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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 祭りが始まるのは夕刻からで、それまでに稽古や勉強を済ませないといけなかった。

 ドレスを普段着に着替え直して稽古に向かう。

「今日ぐらいは稽古や勉強を休ませて貰いたかったわね」

 愚痴をこぼしながら部屋を後にしていく。

 祭り場には続々と人々が集まり始めて来て、出店は大忙しで止めどなく客が押し寄せてきて始まる前から大繁盛であった。

 この祭りが終わるまでは出店や飲み屋、食事処といった店以外は全て休んで祭りに参加してくる、予想では三万人がこの広場に集まってくると思われる。

 警備の方も大変で大公国全ての兵を出動させても一万もいない、城の警備や国の警備、マルティアーゼなど王族、貴族の護衛などを引くと半分ぐらいの兵士でこの祭りの間、治安を守っていかなければならない。

 特にマルティアーゼなど国民に対して人気のある人物には人が押し寄せてくるのは明白で、どのように祭りを見学させるかは何日も前から協議されてきた。

 日々の日課を終わらせて自室で一息を入れたマルティアーゼが、街から聞こえてくる喧騒を窓から眺めながらフランに話しかけた。

「収穫祭はもう始まってるのかしら」

「もうじき始まるみたいですが、街の人達は祭りが始まるのを待っていられないのでしょう」

「私も早く祭りに行きたいわ」

「でしたら早くお着替えになられた方が宜しいのでは?」

 フランがクスクスと笑いながら言ってきた。

「まあやっとお稽古が終わったっていうのに少しも休ませてくれないのね、フランはやっぱり意地悪だわ」

 マルティアーゼも同じように笑いながら着替え始めた。

 城の広場ではマルティアーゼの護衛部隊が整列して点呼を取っていた。

 その中の隊を指揮する中心にトムの姿があった。

 護衛に付くのは一個中隊約五十人、部隊長に欠員がないことを確かめたトムが報告すると、マルティアーゼがやって来るまで待機するように隊員に命令した。

 トムは街の警備隊が続々と城から会場に続く通りに、警護としてに集まってくるのを見ていた。

 街は遠くからでも多くの人だかりが通りを埋め尽くしてきているのが見て取れる程で、民衆はこの日のために仕事を頑張って終わらせてきたのだ。

 この後の冬の寒い日々を過ごす為に、今日は目一杯祭りを楽しもうとする人達ばかりであった。

 酒や食べ物がどんどん運ばれてきては消費されていく。

 人々は貪欲に物を買い、時間がもったいないとばかりに酒を飲んでは大声を上げて憂さを晴らしている者もいた。

 祭りが始まる前にすでに出来上がっているものもいて、喧嘩沙汰が起きていると警備兵が取り押さえたり、なだめたりして街の治安を守っていた。

 支度の出来たマルティアーゼが城から出てくると、広場にいた警護隊が一斉に敬礼をして出迎える。

「やはりお姉様は祭りには行かれないのね……」

 自分の警護する兵だけしかいないのを見て、顔色が曇った。

「さあマルティアーゼ様、お急ぎにならないと祭りが始まってしまいますわ」

 後ろでフランも服装を外出用に着替えて、マルティアーゼのお仕えとして同行することになった。

「……ええ」

 マルティアーゼの前に隊長と副隊長の二人がやって来て敬礼をする。

「本日はマルティアーゼ公女の護衛を仕りました第三衛団隊隊長のドルスであります、マルティアーゼ様に何事もなきよう本日は護衛致しますのでご安心を」

 髭を生やした細面のドルス隊長が挨拶をしてくる。

「副隊長のトムで御座います」

 目が合うとマルティアーゼがにこりとした。

「今日はお忙しい中、私のために兵をさいて頂き有り難う、護衛の方宜しくお願いしますわ」

「はっ、マルティアーゼ様には特別の場を設けて御座いますので、そこで収穫祭を楽しんで頂きたく存じます」

「分かったわ」

「ではこちらへ」

 マルティアーゼが二人の後について歩いて行くと城の前に馬車が停車していた。

 護衛の兵士達もそれぞれの馬を引き連れてくると馬に乗り込み、前後左右に馬車を囲む様にして街へと行進していく。

 通りを兵士に囲まれた馬車が通ってくると、人々は誰が乗っているんだと馬車を覗き込むように背を伸ばして見ていた。

 祭りの会場に近づくにつれ人混みをかき分けるのに時間が掛かったが、広場の脇に設置された壇上には椅子が設けられていて、馬車がその前で停車すると広場に集まった人々の視線が一斉に注がれる。

