5 狂騒の祭り
夜更けに城に戻ってきたマルティアーゼは、怒り心頭の父ローザン大公に怒鳴られて部屋で自粛をさせられた。
自室に戻ったマルティアーゼは怒られた事に反省するよりも、疲れと安堵で直ぐに寝台で倒れるように眠ってしまった。
何も考える暇もなく目を瞑れば一瞬で落ちていく感覚と共に深い眠りに落ちた。
目が覚めると既に陽は高く真上に昇っており、侍女からの報告で大公に呼び出されて謁見の間に出向くと、昨夜の出来事を逐一聞き出された。
大事な兵を二名も失い、公女たる身を危険にさらすなど言語道断と大臣の前で叱られてしまったのである。
「……二名ってまさかトムが、お父様トムは……トムが亡くなったのですか?」
炭鉱の前で蜘蛛にやられた兵士の他に無くなった者がいると聞いて驚いた。
「名は何だったかな」
大公は隣にいた大臣に聞くと、
「警備兵のカールと申す者で御座いましたかな、警備小屋に連絡をしに来たのがその者だと聞いております、治療を致しましたが傷が深く……」
ローザン大公が手を上げ手制した。
「聞いての通りカールという兵士じゃ」
「あの人が……」
トムにマルティアーゼを城に連れて行けといって、盗賊達の足止めに残って戦った警備兵だった。
「ではトムは、トムは無事なんですか?」
「運ばれた兵士は今だ治療中で御座います」
大臣が大公の代わりに告げる。
「………そうですか」
「此度のことでどれだけの被害が出たか自分の行いの愚かさを反省するが良い、今日から付き人を増やすでな、二度と城から出るでないぞ」
「…………分かりました」
それだけ言うと謁見の間から退出していった。
ローザン大公はマルティアーゼの後ろ姿を見ながら頭を抱えて、大臣にそっと何かを話していた。
それからのマルティアーゼの生活は監視が厳しくなり、常に誰かが付き添っているという気の抜けないものに変わった。
それはマルティアーゼが寝付くまで寝室に侍女が待機するほどであった。
出て行ってくれないと寝られないと言っても、大公様のご命令ですのでと言い返されれば何も反論が出来なかった。
自分の行いの結果と思い仕方なく従順に従っていたが、次第に溜まってくる鬱憤をはき出す機会もないまま過ごしていると、まだ子供のマルティアーゼには耐えがたい所まで鬱積した疲労が溜まってきていた。
「もう耐えられないわ」
部屋の窓辺で景色を眺めながら愚痴をこぼしていた、後ろには侍女がひっそりと佇んで何も言わずに立っている。
軟禁状態になってから一ヶ月、何処にも行けず窓辺から眺める広大な景色を見ているとマルティアーゼの中で自由の一言が込み上がってきていた。
「こんなに広い土地があるのにどうして私は何処にも行けないのよ、毎日毎日、お城の中で歩き回るしか出来ないなんて……」
鬱憤を晴らすかのように大声で叫んだ。
後ろで控えている侍女は何も反応を見せず、その事にマルティアーゼは余計に苛立ちを露わにする。
「それに……どうしてフランが外されたのよ」
マルティアーゼが侍女に問いただした。
「それはマルティアーゼ様がお城の外に逃げ出されたので、その責任を取って解任されました、その代わりに私がこの任に就いたので御座います」
淡々と侍女が説明をする、その事務的な言葉使いがマルティアーゼには何とも言えない冷たい言いように聞こえてきて、余計にイライラとしてくる。
「お父様に会わせなさい、直ぐによ、私はもう我慢が出来ないわ」
侍女はお辞儀をすると、扉の外に待機しているもう一人の侍女に伝えに部屋を出ていった。
暫くして戻って来た侍女が、陛下にマルティアーゼ様のご要望を伝えに向かわせましたと言ってきた。
マルティアーゼは窓辺に出て外を見ながら返答を待っていると、連絡をしに行った侍女が入ってきて陛下がお会いになりますと返事を持ってきた。
