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イリィはかなりお腹が空いていたみたいで、ランドスと二人で果物にかぶりつきながら笑い合って果物を食べていた。
「あのぉ、一ついいかしら?」
「ん、なぁに?」
イリィが笑顔でマルティアーゼを見た。
「イリィさんは町長さんに追われているの?」
それを聞くとイリィの表情が真顔に変わり、手に持った果物をぴたりと止めてマルティアーゼを見つめると、
「貴方誰? 旅の者って嘘なのね、貴方まさか……父から連れ戻してこいと言われたんじゃないわよね」
「私は旅の者よ、それは間違いは無いわ、イリィさんの父親から言われたわけでもないけど、依頼所で男から貴方達を見つけたら連絡しろと依頼を受けてきたのよ」
「ランドス!」
いきなりランドスがマルティアーゼの腕を後ろ手に締め上げ、床に押し倒した。
「何をするの痛いわ、離して」
マルティアーゼは叫んだがランドスは力を弱めようとせず、尚も体重をかけて締め上げてきた。
「ごめんよ、まだ捕まるわけにはいかないんだよ、静かにしてくれないかな」
マルティアーゼに申し訳なさそうにランドスは謝るが、力は緩めようとはしなかった。
「ランドス、此処が見つかってしまったわ、逃げましょう」
イリィが奥の部屋の荷物を取りに行こうとすると、
「待って!」
マルティアーゼは痛そうに顔を歪めながらイリィに話しかけた。
「話を聞きたいだけよ、もし依頼をこなすなら貴方達に何も言わずに連絡しに行くわ、でも貴方達は悪い人には見えないし、何故町長さんから追われているのか聞きたいだけよ」
マルティアーゼは痛みに耐えながら目に涙を浮かべてイリィに伝えた。
「幾ら貰ったの? 父から幾らで私達を売るつもりなのよ、子供だからって容赦はしないわ」
イリィは目を細めて床に屈伏しているマルティアーゼを睨みつけ、問い詰めてくる。
「まだ……報酬は貰っていないわ、……痛い」
「幾らよ」
「……銀粒大三十よ」
「たったそれだけ……」
イリィが金額を聞くと、腕を組んで考え始めた。
そして、マルティアーゼに今度は提案を申しつけてきた。
「なら私は五十出すわ、それで私達の居場所を連絡しないってことでどう?」
「……痛い、腕が折れてしまうわ」
ランドスがイリィと目配せを交わすと、腕を解いてマルティアーゼを起き上がらせた。
マルティアーゼが腕をさすりながら二人を見た。
「酷いことはしないで話を聞かせて欲しいだけよ、貴方達が追われている理由を」
只の旅人に本当の事を言って良いものかどうか考えたあげく、イリィがランドスと目配せをした。
「仕方ないわ、此処を知られてしまったんですもの、お嬢ちゃんを信用するか殺すしかないのよ、分かって」
「私は言うつもりなんて無いわ、貴方達二人を見ていて悪いことをして追いかけられているようでもなさそうだったから、何か事情があるなら聞かせて欲しいの」
「お嬢ちゃんには関係ないことなのよ、これは大人の事情ってやつよ」
「私はもう子供ではないわ十五なのよ、……もしかして誰かを殺したの?」
子供扱いをされたマルティアーゼは反論した。
それを聞いたイリィはとんでもないと、
「そんなことはしてないわよ、私達はただ二人で静かな所で過ごしたいのよ……それなのに父が大臣の息子と結婚しろと、嫌な男との結婚なんて考えられないわ、父にランドスとの仲を引き裂こうとされたから二人で逃げてきたのよ」
イリィが否定して、理由をマルティアーゼに教えた。
「父親とちゃんと話したの?」
「話したわ、でもそんな理解のある相手ではないわ、父は出世とお金が一番大事なのよ、大臣の息子と結婚すれば身分も安泰、お金も入りいうことなし、父は娘を売ろうとしているのよ、金の亡者、守銭奴、お金のためなら汚いことも平気でする人と町では有名よ、私はお金より愛の為に生きたいの……ランドスだけは財産や出世目的で近付いてこなかったのよ……、他の男は私より父に気に入られて出世したいだけだったわ」
思っていた感情が一気に溢れだしたのかイリィは口早に言葉を付いた。
それを聞いたマルティアーゼは、
「イリィさん達の話は分かったわ」
「どうするの、父に居場所を教えに行くって言うのなら、お嬢ちゃんを殺してでも行かせないわよ」
「いいえ、そんなことはしないわ、ただ……理由は違うのだけれども私もローザンではいつも一人で寂しかったわ、ずっと外の世界に憧れていたの、周りから駄目って言われると余計に出たくなるのよね、何だかこう胸の奧から沸き上がるものが押さえきれなくなるっていうのね、きっかけがあったから私は旅に出たけれど、考えてみれば自分の生き方を周りから否定される事自体がおかしいのよ、一度きりの人生なんだし自分らしく生きることが幸せなのよね」
「お嬢ちゃんも国から逃げてきたの?」