 夕方の赤い太陽が広場を照らしていて、もうじき祭りが開催される時間である。

 ざわざわ、がやがやと人々のざわめきが波のように馬車の中まで聞こえてくるのをマルティアーゼは耳を澄まして聞いていた。

 警護をする兵士達が壇上の周囲に立ち並ぶと、隊長のドルスが馬車の戸に手を掛けてマルティアーゼに小声で話しかけた。

「マルティアーゼ様、着きまして御座います」

 ゆっくりと戸が開くとフランが先に降りて、ドレスが引っかからないようにマルティアーゼの手を取り、馬車から降りるのを手伝った。

 夕暮れの赤い陽差しの中に白いドレスに灰色の髪の輝く姿が映った途端、歓声と歓喜が大波になって広場に沸き上がった。

「わああ、姫様だああああ」

「マルティアーゼ様ああぁ」

「公女様ぁ、素敵ですわ」

「俺達の太陽が来たあああ」」

 鳴り止まぬ歓声の中、ゆっくりと人々に手を振り笑顔をふりまきながら壇上へと上がっていくと、更に人々から歓声と拍手や手を上げて飛び跳ねる人々の前に立った。

 このときばかりは警護する兵士達や街の警備兵達に緊張が走っていた。

 波のような大歓声で興奮した者が壇上に駆け上がりはせぬかと剣に手を掛けて気を配っていたが、壇上に押し寄せる者はおらずマルティアーゼの名を叫んでいるだけであった。

 マルティアーゼが手を上げて人々を制するそぶりをすると、引いていく波のように静かになっていく。

「皆さんもこの日を待ち望んでいたことでしょう、私も今日の収穫祭は前々から待ち望んでおりました、今宵は宴ですがあまり無茶をなさらないで楽しんで下さい、この国を支える皆さんの頭上に祝福を、来年のローザンに良き実りを! さぁ楽しみましょう」

 わあああああっと大歓声がわき起こる。

「ローザンローザン!」

 人々はマルティアーゼの言葉に興奮しローザン大公国の名を響かせると、どこからともなく音楽が流れ出す。

 その民衆の声を聞きながらマルティアーゼが後ろの席に座り、フランに飲み物を持ってきてと伝えた。

 音楽の合図で広場の中央の櫓の周りに集まった、老若男女達が入り乱れての踊りが始まった。

 皆楽しそうに相手と音楽に合わせて踊りに興じていくと、それを見る周囲の人達もその場でリズムを取って肩を揺らしながら踊りを見ていた。

「皆楽しそうで良かったわ」

 ローザン大公国は出来たばかりの新興国で、まだ皆が裕福な生活が出来ているとは言えないが、今の楽しそうな表情を見ていると自分の生活より幸せなのではないかと思えてくるようであった。

「私も此処の人のように笑って皆と生きる楽しみを感じてみたいわ」

 ぼそりと呟いた。

 陽が沈むと通りにかがり火が焚かれていく。

 すると音楽が止み、踊っていた人達も足を止めて櫓の側から離れだした。

 代わって手に松明を持った二人の男が櫓に近づき、積んであった藁に火を点け始めた。

 燃えだした藁が櫓の木組みに燃え移ると櫓全体に火が昇って大きな篝火になっていく。

 歓声が起こる中、天高く立ちのぼる火の粉を浴びながら、人々が櫓に各々作った作物の葉や種を火の中に放り込み、今年の作物を捧げて来年も豊作になるよう願いを掛けていた。

「まぁあんなに高く火柱が上がって……ねえ見てフランほらぁ、あんなに近くに居て熱くないのかしら」

 続々と投げ入れられる作物と呼応するかのように、に火柱も赤々と勢いを増してより高く燃え上がっていった。

 音楽がまたもや奏でられると、人々はその櫓の周りでまた踊り始めていく。

 マルティアーゼにも街で売られている食べ物が届けられ、それを食べながら祭りを楽しんでいた。

 そこに貴族達がマルティアーゼの元にやって来た。

 日頃まともに挨拶も出来ぬ爵位の低い者は顔見知りになっておこうと笑顔を振りまきながら挨拶にやって来たり、顔の見知った人達も久しぶりに会うマルティアーゼとの話で長話をしようとしてくるので、祭りを楽しみたいマルティアーゼは貴族達の相手をしていて、どこまで祭りが進んだのか分からなくなくなっていた。

