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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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 トムは朝起きてマルティアーゼの容態を確認すると、宿主が持ってきてくれた朝食を食べさせようとした。

「食べないと体力が戻りませんよ」

「……もういいわ、食欲がないの」

 スープを飲んだだけで他の物には口すら付けようとせずに、少しでも食べさせようと強引に口元に持っていくが、首を振って布団に潜り込んでしまう。

「ふうむ、何かいい食べ物はないものかな……」

 仕方なく店が開く時間に外に出たトムは、商店街に出向いてみた。

「魚は元々そんなに好きじゃないから流石に食べないだろう、肉にしてもお腹にはきついだろうし、野菜すらウサギより小食な方だからな……困ったな」

 色々な食材や店が並んでいてもどれもマルティアーゼが食べなさそうなものばかりであった。

「果物の乾物なんて腹の足しにもならないだろう」

 一軒の店で立ち止まって乾物の果物を見ていると、店員が声を掛けてきた。

「どうですか、色んな果物がありますよ、どれも長持ちしますし美味しいですよ」

 声を掛けてきたのは小柄な女性で髪を両側で括り、胸元に流している可愛らしい女の子だった。

 満面の笑みをトムに微笑みかけてきて清々しく感じさせた。

「いや……連れが体調を崩してね、何かお腹に優しい物は無いかと探しに来たんだが……、長旅とこの暑さでバテてしまったみたいなんだ」

「まぁ、旅のお方ですか、それじゃあ乾物は駄目ですね、そうね……、これなんかはどうかしら、マナマなら甘酸っぱくて体調を整える果物で有名ですよ、産地はもっと南ですけど、このカブレアでも最近やっと作り始めたんですよ」

 薄赤い実のそれ程大きくもない果物を目の前で半分に切って見せてくれた。

 白い果肉には種が沢山入っていたがほんのりといい香りがトムの鼻腔に流れてきた。

「うん、いい香りだ」

「そうでしょう、南国じゃこれが人気なんですよ、やっぱり暑いときは酸っぱい物が好まれますよ」

「そうか、じゃあそれを二つ貰おうかな」

 決して彼女の爽やかな笑みにほだされて購入を決意したわけではなく、マナマの果実は汁気も多く、これならマルティアーゼでも食べることが出来るだろうと考えてのことだった。

「食べる前に良く洗って冷やしてからのほうが良いですよ」

「有り難う、そうするよ」

 彼女の返事に自然とトムの顔も緩んで笑顔で返してしまった。

 本人もごく自然に出た笑みに自分で驚いて真顔に戻してしまう。

 別にトムみたいな無骨な男性が笑顔を浮かべることに、おかしく感じる事でもなければ笑顔が変というわけでもない。

 何だか自分らしくないというのがトムの感想で、真面目が取り柄で愛想を振りまくような性格でもないと思っており、そんな自分が自然と女性に笑顔を振りまくのは軟派で優男のようで少し恥ずかしかった。

 彼女の方はそんな風には捉えていないようで、トムの笑顔に好感を持ったみたいに立ち去って行く後ろ姿にずっと笑顔で見つめていた。

(宿の裏庭の井戸を借りるか)

 早速宿に帰ってくると井戸水でマナマを良く荒い、冷たい水に暫く浸してからマルティアーゼに渡した。

 まだ身体が熱くて目がとろんとして焦点が合っていないような、寝ぼけ眼のマルティアーゼはトムからマナマの実を受け取り匂いを嗅ぐと、頭の中がすっきりするような爽やかさを感じた。

「これは?」

「マナマの実っていうらしいですよ、店の女の子が体調が悪いときはそれが良いと言っていたので買ってきました、それなら食事よりも食べやすいでしょう」

「いい香りだわ」

「良く冷やしてますので早めに召し上がって下さい、種が多いので気をつけて下さいよ」

 マルティアーゼが一口食べてみる。

 酸味と甘みが口腔に広がり、柔らかい果肉は飲み物のようでするすると喉を通っていった。

「……美味しいわ」

 マルティアーゼは飲むようにマナマの実をすすり続けた。

「水気も多いので喉を潤すのにも良いかと思いまして、気に入って貰えたのでしたら後でまた買いに行ってきますよ、今はそれで我慢して下さい」

 手を止めずマナマの実を食べ続けるマルティアーゼを見たトムは、食べてくれた事にほっとしていた。

 マルティアーゼは二つのマナマを平らげた後、暫く外の景色を見たていたが、眠気がやって来たのかまた布団に潜り込んで眠ってしまう。

(まだ体力が戻ってないみたいだな、そんなに長く起きていられないのか……)