侍女の話を聞くなり部屋から飛び出し王の間へと足を運んだ。
「お父様、どうしてフランまで替えたのですか、城の外に出たことは反省してますが誰ともお話も出来ず、お勉強ばかりでは息が詰まりますわ、せめてフランだけでも戻して下さいませ」
王の間に入るなり、マルティアーゼはローザン大公に言い放った。
椅子に座っていたローザン大公はため息を吐きながらマルティアーゼを見て、
「全くお前は……、自分がどれだけ周りに迷惑を掛けたのか自覚がないのか、お前はこの国の公女なんだぞ、公女たる者が街に繰り出し遊んでいる事が民に分かったらどうなる、ただでさえディアンドルで頭を悩まされているというのに……お前までそのような事をしていると分かれば国の権威というものがだな……」
「私は遊びたくて外に出たのではありませんわ、外の世界がどのようなものか見てみたかっただけです」
マルティアーゼが口を挟んで反論した。
姉には何でも分け与えているのに、どうして自分にだけ犯罪者のような扱いを受けなければら無いのか納得がいかなかった。
ディアンドルは何でも欲しい物ややりたいことには我が儘を突き通し、親であるローザン夫妻を悩ませるマルティアーゼの四つ上の頭痛の種だった。
しかりつければ癇癪を起こし手当たり次第暴れ回る、ローザン大公国の悩みの公女でもあるのは周知の沙汰だった。
国民の中での評判も悪く、国の行事でも滅多に出てこず、巷では専ら男を取っ替え引っ替え城に引き入れて遊んでいるとの噂が立つほどの嫌われようであった。
本人はそのような事を言われていても何とも思っておらず、立場の違う下民の嫉みぐらいにしか感じていなかったので厄介な性格でもあった。
「それにトムはどうなったのですか、あれから何も連絡が入ってきませんし、トムは私の命を守ってくれたのですよ、今どうなってるのか知る権利はあります」
「兵士が国の公女を助けるのは当然のことなんじゃぞ、その義務を果たしたからといって特別な事でもない、その警備兵のことは儂の所に連絡はあった、今は警備隊長に上がったと聞いておる」
マルティアーゼが驚いた。
「まぁ警備隊長に、どうしてそのような低い役職で御座いますか、死にかけてまで私を魔の手から逃がそうとしてくれた者にそのような低い待遇を……」
「これこれ、警備隊長が低いなどと申すではない、国の治安を守る我が兵であるのだぞ」
「納得いきませんわ、せめて城内勤務に……衛団隊に入れて下さいませ、トムは優秀な人よ、実力でいえば衛団隊にいてもおかしくありませんわ、トムのような人をそのような警備隊に入れておくのは宝の持ち腐れです」
「これ、マルティアーゼ口を慎みなさい」
ローザン大公の一喝が入るが、ひるまずにマルティアーゼ話を続ける。
「いえ、お父様、トムの待遇改善をして頂けないなら明日から私はお勉強も致しません、それとフランも私のお付きに戻して下さいませ、して頂けないならもう誰とも口を利きません」
マルティアーゼは顔を背けて頬を膨らませた。
「何たる娘達だ、親を泣かせるのがそれほど楽しいのか、全く誰に似たのだ……」
かつては剛勇を馳せた剣豪であったローザン大公だったが、娘二人には手も足も出せずにいた。
「もう分かった下がりなさい、その二人のことはちゃんと考えておくでな、勉強はちゃんとするのじゃぞ」
「本当ですか」
マルティアーゼの顔が急に明るくなる。
「……ああ」
手を振って退出を促すローザン大公に、マルティアーゼが抱きついて頬にキスをした。
「まったく、お調子者だな」
ローザン大公もやれやれといった表情でマルティアーゼが出て行くのを見届けていた。
次の日には侍女が入れ替わり、フランが部屋に戻って来た。
