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それから一ヶ月ほど倉庫内で日々剣術の練習をしている間に、アーリの連れてきた新たな仲間で徐々に農場のアジトに人に多くの人が集まってきていた。
始めは二十人程だったのが今では五十人以上にも増え、倉庫での練習が手狭になりつつあった。
家族、恋人を連れさらわれた友人を助けるために助力しにきた者や、国が裏でそのような人攫いをしていると知った人達が許せないと、口伝えに仲間を引き連れてやって来ていた。
(この人数を俺一人でどうしろというんだ……)
トムがその昔、小隊の副官として隊を率いた実績があったとしても、せいぜい二十人程で、これだけの人数になると統率にも粗さが出てくる。
必ず、中には愚痴を言う者や諦める者が出て来るはずで、そう言った者から周りに伝播すると、たちまち全体のやる気が失われてくる。
それを防ぐため隊を少数に分けて管理しなければいけないのだが、此処でそれが出来るのはトムしかいなかった。
(もうあと一人二人、剣が出来る者がいればいいのだが……)
「今日は此処まで!」
アーリは真面目に剣の練習に打ち込んできて、メキメキと上達していたのが嬉しくて堪らなかったのか、トムのことを先生と呼んでいた。
「最近の人の多さに少し困ったことがあるんだ、このまま行けば何れは此処に来ている者は散り散りになってしまうかもしれない」
「どうしてですか? 皆一生懸命に剣術を覚えに来ていますよ、何がいけないんですか、ちゃんと言って下さい」
アーリがトムに詰め寄るように身を寄せてきた。
「まぁ待て、今は何も問題は出ていない、何れと言っただろう……、原因は人が多すぎる事だ、皆の意識を維持するには俺一人では限界がある、そこでもうあと一人か二人、剣の上手い者で隊を作ろうと思う、その者が今後の指導に当たってもらいたい、俺の目から見てまず一人はお前だアーリ、それと他に誰か適任はいないか聞きたかったんだが……」
「俺が……指導を……、それは俺の剣の腕を見込んでってことですか?」
ぱっとアーリの顔が緩んだ。
トムに認められたのが嬉しくて堪らなかったみたいで、少し声が上ずんでいた。
「俺が見たところ数人は筋の良さそうなのがいるが、隊を任せるには人格も必要だからな、そういう面ではお前のほうが良くわかってるだろう」
「はい……、でも此処にいる連中は普通の町人だから人の前に立つような……」
「俺に任せてくれよ、こう見えても俺は船長をしてて部下も数人抱えてるんだぜ」
倉庫に残って後片付けをしていた男が、トムとアーリの話を聞いてやってきた。
「名前は?」
トムが男の名前を聞いた。
「グレンだ、俺もこの国のやってることを知ってよ、どうにかしてえと思って此処に来たんだ、これでも部下たちにゃ信頼を置かれてるんだ」
少しやんちゃっぽい仕草で自慢げに語る。
「どうなんだアーリ?」
「俺が直接連れてきた者じゃないから分からないけど、船乗りなら面倒見もいいとは思いますね、なんせ船の上では一致団結、船長が絶対ですから身勝手な行動は仲間とみなされないんですよ」
「ふうむ、そういう意味では皆を束ねる心得があるということか……」
じろりとトムはグレンを眺めながら、
「良いだろうグレン、あんたに任せるとしよう、明日改めて皆の前で今後の練習方法を説明するが、一つだけ覚えておいて欲しい事がある」
「何ですか?」
「なんでも言ってくれ」
「任された隊の中で口の軽い者や、やる気のない者が出ないようにすることだ、集団のまとめ役がお前達だ、それを忘れないで欲しい」
「分かりました、任せて下さい」
「おう、いいとも」
二人から気持ちのいい返事が帰ってきた。
それから三つの隊に分け、アーリとグレンの指導により各隊で練習を行ってもらう事となった。