「今祭りは何をしてるのかしら、話ばかりしていて見逃してしまったわ」

 何と言ってもまだ十四歳の彼女は、まだまだ遊ぶことに貪欲で楽しい事に関心があった。

 王族の立場を忘れたわけでもないので、どんな相手であれ丁寧に接することは怠らなかったが、今宵は年に一度の祭りでありもう少しゆっくりと楽しませて貰いたかった。

 広場では男女が手を取り合い、櫓の周りで音楽の調べに乗せてゆっくりとした踊りを舞っていた。

 そこでは貴族も平民もなく、皆楽しく恋い焦がれた相手と一緒の時間を過ごすことに夢中になっている。

 夫婦やカップル、これをきっかけに恋仲になりたいとする相手との踊りを、うらやましそうにマルティアーゼは見ていた。

「いいわね楽しそう、私も踊ってみたいわ」

「それはなりませんよ、あの中に入ってしまったら民衆が押し寄せてきますわ、そのような危ない事はなさいませぬように」

 フランがマルティアーゼの言葉を押しとどめる。

「分かってるわよ、言ってみただけよ」

「それに踊りには相手が要りますのよ、一体だれがマルティアーゼ様のお相手をするんですか、それを決めようとすると此処で殺し合いが始まってしまいます」

「フラン、このような所でそのような言い方はやめてよ、興が醒めるわ」

「失礼致しました」

「じゃあ踊りの代わりにこれをもう一つ貰えないかしら」

 ふわふわしたパンの中に紫色の甘いベリー系のソースが入っている菓子を指差した。

「かしこまりました」

 フランが下がって行くのと同時にグレン候が壇上に上がって来た。

「どうですかな、楽しんでおられますかな」

「おじ様、ええ楽しいですわ、久しぶりに羽根を伸ばせています」

「ご機嫌で何よりでございますな、少し心配で顔を見せに来たのですがお邪魔でしたかな」

 髭を触りながら周りを気にして言った。

「少々警備が手薄な感じが致しますな、やはり一個中隊では少のう御座いますな、もう少し増やした方が良いのではないかと……」

「大丈夫よ、あまり市民に威圧的にする方は良くないかと」

「ふうむ、そう仰るのであれば……、では私も任務に戻らせて頂きます」

「有り難うおじ様」

 グレン候は礼を済ますと壇上から降りて、自分の仕事に戻って行った。

「姫様、お持ち致しました」

「有り難う、そこに置いて頂戴」

「いよいよ祭りも終わりですね、櫓が落ちそうで御座いますわ」

「……そう、もう終わりなのね、長いようであっという間だわ」

 燃え続けていた櫓の柱が傾き、積んである丸太も既に黒焦げになっていて、今にも崩れてきそうな感じであった。

「あれが倒れたら終わりなのね」

 じっと倒れる瞬間を待ちながら今か今かと見つめていると、壇上に女が上がってきた。

 綺麗な花柄のドレスを着た女が、マルティアーゼの前でお辞儀をした。

 マルティアーゼはまた何処かの貴婦人かと思い挨拶をすると、女が顔を上げてドレスの裾からナイフを取り出してマルティアーゼに振り下ろし、ドンッと女が体をぶつけるようにナイフを突き刺さしてきた。

 周囲の兵士が壇上に駆け上がり女を取り押さえようとしたが、女はナイフを引き抜きもう一度高々と振りかぶる。

「姫様!」

 一斉に兵士からかけ声がかかる。

「ぐっ」

 二度目を振り下ろそうとしていた女は、脇腹に伸びてきた剣が突き刺さると短いうめき声と共に倒れ込んだ。

 トムがいち早く出した剣で二度目の攻撃は阻止され、女は兵士達に取り押さえられる。

 壇上の異変に気づいた市民の悲鳴が一瞬にして全体に広がっていくと、辺りは騒然として警備兵や護衛が壇上を取り囲み、市民を近づけさせないように壁を作っていった。

「あああ……ああっ、フラン、フラン」

 マルティアーゼの体を守るように覆い被さったフランの背中からは、赤い血が滲み溢れていた。

「姫……さま、ご無事で」

 フランの言葉は赤い筋と共に溢れ出て口元に線を引いていた。

「フラン、しっかりして、誰かフランが……」

 一瞬にして楽しかった祭りから血なまぐさい場へと化した壇上で、マルティアーゼが動転したようにフランの名を呼んでいた。

「マルティアーゼ様を城へ!」

 トムの叫ぶ声が聞こえていたが、マルティアーゼの視界にはフランしか映っていなかった。

「失礼します」

「いや……フラン、放してフランが……いやあぁ」

 血の気が引いて動くことが出来ないマルティアーゼをトムが抱え上げて、馬車へと運んでいく。

 壇上にはフランの倒れた姿が残されままで、マルティアーゼを乗せた馬車が城に向けて走り去っていく間、ずっとマルティアーゼはぴくりとも動かないフランを見つめていた。

 急ぎ兵士達は犯人の女とフランを壇上から運んで出し広場から退場していくと、櫓の崩れる音が広場に大きく響いてきた。

 祭り会場は今目撃した惨劇で話は持ちきりになり、終わった祭りの後もいつまでもざわめきは収まらなかった。

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