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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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44 白波に消ゆ

 街道に散乱した荷物を見てマルティアーゼ達は焦っていた。

「これは……イリィさんの馬車に乗せていた荷物よね」

「姫様、傷の方は?」

「傷は塞いだわ、まだ疼くけど大丈夫よ」

 トムは背中から聞こえてくる声の様子で意識ははっきりとしているのだと感じながら、足元を気にしながら馬を走らせる。

「では、少し飛ばしますよ」

「ええ、いいわよ」

 ぐいっ、とマルティアーゼがトムの腰に回した手に力を入れると、トムは馬に鞭を入れ速度を上げていく。

 壊れた箪笥や衣類が散らばり、走りにくくまるで通れないように道にばらまいているのを見て、

「これはもしかしたら追っ手の妨害のためにわざと捨てたのではないでしょうか」

 街道の上に落ちて伸びている荷物を見てトムがそう言った。

「じゃあまだ捕まったわけではないのね」

「かもしれませんが、何処まで逃げたのか……」

「とにかく先を急いで、捕まる前にたどり着ければ何とかなるわ」

「はい」

 ぐんぐんと海岸沿いの道を飛ばしていくマルティアーゼ達の進行方向から、二人の男が此方に向けて歩いてきた。

 細い体の剣士とおぼしき男と、槍を背負った体躯の良い大男の二人が此方に気付いたのかじっと見つめている。

 二人共、表情を変えずにたんたんとした歩調で馬で歩いてくるが、トムには何かしら威圧する圧迫感を感じながら、すれ違うまで彼らを見つめていた。

 お互い視線を交わしただけのつかの間の出来事であったが、剣士同士しか感じられない感覚というのであろうか、互いに相手の力量を肌で感じ合っていた。

「見たか、さっきの」

 若い剣士がもう一人に言う。

「ああ、いい筋肉をしていたね、腕が立ちそうだ」

「ったく、何処を見てんだよ、ありゃあ結構強そうだぜ」

「はははっ、強そうなのを見ると戦いたくなるのは駄目だよ、仕舞いに痛い目を合うかも知れないしね、誰とでも喧嘩をしないことだね」

「俺が負けるってかい? へへっ楽しみだな」

 剣士の男はぺろりと唇を舐めて去って行ったトムの方を見た。

「世界は広いからね、沢山強い者がいるって事を覚えた方が良い」

「別に世界で一番強いと思っちゃいないさ、けどやってみないことには分からねえだろ」

「相手の力量を測れることも強さの一つだよ、まだまだ子供だね、ははは」

 大男が盛大に笑った。

「……けっ」

 剣士の男は苦虫を噛みしめたように顔を背ける。

 男達はトムを見て話しに興じていたが、トムの方も二人には相当な強さを鳥肌が立つほどにビリビリと感じていた。

 マルティアーゼにはそんな感覚は感じられず、ただ街道の先にイリィ達が居ないかどうか探し続けていた。

「トムあれを……」

 馬車が道の真ん中で止まっているのが見えてくると、急いで駆け寄った。

 マルティアーゼ達は荷台の車輪に背をもたれ掛けているランドスを見つけると、

「どうしたの?」

「ああ……お嬢ちゃん、ランドスが……助けて」

 マルティアーゼは地面に溜まった血だまりを見て眉をひそめた。

「イリィさん退いて頂戴、治療してみるわ」

 内心マルティアーゼには手遅れだと感じてはいたが、イリィの泣き顔をみて、やるだけはやってみようと手をかざして意識を集中する。

「これは一体何があったんだ……」

 トムは馬車の周りに倒れている兵士達の亡骸を見て驚いていた。

 七人もの兵士が胸についた一刀の傷で絶命していて、どれも正確に革の鎧を真っ二つに裂いて急所に命中していた。

「……これは誰がやったんだ」

 只の町人であるランドスにこれをやるだけの芸当がない事は分かっていた。

 相当の手練れでしか出来ない事だ、とトムはあの二人の男達を思い出し、イリィに尋ねてみる。

 泣きじゃくるイリィにこの現場の事を聞くと、やはりさっきすれ違った男達の仕業だという。

「一瞬で此処の兵士達を倒したわ、気が付いたら全員地面に倒れていたの」

「……そうか、では道に落ちていた荷物は貴方が?」

「ええ……、少しでも軽くしようと捨てたのよ、残ってるのは鏡台とお金だけ、そうだわお金の袋にお嬢ちゃんの名前が書いてあったわ」

 イリィが荷台から袋を取り出してトムに渡した。

「イリィさん! ランドスさんが……」

 イリィを呼ぶマルティアーゼの声が微かに震えていた。

 その声にランドスに駆け寄ったイリィは、彼が口を動かして何かを話しているのを耳を近づけて聞き入る。

