40 愛憎の挙式
「これはトルース大臣、わざわざ足を運んで頂いて、明日は挙式で忙しい所を何用でお越しでしょうか?」
サドレムは小柄で太ったトルース防衛大臣に丁寧に挨拶をした。
金色の短髪におでこの上がってきたトルースは、じろりとサドレムを流し見てこう言った。
「サドレム町長、儂は別段疑っておらぬのじゃが、ちと小耳に挟んだことがあってのぅ」
「はぁ……どんなことですかな、あっいや、こんな所ではなんでしょう、私の部屋でごゆっくりお聞かせ願いましょう、こちらに……」
いきなりやって来たトルース大臣を自室に迎え入れて、使用人がお茶を運び終わるのを待ってから、トルースが話の続きをし出した。
「なあに、大したことではない、明日になれば我々は家族となるのだ、それなのに儂の所の従者が変な事を言ってきたので気になって確かめに来ただけだ」
「はぁ、何かありましたかな……」
トルースのもったいぶった物言いに、内心サドレムはイライラしていたが、顔には出さずにとぼけた風で聞き返してみた。
サドレムの反応を窺うように横目で見ていたトルースは、
「君の所のイリィ君がこの間、男と町を駆け回っていたと耳に入ったもんでね、まさか明日デュースと式を挙げるというのに他の男と駆け落ち……なんてことではないだろうね、どういうことか説明してもらおうかと来た訳なんじゃが、まさか婚約破棄したいわけではないだろうね」
「め、滅相もない、確かにイリィが男と逃げようとしておりましたが、男のほうもお金を渡して手を引かせましたし、イリィにも将来大臣の妻になって幸せになれると言い聞かせて今は落ち着いております、なにぶん挙式には国の重鎮が大勢やって来る事、娘も不安を抱いていたみたいで……、私どもは町長と身分も低く不作法ゆえ歴々の方々のように上手く振る舞えない事で緊張が募っていたのだと思います、少々動転してしまってあの様な馬鹿な行動をした次第です」
「では、男と駆け落ちなどとは……」
トルースが一つ、咳払いをした。
「あろうはずが御座いません、男など金目当てでイリィに付き従っただけで、何も二人の間にはありません」
サドレムが手を降って否定した。
「それならいいが、なにぶん明日は各方面から大勢来るでな、要らぬ面倒ごとは困るぞ、儂の面子にも関わるでな」
「それはもう重々承知しております、ブルス大臣もお越しになるのですからこちらも細心の準備でお迎え出来るようにしております、それで……式で帯刀する件で御座いますが……」
「分かっておる、ただの装飾品なのだろう、心配せぬとも皆には儀礼用だからと伝えてある」
「有り難う御座います」
(これで奴を殺せる……)
「しかしトルース様の交友関係の広さにはまさに脱帽で御座いますな、娘と婚姻を結んで頂いたおかげで、私もこの国の大臣の方々に顔を知って貰えて仕事がやりやすくなっております」
そういうと、トルースの顔が僅かに緩んだ。
「ほっほっ、そりゃあこの国の要である儂のおかげじゃな、これからもこの町で頑張って貰わねばな、イリィ君とどうしても一緒になりたいとデュースが我が儘をいうでな、明日の式のほうも豪勢に頼む、お主もイリィ君には感謝せねばいかんぞ、ほっほっほっ」
「大切に育ててきた娘が素晴らしいお相手と結婚出来て親冥利に尽きることです、なにぶん男親で育った者ですので、男勝りな所が御座いますがよしなにお願い致します」
「そう改まっていうでない、これからは家族としてこの国を支えていこうではないか、ほっほっ」
トルースの機嫌も収まったみたいで、サドレムも内心ほっとしていた。
(前日に怒らせて式を中止させるわけにはいかんからな)
トルースから明日の式には金に糸目を付けずに華やかで豪奢にするよう念を押されて、暫く話をすると自宅へ帰っていった。
「……ふう、誰があんたなんかと家族になるものか、この国に愛国なぞ持ち合わせておらぬわ」
サドレムはトルースの出て行った玄関を見つめながら言葉を吐き捨てた。
