56
この館の主であるセレステアは少女だった。
二人共、歳はマルティアーゼよりも若くあどけなさが残る子供達だったのだ。
「連れが急病になってしまい、明朝に訪問致しましてさぞやご迷惑だった事だと思いますのにご親切にして頂き有り難う御座います、私は旅をしておりますロンド・マールです、当主様にお会いできて光栄で御座います」
マルティアーゼは膝を軽く曲げて一礼をした。
「構いませんよ久しぶりのお客さんです、お気になさらずに、デボラから話は聞いますのでゆっくりしていって頂戴、さぁ座って一緒に食べましょう、デボラお客人を席へ」
「はい、ではこちらへ」
セレステアの向かいに座ると、デボラと言われた老婆がマルティアーゼに食事を運んできてくれた。
その間、二人から熱い視線で見られていたが、食事時というのもあってか無駄な話はせず、出されてくる料理を静かに食べ進めていく。
食後に居間でお茶を飲みながら、改めて二人の姉弟を見比べていた。
共に真っ直ぐな金髪の短く刈り上げた短髪で、よく似た顔立ちをしておりセレステアも一見すると男の子のようで、またホーランも一見すると女の子のようにも見えた。
透き通るような綺麗でくりっとした青い瞳が、肌の白い顔の中央で元気よく動き回り、マルティアーゼの姿格好を見て何かしら興味があるように見ていた。
セレステアは齢十二で、ホーランは十歳だと聞かされた。
両親を事故で亡くし跡取りのホーランはまだ幼かったため、姉のセレステアが取りあえずホーランが大きくなるまでの当主となったらしい。
だが当主といっても何かをするわけでもなく名ばかりの当主で、実際この館には使用人のデボラと三人で住んでいるだけに過ぎないらしい。
「ロンド・マールさんは何処から旅をしてきたの? 外はどんな所なの? 沢山の人がいるの? 皆はどんな生活をしているの?」
セレステアがお茶を片手に、矢継ぎ早に沢山の質問をしてくる。
「マールでいいですよ、そんなに沢山聞かれても困るけれど、私はローザンって国から来たんです、遠い北の端にある小さな国でここよりももっと寒くて森に囲まれていて、そこからずっと海を渡り密林の国を通ってここまで長い道のりだった」
思い出すように語ると天井を仰ぎ見た。
「ローザン? 聞いたことがないわ、私はバンキッシュ領の事ぐらいしか知らないの、それにこの館からも出たことがないわ、外の世界なんて本で読んだことぐらいしか知らないから、もっと話を聞かせて欲しいの」
「外に出たことがないってどうしてです?」
不思議そうにマルティアーゼはセレステアを見た。
元気そうで足腰もしっかりしているのに、外に出られないとはどういうことなのかと尋ねてみた。
「私病気なの、激しい運動や興奮すると胸が痛くなる病気なの、だから外に出るのは駄目だって言われてるの、ホーランも一人で外に出るのが怖いらしくていつも一緒にこの家で遊んでるわ」
「外に出なくても家は広いから楽しいよ」
隣に座って二人の話を聞いていたホーランは、自分も話の輪に入りたそうに必死に話す内容を考えて、会話の合間に大声で言ってきた。
愛らしい屈託のない笑顔を振りまいて足をばたつかせながら話す態度に、マルティアーゼも笑顔で聞き返す。
「そう、いつもは何をして遊んでいるの?」
「お姉ちゃんに本を読んで貰ったり、隠れんぼしたりするよ」
「あら、運動は駄目なんじゃないの?」
そんな事をして体に悪いのではないのかと思った。
「うん、だからいつもお姉ちゃんが見つける役なんだ」
「ふふっ、走り回れないから一日掛けてゆっくりと家の中を探し回るんです、余りにも時間が掛かるとホーランを見つけたときに、隠れた場所で寝ていたりするんですよ」
セレステアがホーランと首をかしげて笑い合う。
(いい姉弟じゃないかしら、これが本当の姿なのね、私達とは大違いだわ)
姉妹でこんな風に笑い合う姿などマルティアーゼには信じられない光景のように見ていた。
