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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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6

 マルティアーゼが自室に戻るため廊下を歩いていると、向かい側から四つ上の姉ディアンドルが侍女二人を引き連れてこちらに歩いてくるのが見えた。

 立ち止まってマルティアーゼが恭しくお辞儀をするが、ディアンドルは何事もないかのように通り過ぎようとしていた。

「お、お姉様ご機嫌麗しゅう御座います……」

 目の前で止まったディアンドルが横目でマルティアーゼを見下ろすと、軽蔑したような目を向ける。

 金色の波打った長い髪を頭頂部で括り背中へと流したディアンドルが、マルティアーゼに向き直すと腰に手を当てて立ちふさがるような格好をした。

「お姉様、今度の収穫祭はご出席なさいますのですか? わ、私も当日は祭りを見に行くつもりですのよ、出来れば御一緒にどうかと……」

 威圧するような態度をしたディアンドルに収穫祭について聞いてみた。

「なぜ? どうして私が貴方と行かなければいけないの、そうやって私を民衆から馬鹿にされるのを見て楽しもうとしてるのでしょう、生意気よマルティアーゼ、身の程をわきまえなさい、貴方の所為で私が何と言われているのか知ってるでしょうね」

 開口一番、剣幕をまくし立ててマルティアーゼを怒鳴る。

「いえ、お姉様、私はそのようなことは……」

 ディアンドルの怒りに満ちた眼光はマルティアーゼに何も言わせないという意思が感じられて口ごもった。

「いい、聞きなさい、私は貴方みたいにお父様やお母様に媚びへつらう人間が嫌いなの、そうやって私と民衆の前に立って自分と見比べさせて、民衆から気に入られようなどとしてるのは分かってるわ、私をこの国から追い出したいでしょうがそうはいかないわよ」

「そんなことは思っても……」

「お黙り! 姉の私に口答えするなんて生意気な……下がりなさい、貴方の顔など見たくも無いわ、貴方なんていなけりゃ良かったのに……」

 ディアンドルは最後の言葉を吐き捨てるように立ち去っていくのを、彼女は下を向いて唇を噛みしめていた。

 ディアンドルの侍女達もマルティアーゼにお辞儀をすると、後を追って足早に去って行った。

 残されたマルティアーゼにフランが声を掛ける。

「姫様、お部屋に戻りましょう」

「……どうして、お姉様は私をあんなに目の敵にするのかしら、物心ついた時からお姉様は私を避けていたわ、一緒にお話すらまともにしたことすらないのよ、私何も悪いことなんてしていないのに、どうして……」

 涙をこぼさないようにぐっと堪えながら耐えていた。

 フランがマルティアーゼの両肩にそっと手を置いて部屋まで連れて行く、部屋に入るとマルティアーゼは自分の寝台に飛び込んで泣きじゃくった。

「マルティアーゼ様、ディアンドル様もたまたまご機嫌が悪かっただけです、お気になさらずに、さぁお茶をお出し致しますので落ち着いて下さいませ」

 フランが下がってお茶の支度をして運んでくると、マルティアーゼは窓際の席についていた。

「姫様、お茶と菓子で御座いますよ」

「フランも座って、一緒に飲みましょう」

 フランは言われたとおり対面に座ってお茶をマルティアーゼに差し出すと、お茶を受け取ったマルティアーゼはゆっくりと口に流し込んだ。

「ふう、私はただお姉様と仲良くしたいだけなのに、いつも私を見ると途端に怖い顔をするのよ、お父様やお母様は私とお姉様の仲を取り持ってくれないし、仲良くなりたいと言ったとしてもお姉様のことは放っておきなさいと言うだけなのよ」

