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「本当にあいつの親戚なのかい?」
「ああ、カレーナの父親の所に行ったら借金の形に此処で働いてると聞いたんで来てみたんだ、一体幾らの金を借りてるんだ」
「ふんっ、あんたに払えるのかね、あそこの親父は酒浸りで病気になったんだよ、こちとら働けない親父の代わりに娘に働いて貰ってるだけだ、迷惑を被ってるのはこっちだよ本当に……」
まるで被害者面をしている太っちょの男は、トムの言い方が気に入らなかったみたいであった。
「金額はどれ位かと聞いているんだ、それと彼女への賃金はどれだけ払っているんだ、ちゃんと返せるだけの金額なんだろうな」
内容を聞いていたトムは知らない振りをしながら、この男が嘘を吐いているかどうか確かめたかった。
「確か金粒大五十三に銀粒小三十だったか、ちゃんとそれなりに賃金は払ってる、あとはあの娘の働き次第だがな」
「五十三だと……何故そんな大金になってるんだ、元金は一体幾らだったんだ」
五十と聞いていたトムは男に問いただした。
「五十だよ、利子が付くのは当たり前だろ、長い間金を貸してやってるんだ、そのおかげでこっちは商売のやり繰りが大変だよ、何だったらあんたが返すのかい、返さないのかい、どちらでもこっちは構わないんだがね」
「くっ……」
元金の値段に嘘はないようだが、利子だけでそんなに増えるのかと不思議に思えた。
「カレーナと話をしてくる」
トムはそう良いってカレーナを店の外に呼び出し、借金について聞いてみた。
「いつから働いているんだ? 借りてる金額に間違いはないようだが、借金が減っていないんだが賃金は幾ら貰ってるんだ」
「えっと、一日銀小三十です」
「それで利子はどのぐらい付くんだ?」
「十日で銀大五らしいです」
「…………は? 銀大五って普通に考えても利子すら払えないではないか、なんて暴利を掛けてやがるんだ、分かった待っててくれ」
トムは勇んで店主の元に戻ると、
「おい、どういうことだ十日で銀大五とは暴利もいいとこだ、返せるわけないだろう、カレーナを騙したな、連れて帰らせて貰うぞ」
「おいおいそれは困るね、連れて帰るならちゃんと金を返してくれないとな、それに騙したと人聞きの悪い事はいわんでくれ、こっちは初めにちゃんとそういう契約で構わないかと何度も聞き返したんだ、それで良いとあの娘が了承したんだから、あの子の責任だ、計算も出来ない者が悪いんだろう」
「それは借金をしてる者が嫌だと言えない状況を利用しただけだろ、そんな暴利が許されるわけないだろう」
胸ぐらを掴む勢いで側によるトムに、店主は汗をかきながら否定した。
「暴利暴利と言うがね、ここはローザンじゃないんだよ、これが普通なんだよ、賃金が安いのは仕方ないだろう、たかだか店番で高い賃金を払うわけがない、もっと稼ぎたければ仕事を増やせば良いだけだ、世の中舐めちゃいかんよ、ほっほっ」
あくまでもカレーナが良いと言って働かせてやってるのだと言いたげに、たぷたぷのお腹をさすりながら笑っていた。
「此処がどの国であれ、そんな利子を付けるなど違法だというぐらいは分かるぞ、なんなら行政にこのことを通報して調べて貰おうか」
トムも負けじと言い返す。
あからさまに相手の弱みにつけ込んで返せない賃金でずっと使ってやろうという汚いやり方で、そんな大人の汚い手で一人の若い女性の人生を潰すような事があってはならなかった。
「……ぐっ、お前はこの町で俺に盾突こうってことだな」
「俺はこの国の住人じゃないんだ、暴利をやめて賃金を上げるか国の調査を受け入れるか、それはあんた次第で俺はどちらでも良いんだぞ」
店主はさっきまでの余裕の表情は失せ、何やら考え込んだ。
「い……いいだろう、利子は十日で銀大一にしてやる、その代わり店番の賃金は変えんぞ、大きな稼ぎが欲しいなら他の仕事をしてもらう、これで手を打とうではないか?」
「それが本当の利率なのか?」
今度はトムが考え込んだ。
「良いだろう、それが本当かどうかより、その内容をカレーナに伝え、彼女が納得するのならそれで契約を書き直して貰おうか」
今の契約より随分といい条件を引き出させたというだけでも、今後の彼女の働きにも少しは勇気が沸いてくるだろうと思った。
トムはカレーナを連れてくると、変更内容を教えてやった。
「これなら店番の仕事でも必ず借金は減っていくだろう、もし何かおかしなことを言われたら直ぐに言うんだ」
「ああ、何という……これならいつかは借金が返せる希望が出て来たわ、ありがとう素晴らしいわ」
前の契約書を破り捨て、店主に新たな契約を書かせた。
店主は歯ぎしりをして悪態を吐きながら二人を睨み付け、
「くそお覚えてやがれ……」
捨て台詞を吐いた後、店主は内容を二人に見せて家へと帰って行った。
店に戻ったカレーナは嬉しそうに喜んで、
「本当に有り難う御座いました、こんな嬉しいこと……どうやってお礼をすればいいのか……、ううっ」
客として偶然来ただけの旅人にここまでして貰えるなどと、カレーナは思ってもいなかったし感謝しても仕切れなかった。
誰からも助けて貰えず、ただずっとこき使われて最後には捨てられるだけだろうと半ば諦めかけていた人生に、光明を差し込んでくれたトムにカレーナはただただ感謝の意を述べるぐらいのお礼しか出来なかった。
「そんなことよりこれからの方が大変だ、しっかり働いて早く借金を返せるといいな、それに親父さんの病気のこともあるだろう、身体を無理せず頑張って」