 トムは彼女が寝たのを確認してから昼過ぎに街に出かけて、先ほどマナマを買った青果店へと向かった。

 昼時の休憩なのか通りは人通りが少なく、トムは閑散とした街中の路地を歩いていると、視界にあの店の彼女が歩いているのを見つけて声を掛けた。

「やあ、先ほどはどうも有り難う、お陰で連れも食べてくれたよ」

「え……、あっはいっ、いえそんな……」

「どうかしたのかい?」

 彼女の顔をよく見ると左頬がうっすらと赤く腫れ上がって、目には涙が溜まっていた。

「誰かにやられたのか?」

「いえ……いいんです、何でもありません」

「そんなことはない、女性に怪我をさせるなんて……誰にやられたか教えてくれないか、俺がきちんとけりを付けさせてやる」

「本当に何でも無いんです、失礼します」

 彼女は逃げるように走り出そうとしたが、トムが腕を掴んで引き留めた。

「どうもしないのなら逃げることはないだろう、俺は昔に少しばかり警備兵をやっていた頃があってこの手の揉め事の処理はしたことがある、君のお陰で連れも食事を取ってくれたんだ、何かお礼をしたいんだ」

 トムを見つめる彼女がいきなり泣き出して、トムの胸に抱きついてきた。

 そっと肩に手を置いて彼女をなだめると、事情を聞くために近くの噴水まで連れて行った。




 冷たい水しぶきが風に乗って辺りの気温を下げてくれる噴水場で、彼女の気分が落ち着くまでトムは黙って待っていた。

「御免なさい、急に泣き出しちゃうなんて変な女だと思ったでしょう」

 落ち着いた様子の彼女がトムに謝ってきた。

「構わないよ、俺はトムだ、一体何があったのか聞かせてくれないか?」

 トムは優しく答えた。

「カレーナです、いつものことなのよ、私、今の店に父の借金の肩代わりで働かされていて逃げれば父に何をされるか分からない、だから仕方なく働いているのだけれど、何かある度に店の主人が私に当たるの……今日は……その、押し倒されて抵抗したら殴ってきたから逃げてきたの、もうあそこに戻るのは嫌……けど父の事を考えると……」

 カレーナの目に又も涙があふれ出てきた。

「父親は何をしてるんだ、自分の子供を働かせてのうのうとしているのか?」

「父は病気で寝たきりなんです、私が働いてる間は近所のおばさんに世話をして貰ってるの、お金さえあればあんな店で働かなくてもいいのに、幾ら働いても借金が減らないような賃金しか貰えないのでは……死ぬまであそこでこき使われるんだと思うともう……」

「一体幾らの借金があるんだ? 俺が肩代わりしてあげよう」

 トムが勢いでつい言葉を出してしまった。

「金粒大五十……、こんな大金を出せるわけ無いわ、利子だけ返すのがやっとよ、どれだけ仕事をしても稼ぎが増えないのでは、今では店番以外でも畑仕事も任されてるの、このままだと借金を返す前に私が死ぬのが先かもしれないわ」

「金粒大五十……か」

 庶民で金粒小一でも一週間は食べていける金額で、大一個であればそれこそ一ヶ月は余裕で食べていけるだろう。

 借金といっても庶民の程度ならば銀粒ぐらいだろうと、それなら自分の財布から出せると考えていたトムは、彼女の提示した金額に驚いていた。

 そんな大金をおいそれと出す訳にもいかなく、トムは口ごもってしまう。

 元々お金の大半はマルティアーゼが持ってきたお金であり、イリィの残していったお金で少しは余裕も出来ていたが、それをマルティアーゼの知らない所で他人の為に勝手に使うわけにはいかなかった。

 トムが沈黙したのにカレーナも察して、

「いいのもう……、結局は働くしかないんですもの、どんなに嫌だと言ってもあそこから逃げること何て出来ない、御免なさい早く戻らないといけないの、連れの方が元気になれると良いですね、それじゃあ……」

