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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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49 甘酸っぱい想い

 冷静な表情のトムの堂々とした態度に、男達は何も言わずにトムを囲む様に広がっていく。

(この男達は用心棒だろう)

 見た目からしてあからさまに柄の悪い態度で目つきも険しい輩ばかり、腰には短剣や長剣を携えていた。

 ニヤニヤと不敵な笑みをこぼす者、いつでも躍りかかって殺してやるぞと言いたげな目つきで睨む者と、十人ほどの男達を前に熱い視線を受け止めているトムだったが、まるでそよ風の如く受け流しじっと店主が来るのを待っていた。

「何事かね不躾だな、人様の家にずかずかと、くくっ」

 出て来た店主は笑いながらトムの前に出てくると、トムの目つきが変わった。

「貴様、カレーナをあんな畑で働かせやがって、どういうつもりだ!」

「はて、儂が働けと言った覚えはないぞ、こういう仕事があるがどうかと聞いただけだ、稼ぐためなら何処でも良いと言ったからさせてやっただけだ」

 随分と前にトムと二人で話をしていたときと違い威勢良く答える店主を、ぎりぎりと歯ぎしりをしながらトムは睨み付ける。

「あそこがどんな所なのか分かってて働かせたんだろう、もう十分だ、あんな所にで働かせる訳にいかん、今すぐカレーナを連れて帰る」

「はぁ……、何度も言うがね、ちゃんとお金を払うなら連れて帰れば良いんだ、払えばね」

 手を上げて横柄な態度で、やれやれとため息を吐きながら言ってくる。

「分かってる」

 トムは懐からお金の入った袋を店主の前に差し出した。

「ほう、何処から集めてきたんだね」

 店主が受け取ろうとすると、トムは袋を引き戻した。

「契約書と交換だ」

「……ふん、良いだろう」

 店主が契約書を取り出してお金と交換する。

 中身を確認すると、

「これはご丁寧に金五十四も、これはどうも」

「それで十分だろう、これであの子を返して貰うぞ」

「ええ、結構ですよ、でも……」

 店主が目配せをすると、用心棒の男達が一斉に剣を抜いた。

「……どういうつもりだ、もう用は無い金は払ったはずだ」

「あの畑の事を知ったならこのまま返す訳にはいかないのでね、あの娘と一緒に死んで貰わないと」

「金も手に入れ秘密を知るものも消す……か、何とも小物感な親父だな」

「商売人なのでね、損得勘定で生きとるんだよ、お前達を野放しにしていたら儂らに被害が被るかも知れぬ、あの娘も生かさず殺さず黙って言うことを聞いていれば殺さなくても良かったんだがな、全く頭の悪い娘だことで」

 ほっほっ、と店主の高笑いが鳴る。

「そうだろうと思ってたからこっちも手は回してあるさ、もうじき警備兵が来る頃だろうさ」

「何ぃ……」

 店主が驚くと、家の外から大勢の馬の蹄の音が此方にやって来るのが聞こえて来た。

「ドラン、麻薬栽培の通報を受けてきた、捜査させて貰うぞ」

 家に入ってきた兵士が店主ドランに向かって声を張り上げる。

「くそっ、たかだか相手は五人だやっちまえ」

 用心棒達がトムと兵士に向けて切り込んできた。

 すかさずトムも応戦し、屋敷の広場で戦闘が始まった。

 打ちならす剣と怒号が入り乱れていく。

 しかし、トムも元は警備兵であり、用心棒といっても訓練のしたことがない只のごろつき風情が、例え数で勝っていても相手が悪かった。

 一人二人とあっという間に切り伏せられてしまい、ドランだけが残った。

「ドラン観念しろ」

 みるみるうちに仲間が地面に倒れていき、ドランは逃げる機会を失ってしまい顔が青ざめていた。

 隊長格の兵士が剣を突きつけると、ドランは地面にへたり込んで項垂れていた。

「トムさん!」

 門に隠れて居たカレーナが事が終わるのを見計らって、トムの胸に飛び込んできた。

「大丈夫だ、それに借金はもう返したから君は自由の身だ」

 トムは取り出した契約書をカレーナの目の前で破り捨てた。

「ああ……有り難う御座います」

 トムは自分の胸に顔を埋めながらむせび泣くカレーナをそっと抱きしめた。

 その後はトムもカレーナも駐屯所で取り調べを受け、事情を説明してから解放された頃は既に陽がどっぷりと落ちていた。

「俺はもう明日には此処を離れて旅に出なければいけないんだ、連れは君の教えてくれたマナマの実がすっかり気に入ったみたいでよく食べているよ、お陰で元気になったんで明日この待ちを出ることになったんだ、その前に君の問題に片が付けられて良かった、もうあの店主……ドランとか言ったか、奴も出てこられないだろうが、奴の仲間がまだこの町にいるかも知れない、出来れば他の町か国を出た方が良いだろうが、まぁそれは君次第……また要らぬことを言ったみたいだな」

「いいえ、私が馬鹿なばかりに迷惑ばかり掛けてしまって……本当に御免なさい、お金を稼いで父が元気になれば南の国のメラルドにでも行こうと思ってます、そこはマナマの生産地ですから、そこで果物を作ってみたいです」

「メラルドか……いい情報を聞いたよ、多分そこも通るだろうから連れも喜ぶだろう、そうだな君にはそういう仕事があってるような気がする、君がその国で幸せに暮らせることを願っているよ」

