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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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51 闇の住人

 大きくぽっかりと空いた洞窟はかなりの広さで、入り口の雨のカーテンをくぐった途端、一瞬音が止んで静かになった気がした。

 固い岩盤をくり抜いた広い空間にはごろごろと大きな石が転がっていて、ひんやりと乾いた風が奥の方から流れて来るのが肌で感じられた。

「この辺りで休みましょう」

 入り口の近くで馬車から降りてみて分かった事は、奧に行くごとに緩やかな傾斜になっているということだった。

 殆ど見た目では分かりづらいが、立ってみると傾きが僅かに感じられる。

 そのお陰で雨水が洞窟内に入って来られないので、それだけでも大助りだった。

「直ぐに火を起こしますね」

「良いわよ私がするわ、貴方は服を着替えたら、そのままだと風邪を引いてしまうわよ」

 外套を着ていても隙間から入ってきた雨で服がずぶ濡れになっていたトムは、火起こしをマルティアーゼに任せて服を着替えに荷台に入って行く。

 パチパチと爆ぜる音が洞窟内に響き渡ると同時に、ぼんやりと明るく辺りを照らし出してきた。

「……暖かい」

 熱帯地方というべきこの辺りで今まで暑さで酷い目に遭ってきたというのに、ここに来て暖かさで心安まるとは思ってもいなかった。

 マルティアーゼは冷えた手を擦りながらたき火で暖を取っていると、急に空腹を感じてきた。

 馬車から出て来たトムに食事をしようと提案した。

「そうですね、もうすぐ陽が暮れる時間だと思いますが、こう暗くてはよく分からないですが……」

 トムが空を見上げた。

 どんよりとうねる雲は、隙間なく空を隠していて太陽を一筋も落とすこともなかったので、昼なのか夜なのか確認することが出来なかった。

「この雨が止んでくれない限りここで雨宿りになりますね」

 そういうと荷台から持ってきた干し肉と、マルティアーゼのお気に入りのマナマの実の乾物、それにこの辺りでは小麦を良く生産されているのでパンが主食の所が多く、安かったので腐らない程度に買ってきていたのであった。

 黒いパンは固く、家庭では普通スープに浸してから食べるのが主流だったが、ここにはそのスープはなかったので、噛みちぎっては水で流し込んで食べていた。

「もういいわ、パン一つ食べるだけでかなり顎が疲れるわ、私はこれだけで十分」

 半分もパンを残してマナマの実の乾物を口に放り込みながら甘酸っぱさに酔いしれるマルティアーゼに、トムは彼女の食べ残したパンをそっと取り上げた。

「確かにちょっと固かったですね」

 食事の残り物を処理するのがトムの役目になっている、というより自然とそうするのが普通になってしまっていた。

「……くんっ」

 マルティアーゼが一息吐いてたき火を見つめていると、何か変な匂いがしてきたのを感じた。

「…………?」

 キョロキョロと周りを見回すマルティアーゼと同じく、何かの匂いを感じたトムも首を振って見回していた。

「何かしら?」

「なんの匂いですかね、妙に生臭いというか獣臭いというか……」

 周りには動く物などおらず、洞窟の外は一向に止まない雨が降り続いているだけであった。

「この奧だわ……」

 真っ暗な洞窟の奧から漂ってくる嫌な匂いが、徐々に強さを増してくる。

「何か居るかも知れません、気をつけて下さい」

「ええ」

 トムは剣を抜いて闇に向けて剣先を差し出す。

 マルティアーゼも腰からワンドを取り出して、詠唱の構えを行った。

 闇の奧からは物音一つ聞こえてこない。

 今やもう漂ってくる匂いだけは、鼻をつまんでいないと息をするのを拒否するぐらいに強くなっていた。

 何も見えなくともはっきりと何かが近付いてきていると嗅覚が示していた。

「くふぁい」

 マルティアーゼが鼻をつまみながら嫌な顔をする。

「あっ、今何か光りませんでしたか?」

「どふぉ? よく見えないふぁ」

 トムは火の点いた薪を拾い上げて洞窟の奧に投げ込んでみた、すると落ちた薪が火の粉を散らして辺りを一瞬照らし出した時、

「あっ!」

 どちらが叫んだのか、映し出された物は異形の者だった。

 長い顔に白い歯がきらりと光ったのが見えたがそれはほんの一瞬で、奧から流れてくる風によって火は瞬く間に消されてしまい、何かまでは認識出来なかった。

「誰? 人なの動物なの?」

 マルティアーゼは臭いのも忘れて洞窟の奧を凝視するが、暗闇に戻った奧には何も見つけることが出来ない。

「何か居たわね」

「はい」

 マルティアーゼが詠唱を唱えて、光球を生み出すと奧に投げ入れた。

 洞窟の天井に当たった光球が弾けると、その者が姿を現した。

「これは……」

 トムの顔に汗が滲み出てくる。

 洞窟の広まった奧には人並みの背丈に二本足で立っているとかげが五匹いた。

 しっかりと足と尾で身体を器用に支えて真っ直ぐに立っていた。

 少し猫背になった頭は前に垂れているが、緑の目と長い口の先からチロチロと時折長い舌を覗かせながらこちらの様子を窺っているようであった。

 鱗のような皮膚は緑がかっていてお腹の辺りは茶色く、長い手には鋭いかぎ爪が伸びている。

 舌を何度も出してマルティアーゼ達の匂いを感じて、それが敵なのか獲物なのかを調べているようだった。

「リザードマンか……」

「りざーどまんって何?」

「南国の半妖らしいです、魔法によって人ととかげが同化された者の末裔だとか、本当なのか知りませんが……」

「それなら言葉は通じるのかしら? 大丈夫よ私達は貴方に危害は加えないわ、雨宿りをしていただけ、雨が止めば直ぐにでも出て行くわ」

 マルティアーゼがリザードマンに話しかけてみたが、相手は何も応えずに舌を出し続けて此方を見ている。

「……言葉は分からないみたいね」

「そう言われているだけです、人語が通じるならもう少し文明を取り入れているでしょう、あの姿を見ればただの動物にしか見えませんよ」

「もし人の変わり果てた姿だと思ったら、なんて可哀相な業を背負ってると思わずにいられないわ」

「それも言葉の綾ですよ、二本足で歩いてる姿から人のように見えるだけで、人だという証拠もないですから」

 のろり、のろりとリザードマンが動き出すと同時に光球が消え始める。

 もう一度マルティアーゼが光球を天井に投げつけ洞窟を照らし出すと、リザードマン達の口からは微かにシャァァという低い声が聞こえてきた。

「危ないです、下がって下さい」

「どうするの?」

「勿論、襲ってくるのなら斬るしかないですよ、人だの獣だの言ってられませんからね、まずは身を守るのが先決です」

 目が弱いのか、相手が何処にいるのかチロチロと舌で位置や距離を探るように、ゆっくりと左右に体を揺らしながら近付いてくる。

 ぼんやりと明るかった外はいつの間にか陽が落ちて常夜の暗闇が広がり雨音だけが洞窟に響いてくる。

 洞窟と外の暗闇がマルティアーゼ達を飲み込もうと光球の明かりが消えるのを今か今かと待ちわび、目の前にはじわじわとリザードマンがにじり寄ってくる。

 二人は周りから闇の圧迫感と襲ってくる恐怖を感じていた。

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