「あっ……」

 トムにはカレーナを止める言葉が見つからず、そのまま彼女を帰してしまった。

 結局トムはマナマの実を買うことも忘れ、宿へと帰ってきてしまった。

(彼女を助けてあげたい、けれど五十なんて大金を……)

 目の前で眠るマルティアーゼの横顔を見ながら考え込んだ。

 荒かった寝息も幾分ましになってきたみたいで、顔色の赤みも薄れて落ち着いて眠っている。

(姫様に聞いてみるか……、いやまだ体調もすぐれない所に心労を掛けるような話は駄目だろう、考えが回らない状態で聞いても……任せるわと言わせてるみたいなもんだ、もう少し落ち着いて冷静に思考が働く様になるまで待つか)

 その晩、食事をしながらトムはカレーナのことをずっと考えていた。

 どうしても彼女の笑顔の裏に悲しみに暮れる表情が浮かんできて消えずにいた。

(どうしたんだろう俺は……、彼女のあの笑顔をもう一度見たいと思うのは……)

 顔でいえばマルティアーゼという絶世の美女ともいえる人物が側にいて、明るく元気で可愛らしい顔など今まで出会ってきた女性が沢山いたはずである。

 皆、人柄も清々しいくらいに活発で、自分というものをしっかり持っていた人達ばかりである。

 それが店で物を売る商売女のごく普通の女性が気になるとは、これまで感じたことがなかった。

(客に振りまく愛想笑いだと分かっているのに……、どうしたというんだ)

 明暗、表裏、その差を垣間見たトムにはどちらも本当の彼女に見えてしまい、彼女がこれから生きて行くであろう分かれ道に今、自分が立っているように思えていた。

 これからの自分の行動一つで、彼女に歓喜か悲哀かの道を歩ませる立場にあるのかと考えると、気になって中々寝付けなかった。

(俺は姫様を守ることが第一なのだ、市井の女性にいちいち心を奪われていたら、この先旅などすることが出来ない)

 マルティアーゼが倒れているこの時期に女にうつつを抜かすなどと、トムは理性で感情を抑え込もうと自分自身に言い聞かせていた。

 しかし次の朝、足を運んだのはカレーナの店だった。

 浅い眠りで殆ど眠れなかったトムは、店の前でカレーナに声を掛けるかどうか迷っていた。

「よしっ」

 意を決したトムが店へと行き、カレーナに向かってこう告げた。

「店主に会いたいのだが」

「え……あの、でもどうして……」

 いきなりやって来たトムと目が合ったカレーナは、あのような別れ方をした昨日の今日で、恥ずかしさから顔を赤らめてどう接したら良いのか分からず動揺していたが、トムの方はそんな態度を気にする様子もなく、

「君の雇い主と直接話をしたいのだが、いないのかな?」

「えっといますけどどのような話を……」

「俺はローザンに住む君の親戚だということにしておいてくれ、他のことは知らないと言っておけばいい」

「え……でも」

 カレーナはどうしたものか迷っていると、

「このままここで一生働くのか、ここから逃げ出したいのか、どちらを望むんだ」

 その言葉は彼女にとって呪詛のような言葉に感じられ、鼓動が早くなった。

「わ……私は」

 次の言葉を出す事に恐怖と願望が交錯し声を出す事が出来なかったが、トムにはその彼女の態度でどう思っているのか理解できたので、カレーナの肩に手を置いてそっと呟く。

「大丈夫任せておいてくれ、必ず此処から出してあげますよ」

「ああ……は、はい」

 カレーナは緊張の言葉の中に嬉しさが入り混じった声で答えると、店の奥へと走って行った。

 暫くすると奧からカレーナが引き連れてきた店主が出て来た。

「あんたがカレーナの雇い主かい?」

「カレーナの親戚だって? 何用だい」

 でっぷりと腹の出た男は口ひげを動かしながら、トムを睨んで面倒くさそうにため息を吐いた。

「ここで話をしていいのなら俺の方は気にしないが」

「……ちっ、こっちに来な」

 何の話をされるのか見当が付いているのか、店主は店の裏へとトムを連れて行った。


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