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夕食を食べた後、二人で町を散策していてもマルティアーゼは周りから羨望の眼差しで見られ、ひそひそと一体何処のお嬢様なのだと囁かれているのがトムの耳に入ってくる。
(格好だけでも周りに合わせた方が良いのかな)
トムの脳裏にそんな考えが浮かんでいた。
マルティアーゼはキョロキョロと辺りを見回しながら、どんな店があるのかと楽しんでいる様子だったが、一軒の店にだけじっと考え込むように見つめているのにトムが気付いた。
「何かいいお店でもありましたか?」
マルティアーゼの視線の先に目をやると、そこは服屋で店先に並んだ色とりどりの布が飾られていた。
「マールさん、もしかして服が欲しいのですか?」
「……え? いえ何でも無いわ、さぁ行きましょう」
「欲しければ買えば良いのではないですか、この間も服屋をじっと見ておられましたね」
「いいわよ、何度も服を買っても結局初めに買ったこの服しか残ってないのよ、どうせまたどこかで無くすだけよ」
「何時までもその革の服では暑いでしょうし、折角なので購入すればいいではないですか、勿論安い物でお願い致しますよ」
「貴方は買わないの?」
じっと上目遣いでトムを見上げる。
「私はまだマニーラの町で買った服がありますからね」
「……本当にいいの? あとで文句は言わない?」
「このまま服屋があるたびにじっと見られるのを横目にしながら旅は出来ませんから、気に入った服があれば買って下さい」
「ふふっ、じゃあ買うわ、ここで待ってて頂戴」
マルティアーゼはにこりと笑うと、そそくさと店に入っていく。
店内に入ると、年配の女性が笑顔で出てきた。
「いらっしゃい、まぁこれはお綺麗な方で……何処かのご令嬢でございますか?」
「……いえ、旅の者ですが……」
「それはまぁ申し訳ございません、お綺麗な方だったもので貴族の方かと思いまして、そうですかそうですか……」
店員は申し訳なさそうに腰を曲げる。
「あの……服を仕立てて貰えないかしら?」
「いいですよ、どんな服に致しましょう?」
「そうね、安くていいのだけれど、涼しそうな服がいいわ、色は……」
店内に飾られた沢山の布を物色していく。
「お嬢さんならこういう赤系の紅緋なんてのはどうですかね?」
「ううん、ちょっと色がきつそうだわ、こういう感じの落ち着いた色のがいいわ、これの安い布ってあるかしら?」
「はいはい萌葱色ですね、ありますとも、では採寸をさせて頂いても宜しいですかね」
「ええ、お願いします」
小さな部屋に入ると服を脱ぎ、年配の女性に長い棒で測って貰う。
(成長してる……? 少し胸が大きくなったかしら……)
締め付けられていた胸から息苦しさが解放された気分で、自分の胸を見たマルティアーゼは戸惑いを隠せなかった。
(あの時の魔導の影響が私の体を成長させたのかもしれないわ、……そういえばトムを見る目線も何だか低く感じたわね)
「はいもう結構ですよ、ではどのような服をお作りなさいますか?」
店員の声に我に返ったマルティアーゼは、
「ええ……じゃあ、此処の町の人が着ているような一枚布の服がいいわ、サッシュは自分で探しておくわ」
「はいはい、では早速仕立てますね」
そう言うと、店員が店の奥へと消えていった。
マルティアーゼは服を着直すと店内で服に合いそうなサッシュを見て歩く。
細い物から太い物まで、色もとりどりのサッシュに目を輝かせながら選んでいると、いきなり後ろから大きな手がマルティアーゼの口を塞いだ。
「!」
暴れるマルティアーゼを軽々と抱きかかえ、店の奥へと連れ去られていった。
外で待つトムはいつまで経っても出てこないマルティアーゼに、どうしたのかと店内をのぞき込んでみた。
静かな店内には誰もおらず、しずしずと入っていくと、奥から店員がやってきて挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませ」
トムはここに女性が来たはずだと年配の店員に聞いてみるが、
「いえ、今日は誰も来ておりませんね」
店員は首をかしげて答えた。
「そんなはずはないんだが、少し探させて貰う」
「ちょっとお客さん困りますよ、何をするんですか?」
トムは着替え室や奥の部屋を調べたが、何処にもマルティアーゼの姿はなく店員を問い詰めた。
「旅を一緒にしてる者だ、一体連れを何処に隠した」
トムが剣に手をかけて嘘を言うと切るぞの合図を女性に見せつけた。
「な……何のことだい、訳の分からないことをいうなら警備兵を呼ぶよ」
「しらばっくれるのか……構わんぞ、それなら早く呼ぶことだな、貴様の首が胴体から離れてしまえば呼ぶことが出来なくなる……」
「いやあ!」
外からマルティアーゼの悲鳴が微かに聞こえてきた。
トムは店の裏口へと駆け出していく。
裏路地に出たトムが見たのは、路地を抜けた場所に止めてあった馬車にマルティアーゼが乗せられている場面だった。
「マールさん!」
直ぐさま走り出したトムが路地を抜け出た時には、馬車は走り出した後だった。
「おい、待て!」
全力で走るトムだったが、どんどん馬車は遠退いていき完全に追いつく事が出来ない距離まで離れてしまった。
「マールさん! くそっ」
息を切らし視界がぼやける中、必死に走り続けたトムだったが、虚しくも追いつく事が出来なかったことに悔しさが滲み出て、その場で立ち止まった。
「はぁはぁ……、マールさん、マー……ルさん?」
見つめる先で走り去っていこうとする馬車が離れて行こうとしなかった。
不思議に見つめるトムの目に馬車の荷台から男達が出てきて、馬車の先頭へと走って行くのが見えた。
「……なんだ? それより今が絶好の機会だ」
息も絶え絶えだったが、一つ深呼吸をすると再度馬車に向かって走りだした。




