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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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「…………」

 もうトムが一歩踏み込めばいつでも剣先が届く所まできたリザードマンが、シャアアと声を上げてトムに飛びかかってきた。

 鋭いかぎ爪が触れる前に臨戦態勢を取っていたトムの剣が腕を切り払い、リザードマンの胸に剣を突き立てる。

 ドッと倒れて地面でジタバタともがくリザードマンに更に突き入れ、剣が背中まで突き抜けると静かに痙攣していき絶命した。

 他のリザードマンは仲間の死にも動揺せず、シャアアと威嚇しながら襲いかかろうと向かってきた。

「姫様、荷台に隠れていて下さい」

「何言ってるの、私だけ逃げるなんてしないわよ」

 とは言っても目の前まで迫ってきているリザードマンに対して魔法を打つと、自分達にも被害が出てしまう、かといって剣を扱えないマルティアーゼにあの鋭い爪に対抗する術がなく何も出来ずにいた。

 何か棒のような物でも無いかと足元をみても、大きな石が落ちてるぐらいで武器となるものは見つからなかった。

「そうだわ」

 マルティアーゼがトムの腰から短剣を引き抜くと、

「ちょ……姫様、危険ですからお返し下さい、うおっ」

 トムがマルティアーゼに視線を一瞬ずらした隙を突いて、リザードマンが突進してきた。

 間一髪でリザードマンを切りつけて後ろに下がらせたトムは、目線を変えずにマルティアーゼにもう一度言う。

「刃物なんて怪我でもしたらどうするんですか、早く鞘に戻して下さい」

「前を見ていないと危険よ、大丈夫身を守るだけよ」

 ぎこちなく両手で柄を握って鈍く光る短剣で相手の攻撃に備える。

 シャアア、一匹のリザードマンの振り降ろした爪がマルティアーゼに向けて飛んできた。

「きゃあ」

 なりふり構わずに短剣を左右に振り回すと、偶然にも爪に当たり金属音が聞こえてきて軽い衝撃が腕に伝わってくる。

「姫様!」

 ガキッっと、トムも他のリザードマンの攻撃を受け止め、蹴り飛ばしながら叫んだ。

 マルティアーゼはリザードマンに突き飛ばされ、後ろに転がった所を覆い被されていた。

 目の前に大きく開けた口が、今にもマルティアーゼの小さな頭にかぶりつこうとするのを、寸前でリザードマンの首を両手で受け止めていた。

 リザードマンの爪が彼女の腕に食い込み簡単に皮膚を突き破る。

 滲み出る血がリザードマンを興奮させ、目の色が赤に変わっていた。

 生臭い息と激痛がマルティアーゼから力を奪い、幾つもの尖った歯が徐々に顔へと迫ってきていた。

 すると、ドンッと軽い振動と共にリザードマンが急激に力なく屈伏する形でダラリと倒れ込んできた。

「大丈夫ですか?」

 息絶えたリザードマンを蹴飛ばしてマルティアーゼから遠ざけたトムが、彼女の体を抱え起こす。

「ありがとう」

「お怪我は? あっ……血が出てます」

 マルティアーゼの両腕からは幾つもの爪痕から滲み出た血が、指先に流れて赤い線を作っていたを見て、トムが驚いた。

「大丈夫よ、これぐらい」

 トムがリザードマンを倒すと、直ぐさまマルティアーゼに駆け寄って来てくれたおかげで、食べられる既の所で助かったが、息は大きく両肩が上下していた。

「あとの二匹は私に任せて、傷の手当てをして下さい」

 トムが剣を握り直して残った二匹のリザードマンに向かって行った。

 マルティアーゼは何か援護をと光球を投げつけ洞窟を照らし、トムの戦いやすい状況を作ってあげる。

 トムがリザードマンの攻撃を剣で受け止め間合いを取りながら、斬り付けて傷を負わせていく。

「思ったより力があるな、皮膚も硬い……、斬るより刺した方が効果的か……」

 残ったリザードマンは先ほどの奴らよりも体が大きく力もあった。

 斬り付けた肌も思ったより傷が浅く、弱らせるより逆に怒らせてしまったようだった。

 真っ赤に光る眼光がトムを睨み付け、口を大きく開けて二本の長い牙を覗かせて向かってくる。

「くっ……」

 ガキン、爪に当たる剣の衝撃が重く感じてトムが力負けしてしまう。

 リザードマンは二本の腕を交互に振り出してきて、トムは防戦一方になってじりじりと後ずさりしながら懸命に攻撃に耐えていた。

 右に左に剣先を変えながら突き出される爪を防いでいく。

 リザードマンが両手を地面についた瞬間を狙って、トムは柄を逆手に持ち替えて頭上に剣を突き降ろした。

 リザードマンの後頭部に刺さった剣が突き抜けて地面にまで刺さると、骨の折れる音と共に頭部と胴体が離れてリザードマンは息絶えた。