カレーナから笑顔が溢れ、小気味よい返事が返ってくる。
店を出たトムはカレーナに夕方にあの噴水の所まで来てくれと言い残して、マナマの実を大量に買って宿に戻っていった。
彼女の喜んだ顔がトムの脳裏に思い出される。
(やはり彼女は笑っていた方がいい、あの笑顔をいつまでも続けてくれれば良いのだが)
いつから働かせられていたのか、少なくとも真面に勉強をする前に親の借金を返す為、自分の人生を棒に振ってきたにちがいない。
彼女には早く借金を返して、自分の人生を謳歌して欲しいとトムは望んでいた。
「遅れて申し訳ありません、お腹が空いているでしょう、マナマの実を買ってきましたよ」
宿に戻るとマルティアーゼは起きていてじっと外の景色を眺めていたが、トムが帰ってくると振り返り、
「おかえり」
と、声を掛けてきた。
「身体の方はどうですか? まだ食欲はないですか」
「大分熱も下がってきたみたい、身体も少しは軽く感じるようになってきたわ、食欲の方はまだそんなにないけれど、その果物は食べたい気分だわ」
にこりと笑いマナマの実を受け取ると、ゆっくりと食べ始める。
部屋の机の上には宿主が持ってきてたであろう食事が、手つかずのまま置いてあった。
「果物も良いですが、少しは食事を食べないことには体が良くなりませんよ」
「それは貴方が食べて頂戴、私はこれだけでいいわ」
トムはマルティアーゼの身体を心配したが、取りあえず本人の言うとおり顔色も元の色……といっても日に焼けて小麦色の顔だったが、熱も下がっているようで自分から物を食べたいと言うぐらいには回復していて安心した。
「買い出しの方はどうなの?」
「大体は揃えました、後少々要り用なものがありますが、マールさんが元気になられるまでには揃えておきますよ、それにまた倒れるといけないですから馬車を用意しておこうかと思ってます、もし気分が悪くなれば荷台で休めますし、夜も野宿よりは良いかと思いますからね」
「……元気になっても病人扱いをするつもりなのね、ふふっ」
マルティアーゼはマナマを手に持ちながら、
「私もっと体力があると思っていたのに、南国の太陽はきついわね」
「そうですね、私達北の人間には慣れていませんからね、プラハでも暑いと思っていましたけど、まだ向こうは森の中で木陰が多かったから良かったですが、こちらは木陰も少なく、日差しは乾燥していてじりじりと焼かれているようで肌が痛くなりますね」
トムの肌は既にこの土地の人達のようにこんがりと焼けていて、鎧の隙間から覗く日焼けしていない部分と比べると、まさに白と黒に色分けされていた。
「元気になられたら服装ももう少し露出の少ない物にしないと、そんな格好ではこの日差しで旅は出来ませんよ」
「……そうね、ドレスだと動きにくいからまた買いに行かないといけないわね」
マルティアーゼは今だに挙式で着ていたドレスだったので、肩から上は露出していて日差しを隠す物も無く鎖骨が露わになっていた。
トムは目のやり場に困るぐらい、マルティアーゼのきめ細かい肌は艶めかしかった。
「く、果物は沢山買ってきてありますので食べたいときは言って下さい、ちょっと果物を冷やしてきますね」
場の悪さを感じたトムはマナマの実を洗いに行くと、部屋から出て行った。
熱い地域特有の乾いた風が窓から流れてきて、ふわりとマルティアーゼの髪を軽く持ち上げた。
マルティアーゼはそれを気持ち良さそうに、撫でる風を目を閉じて肌で感じていた。
夕方、トムが約束の噴水場でカレーナと落ち合うと、近くの店で軽い食事をする事にした。
「借金を返したらちゃんと店主から契約書を受け取るんだ、それとこれを……」
「これは……」
トムが少しばかりのお金を渡した。
それを見てカレーナは、
「これは受け取れません、契約を良くして貰えただけでも感謝しているのに、お金までは受け取れないです、これからは頑張ればお金も貯まっていくんです、そう思うだけでも幸せな気分です」
カレーナがお金をトムに押し返す。
「……そうか分かった、要らないことをしてしまったみたいだな」
嬉しそうに見つめてくるカレーナに、トムも笑顔で答える。
「あのぉ、私何もしてなくて、ただ愚痴を言ったばかりに私の問題に巻き込んでしまって……、お礼をするだけのお金もないし……何をすればいいですか?」
「んっ……お礼だなんて結構だよ、俺が勝手にやったことだ、気にしないでくれ」
「でもそれじゃあ……、もし私みたいなので宜しければ……身体でもいいです」
カレーナの意を決した発言に、トムは驚き、
「何を馬鹿な事を言ってるんだ、そんなことが目的でしたわけじゃないぞ」
すかさず否定した。
「でも私にはこれぐらいしかお返しすることが出来ないんです」
「君はまだ若い、背伸びをして自分を捨てるような事はするんじゃない、学校にも行って勉強をすれば色々なことを知るだろう、その時に自分がしてきたことがどれだけ馬鹿な事をしていたか後悔するだけだぞ、もっと自分を大切にするんだ」
「でも……」
悲しそうな表情を浮かべたカレーナにトムは、
「それじゃあこうしよう、俺は旅をしなければいけない、もしまたこの国に来たとき君が笑顔で迎えてくれる事を約束してくれ、それでいいだろう」
ぱあっとカレーナの表情が明るくなり、今まで見返りを欲しがる人達の中で生きてきた彼女にとって、初めて大人という人に出会った感じがしていた。
何度もお辞儀をされてから別れたトムは、一仕事を終えて宿に帰っていく。
後はマルティアーゼの体調が戻るのを待って、旅に出るだけかと思っていた。




