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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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42/1025

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 海岸沿いの街道に出た馬車は南に進路を取り、街中を大声で「どいてくれ」と叫びながら速度を上げ、人混みをかき分けて走り抜けていく。

 後ろの脇道から続々と馬に乗った兵士が増えてくると、マルティアーゼが叫ぶ。

「もっと早く、追いつかれてしまうわ」

「これ以上は出せませんよ、荷台が重すぎるんです、というか何故国の兵士に追われなければ……一体何をしでかしたんですか?」

「…………それは」

 マルティアーゼはちらりとイリィを見た。

 二頭の馬の操作はかなり難しく、トムも緊張しながら握る手綱に力が入る。

 イリィから右に左にと指示を受けたトムは、曲がりくねった街道を速度を落としすぎないように馬を操っていた。

 イリィとランドスは抱き合いながら事の成り行きを見守るように、お互いどうなってしまうのかと視線を交わ合う。

 町を抜け山間の道へと入って行くと、上り坂になっていてさすがに馬車の速度が落ちてくる。

「このままでは国から出られないわ……」

 荷台の隅に自分の手荷物を見つけたマルティアーゼはそれを拾い上げた。

 秘薬袋、お金、それにワンドを身につけると、

「イリィさん達はもっと前に行って私から離れてて、危ないわよ」

 マルティアーゼは荷台の一番後ろに立つと、迫り来る兵士達に向けて詠唱を唱える。

 みるみるうちに出来上がった火球が後方の街道に落とされ爆発した。

 兵士達に当てる為ではなく、距離を取るためわざと兵士の手前に落とした。

 山間の街道一杯にいきなりの爆発で兵士達は驚き歩を止めた。

「うわっ」

「わあああ」

 眼前に巻き起こる熱風と爆風に顔を背けて馬を反転させた。

 突然、後ろでもの凄い爆発が起きて、トムは何事かと振り向く。

 イリィもランドスもマルティアーゼが出した火球に驚いていた。

「お嬢ちゃん……一体何者なんだ……」

 ランドスの開いた口は微かに震えながら、マルティアーゼの後ろ姿を見つめていた。

「これで少しは距離が稼げたかしら」

「ちょっとマールさん、兵士に怪我なんてさせたら、それこそ指名手配ですよ」

 トムが声を荒げる。

「だってこのままじゃ捕まってしまうじゃない、それに当てていないわ、ちょっと足止めしただけよ」

「…………」

 怪我をさせようとさせまいと攻撃したことが敵対の意思あると受け止められてしまうのですよ、とトムは言いそうになったが、代わりに出た言葉は深いため息だった。

 山間部の山を抜けてまた海沿いの見晴らしの良い街道に戻ると、遠目からも分かる町の建物が見えてきた。

 馬車は後方からやって来る兵士達の姿を見ること無く、その町に入っていく。

「この先はもう国境よ」

 イリィがトムに伝えた。

 馬車は白く統一された建物の間に姿を隠しながら、カラカラと石畳を鳴らして通り過ぎていった。

「私の生まれ育った国を出る……、不安と緊張で胸が張り裂けそうだわ」

 イリィは震えながら自分がこれから故郷を出ようとしているのだ、と人生最大の試練に改めて身震いした。

 あれほど強気な性格の彼女もこれほどの大きな事件は初めてで、自分の願っていた事とはこんな大事になるとは思っていなかった。

 そのイリィをランドスがそっと抱きしめ、

「君は頑張ったよ、こうなってしまったのは残念だけど仕方が無いことだ、でもこれからはずっと一緒にいられるんだ」

「はっ! そうだわ父は……父はどうしたの? 一緒じゃなかったの」

 思い出したようにイリィがマルティアーゼに尋ねると、

「……それは、後で話すわ、それよりあれを……」