「逃げたと言うか、あのままあそこにいたら私は駄目になってしまうと思ったの、只の人形のような親の言うなりに生きる無気力な人間になっていたと思うわ、世界は広く、国を出てから色んな事を経験してきてよく分かったの、自分がどれだけ視野の狭い世界しか見ていなかったのかと、私よりも恵まれていない環境であっても必死に生きようとしている子供がいたり、森の中で暮らしていても強く明るく生きてる人も居るんだって事を知ったわ、その人達と出会った事で私にも少しは勇気を分けて貰えたからここまで頑張ってこられたと思うの」
マルティアーゼは二人に信用して貰うために、これまでの経緯を教えた。
「私達もこの国からは出たことが無いのよ、でもお嬢ちゃんの話を聞いていると何処へ行ってもやっていけそうな気がしてきたわ」
「何処に行っても君がいれば僕は頑張れるよ、イリィ」
二人は見つめ合いマルティアーゼの存在を忘れたかのように微笑み合っていた。
当のマルティアーゼは二人を交互に見ながらも場の悪さは感じておらず、二人の幸せそうな表情に見とれていた。
三人はその後、昼頃までお互いの話に興じ、お腹が空くと果物で満たしていた。
「そうね……イリィさん達とは違うけれど、燃え上がった恋が押さえきれなくなって二人で逃げ出したっていうことは何となく分かる気がするの」
マルティアーゼにも今しなければもう二度とこんな機会は訪れないのだろう、これが私の人生の分かれ道だと感じたことを思い出していた。
(この人達には今がそうなのかも知れない……)
「お嬢ちゃんは教養があるんだね」
ランドスはマルティアーゼの会話の中に高い素養を持つ子だというのを感じて、出会った頃の子供の印象から、何だかとてつもなく大きな存在に感じられて感心していた。
「ううん、そんなことは無いわ、ただお互い家族には苦労掛けられると思っただけよ……、いいわ、私もイリィさんのお手伝いをさせて頂戴」
「でも、貴方は依頼を受けているんじゃないの?」
イリィが依頼のことはどうするのか聞いて来た。
「どうせ契約もしてない口約束だものどうって事はないわ、それでこれからどうするつもりだったの?」
信用していいのか、いくら賢い子供といっても所詮は子供だと、ランドスはイリィと隣の部屋に連れ出して相談した。
マルティアーゼの思いは伝わっているのか、戻って来たランドスとイリィは、お互い無言でマルティアーゼを見ていたが、イリィが、
「お嬢ちゃんの事は信じてあげたい、けどそんなことをして貴方にもしもの事があっては申し訳無いのよ、私達はお嬢ちゃんにそんな危ない真似はさせられないの、それよりもこのお金を受け取って誰にも言わないでくれた方がいいのよ」
イリィが机の上に銀粒大五十のお金を置いた。
それを見たマルティアーゼが、
「私は旅の者、此処で騒ぎを起こした所で此処にずっと居るわけでは無いわ、けどイリィさん達は今しか機会がないじゃない、私はどのみち追われる事にも慣れてるから気にしないで、お金は要らない、そのお金はイリィさん達のこれからの生活に使って頂戴、本当に私はお二人が何処か静かな所で幸せに暮らして欲しいから手伝いたいだけ、貴方達二人を守るわ」
にこりと笑みを浮かべた。
「君は本当に何者なんだい、君みたいな子が追われる事に慣れているだなんて普通じゃ無いよ……」
「ふふっ、世界は広いわ、沢山の人が住んでいれば沢山の事がそれだけあるのよ、さぁ早く暗くなる前に此処から出ましょう」
そう聞くと、ランドスが申し訳なさそうに、
「実は……僕の家にあるお金や荷物がない事にはイリィだけのお金じゃ何処にも行けないんだ、家に戻ってみたけど見張りが居て帰れなくて……、町で買い物なんて危険で出来なかったんだ、それで此処で一昨日からずっと隠れて居たんだよ、荷物さえ取りに行ければ直ぐにでもこの国からでるつもりなんだよ」
とマルティアーゼに事情を伝えた。
「なら私と荷物を取りに行きましょうよ、私が見張ってる奴らを家から遠ざければいいのでしょう、その間に取りに行けば良いわ」
「どうやるんだい?」
「そんなの、貴方達を見たって言えばいいだけじゃない、二人を探す依頼を受けてると言えば信じるでしょうし任せて頂戴、それにずっとここに隠れて居るわけにもいかないでしょう」
マルティアーゼは本当に心の中でこの二人には幸せになって貰いたかった。
自分の生き方を突き通すことがどんなに難しい事か分かっている、それでも二人が幸せになれるのなら心からそのお手伝いをしたく思っていた。
ランドスはイリィに此処で待っていてくれというと、マルティアーゼと二人で小屋を出て丘を上り始めた。
「ランドスさん、馬は貴方達に差し上げるわ、荷物を取ったら馬に乗って逃げて頂戴、その代わり私の荷物は残しておいてね、あれが無いと連れに怒られるわ」
「君と出会った事で運命の歯車が動き出したようだ」
ランドスがこれまでどうしたものか悩んでいた事が嘘のように、とんとん拍子に事が進み始めて、イリィとのこれからの生活が現実味を帯びて勇気が出て来た。
(これが上手くいけば、イリィと暮らせるんだ、何もかも忘れて静かに……)