結婚式の当日、部屋ではマルティアーゼがドレスに身を包み、髪をといて貰っていた。
まだ若そうな婦人が、マルティアーゼの綺麗な灰色の髪を撫でるように櫛を通しながら、見とれていた。
「あんたの髪は綺麗だね、まるで絹のように滑らかだよ、でもあんたも不運だよ、わざわざ自分から町長と関わり合おうとするなんて……、町長に関わるとろくな事が無いよ、ここだけの話……かなりの額をこの国の大臣にばらまいてるらしいって噂だよ、だから町で起こった事件とかを自分の権限でもみ消すことも上から黙認されてるらしいよ、ここでは町長のいうことは絶対なんだよ、いいかい何があっても逆らうんじゃないよ、出来れば早いとこ町から出た方がいいよ」
「では貴方は此処で働いているのはどうして? そんなに危険な人物なら他で働けばいいのではないの」
「そりゃあ他で働けるならそうするよ、でもここの賃金はかなりいいんだよ、でも心までは売ったわけじゃないからね、皆だって同じさ、誰もあの町長に心を許してる人なんていないさ、それも今日で最後だけどね」
「終わりってどういう……」
「今日で皆くびなのさ、前から通達があってね、イリィちゃんの結婚式のあとは全員くびだって言われたのさ」
(死を覚悟してるのだわ、それだけ相手に対しての憎しみが……)
「さぁ出来た、まぁ綺麗だわ、どこかの御姫様みたいね、あぁでもこの髪を隠さないといけないのは残念だわ……」
まばゆい輝きを放つ灰色の髪は綺麗に後頭部で丸くまとめられていて、その頭を隠すように白いベールで包み込んだ。
俯いていればレースで直ぐにはイリィではないとばれる事はなく、背丈が少し低いのを除けば本人だと思われる綺麗な容姿であった。
なるべく肌の露出の少ない白いドレスにして、長い手袋に短いスカート、引き裾も動きやすいように短くしたものを選んでいた。
「でもなんであんたをイリィちゃんの代わりに出すんだろうねぇ……、あの子も不憫な子なのは知ってるけど、どうしたって町長の子供なんかに生まれてきたのかねえ、挙げ句に大臣の息子と結婚させられるなんて可哀相だよ、まったく」
よくしゃべる女性に愛想笑いで誤魔化したマルティアーゼは、自分の容姿を鏡で確認してみた。
(ドレスなんていつ以来かしら、それこそ毎日のように着ていたのにとても新鮮に感じるわ)
滑るような肌触りの服に綺麗に髪を結って貰っていた宮中の日々から、まだ一年も経っていなかったが、もう昔の出来事のように懐かしさが込み上げていた。
部屋をノックされ、入ってきたサドレムがマルティアーゼの容姿を見て、
「準備は出来たか?」
「ええ……」
使用人の女性は無言のままお辞儀をすると、そそくさと部屋を出て行った。
サドレムはマルティアーゼの姿格好に何の感情も沸かないようで、無表情のままじっと見つめていた。
サドレムも礼装になっていて、白一色の服装で腰には儀礼用の細身の剣を携えていた。
「本当にやるの?」
マルティアーゼがサドレムの目を見て再確認のつもりで聞く。
「くどい、儂の決意に変わりはありはせぬ、もう時間だ付いてこい」
マルティアーゼもそれ以上無駄なことは言わずに、しずしずとサドレムについて部屋を出て行く。
邸宅を出ると使用人達が並んで二人を見送り、サドレム達が乗り込むと馬車が静かに動き出していく。
「イリィには出立の時間をずらして馬車で待つように言ってある、事が終わりお前が屋敷に帰ってくる時間だ、分かっているなお前はイリィを逃がすのが任務だぞ」
「…………ええ」
本当にこれでいいのか、良いわけが無いと思っていてもサドレムの意思は固く、マルティアーゼは彼を説得出来るだけの言葉が見つからなかった。
イリィとも会えずに事態だけが展開されていく流れに逆らえずにいた。
マルティアーゼの胸の中に引っかかったのは、サドレムがこれから死にに行くのを娘に何も言わずにいたことだった。