「……姫様、ご心配なさらぬ事です、きっといつかディアンドル様もマルティアーゼ様が姉想いのいい妹君だとお気づきになられますよ」

 フランがにこりと笑って見せた。

「それはいつなの、もう十四年もの間、一度たりとも私に笑顔なんて見せたこともないのよ、きっとこの先も見せることは無いわ……」

「……マルティアーゼ様」

 宮中でもディアンドルの評判は悪く、いままで気に入らない侍女を何人も首にしてきていた。

 フランもマルティアーゼの侍女を外されてから此処に戻ってくるまでディアンドルの侍女を務めていたが、彼女の行動や言動でフランも悩まされたことはあった。

 だからこそマルティアーゼの「この先も」の言葉に対してそのような事はないとは言い難かった。

 それ以上マルティアーゼに何かアドバイス的な事を言うのは、侍女の役目の範疇を超えてしまうと思い口にしなかった。

 その後のマルティアーゼは何も言わずに何日も静かに過ごしていた。

 国ではたわわに実った作物の収穫で大わらわで、せっせと朝から荷台を引く人達が畑に赴く姿があった。

 子供も大人も一家皆総出で荷車を引いて畑に出向いていく。

 実りの時期は短く早々に収穫をしなければ直ぐに寒い冬が来てしまうし、長い冬に備えて乾燥させる物や加工して保存食にする物と、収穫し終えた後も仕事は山ほどある。

 城では侍女達の話題は収穫祭で盛り上がり、祭りがある三日間をディアンドルのお付きの貧乏くじを引く侍女は誰かなど水面下で騒いでいた。

「フラン、貴方は収穫祭のときは好きにして良いわよ、年に一度ですもの楽しんでくると良いわよ、私は護衛の人がいるから大丈夫」

 窓辺に立ち景色を眺めながらマルティアーゼが伝えた。

「いえ、私にそのようなお心遣いは無用で御座います、お側にいる方が楽しいので御座いますよ」

「それなら良いけど、護衛も一個中隊も要らないわ、もう少し減らして貰えるように伝えて頂戴」

「それではマルティアーゼ様の身に何か危険が及んだときには少ないのでは?」

「何も起きないわよ、とにかく減らしてと伝えて頂戴」

「かしこまりました」

 フランが部屋を出て、外の侍女に申しつけてきた。

 暫くして部屋に入ってきたのは、衛団隊総隊長グレン候だった。

 頬が痩けて痩せた壮年の男が一礼をしてマルティアーゼに近づいてくる。

「これはグレンおじ様、お久しぶりですわ」

「やや、マルティアーゼ様もご機嫌麗しゅう御座いますな、大きくなられてこのグレンも嬉しく思いますぞ」

「最近はお身体がすぐれないと聞きましたが、よろしいのですか?」

「いやはや歳には勝てないですな、少し腰を痛めましただけです、もうこの通り」

 背筋を伸ばして健康を示した。

「そうだったのですか、ご子息も大きくなられたとかでご無理はなさらずに」

「はははっ、そう言っていただけるとますます頑張らねばなりますまい、まだ息子には任せられませぬしな」

 衛団長グレンはローザン大公がこの地を得てやって来たときからの古い臣下で、仲でいうなら戦友とでも言えるように昔からローザン大公に付き従ってくれている古き友人でもある。

 勿論マルティアーゼが生まれてからずっと見知った人柄で、小さい頃は血縁の叔父さんだと思っていたほどであった。

 気の置ける数少ない人物と会えたことで、マルティアーゼも最近の憂鬱さから解放された。

「今日はマルティアーゼ様からの護衛を減らして欲しいと通達があったもので、たまたま私が詰め所にいたのでこちらに顔を見せに寄ってみた次第ですぞ」

「まぁマルティアーゼなどと堅苦しい名で呼ばなくても宜しいですわ」

「はははっ、いやいやもうこれだけご立派に綺麗になられたんですじゃ、いつまでもマルティアなどとは言えませぬ」

「それではお茶をお持ち致しましょう、フランお願い」

「かしこまりました」

 フランが隣の部屋に入って行くのを見てから、グレン候を席に誘った。

「一年ぶりですな、女性は一年も経てばすっかり容姿も変わるものなんですな、儂の所は男しかいないものですからこうしてマルティアーゼ様を見てると保養になりますな、いやご無礼を」