「まぁフラン久しぶりね、寂しかったわ」
金髪の短い波打った髪に清楚な面立ちのフランがお辞儀をした。
「姫様のおかげで此処に戻る事が許されました」
マルティアーゼよりも年上だったが、小さい頃から侍女としてマルティアーゼに付いていて、本当の姉のように他のどの侍女よりも親近感があった。
「御免なさいね、私のせいで酷いことになってしまって」
「何を仰いますか、私は姫様の身辺を任されただけで幸せで御座います」
「じゃあ早速、お茶にしましょう、一緒にお茶をしてくれるわよね」
元気よくマルティアーゼが言った。
「では早速お茶を持って参ります」
久しぶりにマルティアーゼが笑顔で過ごせる生活に戻り、その日の勉強を済ませてから寝付くまでフランとお話をして過ごしていた。
それからは元気を取り戻したマルティアーゼは身の回りを全てフランに任せ、隣の部屋でフランも寝るようにと、自室の一部屋をフラン用の部屋に当てさせるほどだった。
「これで遅くまでゆっくりお話が出来るわね」
後日、連絡が来てトムが衛団隊の副隊長に任命されたと聞いて、マルティアーゼもほっとした。
マルティアーゼの願いを叶えてくれた父親に応える為、行儀良くお稽古や勉強をこなし何事もなく過ごしていたある日、城の中にある庭園で散歩をしていたときに階下の練兵場で衛団隊が練習をしているのが見えた。
「まぁトムだわ、フラン見てあそこにいる人がトムよ」
指指す方向に隊列を組んで歩くトムの姿が見えた、先頭の隊長の後ろで部下を率いて歩いている。
「身体の方も良くなったみたいね、良かったわ」
庭園から見下ろしているとトムがこちらに気づいたみたいで、マルティアーゼは視線を交わすと小さく手を振って見せた。
「マルティアーゼ様いけませんわ、幾ら助けていただいた者といえど臣下の者、必要以上に親しくすることは許されません」
フランが手を振るマルティアーゼに注意をした。
「あら別に良いじゃない、臣下なら身内みたいなものじゃない」
「なりませんよ、臣下といえど民草の出、マルティアーゼ様とは身分が違います、軽々しい振る舞いは相手に誤解を招きます、それに……」
「もう分かったわよ、まるでフランはお母様みたいだわ」
クスクスとマルティアーゼが笑った。
「私はマルティアーゼ様がまたおかしな行いをしないように申しつけられてますので」
フランはマルティアーゼから目を離さぬようにきつく言い渡されて、前よりも厳しく接するようにしていた。
「分かってるわ、でもせめて散歩している時間ぐらい自由にさせて欲しいわ、四六時中誰かに付き纏われる暮らしなんですもの」
「それはマルティアーゼ様自身の行いの結果かと存じますよ」
「まぁ、なんてことを……、何だかフランは前よりいけずだわ」
「マルティアーゼ様はまた私が付き人から外されてもよろしいのですか?」
マルティアーゼがフランを見ると、片目を閉じて笑っているフランがいた。
「もう……酷い人、もうあんな息苦しい生活は嫌よ、分かったわよ戻りましょう、喉が渇いたわ」
ちらりと去り際にもう一度トムの姿を目で追うと庭園を後にした。
日中、外に出ていると汗が滲んでくる暑い季節に変わり始めて、ローザン大公国では作物の収穫時期が迫り、それが終わると盛大な収穫祭が行われる。
今年の収穫に感謝すると共に、来年の豊作を願う祭りである。
年に一度の大イベントは国民総出の民間の行事であるが、貴族達もこの日は街に繰り出し、祭りを楽しむために衣装を揃えたり、異性とお近づきになる良い機会だと、狙っている相手に声を掛けようかどうか悩んだりする恋の祭りでもあった。
マルティアーゼも収穫祭には護衛付きだが祭りを見に行くことを許されていたので、彼女は機嫌も良く祭りが早く来ることを願いながら過ごしていた。