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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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57 時の魔導

 部屋ではトムがまだ静かに寝ていた。

 薬を飲んでからずっと眠っている。

 トムの傍らに座って手を握りながら顔を覗き込んでみた。

 不安に思いながらも規則正しく呼吸をしていて問題なさそうに見えたが、余りにも長く眠っているので、それだけ毒が強く残っていて体力が戻っていないのかと心配せずにいられなかった。

 暫くした後、デボラがトムの食事を持って部屋にきてくれて、それを受け取ったマルティアーゼがデボラにトムの様子を尋ねてみた。

「連れが一向に起きてこないんですが、どうなったのかしら?」

「大丈夫ですよ、そのうち起きてきます、もう少し静かに寝かせてあげましょう、それとお客人、少し話を伺ってよろしいでしょうか?」

 デボラがマルティアーゼの顔色を伺いながら聞いてきた。

「何でしょうか?」

「つかぬ事をお伺いしますが、先程拝見させてもらいましたお客人の魔法ですが、治療の魔法というのはあるのか聞きたいのでございます」

「治癒魔法はありますよ、しかし治療といっても無いものを作り直すとか、浄化させるという治療ではございませんので、この通り連れの毒も浄化させることは出来ないのです、治癒魔法はその人の元々ある治癒力の強化といえばいいですか、それの手助けをすることで傷の治りを早めたりさせるという魔法ですわ」

 マルティアーゼは丁寧にデボラに説明した。

「おお、それでも治療をする魔法は存在しているのですね、それは素晴らしいことでございますよ、実は恥ずかしながら私も魔道士なのでございますよ」

「……え? デボラさんも魔道士なのですか、それなら治癒魔法は使えるのではないのですか?」

「私は治療は使えないのです、というより知らないのですよ」

「知らないはずは……、魔道士なら治癒魔法は基本として教えられるはずですよ、遠話、導路、治癒、魔力の感知は初めに教育されるはずです、どうして知らないのですか?」

 マルティアーゼはこの館の住人に所々不思議な感じを受けていた。

 セレステアは光の魔法を知らない、デボラは魔道士なのに治癒が出来ない等、それに館自体の様式もマルティアーゼは初めて見るような古めかしい造りをしているにも関わらず、壁の彫刻や装飾はかなり細やかに出来ていた。

 それはいうなれば昔の建築のような古さがあった。

 一気にマルティアーゼの頭の中に、そういったものが全て現代とはかけ離れているのだと思いが湧き出す。

「知らないというと語弊があるでしょうね、私の時代には治療をする魔導というのがなかったのですから、光もそうですよ、私どもは初めてその魔法を見ましたし聞いたのですよ」

「時代? なかったとは……」

 現代の魔法は百年程前に確立しているはずであった。

 年老いているとはいえ、この老婆の見た目は七、八十ぐらいだろう。

 魔導を覚えたとしても、そのときはすでに治癒魔法は基本としてあったはずである、それなのに知らないとは……。

「デボラさん、失礼ですがお幾つでございますか? 今の魔導はかなり昔からありましたが、時代とは一体何時のことですか?」

 デボラの沈黙、じっとマルティアーゼを見つめながら考えを固めると、身を整えそっと話し出した。

「……やはりお伝えせねばなりませんね、この館は私の魔導で時を遅くさせているのですよ」

「…………」

 一体何を告げようとしているのか、マルティアーゼの額にじわりと汗が浮き出てきた。

 どくん、と鼓動が無意識に早くなり胸の痛みに顔を歪めた。

「それは……」

「はい、ここは外の時間と違う流れになっております、私は魔導を身につけた後、新しい魔導の研究に携わり時間の操作という今までにない魔導は出来ないかと調べていたのです、その傍らセレステア様の先代のバンキッシュ様の下で働かせて貰っていましたが、バンキッシュ夫妻が事故死されてしまいセレステア様とホーラン様だけになってしまったのです、他の使用人たちは没落した貴族に用はないと、さっさと辞めて行きました」

