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二人が丘を越えて町に下りてきて、ランドスの家の前までやって来ると、
「やっぱりまだいる」
二人は木陰からランドスの家を覗くと、家の周囲を囲むように男達が四人立っていた。
それを見たマルティアーゼが声を上げる。
「あっ、トムだわ!」
玄関前でトムが男達と話している姿があり、それを耳にしたランドスが、
「誰? もしかして連れっていうのはあの男なのかい?」
「……ええ、でもどうして……」
「と言うことは……やっぱり君は僕をあの男達に差し出すためにここまで連れてきたんだね……はっ、イリィが危ない!」
ランドスがいきなり丘に向かって元来た道を走り出した。
「えっ? ちょ……待って、ランドスさん!」
その声を聞いたトムと男がマルティアーゼに振り向く。
「マール……さん?」
トムがマルティアーゼの元にやって来ると、その後ろに見張っていた男も付いてきていた。
「なんだ、さっきの娘じゃないか」
依頼所で出会った男がマルティアーゼを見て言うと、丘を駆け上がっているランドスに目が入った。
「いた! 奴だ、おおい見つけたぞ、捕まえろ」
男が仲間を呼んでランドスを捕まえようと一斉に走り出していく、その中の一人は町長に連絡をしに反対の方向へと走り去っていった。
「マールさん、何をしていたんですか、いきなり宿を出て……探したんですよ」
トムには男達が走り去っていったことよりも、マルティアーゼの安否を確認出来た事に安心していた。
「一体どうして一人で出て行ったんですか? しかもこんな所で何を……」
「ああ……どうしたらいいの、大変だわ……」
マルティアーゼはトムの言葉が耳に入っていないのか、しきりに何かを考え込んで独り言を呟いていた。
「マールさん? どうしましたか」
トムが不思議そうにマルティアーゼを見つめていると、
「トム、お願いがあるの、さっきの男達の後を追って頂戴」
「……え、どうしてですか、私はただこの辺りでマールさんを見ていないか聞いていただけですよ」
「いいから、馬であの人達を追うのよ」
口論をしている暇は無いとマルティアーゼはトムの馬にまたがった。
「ちょ……待って下さい、何が何やら……」
「いいから乗って、話は後よ」
トムはマルティアーゼの後ろに乗ると、馬の腹を蹴った。
ランドスは小屋に戻ると、直ぐにイリィを呼んだ。
小屋から出て来たイリィに、
「すぐに此処から逃げよう」
馬に括り付けてあったマルティアーゼの荷物を降ろすと、イリィを馬に乗せた。
「何があったの、お嬢ちゃんは?」
「騙されていたんだ、家の前に奴らと一緒にあの子の連れもいた、僕を君から引き離す為に連れて行ったんだよ」
「……まさか」
丘の上から男達が駆け下りてくるのを見ると、
「ほら、奴らだ」
ランドスが指を差し、イリィもそれに気付いた。
「待てぇ」
二人は急いで馬を川に飛び込ませると、川を渡り北へと向けて逃げだした。
追ってきた男達も川に躊躇無く飛び込みランドス達の後を追うが、馬の足にかなうはずも無くどんどん引き離されていく。
「どうするの?」
「このまま北の街道からアルステルへ逃げよう、もうそれしか無いよ」
道無き木々の間を走り抜けていき町の北側へ出て街道から国を出ようと、草木に体を傷付けられながらも必死に森を抜けようとしていた。
追っ手達はランドスの走って行く方向が北の方だと知ると、丘を上がって回り込もうと進路を変えていた。
そして小屋に辿り着いたマルティアーゼ達は、自分の荷物だけが地面に落ちているのを拾い上げて、ランドス達を呼んでみた。
小屋から誰も返事が返ってこず、周囲にも誰も見当たらなかった。
人の争う声すら感じられない。
「何処に行ったのかしら……」
周りを散策してみて、川縁に蹄といくつかの人の足跡を見つけると、
「きっとこっちに行ったのね」
「一体あいつらがどうしたというのですか、ちゃんと説明して下さい」