「……」

 自分達が走ってきた街道には、兵士達が建物に見え隠れしながら向かってくる様子が見えていた。

「もうあんな所まで来てるわ」

 距離を取ったと思っていたが、みるみるうちに距離を狭められてきた。

「此処を上り切れれば……」

 突然、ガタンッと荷台が一瞬宙に浮いた感じがしたとトムが感じた瞬間、マルティアーゼの叫び声が後方にかき消されていった。




「マールさん?」

 トムが衝撃の後、振り返ると荷台にマルティアーゼの姿がなくなっていた。

「マールさん! ランドス代わってくれ!」

 トムはランドスに手綱を渡す前に馬車から飛び降りていた。

「わあ」

 ランドスが慌てて掴んだ手綱を握りしめると、トムの叫び声が聞こえた。

「止まらず行け! 検問所も止まるな」

 地面に転がってすかさず立ち上がったトムはマルティアーゼの元に駆け寄る。

 石畳の一部が欠けて窪みになった所に車輪がはまり、衝撃でマルティアーゼが振り落とされてしまったのである。

 体の軽い彼女は思いの外、跳ね上げられて馬車の外に放り出されてしまい、そこに着地に失敗して頭を打ったみたいで気を失い倒れていた。

「姫様! しっかりして下さい」

 抱き起こしたトムは頭をだらりとしたマルティアーゼを抱え上げると、近くの草むらへ避難する。

 トムの手にはマルティアーゼの血がべっとりと付いていた。

「姫様しっかり」

 トムは腰から布を取り出すと、そっとマルティアーゼの頭に当てて体を寝かしつけた。

「くそっ、こんな所で……」

 追っ手の足音が近付いてきて、このままだと見つかるのは確実だった。

 トムは剣を抜き街道へと戻って行く。

「こうなれば……」

 追っ手を引き付けマルティアーゼから遠ざけるしかないと、街道でわざと見つかるように逃げ出した。

 トムの姿を見つけた追っ手の兵士達は、速度を上げてぐんぐんと追いつく。

 街道の真ん中で剣を構え待ち受けるトムに、兵士達が取り囲んだ。

 相手の兵士は総勢で十人、剣を抜いてトムを取り囲むと、

「貴様はサドレム町長の娘と一緒に居た奴だな、娘は何処に行った」

「…………」

 時間を稼ぐためにトムは黙り込む。

「国軍に刃向かうか、言わぬなら斬るぞ」

 兵士が首を振ると、兵士の半分が馬を走らせ先を急いで駆けて行く。

「待て!」

 トムが叫んだ。

 ガチャリと兵士の剣が振り下ろされ、トムの剣と打ち鳴らす。

「くっ」

「何故このような場所で一人でいた、何かあるのか」

 兵士が辺りを見回した。

 街道脇からマルティアーゼの足が見えているのに気付いたトムが、すかさず兵士に剣を繰り出した。

「よそ見をするな!」

 トムが剣を突き出し相手の注意を自分に惹き付けようとする。

「刃向かうか、小癪な……やれ」

 じりじりと馬に乗った兵士達が、トムの周りを囲みながら隙を狙っていく。

 トムも体を右に左に振りながら、何処から飛んでくるか分からない攻撃に注意して、差を詰められないように剣を出して威嚇していく。

(距離を詰めて一気に来る気か……、相手の出方を待っていては此方が不利なだけだ)

 トムが目の前を横切ろうとした馬の尻を切りつけると、驚いた馬が後ろ足を跳ね上げて暴れ出したのをみて、後続の兵士に向かっていった。

 馬の頭を盾にして素早く剣を突き出し兵士を屠ると、残りの三人に対しても空馬の手綱を引いて兵士との間に馬を挟んで対峙した。

 兵士達も回り込んで挟み撃ちにしよう二手に分かれ、トムは一人でいる兵士のほうに体を向け、二人でかたまってる方へは馬を背に壁を作って応戦する。

 一対一ならトムは負ける気はしなかった。

「これで少しずつ減らしていくか」

 尻を斬られて暴れた馬は街道を走り回り、兵士はなだめるのに時間が掛かっていて、仲間の元へ戻って来たときには既に二人の兵士が街道に転がっていた。

 馬に乗ったトムはきびすを返して走り出した。

「待て!」

 兵士三人がトムの後を追った。

(とにかくあそこから離れなければ……、もっと……)

