64 国情の憂い
路地から路地へと同じような家造りの間を駆け抜けて、既にどこを走っているのかさえ判らなくなるほど同じような道を通り抜けていくと、一軒の農場へと青年が入っていくのが見えた。
マルティアーゼ達も同じように農場の倉庫へと潜り込むと、中には大勢の男達が集まっていた。
「なんだお前達は……、畜生、後を付けられたのか」
大勢の人達から一斉に向けられた視線に二人は戸惑った。
その殆どが若い男達であったが、中には年老いた者や壮年の者も混じっていた。
「くそ……やられた」
トムは騙されたと一瞬思ったが、先程の若者が手を挙げて皆を静まらせた。
「いや違う、安心してくれ、その人達は俺達を助けてくれたんだ、奴らの仲間じゃない」
「確かに……女性もいるな」
「一体誰なんだ?」
「此処の者じゃないな」
「何故、ここに連れてきたんだ、見つかったらどうする」
「しかしなんて綺麗な人だ……」
男達から口々に言葉が飛び交ってくる、その言葉の誰にどう答えれば良いのか戸惑っていると、青年二人が前に出てきてマルティアーゼ達に言葉をかけてきた。
「さっきはありがとうお陰で命拾いしたよ、俺はアーリ、こっちは俺のダチでフェンだ」
「私はマール、連れの方はトムよ、私こそあなた達のお陰で助かったわ」
アーリが自己紹介してきたので、マルティアーゼ達も挨拶を交わした。
「それでここは一体……」
「此処は俺達のアジトだ、どこから話せば良いのか……取り敢えずゆっくりと座って話そう」
そう言ったアーリと倉庫と隣接している家に入っていった。
一見、普通の家に見えていたが、アーリが床の居たを外すと穴を掘って造った地下への階段が現れた。
そこにランタンを持って入っていくアーリが、マルティアーゼ達に降りてこいと手を振ってくる。
「何でしょうか此処は」
「さぁ……」
言われるままに深い階段を降りていくと、以外にも大きな通路が伸びており、その奥には広い部屋が作られていた。
崩れてこないように木材で壁や天井を覆い、何本もの柱が部屋に建てられ広くは感じられなかったが、しっかりとした造り方で二十人程は余裕で入れそうな部屋だった。
その部屋にも五人の男達が、中央に置かれた卓の上に地図を広げて何やら話し合っていた。
マルティアーゼ達が部屋に入ると男達から怪訝な表情で見られたが、アーリの説明を受けるとホッとしたように表情が穏やかになる。
「此処に座ってくれ」
アーリが一番奥の卓に二人を誘うと、椅子に掛けてくれと促された。
「一体此処はなんだ……」
部屋のあちこちを観察するように、トムが首を左右に振りながらアーリに質問した。
短い逆立った金髪に青い目のアーリがトムと目を合わせた後、マルティアーゼに視線を移した。
アーリは手を組み、背中を丸めながらゆっくりと話を切り出す。
「まずは攫われた理由を教えておく、それは君を売春宿で働かせるためだ、君だけじゃない、この町この国がそのようなことが暗黙で行われているんだ、あの店は俺達が密かに監視していた店で、そこに君がやってきて捕まったというわけだ」
「売春……国が、取り締まるべき国がそれを後押ししているだと……」
トムは歯ぎしりをして、そんなところに我が主のマルティアーゼを連れて行こうとしたことに怒りを覚えた。
「売春宿ってどんなところなの?」
マルティアーゼが真顔で聞いてきた。
「え……売春宿を知らないのか?」
アーリはあっけに取られ、本心で言っているのか冗談なのか見極めようとマルティアーゼを見つめた、すると、
「マールさんはそのような如何わしいことなど知らないんだ」
トムが横からアーリに伝えた。
「そうなのか……それは済まない、売春宿はそうだな……君に教えるのは言いにくい事だが、女性が男性とその……一夜を共にして体を売ることだ」
「まぁ……」
マルティアーゼの頬が赤くなっていくのが誰の目にも分かった。
「そんなところに私が……」
「……ああっ、そういう事がここ五年の間に多くの女性達が行方不明になっているんだ、此処にいる男達は皆、その家族や恋人が居なくなってしまった者達だ」
「それでどうしてあの店から女性が連れ去られているのか判ったんだ?」
トムはそれとあの店とのつながりを知りたかった。
「はじめは偶然、ここに居た男が偶々その界隈で友人の恋人を見かけたことだったんだ、その女性が宿に連れて行かれるのを見て、その事を友人に伝えたそうだ、そして二人で家に連れて帰ろうと宿に行ったらしいが……、数日後、友人の男は死体で発見され、此処の男も命からがら俺の所に助けを求めに来たが、深手を負っていて死んでしまった、話を聞いた俺は家族や恋人が居なくなった人達を集めて探し回った、するとどうだ、あの店だけじゃない他にも女性が入りそうな店は裏で奴らと繋がっていやがったのが分かったんだ」