「今は話してる場合じゃないのよ、早く行かないと捕まってしまうわ、この足跡を辿って行って」
「行くと言われましても、森に入れば何処に向かったかなんて分かりませんよ」
「じゃあこの方向は何処に続いているの?」
「えっと……確か、北の街道か私達が通ってきた東に抜ける新街道があるはずですよ」
「あの二人はお金をそれ程持っていない、新しい街道で東に抜けるのは無理よね、なら……北の街道しかないわ、じゃあそこに向かって頂戴」
素早く頭の回転を巡らせて、二人が向かうであろう確率の高い方に狙いを定めるとトムに言った。
川を渡って馬が走りやすそうな平坦な所を選びながら、丘をぐるりと迂回する形で町の北側に向かって走り出した。
「もうすぐ町を抜けられるよ」
「本当にあの子が私達を騙していたの、信じられないわ」
「本当さ、あの子の連れが見張りの奴らと一緒に会話をしているのを見たんだ」
馬で森を抜けたイリィとランドスは町の通りを抜けて街道に出てきた。
目の前にいきなり海が広がっている場所にでると、方向を変えて北へと馬を走らせた。
「このままアルステルに向かうよ」
「分かったわ」
短い言葉を交わすと、馬に手綱で鞭打って全速力で走らせたが、直ぐにランドスが手綱を引いて馬を止まらせた。
「ああ……遅かった」
前方の道の真ん中に何人もの馬に乗った人影が街道を封鎖するように並んでいるのを見て、ランドスが弱々しい声を上げる。
「君の親父さんだ……」
イリィはランドスの肩ごしから確認すると、自分の父親が鬼の形相でこちらを見ているのを見つけた。
そしていつの間にか後ろには追ってきた男達が、息を切らしながら道を塞いでいた。
「……どうしようイリィ、もう無理だ」
「情けないこと言わないの、此処で捕まったら私達は永遠に会えないのよ」
イリィがランドスを一喝する。
「そ、そうだね、もう僕は君を離さないって決めたんだ、何処までも一緒だ」
ランドスもここで捕まればイリィと離ればなれになり、その上もうこの町では生きていけなくなるのは分かっていた。
「イリィ! 何処までお前は父を困らせるのだ、お前にはちゃんとした婚約者がおるんだぞ、そんな男に騙されおって……早くこっちに来い」
サドレム町長が大声でイリィを呼んだ。
「そんなの私は知らないわよ、好きでもない人となんて結婚なんてするわけ無いでしょう、私はランドスと一緒になるのよ」
イリィも大声で父親に反抗する。
「お前は……儂がどれだけ苦労したと思っておるのだ、お前のためを思って折りたくも無い腰を折って大臣の息子との縁談を纏めたというのに、今更出来ません等と言えるわけ無かろう」
「そんなの父さんが勝手にしたことでしょう、私は自分で相手を決めるわ、変な事しないでよ」
道には何事かと出て来た人達が取り巻き、事の成り行きに興味津々に見に来ていた。
マルティアーゼ達は人の騒ぎを聞きつけ通りに出ると、イリィが父親に向かって叫んでいるのを見つけていた。
傍観者の中には町長だと分かると関わり合いや顔を覚えられるのが嫌で、さっさとその場から離れていく者や興味を失って帰る者もいた。
「あれが父親なのね」
マルティアーゼは数人の男を引き連れて道を塞いでいる中央の男を見た。
遠目から見るイリィの父親ことサドレムは、親子とは言い難いほど似ておらず、しかもそれほど歳を取っているように見えなかった。
実際の年齢より若く見えるだけなのか、髪は黒々としていて凜とした面立ちにはほうれい線が深く刻み込まれていたが、目鼻立ちはしっかりとしていた。
背も高く、がっしりした体格は何処かの貴族といわれても、納得してしまいそうなぐらいの威厳を備えている。
「お前はそんな男より大臣に嫁いだ方が幸せになれる、その男では幸せになれん、いい加減戻ってこんか」
「どうしてそんなことを言うの、彼が貧乏だから? そんなの関係ないでしょう、好きでも無い人と一緒になることの方が不幸せだわ」
