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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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61 蜃気楼の都

 改めて町の様子を眺めると家の壁には高く砂が積もり、家壁も茶色の石造りだったので町全体が殺風景な印象を受ける。

 家々の道も砂で覆われていて、その下に石畳が敷き詰められていたがすっかり砂に埋もれて見えなくなっている。

 人々もいくら道の砂をどけても直ぐにまた埋もれてしまうので、掃除をするのも諦めている感じだった。

 それでもまだ商売を行っている店先だけはまめに掃除を繰り返し、遠くからでも見えるように看板も綺麗にしているようだった。

 マルティアーゼには珍しく、出された品々をぺろりと完食していた。

 もっとも一人分にしては少なかったが、いつものマルティアーゼにしてはよく食べた方であった。

 マルティアーゼはお腹が満腹になったせいなのか、膨れっ面も影を潜めて物静かにお茶を飲んでいた。

 機嫌が直ってほっとしたトムは、一人黙々と自分の料理を堪能していた。

「ねえ、ここはどの辺りの町なのかしら? 海が懐かしく感じるわね、砂漠って砂ばかりで何もないのね」

「後で雑貨屋があれば地図を買って調べてみましょうか、持っている地図では細かい道が載ってませんからね」

 満腹になった二人は店に出ると、店主に教えてもらったこの町の繁華街に行ってみると、通りの店先にはせり出した布の屋根がずらりと建ち並んでいた。

 しかし店の数は他の町に比べて少なく、どの店も同じ建物のような茶色だったので、二人は看板を頼りに通りを見て歩いて行く。

「店の種類は一応は揃ってるみたいですね」

 武器屋に導具屋、服屋に食事処、それとこの地域の野菜や肉を売っている店もちゃんとあり、奥まった店の中から客に投げかけてくる声が聞こえてくる。

 その繁華街の中の雑貨屋を見つけると、トムが店で地図を買いに入っていった。

 マルティアーゼは店の前で向かいにあった服屋の品を眺めながら待っていた。

 トムが店から出てくると、何事もなかったようにマルティアーゼは振り向き、一緒に宿へと帰っていった。

 宿に帰った二人は地図を広げて自分達のいる町を調べた。

「先程の店で主にここの名前を聞いてきましたよ、カムリというらしいです、ここですね」

 トムが指で指し示した先にカムリという名が書かれていた。

「ここがこのムングロ国の首都ラーマですね」

「私達が進んだ道のりってずれていたのね、海に向かっていたと思っていたのにずっと砂漠の方に行っていたんだわ、もう少しずれていたらこの町を見つけられずに干からびて死んでいたのね」

「そうですね、本当に危ない所だったということでしたね」

 カムリの町から東は何も書かれておらず、道すらもない空白の場所だった。

「海とは反対に進んでいたなんて思っても見なかったわ、随分進んだと思っていたけど、沿岸州の一番南の国まで来ていたのね」

「ここの山岳地帯を越えずに山沿いに左へ向かえばケルテ国に行けたんですね、不幸中の幸いかほぼ直線に近道をして此処についたみたいです」

「あの雨で道が寸断してたと考えると足止めされるよりは良いかなって感じがするけど……、でも館で過ごした時間のことを思えばあれから何ヶ月も経っているのよね、まだ実感が湧かないけれど、あのまま天気が回復するまで町に居たほうがこの国に早く着いていたかも知れないなんて思いたくもないわね」

 実感も何もすっぽり抜け落ちた時間に感覚も経験もなく、周りだけが先に進んで置いてけぼりを食らった感があった。

「ともあれこの沿岸州はここが一番南です、次の国にはかなりの距離がありますしこのラーマという町で食料や水を買い込んでおかないといけませんね」

 トムは指で差した首都と、そこからずっと地図の南にあるメラルドとの距離を測ってみた。

「これは……半月はあるかもしれませんね、途中、海岸沿いに宿場があるみたいですが大きくなさそうですし、この辺りはどこの国にも属していませんから物の流通もなさそうですね」

「もうあんな思いは嫌だから、水だけでもたくさん持っていきましょう」

「また馬車を用意しますか?」

 砂漠を越えていたときに砂で行く手を遮られて、仕方なく荷台を捨ててきたのであったが、

「また捨てる羽目になるかもしれないからやめておきましょう、荷物もそれほど多くもないからこのままでいいわ」

 二人でメラルド行きの予定を立てると、また明日からの旅に備えて疲れを取る為に早めの就寝についた。




 首都ラーマへは二日ほどの旅程で、砂漠を抜け出し長く続く砂の道を進んでいくと、城壁に守られた大きな町が見えてきた。

 戦の為の壁かと思われたが、町に入って人に話を聞くと砂嵐から守るための防砂壁だという事だった。

 町中を横断するように進んでいくと、真っ青な海原が視界の端から端まで広がっていた。

「やっと海が見えたわ」

 まるで憧れていたかのように青い空と水平線から紺色へと変わる大海原に、感動を覚えながら町中を歩き続けた。

 町には活気が溢れていて、通り過ぎていく人たちがマルティアーゼ達の装いにニヤけながら振り返って見ていた。

 別段二人の服装が汚いからと言うわけでもなく、こんな暑い場所で革の服を着ているなんて、という場違いな格好が珍しく思われていた。

 まだトムのように男性なら兵士などがいるので変に思われなかっただろうが、女性でマルティアーゼみたいな美貌を持つ者が、なんて暑苦しい格好をしているのだという興味を持たれていた。