 デボラの目にうっすらと涙が溜まり始めるが、それを拭おうともせずに話を続けた。

「小さいお二人をこのまま捨て置くことも出来ず、ましてやセレステア様は心臓に持病をお持ちだったので、私だけがこの館に残った次第です」

「持病の事はセレステアさんから聞いて知っています」

「そうですか……、その持病は医者でも治すことが出来ないと言われ、このままだと成人する前まで持たないだろうと言われました」

「だから時間の魔導を?」

 マルティアーゼにも少しずつデボラのしていることが分かってきていた。

 時間の流れを遅くさせて治癒魔法が出来るまでの延命を図ろうとしたのだろう、ということが。

「結果としてそう見えるかもしれませんが、時間魔導は偶然発見した副産物と申しましょうか、元々は時間を止める事が目的で、その過程で偶々出来てしまった魔導だったのですよ」

「では不完全……ということですか?」

「時間の流れを任意でどれだけ遅らせられるかという操作が出来るのか、という事で申し上げたら不完全です、私にはそこまでの研究をする時間がなかったのですよ、お二人の世話で時間が取れず、その間にも大きくなられていくのを見ていて焦りが出てきたのです」

「だからその不完全な魔導を使ったということですね」

 マルティアーゼは責めたつもりで言ったのではなかったが、その言葉にデボラの溜まっていた涙がこぼれ落ちる。

「私の出来ることはこれだけ……、子供の成長は早く、助ける事も出来ず死を待つだけだと考えると、不憫で仕方なく使ってしまったのです」

「その魔導を使い始めてどのくらいの時間が経っているのかしら……」

「初めに何度か確認致しましたよ、ここでの一日は外の世界では三十日ほど経っておりました、私どもはこの館ですでに四年住んでおります」

「!」

 マルティアーゼは驚き声も出せずにいた。

 四年、その一日が三十日だとして、一体何年が経っているのだろうと、頭の中で計算してみた。

「…………百二十年以上」

 マルティアーゼは言葉に出すのも恐ろしく、震える声で言い放った。

 たった四年が百二十年もの時を進ませた、そのような魔導を一言で凄いですね、で受け入れられるはずもなかった。

「もうそんなに経ちますか……、長い時間が過ぎてしまいましたね」

 長いなんてそんな悠長な事を言っていられなかった。

 マルティアーゼの思いはそこにはなく、震えながらデボラに尋ねる。

「もしかしてそれは私たちの身にも魔導の影響が……?」

「はい、この館に入ったものは全てでございます」

「ああ……なんてこと」

 マルティアーゼは愕然としていた。

 頭に手を当て寝台に倒れ込む。

 知らぬうちに外の世界がめまぐるしく過ぎていると思うだけで、気が遠くなり身震いがした。

「どうかセレステア様のご病気を治して下さい、それがこの魔導を使った目的でございます、どうかセレステア様に外の世界を見せてあげてくださいませ」

 デボラが涙ながらに深くお辞儀をしてきた。

 が、マルティアーゼは呆然とそれを受け止め、受け流した。

「デボラさん、少し、少しでいいのでお時間を下さい、いきなりのことでまだ頭の中が整理出来ていないのです、考えさせて貰えますか?」

「わかりました、では後ほど……」

 デボラは素直に引き下がった、念願の治療が出来る魔道士が来たというのに余りにもあっさりと部屋を出て行った。

 寝台に寝転がって天井を見上げていたマルティアーゼは居間の状況を確認していた。

「今、私たちは時の魔導に掛かっている……、一日が三十日、ここに来てどれぐらい経ったの……」

 一眠りして食事と雑談だけでも少なくとも半日だろうと考えていた。

「そうよ、外を確認してみればいいんだわ」

 思い立ったように扉を開け廊下に出ると、窓から外の様子を窺った。

 そこでもマルティアーゼは目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

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