 トムは笑顔で答えた。

「ちゃんとお金を貯めてお返ししますので、いつか必ずまた……会ってください」

 カレーナは頬をうっすらと赤く染めながら言った。

「気にすることではないよ、でもまぁ何か目標を持つ方がやりがいがあるのなら、そう思って頑張って働いてくれれば良いさ」

「はい……」

 トムはカレーナの変化に気が付いたのか付いていないのか、ただ笑顔で返事をすと、

「もうこんなに暗くなってしまった、明日の準備もあるし連れも待ってるだろうからもう帰るとするよ、お元気で」

「お元気で」

 二人はまた会える日を約束すると、笑顔で別れた。




 トムは宿に怒ってるだろうと思いつつ部屋に入ると、意外にもマルティアーゼは一人で食事を済ませて待っていたみたいだった。

 窓の外から夜のとばりの降りた夜景を見ながら静かに立っていたマルティアーゼが、トムと顔を合わせるとゆっくりと言葉を掛けた。

「あらおかえり、遅かったわね」

 声も荒げず笑顔で言ってくるマルティアーゼにトムはいきなり、

「申しわけ御座いません」

 部屋に入り目が合うと謝った。

「別に怒ってなんかいないわ、ちょっと心配していただけよ、もうそっちのほうは良いのかしら?」

「…………はい」

「じゃあ明日は旅に出られるのよね?」

「それは……勿論ですが」

「それなら良いわ、食事も冷めているけれど早く食べてね、明日も早いのよ」

 静かに淡々と話すマルティアーゼに、トムが口ごもる。

「はい……あのぉ、一つ質問は宜しいでしょうか?」

「何かしら?」

「何かご存じで?」

「何も、何かあったのかしら?」

「いえ……あの、それは……」

「何も無ければそれで良いのではないの?」

 淡々としたやり取りに、トムはマルティアーゼが完全に怒っているのだというのが分かった。

(いつもの姫様ではないじゃないか)

 含みのある強い語尾で答えるマルティアーゼに、トムは言いしれぬ恐怖を感じながら、

「姫様、聞いて下さい、実は……」

「別に言いたくないなら構わないわよ」

 窓の外を眺めながらトムの言葉を遮った。

「いえ、姫様に隠し事をするなと言ったのは自分です、なので私の方も聞いて頂けないことには……」

「いいわ、聞きましょう」

 この時を待っていたと言わんばかりに、マルティアーゼは即座に寝台に腰掛けてじっとトムを見据えていた。

 トムの方は床に座り込んで彼女を見上げる。

 トムを見つめるマルティアーゼの無表情に、ある種の見えない怒りが燃えさかっているように思え、トムの顔に緊張が走った。

 何人もの男達に囲まれようともこれほどの緊張を覚えたことがないぐらいに、トムは口から言葉を出すのを躊躇っていた。

「ひ……姫様、も、申し訳……御座いません」

「まだ何も聞いてないのに、何に謝っているの?」

「これから話す事に先に謝っておこうかと……」

「話を聞いてからにしてからよ、何か悪い事でもしたのかしら?」

「いえ……そうではないのですが」

「それなら尚更、謝ることではないでしょう」

「しかし……」

(貴方のその顔が無言の威圧を掛けて来ているのではないか)

 と思えたが、そこはぐっと言葉を飲み込んだ。

「では申し上げます、姫様のお金を勝手に使ってしまいました、申し訳御座いません」

「お金を? いくら使ったの」

「金粒大五十四です」

「何にそれだけのお金を使用したの?」

「はい、それが……」

 トムは今まであった出来事を包み隠さずマルティアーゼに伝えた。

 カレーナとの女性の出会いから全てをトムが言い終えるまで、じっと言葉を挟まずにマルティアーゼは目を閉じて聞いていた。

 駐屯所での取り調べの後、カレーナと別れて帰ってきた所まで説明を終える頃には深夜になっていた。

「連絡もせずに使ってしまいまして、申し訳御座いません」

「そう……分かったわ、それでその人はもう大丈夫なの?」

「多分、店主は当分出てこられないかと思いますので安全だとは思いますが、この町に店主の息のかかった輩が残っているかも知れません、彼女には他の場所に移り住むようには伝えると、お金を稼いだら南国のメラルドに行くと言っていました」

 それは何時になるかは彼女の今後の働き具合だろうな、とトムは感じた。

「それならいいわ、じゃあもう寝ましょう、こんなに夜が深くなってしまったわ、明日は早いのよ」

 マルティアーゼはそれだけを聞くと何も言い返さずに寝台に潜り込もうとした。

「いえ姫様、他に何か言う事はないのですか?」

 布団に手を掛けていたマルティアーゼは手を止めると、

「……そうねぇ、じゃあトム、めっ!」

「……は?」

 マルティアーゼは怒った振りをしてトムを叱った。

「ふふっ、貴方がしていた事が分かったからそれで十分、逆に貴方に申し訳無いことをしていたのだって分かったぐらいよ」

「と、言いますと……」

「私はそのお金を貴方と旅をするために持ってきたの、つまり二人のお金よ、いつも私は自分の我が儘で好きな物を買っていたのに、貴方には自分の欲しい物や使いたいことを我慢させていたのだって気付いたのよ、だから貴方の使ったお金には何も文句は言わないわ、お小遣いだと思っておきなさい、それで終わり……まだ何か言い足りないかしら?」

 マルティアーゼは指を顎に当てて考え込む素振りをする。

「有り難う御座います」

 その言葉を聞いたトムにようやく安堵の表情が浮かんだ。

「その代わり、もう私に勝手な行動をするなとは言えなくなったわね、ふふっ」

「…………」

 マルティアーゼが布団に潜り込んだ後、薄暗い部屋でトムは一人、すっかり冷めた食事を食べてから眠りに付いていった。


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