姉のディアンドルからはいつも睨まれ嫌味を言われることしかされなかったマルティアーゼは、目の前の姉弟と自分達とを見比べて、私達姉妹は本当に血が繋がっているのかと疑う程、他人のような関係なのかなと考えていた。
本当はこうして笑い合って楽しく過ごせていたのなら、外の世界に興味も沸かずに、国の中で楽しく健やかな人生を送れていたかも知れない、そう思わせるぐらい二人を見ていて締め付けられる思いがした。
「それでマールさんはいつまでここに居てくれるのですか?」
セレステアが笑顔で聞いて来た。
「え……いつまでって言われても、そもそも此方がお世話になってる身ですから、連れが歩けるようになれば直ぐにでもお暇させて頂こうかと思ってます、いつまでもここに居てはお騒がせさせてしまいますので……」
ここを目的として来た訳でもなく、次の町を探さないといけなかった。
「でも旅をしておられるのなら、ゆっくりとここで滞在しても差し支えはないのでしょう、それとも何処かに行く予定でもお有りなのですか?」
「それは……そうですが」
マルティアーゼは口ごもった。
何処かに行く予定もない旅だったが、人の家に長居もするつもりも無かった。
「でもいつまでもお邪魔しているわけにもいきません、連れが歩けるようになれば旅の続きをするつもりです」
マルティアーゼは断ったつもりだったが、セレステアに伝わっていないのか、
「私どもは一向に構いませんよ、外の人が来るなんて久しぶりですもの、もっとお話を聞かせて貰いたいです」
「しかし……」
返事に迷っていると、お茶のお代わりを運んできてくれたデボラが、
「まぁまぁお嬢様、お客人が困っておいでですよ、余り無理なことを仰らないようにしてください、ほほっ、さぁお代わりでも」
「有難うございます、お気にならさずに」
デボラがお茶を注ぎながら、神妙な面持ちでマルティアーゼの腰についた杖と秘薬袋を見ていた。
「お客人は魔道士さんでございますか?」
「え……ええ、まぁ一応は……どうかしましたか?」
「いえいえ、変な意味で聞いたわけではございません、この辺りでは魔道士は珍しいのですよ、何年振りですかね」
そう返事をしながらセレステアとホーランにもお茶を入れていた。
「マールさんは魔導士なの、凄いわ、どんな魔法を使うんですか?」
「火と光です」
「光……? そんな魔法があるんですか、初めて聞いたわ、いったいどんな魔法なのか見てみたいです」
(光を知らないなんて……、この辺りはそんなに魔道士が少ないのかしら)
どれほど辺境であっても魔法の存在は行き渡っているはずであり、見たことがないのは分かるが、存在を知らないというのはまた不思議な感じがした。
「いいですよ、では……」
マルティアーゼが詠唱を唱えると手の平から光球が浮き出てくる。
それを部屋の天井へと投げるとパッと弾けて居間に光の欠片がキラキラと舞い落ちてくる、それを見たホーランは両手を広げてはしゃいでいる。
「凄い綺麗だわ……」
セレステアも手を組んで目を輝かせていた。
その隣でデボラは真剣に魔法に対して何かを考え込んでいるようにみえた。
「素晴らしい魔法ですね、もっと見て……ごほっごほっ、はぁはぁ……」
突然セレステアがせき込み胸を押さえたのを見たデボラが、
「お嬢様、余り興奮なされてはなりません、今日のところはもうお休みになりましょう、お客人申し訳ございません、後で部屋のほうへお連れ様の食事をお運び致します」
デボラがセレステアの肩を抱き部屋へと連れて行こうとした。
「大丈夫よデボラ、もう少しだけでも……」
「いけませんよ、これ以上は発作が出たらどうするのです」
「ごめんなさい、驚かせてしまったようね、今日はもう部屋に戻ります」
マルティアーゼが立ち上がって部屋に帰ろうとすると、
「ええっ、もう寝るのぉ、もっと見たいよ」
ホーランが駄々をこねるがデボラがセレステアを居間から出ていくと、その後を追うように一緒に出て行ってしまった。
残されたマルティアーゼは誰もいなくなった部屋で、お茶を飲み干すと自分の部屋へと静かに向かっていった。




