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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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 広い敷地の向こう側の景色は明滅して、太陽と月、朝と夜、晴れと雨といった全てのものが走り去るように過ぎていた。

 三十日の天候が一日に凝縮された景色だった。

 ここに来て廊下で見た光は雷などではなく、この明滅する光だったのだ。

「これが時の流れの中……ああっ恐ろしい、なんて魔導なの……これでは一体どのくらい時間が過ぎているのかが分からないわ」

 早くこの館から出なければ、外に出たとき世界は自分たちの知っているものではなくなっているかもしれなかった、子供は大人に、いやそれさえ通り越して次の世代へと様変わりしているかもしれなかった。

 自分達の事を知っているものは誰もいなくなり、置き去りにされた世界で生きていかなくてはいけないのだ。

 部屋に戻ったマルティアーゼはトムの体を揺さぶり起こそうとするが、深い眠りから戻ってこられないのか、一向に目が覚める様子もなかった。

「トム、起きて頂戴、早くここから出て行かないと私達は時の放浪者になってしまうわ、ねぇお願い」

 マルティアーゼははっとして、トムを起こす手を止めた。

「放浪者では……ない、私達は普通に元の世界の一員として今も存在している」

 トムの張りのある肌を見つめながら、マルティアーゼが言葉をついた。

「外に出れば私達の身の上に滞った時間が流れ込んでしまう、身は老い元々生きるべき世界の住人としてあるべき姿に戻るのよ、ああ……一体どれだけの時間が私達に老いを与えるというのか……考えるだけでも恐ろしいわ」

 手に触れたトムの肌が一瞬にして老けていくのを想像するだけで恐怖を感じた。

「早く目を覚ましてトム」

 握りしめたトムの手にマルティアーゼが頬を当てる。

 置いていくわけにもいかず、かといってマルティアーゼの力ではトムの体を運ぶことも出来ない、そのもどかしさと無慈悲にも過ぎていく時間がマルティアーゼを焦らせていた。

 過ぎ行く静かな部屋でマルティアーゼは考えをまとめると、居間へと向かった。

 居間ではデボラが卓について静かに目を閉じて待っていた。

 マルティアーゼが居間に入ってくると、ゆっくりと目を開けて視線を彼女に合わせてきた。

 デボラは何も言わず、そっと手を差し伸べて卓の反対側へ座るよう促してくる。

 差し出されたお茶を一口飲むと、マルティアーゼはデボラを見た。

 何も言わず、置物のように座るデボラは微動だにせずじっとしていて、マルティアーゼは静かに待つ老婆と顔を見合わせると、息を整えゆっくりと話を切り出す。

「デボラさん、私は連れと共にこの館を出ます」

「結構です、がその前にセレステア様の病気を治して頂けないのでしょうか?」

 デボラの目がじろりとマルティアーゼを見たと思ったら、彼女は力なく下を向いて静かに話し始めた。

「長い間待ち焦がれ、やっとセレステア様の救世主を会うことが出来たのです、もうあの子に自由を掴める最後の機会だと思っております、これを逃せばあと数年も持たないでしょう、徐々に弱ってくるあの子を見ているのは辛うございますよ、どうか館を出て行く前に治療をお願いします」

 卓の上に置かれた蝋燭の火が二人の顔をゆらゆらと、居間に漂う幽鬼のように照らしていた。

「デボラさん、貴方は分かってるはず、セレステアさんの病気が治っても魔導を解けば自分たちの身に何が起こるかを……それでも彼女の病気を治せというのですか?」

「あの子はいつも病気が治れば外に出て走り回りたいと言っていました、たったそれだけの事が出来ずに健気にこの館で過ごしてきたのです、それが彼女の念願、そのために私は魔導を使ったのです、半年悪くて一年以内に治療を出来る魔道士に会うことが出来ていれば、魔導を解いたとしてもあの子達は残りの人生を外で過ごせたかもしれませんでしたがそれも叶わず、私もこの通り歳ですしいつまで生きていられるか……、そうなれば結局はあの子達の死は免れないのです、ならば少しでも病気を治した喜びだけでも与えてあげたいのですよ」

「…………」

 どうやっても自分達三人の命運はもうすぐ尽きる、それを受け入れてるかのようなデボラの言葉だった。

「もう……遅すぎました、あの子達を助けるための魔導が逆にあの子達を苦しめてしまっていたのです、ううっ……」

 デボラは自分の力の無さに嘆き、

「魔導は素晴らしい力だと思っておりました、この力で人を助けたいとも思っておりましたが、その魔導で私はあの子達に不幸を与えてしまっていたのです、せめて罪を償えるならと魔道士が現れる今日まで生きながらえて来たのです、私達にお慈悲を」

 デボラは卓に頭が付くぐらいに深く頭を下げてマルティアーゼにお願いをした。

「……分かりました、セレステアさんを治してみます、本当にいいんですね?」

「お慈悲をお慈悲を……有り難うございます、これで安心して逝けます」

 彼女の涙は安堵の涙か、死を受け入れた今生の思い出に対する哀しみなのか、その両方の想いが脳裏に溢れてきているのか、止めどなく涙が頬を伝って流れ落ちていた。

「それでこの事を二人には……」

「何も申しません……教えたところで運命は変わらないのです、絶望を抱いて死を待つより何も知らずに死ぬ方が幸せでしょう」

「……」

 マルティアーゼは何も言わない。

(セレステアの病気を治し、デボラが魔導を解かなかったとしても彼女の死でこの館の運命は終わる、彼女達三人の死は逃れられない)

 けれど、三人の命はここで終わるとしてもマルティアーゼ達にはまだ残された生があったし、三人と付き合い心中するつもりもない。

「ではいつセレステアさんの治療をしますか? 出来れば早急に、私達にも時間がないのです」

「分かりました、セレステア様はいつも眠りが浅いので、直に起きてこられると存じます、その時にでもお願い致します」

 マルティアーゼはもう一度部屋に戻ってデボラからの連絡を待った。

(また私は人の死に関わることをしようというの……これではまるで私は人々に死を与えるために旅をしているみたいだわ)

 マルティアーゼはこんなことをするために旅にでたかったわけでも魔導を覚えたのでもなく、楽しく人々との交流を願っていたのにと悔しさがこみ上げてきた。

 自分の手を見つめ、この手この魔導は何のためにあるのかと自答する。

 いつの間にか眠くなってきて、寝台に崩れ落ちてしまった。

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