45 マナマの縁
マルティアーゼ達が次の国、ディストレアに着くまでの間にマルティアーゼから何があったのかを聞いたトムは深いため息を吐いた。
「一体何を考えてるんですか、そんな危険な役回り、断れば宜しかったのではないですか、大体一人で宿から出て行って仕事をしようなんて無茶はやめて下さい」
「何よ……、貴方が私を御姫様扱いするのがいけないんじゃないの、今回だって危険な事にはなってしまったけれど、私なりに頑張ったつもりだったのよ」
馬上での言い合いが始まると、いつものようにマルティアーゼの頬が膨れて、トムは真剣な表情で怒っている図式が出来上がっていた。
「良いですか、これからは一人で仕事を探そうとしないで下さい、あと何でも自分でしようとせずに事の顛末を私にも教えて頂けないと、一体何がどうなっているのかさっぱりわからないまま姫様を助けるために必死で動くしかないのですよ」
「ふんっ、姫様はやめてって言ってるでしょう」
マルティアーゼは声を潜めて愚痴を言った。
そのまま暫く沈黙の時間が過ぎてから、マルティアーゼが静かに話し始めた。
「イリィさんたちに私が関わらなければ助かっていたのかしら、私がいた所為で二人……いえ、町長もいれて三人を死に追いやってしまった、私はあの人達にとって災い使者でしかなかったのかもしれない……」
下を向きながら独り言のように呟いた。
「…………」
トムは話の内容を確かめながらどう答えたものかと考え込んだ。
「私があの丘の家で二人に逃げることを薦めなければ……、もし私が依頼所で男から依頼を受けなければイリィさん達は生きられたのかしら……」
どこからどう運命の道に足を踏み入れてしまったのか、自分のしたことは親切心ではなく破滅へと誘う死の誘路だったのではないかと、自責の念で覆われていた。
「私は姫……マールさんがしたことはいけないかどうかではなく、それが彼らの生き方だったのでは無いかと思いますよ、自分の復讐の為に我が子を餌にしたサドレム町長、それに翻弄されたイリィ、力なくただ恋人と一緒に逃げようとしたランドスと、冷たいと思われるかも知れませんが例えそこにマールさんが居なかったとしても、ランドス達はあの国からは抜け出ることは出来なかったでしょうし、式に出席させられればイリィさんでは目の前で血なまぐさい場面を目にすれば動揺と混乱で式場の兵士に捕らえられて良くて牢獄行き、大臣を殺した娘ですから処刑もありうるでしょう、彼女が殺されればランドスも自ら命を絶っていたか……生きる希望は少なくとも無くしていたでしょうね」
「では私が居ても居なくても結果はそれ程変わらなかった、よくてランドスさんだけでも生き残れたかも知れないと?」
「まぁ私から言えば元々の計画からして稚拙過ぎでしたし、計画ともいえない偶然の機会に強引に強行していった無理矢理感がありますけどね、町長からして我が子を守るよりも自分の復讐を優先したわけで、イリィさんの代わりにマールさんを出席させたわけですが……、それによって二人はあの場所まで逃げる事が出来たのですがそこでランドスは力尽きてしまった、イリィさんに至っては話を聞く限り気の強い性格と感じましたが、やはり恋人の死を受け入れることが出来なかったのでしょう、自ら命を絶つことになった、ただそれだけです、あの三人の運命は形は違うにしろ結果は変わらなかったのだと思いますよ」
トムはまるで詩人にでもなったかのように、唄うようにマルティアーゼに話をした。
「貴方の話は冷たく感じるわ、ただそれだけってそれじゃあまるで……まるで」
サドレムにしても二十年という長い時間、復讐の時を待ちながら大臣との接触を持つために町民に嫌われるような悪事に手を染め、やっと待ち望んだ機会を手にして挑んだ復讐劇や、本当の親と信じていた父親にランドスとの幸せを受け入れて貰おうと説得しに家に戻ったイリィ、そんな彼女を優しく見守ろうとしたランドスのしていた事が何もかもが無意味な行動で、三人は結局それぞれが報われない人生を突き進んだだけの虚しい生き方だ、という風に聞こえてしまうトムの言い方を、そうではないと反論したくはあったが、思いつく言葉は安っぽく聞こえてしまいそうでマルティアーゼは口ごもった。
「ただ客観的に見てみればやっていたことはずさんな計画としか言いようがなく、あからさまに失敗するのが目に見えていますよ」
