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「いつまでも子供扱いされては堪ったものじゃ無いわよ、私だって何度もスレントと仕事してきたのよ」
馬に揺られながら着いた場所はこの町の依頼所だった。
「マニーラ依頼所……」
看板を見て中に入ると殺風景な小さな依頼所で、数人の傭兵の格好をした客が壁の貼り紙を眺めているぐらいで、繁盛しているようには見えなかった。
「あまり人気が無いのかしらね」
マルティアーゼにとっては大勢いるよりこのぐらいの方が気が楽でよかったが、あまり人気が無いのもどうかと思っていた。
壁に張られた依頼を見て一人で出来そうなものを探してみる。
獣を狩る、採集など時間が掛かるものばかりで迷っていた。
「荷物運びや配達なんかがあればいいのだけれど……」
すると、依頼所の扉が開いて男が入ってくると、
「おい、この中で町長のサドレムさんの依頼を受ける奴はいねぇか、誰でもいい、金は弾むぞ」
小さな依頼所で大声が響き渡って、そこにいた客が一斉に振り返った。
だが、町長の名前を聞いた客達が無言のまま依頼所を出て行き、残ったのはマルティアーゼと店主だけになった。
「くそっ、誰もいねえのかよ」
男が舌打ちをして出て行こうとすると、マルティアーゼが男に声を掛けた。
「一体どんな内容の仕事なのかしら、内容を聞かないことには受けるか受けないか判断も付けられないわ」
「ん……、餓鬼か、只の人捜しだよ」
「餓鬼……とは失礼ね、これでも依頼を探しに来た客よ、依頼を頼みに来たのなら礼儀ぐらいわきまえなさい」
「……ちっ、町長のイリィって娘を探す手伝いだ、金は銀粒大三十で見つけるだけでいい、どうだ受ける気になったか?」
「特徴とか他に情報は無いの?」
「金髪で気の強そうな女だ、それと男が一緒のはずだ、その二人を見つけてくれれば良い、見つけたらサドレム町長宅に居場所を報告するだけの簡単な仕事だ、いいか決して接触するんじゃ無いぞ」
「まだすると決めてないわよ、けど……見つけるだけねぇ……、いいわ依頼を受けましょう」
「報酬は見つけた情報があってるかどうか確認してからだ、依頼所で依頼を受けたって言えばいい、いいな」
「分かったわ」
男と別れると依頼所を出た。
「イリィっていう金髪の気の強そうな女性と一緒に居る男性ねぇ……、情報としては無いに等しいわ、小さい町とはいえ何処を探せば良いかしらねぇ」
街並みを見回し、何処から手を付けようか迷ったあげく、取りあえず高台から町を見下ろしてみようと坂を上り始めた。
丘の上にいくにつれ家の間隔も大きくなり、なだらかな坂道を利用した畑が増えて色んな農作物が作られていた。
暑く風通しのいい畑には南国に相応しい色鮮やかな作物が多く、赤い実がたわわに実った果樹が広がっていたりして、果物自体生きていることに活気があるように鮮やかに見える。
「良い香りね、お腹が空いてきたわ、丘の上に行ったら昨日の残りでも食べようかしら」
一昨日買ってまだ残っていた僅かな串肉と手つかずの果物も一緒に持ってきたマルティアーゼは、笑顔を浮かべながら丘を上がっていった。
一番高い場所に立っていた家から先は道が途切れ、そこからは草を踏みながら丘の頂上まで登っていくと、
「わあ、いい景色ね、町が一望出来るわ」
馬から降りて食事でもしながらどうやって依頼の男女を探すか決めようと、地面に座って串肉を取り出した。
「ふふっ、今頃トムはお腹を減らしているはずね、少しお仕置きよ」
ぱくりと肉を口に放り込む。
「熱々じゃ無いけれど、それでも美味しいわ」
もう一口肉を放り込んだ時、後ろの茂みがザザザッと揺れる。
振り返ると、男がこちらを見ていた。
「誰?」
出て来た男の顔に見覚えがあり、一昨日買い物に行った時、町中でぶつかった男だった。
「…………」
マルティアーゼは黙って男を見つめていると、ばつが悪そうに男がマルティアーゼの近くに来て、
「ごめんよ、驚かすつもりは無いんだ、その……悪いんだがお腹が減っていて、それを分けて貰えないだろうか?」
頭をかきながら恥ずかしそうに、男はキョロキョロと周りを見回しながら言ってきた。
「これを?」
マルティアーゼが持っていた串肉を見せて聞いた。
「いやぁ、恥ずかしい話、この二日ほどまともに食事をしていなくてね」
顔立ちの良い男は面を崩して照れながら説明をしてきた。
「ふうん、じゃあこれをどうぞ、私一人じゃ全部は食べられないと思うから」
残っていた串肉の五本全部を男に差し出すと、男は嬉しそうに包みを受け取ってむしゃぶりつくように三本をあっという間に食べ尽くした。