 白髪交じりの頭をグレン候が撫でた。

「いえ、私もグレンおじ様とお会いできて嬉しく思います」

「お茶と少しばかりですが菓子もお持ち致しました」

 フランが二人の間にお茶を差し出すと一礼をして自室に戻って行く。

 冷えたお茶をすするとグレン候が口を開いた。

「で、護衛の件ですが、私どももマルティアーゼ様の身の安全を任されておりますので、数を減らすのは賛同致しかねますな、どうしてもというのであれば祭り広場ではなく城の広場から見学というのでしたらこちらとしても一個小隊まで減らしましょうぞ」

「それでは祭りの明かりしか見えませんわ、もっと近くで祭りを楽しみたいのよ」

「ですが……何万という民衆が集まる祭り、それを十数人で護衛だけとは到底承諾出来かねますな、マルティアーゼ様は国民に絶大な人気がありますが、中には不穏な輩もおります故、一個中隊でも少ないと思っております」

「ではどうしても駄目と?」

 口に運んだお茶を置きながらマルティアーゼがグレン候を見た。

「申し訳御座いません、何かあってからでは一大事、つい最近の事もありますからのぅ」

 城から逃げ出したことを言われると何も言えなくなってしまう、マルティアーゼはどうしたものかと考えた。

「分かりましたわ、護衛はそのままで結構です、その代わり一つお願いが御座いますわ」

 菓子を食べてゆっくりとお茶をしているグレン候が手を止める。

「何ですかな、出来る事であればマルティアーゼ様の為なら致しますが……」

「簡単な事ですわ、護衛にトムをえっと何でしたかしら、そう……トム・ファンガスを護衛に付けて下さいな」

「トム・ファンガス? とは」

「……ええ、私を助けて下さった警備兵だったトムよ、今は衛団隊副隊長だったかしら」

「ふむ、あの若者ですか」

「あれ以来お礼も言ってなかったし、この機会に会って一言お礼を言いたいのよ、いいでしょう?」

「お礼などわざわざマルティアーゼ様がするようなことでは……」

「私がしたいのよ、怪我までして助けてくれたのよ、一言ぐらいお礼をしなければ人の道に外れますわ」

「まぁ私どもと致しましても護衛を減らさないとするのでしたら、それぐらいはどうということでは御座いませぬしな、よろしいそのように手配を致しておきましょう」

 マルティアーゼが笑って喜んだ。

「有り難うグレンおじ様」

 マルティアーゼは久しぶりに気持ちの良い午後を、グレン候と話をしながら過ごすことが出来た。

 祭りもあと一月もすれば始まる。

 収穫の仕事が早く終わったものから街で祭りの準備をし始めていき、飾り付けや出店の用意など春から祭りが終わるまでは誰一人として遊んでいる時間がないぐらいに忙しい。

 マルティアーゼは毎日自室のベランダから街を眺め、今か今かと祭りが始まるのを待ち続けていた。

 夏の暑い季節になっても人々は朝から晩まで忙しく働き、街の喧騒も次第に大きくなって人々も興奮を抑えられないのか、祭りが始まる何日も前から夜遅くまで飲み明かす人達もいて、街の様子は祭り一色になり始めていた。