「もう……やめて、それ以上は……、彼らだって一生懸命生きようと幸せになろうとしていただけなのよ、サドレム町長は決死の覚悟だったけど、少なくともイリィさん達は生きたかったのよ、それなのに…………」
イリィ達を思い出す度にポロポロと大粒の涙が鞍の上に玉となって落ちていく。
「私だって別段ランドス達の事が嫌いじゃなかったですよ、町長やイリィさんとは殆ど話していなかったですが、ランドスとは少し話をしてましたからね、ですから助けてあげたかったですし、もう少し状況把握が出来ていれば何とかなったかも知れなかったでしょうが、もしもの話をするということは後悔があったということ、そのようなことがない為に私は常に何があっても有りの儘を受け入れる覚悟をしているだけです」
「………………」
トムが言いたいのは自分一人で物事を背負い込まずに、後悔する前に自分に意見を求めたり頼って欲しかったということだろう。
トムが直に言わずに回りくどく言うのは、マルティアーゼに自分で自分の失敗を理解させようとしていたのかも知れなかった。
「兎にも角にも、もうどうすることも出来ないのです、悲しい出来事でしたが我々はまだ生きているのです、余り深く考えすぎないことですよ」
最後のトムの言葉は優しく諭すような言い方だった。
潮風を受けながらディストレアの街道を南下し続けて、着いた町を見て二人は感嘆の声を上げた。
湾内を見渡すように高くそびえる山の斜面には、沢山の白い家々が立ち並んでいた。
差し込む陽光が家々を白く輝かせて目を覆いたくなるぐらいに眩しかった。
一面の白い世界にマルティアーゼが足を踏み込んで行くと、湾内では多くの船が停泊していて沢山の人々が漁港に集まっていた。
商店街を歩きながら食事が出来そうな店を探し当てて、そこで遅い昼食を取る。
「久しぶりの食事ですね、今日はこの町でゆっくり休養をしておきましょう、この先南下するにも北上するにも荷物もなくなってしまったので、ここで買い集めないといけません」
「そうね、私は宿で休んでいるわ」
「まだ、あの三人のことを気にしておられるんですか?」
食事に喉が通らないのか、この二日間まともに食べていないにも関わらず食が進んでいなくて、トムが心配して聞いてみた。
「そうじゃないの、たぶんこの暑さで疲れているのね……食欲がないわ」
「それはいけませんね、疲れているならもう少しお腹に優しい物でも頼みましょうか?」
「いいえ、もうとにかく柔らかい布団で休みたい気分よ、寝て起きれば食欲が湧くかもね」
「では、早速宿探しに行きましょう」
食事もそこそこに終えると、店主に聞いた宿場に向かって斜面を上がっていく。
そして高台にある宿屋通りに足を運んだ。
多くの宿屋が立ち並ぶ通りは、どの宿からも海を一望出来るように建屋の土台を少し高くした造りになっていた。
トムはマルティアーゼを通りに待たせておいて空いている宿を探しに行くと、直ぐに部屋を見つけることが出来た。
「今の時期は客が少ないそうで、何処でも部屋が空いてるみたいですね」
マルティアーゼは部屋に入ると直ぐ、寝台に横になって荒い息を吐きながら目を瞑ってしまった。
「大丈夫ですか? 医者を呼んだ方がいいですか」
「いいわ、少し寝かせて頂戴」
余りにも息が荒く苦しそうにしているマルティアーゼを見てトムは心配になっていたが、寝かせて欲しいと言うのでトムは買い出しに行ってくると言い残し、部屋を後にした。
いくらこの長旅で暑い日々を過ごしていたとしても、強くなってくる日差しに参ってしまったのだろうと、夜の涼しくなる頃には体調も良くなるのではとトムは軽く思っていた。
だが、買い物を終えて夕方に宿に戻ってきても、マルティアーゼは眠ったまま荒い呼吸をしていたため、トムは宿主に医者を呼んで貰うことにした。
「軽い栄養失調と加熱病だね、二、三日は安静に栄養のあるものを、初めは軽い物から食べさせておけば体調も良くなるだろうね」
弱々しいやせ細った医師はそういうと、特に薬を出すでもなく帰って行った。
「今夜は主に言って食べ易い物を作って貰いましょう、後は良く寝ていて下さい」
「……わかったわ」
マルティアーゼは宿主が持ってきてくれた食事を時間を掛けて食べていたが、結局半分食べた所で疲れたと言って残してしまい、早々に寝床に横になった。
(元々小食な人だ、食事自体を仕事か義務かと思っていそうな食べ方だからな、明日は何か食べたいと思うような物を買いに行くか……)




