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大きな扉は繊細な彫刻が彫られた豪華なもので綺麗に磨かれており、ランタンの灯りでも艶やかに光っていた。
扉に付いた重厚なノッカーをコンコンと叩くと、暫くして扉の向こうからガチャガチャと音が聞こえてきた。
「よかった、住んでいる人がいたわ」
ガチャリと重苦しく扉が少し開くと、中から蝋燭で照らされた顔が隙間から浮き出てきた。
マルティアーゼははっとしたが、丁寧に言葉を掛けた。
「朝早くに申し訳御座いません、旅の者ですが連れ合いが急病で毒に冒されてしまったのでここに立ち寄らせて貰いました、宜しければ毒消しか、なければ何処か町への行く道をお教え願えますか?」
顔を覗かせたのは皺だらけの老人で、垂れた目をじっとマルティアーゼに向けていたが、マルティアーゼが話し終えると何も言わずに扉を開けてくれた。
「有り難う」
「構いませんよ、どうぞ」
声からして老婆のようで、発せられた声は低くしわがれていて聞き取りにくかったが、丁寧にマルティアーゼ達を迎え入れてくれた。
「馬車は裏小屋へ」
マルティアーゼは小屋で馬達を休ませてやると、荷台からトムを降ろして館の中へと連れて行った。
トムはかなり具合が悪そうで、この雨の中、寒さも相まって顔は冷たく青ざめ、ふらつく足取りで今にも倒れそうであるにも関わらず、本人は「大丈夫です」と健気に言ってきた。
二人が館に入ると、玄関で待っていてくれた老婆に部屋に案内された。
腰の折れた老婆がゆっくりとした速度で先頭を歩く。
館の中は静かでマルティアーゼ達の足音が廊下の石畳にカツカツと響いていた。
廊下の窓からは雷の光が時折入ってきて、一瞬館の中を照らし出す。
灯り一つなく老婆の手に持つ蝋燭だけで、暗い館に三人の歩く姿だけがぼんやりと映し出されている。
通された部屋は綺麗に寝台が二つ並んでいて、その一つにトムを寝かせると、
「何の毒にやられたんですかね?」
老婆がゆっくりとした声で聞いて来た。
「リザードマンに腕を噛まれたのです、毒を吸い出したんですが少し体に回ってしまったみたいで……」
「それはそれは……、では少々お待ち下さい」
腰の折れた老婆が部屋に戻ってくるまでの間、マルティアーゼはトムを楽な服装に着替えさせて傷口を見ていた。
左腕にぽっかり開いた穴が二つ、吸い出しきれなかった毒で傷周りが紫に変色していた。
「トム、気分はどう?」
「はぁはぁ……、だ、大丈夫ですよこれぐらい……、直ぐに良くなりますよ」
「毒を抜いてからでないと傷を塞ぐのは危険なの、もう少し我慢してね」
トンットンッ、扉から音が聞こえると、入ってきた老婆が盆に水と薬を乗せて持ってきてくれた。
「とかげの毒ならこれを飲んで下さればすぐ良くなりますよ」
「有り難うお婆さん」
マルティアーゼは盆を受け取ると、早速トムに薬を飲ませる。
するとトムの荒かった呼吸が収まり始め、眠るように目を閉じた。
「……トム? どうしたのトム!」
返事もなくトムは死んだように寝台で横たわっているのを見て、マルティアーゼは慌てて名を呼んだ。
「大丈夫ですよ、眠ってるだけです、それを飲めば後は眠るのが一番の治療、お嬢さんもこの雨で疲れたことでしょう、少しお休みになってはどうですかね?」
「本当にトムは眠ってるだけなの? さっきまであんなに荒い息をしていたのに、今はなんだか……死んだように静かだわ」
まさか毒を飲ませたのではないかと思う程にトムはぴくりとも動かない。
老婆の持ってきた薬を調べもせずに飲ませてしまった自分に悔しさが込み上げてきたが、老婆は心配ないから寝かせてあげなさいと念を押してマルティアーゼに伝えてきた。
「起きたら温かい食事をもってきますからね、ゆっくりしておいでなされ」
「ちょっと待ってお婆さん、ここの主は貴方なのかしら?」
「いえ……、私はここを任されている使用人ですよ、長い間ここで働かせて頂いてますからね、ご主人様よりも長くいますがね、ほほっ」
「では主にお礼を言わねばならないわ、会わせて頂けるかしら?」
主の許し無しで家に入れて貰っているなど、後で知られたら大事になるのではないかと、一度会って置かねばいけないと思った。
「いえいえ、まだご主人様はお休みで御座います、起きてこられたら私の方から伝えておきますよ、ご心配なさらずにお休みください」
老婆の表情はそれが普段の顔なのか、家に入ってからずっと薄ら笑いを浮かべていて、マルティアーゼは怪訝そうに見つめていた。
例え使用人であっても、勝手に見知らぬ者を家に招き入れるなど許されないだろうに、老婆は気にも留めずにニコニコとしていた。
「では少し休ませて貰います、起きたときにでも挨拶に行きますとお伝え下さい」
「はいはい、かしこまりました、では」
老婆の出て行った扉をじっと見つめながら、マルティアーゼは何か不自然な感覚に寒気を催した。
だがやっと落ち着く所を見つけて、トムも薬を飲んで落ち着いた様子で眠っている。
もしここの主が怒り心頭で追い出せと言ってきたら、その時はそれに従って素直に出ていこうと思っていた、それまでは少しでもトムの容態が良くなる事を願いつつ老婆の言葉に甘えておこうと、それに大雨で体も冷えていたマルティアーゼもかなりの体力を消耗していて、身震いする身体を温めて眠りたくはあった。
なにせ、洞窟では食事以外しておらず、真面に寝てさえいないのだ、そう気付いたときに急に眠気が襲ってきて、服装を軽い物に着替えて寝台に潜り込んだ。
目を閉じると一瞬のうちに眠りに落ちてしまったマルティアーゼは、深い眠りの中でまたあの夢を見ていた。




