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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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71 血砂の戦いⅠ

 太陽が昇る準備をしようとしている夜明け前、農場が一気に騒がしくなった。

 マルティアーゼ達は扉を叩く音で、深い眠りから意識を引っ張られたように眠りから覚めた。

「何だ!」

 飛び起きたトムは起きるや否や、枕元に置いてあった剣に自然と手を掛けて叫んだ。

「直ぐ来てくれ大変だ」

 扉の向こうから仲間の声が聞こえてくる。

 マルティアーゼも飛び起きると腰にワンドを差し込み、秘薬袋を括り付けてトムと一緒に部屋から出て行った。

 農場の外では既に数人の男達が農場の外に指を差しながら、何やら話し込んでいるのが見えた。

「どうした?」

 まだ外は薄暗く青白い空と暗い足元の中、松明を持った男達に近づいて聞いてみた。

「どうもこうもあれを見てくれ、誰かがこっちにやって来るんだ」

「……何処に?」

 遠く首都ラーマの町並みが黒い影となって写し出している以外、何も見えない。

 トムは眠い目をこすりながら、視界の隅々に目を凝らしていくと、建物の影とは違う別の黒い影がゆらゆらと動いているのが分かった。

 それも一つや二つではない、まるで地平線一杯に何かが蠢いているようにさわさわと動いているのであった。

「なんだ……あれは」

「人だよ、ありゃあ沢山の人がこっちに向かって来てるんだ」

「人……、誰がこんな朝早くに来ることが……、いかん直ぐ火を消せ!」

 トムは男達の松明を地面に振り落として火を消した。

「え……、何するんだ、これじゃ何も見えないぞ」

 松明を持っていた男が文句を言った。

「すぐ戦いの用意を、アーリ、アーリはいるか!」

 トムはそんなことよりも重大な出来事が起きると感じ取っていた。

 状況を考えれば追われる身である自分達の他に、今この農場に誰かが来ることは考えられなかった。

 来るとすれば……、国の兵士またはミレーンの町の者ぐらいで、それもあれほど大勢なら尚更その可能性が高いのが理解出来た。

 もし全く関係のない者だとすればそれで良し、間近まで来てからそれが敵だと分かってからでは手遅れになる、今置かれている立場を鑑みて準備をしておくことに損はなかったのだ。

「農場の周辺を警戒しろ、相手が確認出来る位置までは手を出すな、皆を起こせ、逃げる準備も怠るな」

 暗闇の中、トムの指示により男達が一斉に走り出して農場が急に騒がしくなる。

「先生!」

 走ってきたアーリがトムの元にやって来た。

「アーリ、何かあれば直ぐに女性や年寄りと一緒にメラルドに行け」

「えっ……、どうしてですか私も残りますよ」

「駄目だ、此処にいる者は皆、お前の声で集まった人達だ、まとめる者が居なくなればメラルドで路頭に迷うことになる」

「そんな……私も先生と戦いますよ、その為に剣を覚えたのですから」

 アーリは食い下がろうとはせず、どうにかして残ろうと必死に懇願した。

 すると後ろから、

「おいっ、兵隊だ! 沢山の兵隊が来やがったぞ、どうする!」

 やって来る人を見ていた仲間が慌てた様子で伝えに来た。

「何人だ?」

「わかんねえ、そら恐ろしい程の兵隊がいやがるんだ」

 農場の手前でずらりと並んだ兵士たちが、明けてくる太陽の光を背にして整列していた。

 トムの予感は悪い方へと的中する。

 何故此処にミレーンを襲撃した者がいる事が分かったのか定かではなかったが、女性や老人を守りながらの抵抗など出来るわけもなく、早く決断する必要が出てきた。

 トムはアーリを見て言う。

「死ぬために戦うんじゃない、生き残るための戦いだ、俺は旅人だ、お前達に剣は教えられても生きていく道筋は教えられない、お前にはまだこの先生きるという戦いがあるんだ、皆を導いてやるのはお前なんだ」