「儂はお前に幸せになって貰いたいだけだ、何故父の事を分かってくれぬのだ」
「父さんこそ私の事を分かってないじゃない、私より身分やお金のことが大事なんでしょう」
「……馬鹿者が、儂が今まで頑張ってきたのはだな……」
「どうでも良いわよ、父さんはただ自分の保身の為だけに生きてるだけでしょう、行きましょうランドス」
イリィが父親の言葉を遮って、ランドスに逃げるように言った。
「しっかり掴まっていてよ」
ランドスが鐙に体重をかけて馬の腹を蹴った。
くるりと反転して南へと向きを変えて走り出すと、後ろで道を塞いでいた男達に向かって速度を上げる。
「怪我したくないなら退いてくれ」
男達がぎりぎりまで手を広げて馬を止めようとしたが、ぶつかる寸前で横に飛び退いて道を空ける。
一気に速度を上げたランドスが街道をひた走っていくのを、イリィの父親が声を上げて馬に乗った男達に追いかけさせた。
マルティアーゼ達の目の前をイリィの乗った馬が通り過ぎて、その後を馬に乗った男達が走って行くと、
「トム、父親を止めるのよ」
「はいっ」
街道に出たマルティアーゼが追いかけようとしたサドレムの前に進み出た。
「なんだ、お前達は?」
「私はマール、貴方の手下から依頼を受けた者よ」
じろりと見てきたサドレムが、
「ならば早く娘を捕まえてこぬか」
「その前に一つ聞きたい事があるわ、イリィさんはランドスさんのことを本当に愛しているのよ、例え彼女のためといっても、もう少し彼女の意見を聞いてはどうなの?」
「ふん、誰かも分からぬ者に何故家庭の事情を話さねばならぬ、そんなことは私とイリィの問題だ、さぁそこを退かぬか」
サドレムは道を開けろと手を振ってきた。
「私は聞いたわ、貴方がどんな父親なのか、そんなに身分やお金が大事なの? 自分の娘を売るような真似までしてそれでも親なの、私は貴方の依頼を止めてイリィさんの依頼を受けることにしたわ、貴方を止めてあの二人を逃がす手伝いをね」
「馬鹿者が……こんな名も知れぬ小娘にべらべらと、私がこの町でどのような風に言われているかなどとっくに知っているわ、そんな些細なことなどどうでもよい、私には私のやらなければならぬ事があるのだ、そこを退け」
サドレムが馬を走らせようとするが、トムが巧みに進路を塞いで通そうとしなかった。
「まだ話は終わっていないぞ」
トムがサドレムに向かって言い放つ。
「お前達との話なんぞこちらには関係ないことだ、邪魔をするとこの町にいられなくするぞ」
「イリィさんは言っていたわ、母親の顔も知らず家でたった一人の家族の父親をずっと待っている寂しさ、祝い事の日も父は仕事で帰ってこない、父はお金儲けが第一で私の事なんて二の次だって、私の事は家政婦に任せっきりで愛情なんて記憶にないぐらいいつも一人寂しく過ごしていたと、貴方は本当にイリィさんの事を思っているならもっと娘に愛情を示すべきだわ、子供は親に今日あった出来事を聞いて貰いたいものよ、今日はこんな事があった、こんな事をしたと他愛のない会話でも話相手が欲しいものなのよ」
マルティアーゼはまるで自分の事のようにサドレムに話した、だがサドレムの方は眉一つ動かさずにただじっと聞き入っていただけだった。
「それがどうした、あの子に何不自由なく暮らせてきたのは儂が身を粉にしてきたおかげなんだ、イリィが何と言おうとそれは我が儘に過ぎん、それならば服も買う金も無く、その日の食べるものにも苦労することがあの子の為だとでも言うのか、馬鹿馬鹿しい」
「町長! 大変だ」
イリィ達を追っていった男の一人が慌てた様子で戻って来た。
「娘さんが岬で死ぬといって今にも飛び降りそうだ、どうする?」
「何を! 馬鹿者が……」
サドレムが馬を一気に駆け出させた。
「あっ!」
戻って来た男に注意が向いて後ろを振り向いた隙を突いて、サドレムがマルティアーゼ達の横をすり抜けていった。
走り去って行くサドレムと男の後をマルティアーゼ達も追いかけた。