「そろそろね」

「そうで御座いますね、宮中も祭りの話で盛り上がってますわ」

 午後のお茶を飲みながらフランと話をしていた。

 明日から始まる収穫祭でマルティアーゼも少し落ち着きがなくなってきていた。

 街の広場では大きな矢倉が組まれ、周りには高々と丸太が積まれいく。

 周辺にも出店が立ち並んで準備が整ってきており、その広場で子供達も楽しく走り回っていた。

「明日の衣装は決まってるのかしら?」

「はい、白と黄色のドレスでご用意しておりますが、一度お着せになりますか?」

「いえ、明日の楽しみに取っておくわ、それより早く明日にならないかしら」

 想いは確実な時を刻んでどんなに焦っても一定の流れで過ぎていくのだが、眠って目が覚めれば、昨日の待ち遠しい想いは遠い過去として思えてしまう。

 朝から宮中では慌ただしく支度が始められ、マルティアーゼは朝から湯浴みを済ませるとフランの持ってきたドレスに早速着替え始めた。

 花模様の純白に薄い黄色の線が二本、腰から裾に縦に入っているドレスに手を通す。

 灰色の髪は三つ編みで括られ、頭上で纏められ大きな髪留めで留めてもらい、前髪も垂れてこないようにピンで留めていた。

「お綺麗ですわマルティアーゼ様」

 肩を出したドレスは白い肌のマルティアーゼによく似合っており、背の伸び始めた彼女を大人びた感じにさせていた。

「そう、ありがとう」

「花の髪留めもとてもお似合いですわね」

 椅子に座ったマルティアーゼの首筋に花から抽出した香水を振りかけながら、フランがうっとりしながらに言った。

「さぁ、マルティアーゼ様終わりましたよ」

 鏡台から立ち上がったマルティアーゼがくるりとフランに振り返ると、水晶のように輝きを放ったきらめく美しい姿がそこにあった。

 今までの可愛らしい女の子というより、既に美しさの頂点に届いた女性といった大人の風格を醸し出していた。

「まぁまぁ、なんてお美しい……」

 フランが口を押さえて上から下まで視線を動かしながら答えた。

「そうかしら、白すぎやしないかしら、もう少し色が付いていた方が良いのではないかしら……」

 鏡に映った自分を見ながら体を動かして確認してみる。

「そんなことは御座いませんわ、やはり姫様には白がお似合いです」

 コンコンと扉を叩く音が聞こえてきて、フランが扉を開けると兵士が一人立っていた。

「失礼します」

 フランが部屋に通すと、入ってきた兵士がマルティアーゼに礼をした。

「まぁトム、会いたかったわ」

 入ってきたのはあの夜以来、会うことも出来なかったファンガス・トムだった。

 すっかり元気になり、凜々しく衛団隊の白い鎧を身に纏って立っているトムに近づいていくと手を取って喜んだ。

「すっかりその衣装にも慣れたみたいね、あの時のお礼を言いたかったのに出来ず仕舞いで今まで掛かってしまって御免なさいね」

 手を取ったままマルティアーゼがトムを見上げながら話すと、トムは照れながらされるがままに立っていた。

「あの時は貴方がいてくれたから助かったのよ、今私がここにいられるのは貴方のおかげよ」

「あ、いや姫様、お礼を言わなければならないのはこちらの方です、姫様をお守りするのは当然のことですのに、こんな衛団隊などという役職に就かせて貰えた事に大変感謝致しております」

「あらそれは違うわ、貴方の功績に対しての正当な報酬なのよ、恥じることも感謝する必要もないわ、それにもう一人のお方は残念な事にお亡くなりになったのに、何もしないで終わりなんて事には出来なかったのよ」

「カール殿には二勲章と家族に厚い報酬を頂いたみたいです」

「……そう、私を助けるために……あなたたちに災いを移してしまったみたいね」

「そのような事は……、我々はローザン大公国を守るために兵士になったのでありますから、いついかなる時にも御身を捧げる覚悟で任務に就いているのです、そのような考えは何とぞお持ちになさらずに」

「ありがとう」

 マルティアーゼがじっとトムを見つめていると、トムは恥ずかしくて場の雰囲気に耐えられずに目をそらした。

「あ、あの姫様、本日は姫様の護衛の任に就かせて頂き誠に光栄に存じます、この身に賭けて姫様の身の安全をお守り致します」

「貴方がいてくれるなら心配はしてないわ」

「…………あのぅ姫様、お手を……」

「あら、御免なさい」

 ずっと握られていた手を解放されるとほっとしたが、手には汗が滲んでいた。

「そうだわ、フランお茶を……トムこちらに座って頂戴、少しお話をしましょう」

「あ、いえ……これからまだ任されたことが沢山ありますので、今日は姫様が私にお言葉があると言われましたので参っただけでございます、姫様の大切なお時間を取らせるわけにはいきませんので……」

「そう……残念だわ、また今度ゆっくりとお話出来るかしら?」

 マルティアーゼは少し寂しそうに言った。

「姫様がお望みならいつなりとも……、では失礼致します」

 部屋から出て行くトムを送り出すと、マルティアーゼは祭りに出る支度を再開した。

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