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トムが馬車の荷台に着いた時、前方から剣の打ち鳴らす音が聞こえてきた。
「……はぁはぁ、誰かが前で戦っているのか……それよりも」
誰かは知らないが、この機会を逃せばマルティアーゼを助けられなくなると、トムは荷台に上がって縛られていたマルティアーゼを助けだした。
「大丈夫ですか?」
「……ええ、何ともないわ、けど……どうして止まったの、あの剣の音は貴方のものだと思ってたけど違ったのね」
「はい、誰かがこの馬車を止めたものと思われます、今のうちに逃げましょう、さぁはやく」
トムは荷台を降りて、マルティアーゼに手を差し伸べながら言った。
荷台から降りたマルティアーゼの手を引き逃げようとするトムに、
「待って、誰が戦っているのか見ないと」
マルティアーゼは助けて貰った人が誰なのか確認しようと言ってきた。
「そんな悠長な……、早く逃げなければ危険です」
「助けて貰って私達だけで逃げるわけにはいかないでしょう」
二人は馬車の陰に隠れながら誰が戦っているのか覗いてみた。
マルティアーゼを連れ去った大男が三人、馬車を背にしながら蛮刀を振り回してるのが見えた。
その大男達の刀から逃げていたのは若い青年ともいうべき若者が三人と、足下にこれまた若者が二人、血を流して切り倒されていた。
「あの者達が馬車を止めたんですね」
年齢で言えばトムと変わらないぐらいの歳だったが、剣を振る仕草や身のこなし方を見ると、誰の目にも素人だと分かるほど手慣れていなかった。
「なんだあの者達は……、全くの素人じゃないですか」
大男達の剣を受け止めようとしても力が違いすぎて、後ろに吹き飛ばされ尻餅をついていた。
それでも直ぐに起き上がっては剣を構えて、果敢にも立ち向かっていく様子をマルティアーゼ達は馬車から見ていた。
「これではやられるのも時間の問題です、ここに居ては我々も見つかってしまいます、さぁ早く逃げましょう」
「……でも、あの人達を放って置くわけにはいかないでしょう、私も加勢するから助けてあげましょう」
マルティアーゼが腰のワンドを取りだして、馬車から出て行こうとした。
「何を言ってるんですか、そんな危険な事させるわけには……」
いましがた自分の身に何が起こっていたのか分かっていないのかと言わんばかりに、助けにいこうとするマルティアーゼを制止した。
「それなら貴方が加勢してあげてよ、貴方ならやっつけられるでしょう」
「我々には関係の無い者達ですよ、また関わってとんでもない事になったらどうするのですか?」
「でもあの人達が馬車を止めてくれなければ私は何処か知らないところに連れ去られていたのよ、それでも関係無いって言うの?」
「しかし……」
「なら私だけでも行くわよ、貴方は何処かで隠れていてよ、ああっ……また一人やられてしまったわ」
トムが出て行こうとするマルティアーゼの体を掴んで止めた。
「なりませんよ、それなら…………分かりました助けるだけですよ、その代わりマールさんは絶対出てきてはなりませんよ」
「……ええ分かったわ」
トムが剣を抜いて馬車の前に出て行くと、大男達に声をかけた。
「おいお前達、よくも知り合いを連れ去ってくれたな、お礼だ受け取れ」
「は? なんだぁてめえも殺され……」
トムは大男が言い切る前に胸に剣を突き立てていた。
「がっ……ぐっはぁ……」
的確に心臓へと刺さった剣を引き抜くと、大男は前のめりに倒れて絶命する。
「この野郎」
残った大男二人が一斉にトムに躍りかかってくるのを、身をかわし剣で相手の蛮刀を受け流すと、そのまま流れるような身のこなしで首を刎ねる。
最後に残った男にも袈裟切りを決めて切り伏せてしまった。
あっという間に三人の大男を倒すと、トムは若者達の方を見た。
「あんた達のおかげで知り合いが助かった、これはそのお礼だ」
青年達はぽかんと口を開けて、一瞬で終わった戦いにまだ気付いていない様子だった。
自分達があれほど苦戦して三人もの仲間がやられた相手を、いとも簡単に切り倒したトムを見て歓声を上げた。
「すげえ、あんたは何者だ」
「俺達五人でも歯が立たなかったのに……」
青年達の口から興奮と震えた声が吐き出された。
「何故助けてくれたかは知らないが、戦うならもっと剣の腕を磨くことだ、失礼する」
トムは背を向けてマルティアーゼの元へと帰ろうとすると、
「ま、待ってくれ、こんなことを言うのは筋違いだろうが、あんたも早く逃げた方がいい、見てくれ」
青年の一人が手で周りを見ろと示した。
家の窓や路地から人々がこちらを見ている、それに気付いたトムはそれがどうしたと青年と目を合わせた。
「ここの連中は直ぐに警備兵に連絡する奴らだ、あんた達も早く逃げないと捕まるぞ」
「何故だ? この男達が人さらいをしたんだ、逃げる必要も無いだろう」
「ここじゃ、そんな正論通じやしねえ、ここの連中はこの男達と繋がってる、何かあれば密告は当たり前、その報酬を目当てで協力してる奴らだ、何があっても俺達が悪者になるんだ」
すると、隣の青年が早く逃げようと催促してきた。
「今は俺達を信用して付いてきてくれ、さもないとこの界隈からも逃げられなくなる」
青年達はすかさず身を隠すように路地へと向かう。
「……」
何故、こんな事に巻き込まれなくてはいけないんだとトムは内心感じていて、どうしようか迷っているといきなり手を掴まれた。
「逃げましょう」
「……マールさん、ちょ……」
マルティアーゼに手を引かれながら、青年達の後を追って二人も路地裏へと身を滑らせていった。