「有り難う、おかげで助かったよ、僕はランドス、君はたしか……」
今初めて気が付いたようにランドスがマルティアーゼを見て言ってきた。
「私はマール、一昨日夜の町で会ったわ、助かったってお金持っていないの?」
「いやあ少しは持ってるし家に帰ればちゃんとあるんだよ、ただちょっと理由があって家に帰れなくてね」
「そういえば女性の人と一緒に居たはずだけど、彼女はいないの?」
隣にいた金髪の女性の事を思い出して聞いてみた。
「いるよ、今はちょっと別の場所にいるけどね」
「ふうん」
「君は何処の人なんだい、見慣れない肌をしているけど、ここの住民じゃないね」
「ええ……東の方から旅をしてきたのよ」
「一人で旅を?」
「いえ、連れがいるのだけれど、ちょっと喧嘩しちゃってね」
ふふっ、と笑いながら答えた。
「喧嘩は良くないな、旅をしているのなら連れは大事にしないといけないよ、僕は喧嘩とか争いごとは嫌いだし、仲良く旅をした方がいいよ」
「私も争いは嫌いよ、でもいつも私を子供扱いをしてくるのよ、まるで腫れ物を触るみたいにじっとしていなさい、あれは駄目これは駄目って何もさせようとしないの、私はもう十五よ、何もさせてくれないと何も出来ない人間になってしまうわ」
怒ったように眉をひそめ、頬を膨らませていた。
「ははっ、それは分かるよ、でも君みたいに可愛い子が危ない事に関わらないようにと大事にされている証拠だよ、その連れがどんな人かは分からないが、その人の気持ちも分かってあげないとね」
子供が拗ねているように見えたマルティアーゼを、ランドスは笑いながら優しく言う。
「私ってそんなにか弱く見られるのかしら……」
「あっ、もう行かないと……有り難う、それで悪いけどその果物を少し僕に売ってくれないかな、持ち金はこれしか無いんだけど……」
ランドスは袋に入った有り金を全部出してマルティアーゼに渡した。
お金を受け取ったマルティアーゼはそれを見て、
「まだお腹が空いているの?」
そんなに大食いに見えないのに、まだ欲しいというランドスに聞き返した。
「いや、僕にじゃないんだ、彼女もお腹を空かしていると思うんで持って行ってやりたいなと思ってね」
「彼女……?」
何かしら不思議に感じていた。
町まではすぐ目の前の距離で、お金もあるのに家にも帰らない、町で買い物もせずに丘の草むらで何をしているのかと思っていた。
「ねえ、良かったら私も連れて行ってくれないかしら、その代わりにこの果物はあげるわ」
手に取ったお金をランドスに返すと、立ち上がって馬を連れてきた。
「でも連れの人がいるんじゃないの?」
「いいのよ、少しはお仕置きが必要だわ」
「……いいのかな」
ランドスは笑顔で付いてくるマルティアーゼに帰れとは言えずに、不安を抱えながら丘の裏手に連れて行った。
枯れた木々が広がる中で、差し込んだ陽光が地面の草木を生い茂らせていて、足元は緑でいっぱいだった。
下り坂になっている坂道を、マルティアーゼは馬が通りやすそうな場所を選びながら下ってランドスに付いていく。
坂を下っていくとゴロゴロとした岩が所々見えてきて、麓には転がり落ちていた大きな岩に隠れるように小さな小屋と隣には小さな川が姿を見えた。
居間と一部屋だけの簡素な家にの中には女性が一人寝台で横になっていて、マルティアーゼ達が小屋に入ると、物音で目覚めた女性が奧から出て来た。
「お帰りなさい、あらその子は……」
「挨拶は初めてね、私はマール、会うのは二度目よ」
マルティアーゼは紹介されるより先に挨拶をした。
「一昨日町で僕とぶつかったときのお嬢さんだよ」
「あぁ、あの時の……でもどうして一緒にいるのよ?」
不審に見つめられたマルティアーゼにランドスが、
「いや、家に帰ったんだけど、奴らが家を見張っていたから荷物を持ってこられなかったんだ、帰ってくる途中にこの子が丘の上で食事をしているのを見て、声を掛けたんだよ、ほらっこの子から果物を貰ったんだ、お腹が空いてるだろう」
「それはありがとう……、でも連れてきて大丈夫なの?」
「えっどうして? この子は旅をしてる子供だよ、此処の子じゃないし……そうだよね」
「ええ、私はローザンから来たの、此処に来たのは一昨日よ」
マルティアーゼが女性に教えると、少しはほっとしたように肩を降ろした。
「そう御免なさいね、変な事言っちゃって、私はイリィよ」
「いいえ」
(イリィ……どこかで)
はっとしてマルティアーゼは隣のランドスを見た。
(男と二人って言ってたわね、この人が探していた人だったなんて……)




