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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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 出発の直前から降り出した雨のせいで、折角の旅の再開がどんよりと沈んだ気持ちの出だしとなってしまった。

 外套を深く被りながら薄暗い街道を進んでいく二人。

 カラカラと水溜まりを撥ねながら馬車は南へと進んでいた。

 空には黒と白のうねりを上げる雲が色々な表情を見せながら足早に流れていく。

「今日でなくとも良かったのでは?」

 トムが雨音の合間に声を掛ける。

「だってメラルドがあの果物の生産地なんでしょう、早く本場の物を食べてみたいじゃない」

 マナマの実がメラルドで作られていると聞くや否や早く行こうと、マルティアーゼは興奮する気持ちを抑えられずにいた。

 マナマの実の美味しさに魅せられてしまい、初めて食べた日から毎日食べ続けて殆ど食事代わりの様になっていた。

(元気になったのはいいが、病み上がりでこの雨は身体に堪えるだろう)

「身体が冷えてきたら荷台で休んでいて下さいよ、まだ病み上がりなんですから」

「分かってるわよ」

 結局、旅の再開は雨のせいで二日遅れで出発していた。

 二日間、ずっと部屋の中から外を眺めていたマルティアーゼが、一向に止まない雨に嫌気を差して、今日ディストレア国を出ることを提案してきたのだった。

 ずっと続く雨のせいで砂利道の街道にはぬかるみが多く、人通りも殆どない。

 時折すれ違う兵士達がいたが、慌てた様子で馬を走らせながら追い越していったり、すれ違ったりていた。

「何かあったのでしょうか」

「分からないわ」

 街道に落ちる雨は視界が悪く、勢いよく地面に落ちた雨が跳ね返って霧のように細かいしぶきを上げ、白くぼやけてさせていた。

 街道の霧の中に人影が見えたと思うと、馬に乗った兵士が一瞬にして過ぎ去っていく。

「雨足が強くなって来ました、荷台に移っておいた方が良いですよ」

「そうするわ」

 マルティアーゼが荷台に消えていくと、トムは速度を落として馬車を走らせる。

「くそっ、前が見えにくくなってきた、うわっ」

 いきなりトムが馬車を急停止させた。

 後ろの荷台ではマルティアーゼの悲鳴が聞こえてくると、荷台から顔を覗かせてトムに言う。

「どうしたの?」

「何だこれは……」

 トムは目の前の街道を見下ろす。

 霧の中から現れたのは、えぐられて地面がなくなってしまった街道だった。

 大規模な土砂崩れが起きたようで、霧の向こうまで道がなくなってしまい、海に流れ落ちている。

「これでは通ることが出来ないぞ……、それで兵士達が確認で何度も見に来ていたのか」

「酷いわね」

 崩れ落ちて崖になった街道には、山の方から川となった水が土と混ざり泥水となって山肌の土を洗い流していく。

 じわじわと足元が浸食されて後退を余儀なくされたマルティアーゼ達は、仕方なく町に戻る事にした。

「折角ここまで来たというのに……」

 半日掛けてカブレアの町から走ってきて、また半日掛けて町に戻ると考えただけでどっと気落ちしてしまう。

 しかしここにいてもどうしようもなく、来た道をしぶしぶ戻っていく。

 不満を言うマルティアーゼだったが、帰りの道で彼女が山間に一本の道を発見してトムに知らせた。

「あそこよ」

 僅かに見える轍の後に短い草が生い茂り、そこに道があるというのが何となく分かるぐらいで、トムが来るときには見落としていた。

 脇道の前で止まると、マルティアーゼが、

「何処に続いているのかしら、行ってみましょうよ」

「ですが、こんな雨で山の入るのは危険ですよ」

「また半日掛けて戻るよりはマシでしょう、道があるなら何処かに繋がってるはずよ」

 此処まで来たら先に進みたかったのはトムも同じであり、不安を感じながらも見知らぬ道へと馬を進入させていった。

 道は使われなくなって久しいようで、轍は踏み固められておらず地面からは草が元気よく上に向けて伸びていた。

 既に道と呼ぶのは微かに見て取れる轍をそう呼んでいるだけに等しく、自然に返る途中の道といったほうが合っていた。

「本当に道が続いているのでしょうか」

 山の奧へとまばらに生える細い木の間を縫うように細い道は続いており、細い木々が雨風に揺れて今にも折れそうに頭を揺らしている。

「少しは雨露から凌げるようですが、何処に出るのかさっぱり分かりませんよ、只単に町に戻る回り道って事だけは勘弁して欲しい所ですが……」

「持ってきた地図を見ても何も書いていないわね、かなり古い道なのかしら」

 マルティアーゼは気分が悪くなるのを堪えながら、荷台で広げた地図とにらめっこをしていた。

「古道って感じがしますね、山を越えるために使っていた道ですかね」

 進めばすすむほどに轍の雑草が長く生い茂り、進むべき道を消し去っていくようであった。

 トムは道が消えて分からなくなる前に、何処かに出られれば良いなと思っていたが、無情にも道は消えてしまい、視界は長い雑草と細い木々の密林だけになってしまった。

「もう道が見えないですよ、こんな坂道で転回なんて出来ないし登り切るまで行くしかないですかね」

 馬車が通れそうな道幅がある所を見つけながら鞭を打ちつつ山を上がっていく。

 二頭立てで良かったと思わずにはいられない坂道を、どんどん登っていくと、

「見て下さい、出られましたよ」

 マルティアーゼが顔を出して外を見ると、拓けた大草原が一望できる場所までやって来ていた。

 とは言っても遠くまでは望むことは出来ず、白い霧が一面を覆っていて建物など人工の建造物は何一つ確認出来なかった。

「此処からどうやって降りるかですね、尾根伝いに行くのがいいか、さっさと降りたほうがいいのか此処で間違うと酷い目に遭いますよ」

 視界には山肌に道らしき跡があるように見えるが、尾根伝いにも道らしき僅かな平坦な所がずっと続いている。

 そのどちらも途中までしか道は見えなかったので、トムはマルティアーゼと暫く馬車で相談した結果、早めに山を降りた方が良いのではと意見が一致した。

 低い山であっても大雨の中で登山をするなど自殺行為に等しく、先ほどの街道の様な山崩れが起こるとも限らない。

 トムは手綱を引いてゆっくりと斜面に沿って下へと降りていく。

 雨は勢いが変わらず容赦なく馬車に打ちつけてきて、荷台のなかにいるマルティアーゼもうるさい雨音で気の休まる事もなく、毛布に包まってじっとしているしかなかった。

 山に入ってからどれだけの時間が経ったのか、トムがマルティアーゼに呼びかけたとき、うつらうつらと眠り掛けていた彼女が目を覚ました。

「マールさん起きて下さい」

「着いたの?」

 目ぼけ眼で応えたマルティアーゼが外の様子を窺うと、平坦な場所に降りてこられたようで、視線の先には背丈ほどの木々に一面の草むらが広がっていた。

 雨のほうはまだ止んでおらず木々に当たる音で五月蠅くはあったが、取りあえず山を降りることは出来た様であった。

「何処にも町らしき場所も道もないですが、雨の方もまだ止む気配もないですし、あそこに岩穴を見つけたので少し休憩をしようかと、私の方も身体が冷え切ってしまって手綱を握る感覚が無くなってきました」

「ええ、分かったわそうしましょう」

 山の斜面に面した大きな洞窟を見つけたトムが、馬車ごと中に入っていった。


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