 首都ラーマの女性は薄い一枚生地を頭から身体に巻き付け顔だけを出している人が多く、腰のサッシュで布がズレるのを止めているだけの如何にも南国の装いをしている人が多かった。

 中には上下違う布でお腹だけを出して締まった腰を惜しげも無く見せつけて、艶めかしく歩いている人もいるが、どの女性も基本的に女性は皆、薄着だった。

 じろじろと見られているのに気付いているのかいないのか、マルティアーゼは平然と馬の上から町の様子を眺めている。

 トムの方はその民衆の視線に耐えられないのか目立つのが嫌いなのか、そっとマルティアーゼに馬を寄せて囁く。

「どうもここの人たちにずっと見られているみたいです、早くどこかの宿に入りましょう」

「いいじゃない、見られるだけなら気にする必要も無いでしょう」

「しかし……」

 余り目立つとまた良くない災いを引き寄せてしまいそうで、トムは目にとまった宿にマルティアーゼと足早に入った。

「はぁ……余り人に見られるのは好きじゃないんですが……」

「あら、そうだったの? 今までそんな風には見えなかったけれど」

 意外そうにマルティアーゼは答えた。

「一人二人に見られるのはどうということではないですが、あんなに沢山の視線を感じると変に緊張してしまいますよ」

「そうなの? 私はそんな緊張したりはしないけれど、変ねぇ……」

「王族と庶民とは違うんですよ、マールさんは小さい頃からそういう立場だったのですから慣れているだけですよ……私には無理です、何をしてるんだろう、何を言うのかなと私の一挙手一投足を観察されているみたいで、変な事をしたら笑われるのでは無いかと思ってしまうと身体が強ばってしまうんですよ」

 トムは自分の腕や肩をほぐすように揉んで、緊張を振り払っていた。

 それを見ながらマルティアーゼは首をかしげた。

「何かしないといけないことなの? 普段通りしていれば良いじゃない、皆が笑ってくれるならそれは良いことだわ」

「…………いいですよ、ただの私の自意識過剰なんでしょうが、慣れないことには変わりはありませんから……」

 珍しくトムは疲れたのか肩や首をしきりに揉んでいた。

「そうだわ、私が肩を揉んであげる」

「そのようなことをさせるわけには……あっ」

「いいからじっとしていて」

 マルティアーゼがトムの後ろに回り込んで肩に手を置いた。

「やっぱり男性ね、貴方は見た目が細く感じるけれど、中身はしっかりと筋肉が付いているわ」

 マルティアーゼの小さな手でトムの固い背中を揉むのには余りにも非力すぎて、トムは撫でられているようでくすぐったかった。

「とても固いわ、これだけの筋肉があるから剣を易々と振るうことが出来るのね、私も剣を扱えるように鍛えようかしら」

「はい? マールさんが剣を……ですか? そんな危ない真似はお止めください」

「あら、私前から何か武器を使えるようになろうと思っていたのよ、魔法だけだと捕まったときには何も出来ないもの、剣の扱いを覚えておけばその辺に落ちている木の棒でも対応出来るじゃない」

 魔法が使えないときがあった時、マルティアーゼはただの非力な女性で、トムを見守ることしか出来なかった自分に歯がゆさを感じていた。

「何でも良いのよ、サム達に教えた短剣の扱いでも良いわ、私に教えて頂戴よ」

 一所懸命に肩を揉みながらトムに教えを請うた。

「……それが目的で肩揉みをしていらしたのですか」

「良いでしょう? 又またには肩揉みをしてあげるから」

「私としては何度も言ってますが、危険な事はせずに身の安全だけを考えて頂ける方が良いのですが……、ランドスの時のこともありますからね、一人で出歩いて捕まってしまう事の無いように基本だけなら……ということでしたら、あくまで護身の為ですよ」

 トムにもあの時のことのように、自分が居ない所で誰かに捕らえられてしまう事に不安を感じていたのは確かだった。

「やったぁ」

 マルティアーゼは喜び、トムの背中に抱きついた。

「ちょっ……マールさん、何を……」

 トムの肌にマルティアーゼのふくよかな胸の柔らかさが伝わってきて、慌てて声を上げた。

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