 ランドスの目は既に光を失いうつろな瞳は虚空を見つめて、弱々しい声は途切れ途切れに最後の声を振り絞っていた。

「……はぁはぁ、イリィ……愛して…………る……、君に……会えて……よかっ」

 傷は塞がったが多量の出血はどうすることも出来ず、イリィに最後の言葉を伝えたいと彼女の名をずっと呼んでいた。

「い……や、いやあ死なないでランドス」

 口を塞いで嗚咽するイリィの目の前でランドスの呼吸は静かに停止した。

「ああああ…………ああっ、ラン……ドス、うううっ……」

「…………」

 マルティアーゼもトムも目頭を押さえ、ランドスを地面に寝かしつけた。

「御免なさい、間に合わなかったわ……、もう少し早く来ていれば……」

 何も無い街道の真ん中で恋人と死別したランドスにとって、最後にイリィに見守られながら逝ったのはせめてもの慰めになった。

 トムとマルティアーゼが祈りを捧げ終えると、

「彼を何処か安らげる場所に葬ってあげよう、それでいいですかイリィさん」

 トムがイリィに聞くと、彼女は黙って頷いた。

 マルティアーゼはトムと目配せをすると、二人でランドスの遺体を持ち上げる。

 死人の身体がこんなにも重いのかとマルティアーゼは感じながら、街道側の木陰がある場所まで運ぶと、トムが剣で土を掘り返す作業に取り掛かった。

「イリィさん……?」

 イリィが付いてきていないことに気付いたマルティアーゼが振り返ると、彼女の姿が消えていた。

「トム、イリィさんが居ないわ」

 さっきまで荷台の側に居たイリィの姿が見えず、辺りを見回す。

「あそこに!」

 マルティアーゼが海岸の切り立った崖の尖端に向けて歩いているイリィを見つけると、トムと走り出した。

「イリィさん、駄目よ危ないわ」

 崖を見下ろすイリィが、振り返ってマルティアーゼに笑顔とも泣き顔ともつかない表情を見せた。

「私、駄目なの……彼がいないと、彼しか駄目なのよ、この先生きていてもきっと彼の事を思い出して泣いてばかりいるわ、父も殺人犯だというし、これ以上は生きられない」

「イリィさん待って、貴方の父親のことを言わないといけないわ、貴方には内緒にしておけと言われたけど、サドレム町長は国の大臣を殺して兵士に殺されてしまったわ、でも聞いて、貴方とサドレム町長は本当の親子ではないの、昔にサドレム町長が助けて貰った恩人が貴方の両親だったのよ、その両親が大臣によって暗殺された仇を討つ為に貴方を育て復讐の機会を狙っていたのよ、イリィさんが思うような父親ではなかったのよ、貴方の幸せと両親の復讐だけに今まで生きていたのよ、それは分かって……」

「有り難うお嬢ちゃん、最後に父が私の為に生きていた事が聞けて良かったわ、でももういいの、お礼は荷台にあるお金を好きに使って頂戴、もう何もかも遅すぎたわ……さようなら」

 イリィが一歩空に足を踏み込む。

「駄目! イリィさん!」

 マルティアーゼが手を伸ばし叫んだが、その声はイリィには届かなかった。

 既に崖にはイリィの姿は無く、崖に打ち寄せる波音にかき消された。

 直ぐに二人は尖端まで走り、崖下を覗き込んでみた。

 切り立った崖はそれ程高くはなかったが、ひっきりなしに波が岩肌に打ちつけ白い泡を吐き出していて、イリィの姿は何処にも見つからず浮かんで来なかった。

「イリィさああん」

 マルティアーゼの呼ぶ声も虚しく波に掠われ、暫くの間探していたが結局見つけることは出来なかった。

「イリィさん……」

「姫様、風が強くなって来ましたから行きましょう、ランドスの墓も作らねばなりません」

 トムに言われて仕方なく付き従いながら、黙々とランドスの墓を作る作業をこなしていく。

 埋め終わった墓の上には荷台にあった鏡台を石碑代わりに置いた。

 マルティアーゼが墓の前で光球を振りかけ祈りを捧げている間に、トムは馬車の荷台に兵士達の死体を乗せて森の奥深くに隠しに行っていた。

 戻って来たトムの馬の鞍には大きなお金袋をぶら下げていて、

「もう誰も使わないことですし、彼女も自由にして良いと言ってたので有り難く使わせて貰いますよ」

 マルティアーゼは墓前でイリィ達の事を考えていた。

「愛を誓い共に生きるということはこんな事ではないはず、死ねば結ばれるなんて只の妄想よね、生きて相手を偲んでこそ相手はその人の中で生きていられるのに、死んでは駄目よ、苦しくとも生きなければ……」

「……姫様、行きましょうか」

「……そうね、生きてる者だけが死んだ人の思い出を享受出来る、二人の思いは私の中で生き続ける……イリィさんの父親の事もね」

「それについては後でしっかり聞かせて貰いますよ」

 後ろでトムが付け加えて言い放った。


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