこりとマルティアーゼが笑った。
この場に居た男達はマルティアーゼを見て、こんなか弱そうな女の子が残るというのに、自分達は逃げ出したい気持ちだったことに情けない思いはしていたが、どうあがいても此処に居ては待っているのは「死」しか思い浮かばず、
「済まない、俺はせっかく会えた彼女と離れたくはないんだ……」
「俺も妹を取り戻せたのに、今死ぬわけにはいかない」
「俺も」
「俺もだ……」
男達から口々に、長い間探し求めていた家族や恋人との別れを惜しむ言葉が出て来た。
それがどれだけ自分達より若いマルティアーゼに対して情けない発言だと分かってはいても、どうすることも出来ない気持ちの表れであった。
「気にしないで、別に恨んでもいないし、折角愛しい人との再会が出来たんですもの、皆さんの気持ちは分かるわ、もう行って頂戴、早くしないと逃げられなくなるわ」
マルティアーゼの言葉に涙する男達。
別れ際まで謝りながら出発しようとするアーリの元へと走っていった。