 じりじりと追いつかれると思うとトムは速度を上げる。

 兵士達はもう少しで追いつけると、必死で馬を駆り立てる。

 離れては追いつくのを繰り返していると、次第に兵士達の足が伸びなくなってきた。

 トムはわざと距離が離れると馬の速度を落としてぎりぎりで追いつかせるようにして、相手の馬を疲れさせてトムの馬は休ませていたのである。

 そうとも知らずあと少しで届くと、必死に泡を吹く馬を限界まで走らせていた兵士達はぐんぐんと距離を取っていくトムに、悔しさ罵声を飛ばしていた。

「くそう、やられた、待ちやがれ」

 罵声を浴びていたトムは急に立ち止まり、反転して兵士達に向かい始める。

 逃げられたと思った兵士達は自分達に向かってくるトムに驚き、馬を止めようとしたが、疲れた馬は急に止まることが出来ずにいた。

 先頭の馬は足が絡まり転倒すると、投げ出された兵士が起き上がった所をトムの剣が煌めく。

「ぐがああ」

 トムはすかさず二撃目を馬上の兵士達に向けて振りかぶった。

 馬の操作で両手を塞がれていた兵士達は、いとも簡単にトムの剣の餌食となって街道に倒れていった。

「姫様!」

 トムは剣を振り払って血を落とすと、兵士達の息の根が止まるのも見届けずにマルティアーゼの元へと引き返していった。

「姫様……」

 頭からの血は止まっていたが、敷いた布は真っ赤に染まっていた。

 トムは申し訳なさそうにマルティアーゼの胸に耳を置いて心音を聞いてみた。

「死んではいないようだが早く医者に診せないことには……しかし」

 この国の兵士を殺してしまったからにはトム達もイリィ達同様に一刻も早く国から出なくてはならず、マルティアーゼを抱き上げると街道を見渡した。

「どうする、町に戻って医者に診せるか、国を先に出るか……」

 血は止まっていても顔色は悪く長い時間放置はしていられない、馬に乗せられない状況で、国を出ても次の国まで徒歩でどの位掛かるか分からないのでは命の危険に関わってしまう。

「くそっ、ランドス達のことも気になるが……」

「う……ん……」

「姫様! お気を確かに」

 マルティアーゼの口からうめき声が漏れてきて、トムが声を掛ける。

 うっすらと開けた瞳にトムの顔が映ると、マルティアーゼが飛び起きた。

「ここは……うっ、痛い」

 頭を押さえたマルティアーゼは自分の手に血が付いたのを見て驚いていた。

「駄目です、馬車から落ちた時に頭をぶつけた見たいです、早く医者に診せないといけません」

「じゃあ馬車は何処に?」

 周りに誰も居ないのを見て不思議がっていた。

「彼らには先に行かせましたよ、追っ手が来ていたのに姫様を置いていけるわけがないでしょう、追っ手の半分は倒したんですが、残りの兵士達がランドス達に向かって行きました」

「イリィさん達はまだ逃げているのね、それなら早く追いかけないと」

 立ち上がったマルティアーゼがよろめきながら馬の方へ歩いて行く。

「しかしその傷では……、かなり血が出てましたし傷が化膿しては一大事です」

「大丈夫よ、傷ぐらい自分で治療するわ、それより一刻も早くイリィさん達の所に向かって、あの人達は戦う武器も持ってないのよ」

 トムの後ろに乗ったマルティアーゼは、しがみつきながら自分の頭の治癒に専念した。

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