そうはいっても、トムは全体の練習や指導を見ながら上達の遅い者や不真面目そうな者がいれば、二人から指導させるようには心掛けていて、隊のまとめ役には自分たちの部下とも呼べる男達と、親近感を持たせることで隊の結束を図ろうというトムの判断であり、伝達事項などもアーリやグレンから伝えることも重要な役目としていた。
その結果、全体的に纏まりが出来始めて、士気も下がらずに剣の練習に励むことが出来た。
マルティアーゼも一応の剣の振り方や捌き方は理解できていたが、それについていくだけの筋力がまだまだ付いていなくて、何百回もの素振りについて行けずに、時折、休みがちになりながらも一生懸命稽古をしていた。
いつもなら諦めの言葉が出ても良さそうだが、それが出てこない分、本人にやる気があるのだろうとトムは思っていた。
「もう一ヶ月前の俺達とは思えないほど剣の扱いが上手くなりました、この間の偵察していた店から連れ出された女性を助けた時に実感出来ました、何だか今まで恐ろしかった相手が怖く感じられなくなったみたいで、相手の攻撃にも冷静に対処が出来ましたしね」
アーリはそれを自分達でやってのけたのだと、意気揚々にトムに説明してくる。
「まだこの町で誘拐が密かに行われているのか……」
「大元を断たない限りなくなりませんよ、けどもっと人が集まって行動を起こせば必ず国だって隠し仰せは出来なくなりますよ、その為にまずは国がやっている事を町の人達に知ってもらうように密かに活動はしてますからね」
「言ったはずだ、俺は戦うために剣を教えたのではないと、マールさんを助けてくれたお礼に身を守る術を教えただけだぞ」
「分かっています、事を起こすのは俺達の責任でやるだけです、先生達には迷惑は掛けませんよ、それにもうじき俺達は……」
「いや、それ以上は結構だ、お前達が何をしようが旅の俺達には関係ないこと、俺達は剣を教え終わったら出ていくつもりだ」
実際、トムの懸念はマルティアーゼの安否であり、彼女をローザンに送り届けるまでの安全さえ守れれば良いのであって、それ以外の出来事にはなるべく関わり合いにはなりたくはなかった。
「あら、此処にいたのね」
その当の本人はトムの心配事など気にも留めずに、アーリとは随分仲良くなっていた。
「アーリさんは今夜も町に行くの?」
「あ、はい」
「もうかなり情報は集まったのかしら?」
「ああ……、今夜ミレーンに三人忍び込ませる、この国で捕まった女達がどの宿にいるかも判ってる、高娼の宿と呼ばれてる場所にいるらしい、そこに入る為の資金がようやく集まったんだ、彼女達にどうにか会って安否の確認と救出作戦を伝えておかないといけない」
アーリがちらりとトムを見たが、トムは目を閉じ何も言わなかった。
「そう……、やっと彼女たちの居場所が判ったのね、それで決行は?」
マルティアーゼは毎日練習後にアーリが仲間達を引き連れて、遅くまで情報収集に努めていたのを知っていて、密かに準備をしていたのも知っていた。
「救出の決行は三日後の月長祭だ、一番夜が長い日に行われる祭りだ、祭りで多くの人がミレーンに入ってくるだろうから、それに紛れて全員で町に入り宿を襲撃するつもりだ」
「武器も無しで?」
ミレーンに入るには金銭以外持ち込めないのを前に聞いたことがあったが、それに対してアーリは、
「分かってる、武器は数人に馬車に乗せて町の外で待機させておく、騒ぎを起こした混乱に乗じて宿まで馬車で運ばせる手はずなんだ、あとは助け出した女性を乗せて逃げてくるだけだ」
と、説明してくれた。
「……うまくいくかしら?」
「やるしか無いんだ、この機を逃せば次の機会まで時間が掛かってしまう、君達は月長祭が始まる前にこの国を出たほうが良い、この農場には助けた女性を一時避難させてから、国を出る者だけでメラルドに向かうつもりだ、君達が此処にいれば迷惑がかかる、これまでしてくれたことに感謝してるよ、ありがとう」
アーリは表情を引き締めマルティアーゼの目をじっと見た。
「マールさん、部屋に戻りましょう、そろそろ夜も更けてきました、それとお話があります」
トムはマルティアーゼを引き連れて部屋に戻った。