(イリィさんは今まさに父親が死ぬ為に式場に向かっている事も知らずに、家で親のことを憎んでいるのかしら……本当の事を教えてあげれば一番よかったのに、どうしてこんな事に……)
サドレムの二十年の憎悪、仇を討つために自分の人生を投げ捨ててきた長い年月を考えれば、彼がどれだけ恩人に対しての愛情が強く、どうしても相手を討つという気持ちに反対することが出来なかった。
馬車は白い豪華な建物の敷地へと入ってきた。
太く高い柱が何本も立っている建物の入り口に馬車が止まると、迎えの使用人が二人を馬車の前に並んできた。
「良いなもう一度言うぞ、儂が騒ぎを起こしたらその隙に逃げるのだぞ、この先は一言も口を利くでない、俯いてばれないようにしていれば良いだけ、時間は掛けぬさ奴さえ殺せれば……」
「…………」
高々とラッパが鳴らされ二人の到着を知らせると、建物の扉が開け放たれ使用人が花びらを高々と舞い散らせる。
建物の中にはトルース大臣の知人友人が大勢入り口に体を向けて、二人がやって来るのを待ち構えているのが見えた。
「行くぞ」
先にサドレムが降りてマルティアーゼの手を引いて馬車から降ろすと、二人並んでゆっくりと建物の中に入って行った。
マルティアーゼは顔を見られないように俯き、足元だけを見ながら赤い絨毯を進んでいた。
建物の中央には司祭とトルース大臣の息子のデュースが二人がこちらに歩いてくるのを見守っている。
デュースは満面の笑みでそわそわしながら落ち着きのない子供のように体を動かしていた。
天井の高い丸みを帯びた式場は細部まで装飾の施されていて、宝石を埋め込まれた窓からは、外からの太陽の光の色を変えて室内を色鮮やかに照らしている。
中央の司祭を取り囲むように、円を描いて並べられた椅子の前列から身分の高い者が居並び、サドレムの宿敵ともいえる産業大臣ブルスはデュースの目の前で立っていた。
サドレムはそっと横目でブルスの位置を確認すると、沸き上がる感情を抑えながらゆっくりと中央に歩んでいく。
マルティアーゼにはどれも見知らぬ人ばかりで、誰がサドレムの目的の人物かは分からなかったが、レースから覗く真正面に立っている若い男性がイリィの婚約者だというのは分かった。
細長い体格に金色のおかっぱ頭に頬のうっすらと痩けた顔は、いかにも甘やかされて育った貴族の息子といった風体で、イリィが嫌がるのも分かるような魅力に欠ける人物だった。
周囲の熱い視線を受けながら少しでも状況を理解しようと目をキョロキョロと動かし、建物から客席へと観察し続けていく。
参列している後方の壁際には兵士が警備として配置されていて、少ないといっても武器を手にしている者がいれば緊張は隠せず、サドレムが騒ぎを起こせば一斉に駆け寄ってくるのは間違いなかった。
ここから逃げ出すことが出来るかどうか、入り口までの距離や時間を計算しておかなければ、建物から出られなくなれば正体もばれてしまい捕まってしまい、その後のことは考えなくても自ずと理解出来た。
(見えるだけで少なくとも兵士は六人はいるわね、屋敷までそう遠くはないけれどこのドレスでどれだけ時間が掛かるか……)
マルティアーゼとサドレムが中央の祭壇まで到着すると、サドレムは手を放すと持ってきていた剣を抜き、自分とマルティアーゼの間を断ち切るようにそっと空を切った。
親は子と今日で我が元を離れ、子は今生の人と縁を結び直すという儀式だった。
サドレムは三度剣で空を切ると鞘に収めて、そっと参列者の方へと戻っていく。
残されたマルティアーゼは覚悟を決め、祭壇に上がりデュースの隣に立つ。
「イリィさん、待っておりましたよ、僕が幸せにします……よ、あれイリィさんの背は僕より高かったような……」
デュースが覗き込もうとしたとき、後ろでサドレムが剣を抜いた。
「ようやく会うことが出来た、この時のために私は生きてきた!」
サドレムの憎しみの目がブルスを捉えて、剣を振り上げた。
二十年間の積年の恨みが今此処で果たされようとしていた。