 尻尾はバタバタと振り回しながら暴れていたが、次第に動きが弱くなってくる。

「よし、あといっぴ……!」

 トムが引き抜こうとすると剣が地面に深く刺さってしまったみたいで、抜こうと力を込めたその隙をついて、最後の一匹となったリザードマンがトムの左腕に噛みついた。

「ぐあああ」

 二本の長い牙がトムの腕に食い込んで大声を上げた。

「トム!」

 自分の腕の治療をしていたマルティアーゼの、悲鳴のような叫ぶ声が洞窟内に響き渡る。

「くそ……」

 噛まれながらも剣を抜いたトムが右手で持ち、リザードマンの柔らかい腹に突き刺してそのまま体重を乗せて下まで切り裂く。

 どろりと、内臓が地面に溢れて雄叫びを上げたリザードマンがトムの腕から牙を離すと、もう一度剣を振り下ろして喉元に突き立てて息の根を止めた。

「はぁはぁ……、くうう……」

 苦渋の表情を浮かべたトムが膝をついて喘いでいた。

 そのトムにマルティアーゼが駆け寄ると、

「トム大丈夫?」

「はい、腕を噛まれただけです」

 噛まれた腕からは二筋の血が流れていたのでマルティアーゼが治療をしようと、たき火の側までトムを連れて行く。

「見せて」

 右手で隠した左腕を火の明かりにさらけ出すと、噛まれた腕に残る二つの大きな穴の周囲が紫色に変色していた。

「これは……毒……、急いで毒を抜かないといけないわ」

 一目でマルティアーゼは異変を感じ、荷台に走っていく。

 綺麗な布を持ってくるとトムの上腕部を巻き付けて縛った。

 もう一枚の布で傷口を拭くと、どす黒い血が溢れてきた。

「あまり動かないようにして、毒の回りが早くなるわ」

 そう言うと、いきなりマルティアーゼがトムの傷口に口を付けて吸い出す。

 マルティアーゼの口端から血が滴り、吸い出した血を地面に吐き捨てていく。

「……くっ」

 トムは自分の腕が紫色に変色していく恐怖に耐えながら、懸命に血を吸っているマルティアーゼの横顔を見ていた。

 何度も何度もどす黒い血が薄く元の色に戻るまで、マルティアーゼは一所懸命に上腕から絞るように傷口に向けて手で押し出しながら血抜き作業を繰り返す。

 その甲斐あってか紫に変色していたトムの腕も大分薄くなり、吸い出しても血が出にくくなってきていた。

「はぁはぁ、大分吸い出したけれど……、完全には出せてない、解毒剤を飲まないといけないわ」

 そんな物を持っているはずもなく、この道無き場所の何処かも分からぬ洞窟の、外は止まない大雨が降り続いている状況の中、手に入らない物を言っても詮無きことではあった。

 僅かであっても体に回ってしまった毒の所為なのか、頭がぼんやりとしてきたトムの顔に冷や汗が浮き出て青ざめていく。

「気分が悪いの?」

「少し……頭が……力が抜けるような脱力感があります」

 マルティアーゼがトムの額に自分の額を押し当てると、

「少し熱があるみたい毒の所為かも、荷台で横になったほうがいいわ」

 マルティアーゼの肩を借りながら荷台に上がったトムは、毛布を掛けられると、

「……姫様の方は?」

 トムはマルティアーゼもリザードマンに怪我を負わせられていたので、自分の事より彼女の体の方を心配していた。

「傷はもう治したわ、私は噛まれていないもの、きっと牙に毒があったんだわ」

 マルティアーゼは外の様子を窺う。

 滝のように洞窟の天井から流れ落ちる雨水の音は激しさを増している。

(このまま放置してどんな後遺症が出るかもしれない、早く何処かの町で解毒剤を買わないと……でも)

 その町が何処にあるのか、マルティアーゼは自分がこんな道を行こうなどと言わなければ、トムをこんな目に遭わなかったと責任を感じていた。

 何とかして町まで行くしかない、そう心で覚悟を決めて荷物を荷台に詰め込み、目だけを出すように外套を深く被って手綱を握った。

「姫様……なにを?」

 トムが馬車の外で何やら騒がしくしているマルティアーゼに問いかけた。

「今から町を探しに行くわ、こっちから来たんだからこの方角に向かえば良いのよね」

 馬車の屋根にランタンをぶら下げると、来た道の反対方向へと指差してトムに振り向いた。

「貴方は横になって動かないようにしていてよ」

「こんな夜からは危険です……、私なら大丈夫ですから……危ない真似はしないで下さい」

「ふう……大丈夫よ、行くわよ」

 深呼吸をすると、マルティアーゼは手綱を馬に当てた。

 二頭の馬も出たくないという素振りで一声いななくが、マルティアーゼの手綱がそうさせずに諦めたかのようにゆるゆると歩き始めていく。

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