くそっ、とアーリは机を拳で殴りつけた。
「調べれば調べるほど、奴らの張った罠はそこいら中に張り巡らされている、もう俺たちだけでどうこう出来る物事ではなかったんだ、けど……助けられる女性がいるならと、連れ去られる前になんとかして助けようとしているんだ」
アーリは死んだ仲間の敵も討てないのが悔しくて涙を溜めていた。
「それで偶然にもマールさんが捕まったあの馬車を止めたというのか、それでその奴らっていうのは誰なんだ?」
トムの横ではマルティアーゼは話を聞く度に、驚いて口を押さえていた。
「ゾーディア男爵だ、売春宿のある町ミレーン、別名色恋のオアシスを支配してる貴族さ、あの町じゃ武器の所持は認められていない、町で起こることはすべて男爵の指示で有耶無耶にされちまう、わかるか? あそこで殺されても証拠も証人も出てこない、ただ人が居なくなっても何も波風が立たない実質男爵が支配する場所なんだ、国に言った所で男爵が裏で根回ししてるから無駄なことだ」
「まぁ……まぁ、それでは女性達は今もその町に囚われたままってことなのね」
マルティアーゼはそのような淫靡な町があるなどと考えてもいなかったことを聞かされ、少なからず衝撃を受けた。
「相手にするには敵が大きすぎるんだ、数にしても剣の腕にしても……」
「そうだな、まるで素人の扱い方だった、あれでは此処にいる男達全員でも数人しか倒せないだろうな」
トムははっきりと未熟さを指摘した。
「しようがねえだろ、俺達は剣士でもなんでもない只の町人なんだ、木を切ったり魚を捌くことぐらいしか刃物なんて触ったことがねえんだ」
トムははっきりと未熟さを指摘した。
「しようがねえだろ、俺達は剣士でもなんでもない只の町人なんだ、木を切ったり魚を捌くことぐらいしか刃物なんて触ったことがねえんだ」
トムはマルティアーゼと目を合わせると、
「良いだろう、お前の言うとおりそれが国の本当の素顔だというのなら、俺が剣の使い方ぐらいなら教えてやる」
トムは迷いもなく言い切った。
その言葉にアーリとマルティアーゼが驚いた様子でトムの顔を見つめた。
「…………」
「まぁトム偉いわ、自分から教えてあげようなんて」
マルティアーゼは手を組んで喜んだ。
「何言ってるのですか、マールさんの目を見ればどうにかしてあげろと言ってるではないですか……、全く何度いたずらに自分から危険に身を置くのか、貴方といるとただの旅が冒険になってしまいますよ」
呆れたようにトムはため息を吐いた。
「……本当なのか? ははっ凄いや、あんたの腕はこの目で見たんだ、教えてくれるなら願ってもないことだ、おおい皆、凄い人が仲間になってくれたぞ」
アーリが諸手を挙げて喜んだ。
「待て、教えるといったがそれだけだ、俺達は旅をしているんだ、仲間になったつもりは……」
「私も仲間に入れてもらえるのかしら? 私だって魔法ぐらいは使えるのよ」
マルティアーゼがトムの言葉を遮り、アーリに声を話かけてきた。
嬉しそうに笑顔で話すマルティアーゼに、トムの顔色が曇った。
(なんて嬉しそうにこの人は……、まるで危険を楽しんでいるようだ)
「それは凄い、魔法が使えるなんて、なんて日だ……」
「いいか、身を守るための剣術で強くなれるわけでもない、強くなるには経験と鍛錬が必要なんだぞ」
「分かってるさ、ははっ」
トムが念を押してアーリに伝えたが、それが聞き入れられているのか、マルティアーゼと二人で笑いながら返事をしてきた。
「私は連れ去られた女性達が気になるわ……、今もまだ助けを求めているのなら助けてあげたいわ」
「ああ……此処にいる奴らの本音は人助けなんかより、自分たちの家族や恋人を一刻もはやく助けたいと思っているに違いない、だがそれが出来ずに今まで我慢して来たんだ、俺達が力をつければ助けられるかもしれないんだ、そうだろ?」
アーリは握り拳を作って、意気込みを見せつける。
「おい、何度も言ってるだろ、相手が国ならそんな連中相手に……」
「良いことだわ、皆で力を合わせればなんだって出来るはずよ、そうよ諦めなければ必ず叶うのよ……」
マルティアーゼがアーリのやる気を見て、横からトムの言葉をかき消すように声を上げて言ってきた。
マルティアーゼの目は輝き、まるで己に言い聞かせるように自分で言った言葉に酔いしれていた。
「…………」
トム一人がその場に置いていかれたように、二人を見て嘆いていた。