「そうよ、命は大事に、皆でメラルドで会いましょう」

 マルティアーゼは笑顔をアーリに向けてこう言った。

「マールさん、貴方も此処に居ては危険ですよ」

「あら、私は残るわよ」

 まるで心外ね、と言うようなのんびりとした言い方だった。

「マールさんは一度言ったら聞かないんだ、好きにさせてあげてくれ」

「マールさんまで……」

「早く準備を……、合図を送ったら振り返らずメラルドを目指すんだぞ」

 それだけ云うとトムとマルティアーゼは立ち去っていく、残されたアーリは顔を引き攣らせながらも倉庫へと足を向けて走って行った。

「二百……三百はいるか……」

「皆、手に武器を持ってるわね、あの中央にいる人が指揮官かしら」

 トムとマルティアーゼは農場の建物の影からそっと覗き込みながら、相手の数を計った。

 白々と明けてくる地平線が青から白へと光りが広がっていく。

 それに照らされた地上には長い影を沢山作り出しているのが、農場から見渡すことが出来た。

 馬に乗った人物が数騎、その中の一際派手なマントをなびかせている男が、この大群の指導者らしかった。

「ありゃあゾーディア男爵だ……そうだ間違いない、前に見たことがある」

 仲間の一人が答えた。

「……あれがそうなのか」

 遠目で細かい顔の表情までは分からなかったが、蓄えた長い髭だけは遠くからでもよく見えた。

「どうするんだトム、あんな数、俺達だけで防ぎきれねえぞ」

「ううむ……」

 手勢は五十で、女性達を逃がすためにも人を割かなければいけない、残った人数でまともな戦いなど出来るのかと、トムは必死に最善の策を練っていた。

 相手がこれほどの数で来るなどとは想像もしておらず、しかも来るのが早すぎると思わざるを得なかった。

(内通者……)

 といってもトムは最近出会ったばかりの男達の素性など、知らない者ばかりである、誰かがここに町から連れ出した女性を匿っていることを告げたのでなければ、これ程的確に大勢で来れるはずもなく、一体誰が密告したことなのかさえ見当がつかなかった。

 ぎりっ……、歯ぎしりがトムの今の感情の表れであった。

 此処に来て素人集団の悪さが出たことに悔やんだが、それに思いを寄せている暇はなく、ちらりと隣のマルティアーゼに視線を移す。

(姫様だけは……)

 何とかしなければ、そう思いトムの出した答えは、

「俺が一人で会ってこよう、相手の出方を考えても仕方がない、一斉に来られたら終わりだ、もし相手が動いたらアーリにメラルドへすぐに出発しろと伝えてくれ」

「大丈夫なの?」

 マルティアーゼがそっと聞いた。

「心配しないで下さい、時間を稼ぐぐらいは出来ますよ、皆も女性達が逃げるだけの時間稼ぎのために戦って欲しい、必ず二人一組で相手にするように、グレン、男達を半分連れて左側を守ってくれ」

「あいよ」

 トムは馬に跳び乗ると、一騎で農場から出ていく。

 朝日に照らされた荒野で三百の兵と対峙すると、

「何用だ!」

 トムは大声で叫んだ。

 すると、ゾーディア男爵と数騎の男達が、トムと対話出来る距離まで歩み寄ってくる。

「此処に何しに来た?」

「言わなくとも分かっておるだろう、我が町を燃やし、あまつさえ商売道具まで連れ去られたのだ、何しに来たかは言わずもがな、さぁ女共を返してもらおうか」

 威風堂々としたゾーディア男爵がトムに向かって答えた。

 細面の切れ長な目、長い口髭と顎髭が凛々しく引き締まった感じを醸し出している男だった。

 代わりに厳しく冷徹にも見え、言葉からも威厳が伝わってくる。

「あの女性達はあんた達が町から誘拐した女性達だ、それを取り戻したまでで返す理由など無い」

 トムは反論した。

(いかにも貴族然としている男だな)

 すると、ゾーディア男爵が致し方ないとばかりにこう告げた。

「お前達が襲った宿にはこのムングロの貴族や大臣の息子もおられたのだ、これはれっきとした国家の反乱、逆賊として成敗してもこちらには落ち度はないのだが、こうして穏やかに事を荒立てずにこちらの要求を飲めば、此処だけの問題で済ませて命だけは助けてやろうと言うのだが?」

「事を荒立てられて困るのはあんたの方ではないのか、誘拐した女性で金儲けをしてるのが国民に知られるのが怖いだけだろう、だがもう遅いあんたの素顔は少しづつ国民に知れ渡ってきてる、国が動かないといけなくなるのも時間の問題だろう」

 ゾーディア男爵の頬がピクリと動いた、この男はどこまでのことを知っているのだと、トムの目をじっと見て見極めようとした。

「良いだろう、あくまでこちらの要求に従わないというのなら、従わざるをえないようにしてやろう」

 さっとゾーディア男爵が片手を挙げる。

 トムは敵兵が動くのかと身構えた、しかし兵士達に動く気配がなく、事が動いたのは農場からだった。

 農場の左側を守っていたはずのグレン達がいきなり飛び出して来たのだ。

 大声を上げながら敵兵に向かって突進していく。

「な……何を……してるんだ、誰が向かって行けと言った……」

 トムは驚きで声が出なかった。

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