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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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33 潮風の愛

 沿岸諸国は北から南の海岸線に沿って四つの国が並んでいて、又の名を四国連合とも呼ばれていた。

 元々港町が次第に大きくなってきて、治安や人々の生活を守るためにそこにいた豪族が王と名乗り出て出来た国だった。

 国といっても王も元々が漁師の出であったため、国の基盤となる国民の支持も低く、他国から攻められると一溜まりもないほど脆弱な国でしか無かった。

 現在は代を重ねていき昔ほど反乱や暴動といったことは少なくなってきたが、内政に関しては今でも黒い噂や怪しい取引などが裏で暗躍していた。

 表向きはお互い国を犯さず他国からの侵略に対抗しようと同盟を結んで、平和に地域活性に力を注いでいた。

 戦争のない時代に出来たが故、実戦経験のない軍隊しかおらず軍事力も低かったが、それでも国に兵を持つ事が出来ただけでも国民としては安心する思いだった。

 国として認められていなかったのか、余りにも弱小国として相手にされていなかったのか、着々と裏で連合国同士の取り決めや兵の増強が出来たおかげで、知らぬ間に世界に沿岸諸国の名が国として認知されていた。




 東に僅かながらの森と西の広い海が全てであり、どの国も特産物は魚だった。

 四季の無い年中暑い気候でも皆陽気で、小麦色の肌を露わにした人達が通りを賑やかに歩き回る。

 海が時化ている日以外、男達は海に魚を獲りに出かけ大量の魚を船に乗せて帰ってくると、魚市では盛況な取引が行われていく。

 人々が集まっている港とは反対側の東の森の中にある小高い丘の木陰で、ひっそりと愛を育む二人がいた。

 抱擁を交わしながら町を見下ろしていた。

 海からは丘を駆け上がってくる潮風を浴びながら、

「親父さんはまだ怒ってたかな?」

 見た目は男前だが気の弱そうな優男が眉を下げながら彼女に聞いた。

「……うん、でもきっと説得してみせるから、父が駄目だって言ってきたら此処を出ましょう」

 逆に気の強そうな目鼻立ちのはっきりとした金髪の女性は、優男に決意を露わにしながら意気込みを伝えていた。

「ランドス……貴方を愛しているわ、ずっとずっと……」

「僕もだよイリィ、君みたいな女性と出会えて幸せだ、親父さんにも気に入って貰えればいいんだけど……」

「父が町長だからって偉くも無いんだから気にしないでよ」

「でも僕は親父さんよりは偉くないからね……」

「そんな弱気だから父に見下されるのよ、もっとしっかりしてよ」

 イリィはたしなめながらも笑顔でランドスをじっと見つめて、

「分かったよ、君と一緒になれるなら何でもするよ」

 二人はもう一度抱擁を交わして煌めく海原に目をやった。

 沿岸国最北の国家ベストラの町マニーラに入ったマルティアーゼとトムは、早速宿を取りマルティアーゼがトムの怪我の治療をしていた。

「傷は深くはないから二、三日養生してれば大丈夫ね」

 腕や顔、身体のあちこちに小さいながらも細かい血の跡が滲んでいたのを、マルティアーゼが一つ一つ魔法で傷を塞いであげた。

「すみません、姫様を守るべきなのに何も出来なかったです……」

 チクチクと身体の細胞が活性化して塞がっていく痛みに耐えながら、トムは礼を言った。

「いいのよ、相手は下級魔道士だったのよ、普通の人間では相手にならないわ」

「……未熟な自分が情けないです」

 トムはグルバヌスに対して一撃すらも入れられずに、ただ道の真ん中でじっと耐えていたに過ぎないことを思い出すと、あの時ああしていれば良かったと悔しさだけが募っていた。

「何言ってるの貴方は十分過ぎるほど腕が立つわ、何度も助けてくれたじゃ無い、そんなに自分を卑下にしないのよ、さぁ今日は貴方は此処で休んでいなさい、私が何か食べ物を買ってくるわ」

「それは危険です、もしあの者が襲ってきたりしたら……、買い物ぐらい私が行きます」

「駄目よ、貴方はそこで寝てなさい、命令よ!」

「……姫様」

 マルティアーゼは返事をすること無く、スタスタと部屋を出て行った。

 外は夕暮れの買い物客でごった返す時間帯。

 行き交う人々の手には殆どが沢山の魚を籠に入れて家路に急いで歩いていた。

「魚は……今日はやめときましょう、やっぱり肉が良いわ」

 町に入ったときから魚というか潮の香りが鼻孔に入り、港町らしく大声で魚を売る店主がそこいらで見かけられた。

 しかし、骨取りの苦手なマルティアーゼは食べ残したりすると、怪我をしてるトムに食べて貰わないといけなくなるのが申し訳無くて、肉料理を出している店を探して町の繁華街を歩き回っていた。

「あそこなんか出していそうだわね」

 トコトコと、店の中を覗いて客が食べている料理を見てみると、

「皆、魚ばかり食べているわね、他に行ってみようかしら……、あっ」

 振り返って歩きだそうとした時、人にぶつかって尻餅をついてしまった。

「あっ! 大丈夫ですか、済みません急いでいたもので……」

 手を差し出されて起き上がると、ぶつかった男性が動揺しながら謝ってきた。

 隣にいた女性がマルティアーゼを抱き起こすと、怪我をしていないか心配しながら埃を払ってくれた。

「お嬢ちゃん大丈夫、御免なさいね怪我は無かったかしら」

 金髪の長い髪を束ねた女性が身を低くしてマルティアーゼに言ってくると、

「大丈夫よ、私も後ろを確認しないで振り向いたのがいけなかったの」

「あら良い子ね、しっかりした言葉使いで偉いわ、悪いけれど急いでるのよ御免なさいね」

 マルティアーゼの頭を撫でると、男性に目配せをした。

「……いえ」

 マルティアーゼが返事をするより、二人は早足でその場から去っていく。

「急ぎの用なのかしら」

 年上の人からお嬢ちゃんと言われて何だか照れくさく、暫く二人が行った先を見ていたが、身なりを整えると気を取り直して店探しを再開した。

 マルティアーゼが宿に戻ってきたとき、両手一杯の袋に沢山の果物や屋台で売っていた串肉などを持ち帰ってきた。

「こっちの袋には肉やスープ、こっちの袋は果物を買ってきたわ」

「…………これはまた、えらく沢山のものを……」

 部屋の机に荷物を置くと、マルティアーゼが笑った。

「ふふっ、屋台を見て歩いてたらつい買ってしまったのよ、この果物なんか宝石みたいに綺麗で美味しそうでしょう」

 二人で食べ切るには何日かかるのか、マルティアーゼ自身はそんなに食べないので、多分この食べ物もトムが食べていかなければ腐ってしまうだろうと思われた。

「さぁ一杯食べて元気になって頂戴」

「一体幾ら使ったのですか?」

「さぁ覚えてないわ、良いじゃない多分そんなに使ってないわよ」

 あっけらかんとした笑顔の怖さはトムがよく知っていて、金銭感覚の無さはプラハでのことを思い出させた。

(まぁ食べ物だからそんなには使っていないのだろうけど、これは早めにお金の使い方を覚えて貰わないことにはいけないな……)

 トムの思惑を余所にマルティアーゼは袋を漁って串肉を取り出した。

 包み紙の中からどこの巨漢が食べるのだというほどの串肉が出て来て、トムはそれを見ただけでお腹が満腹になった気がして驚いていた。

「良い匂いだわ、早く食べましょう、あとスープも……はい」

 受け取ったスープも大きな椀に入っていて、これだけでも満腹になりそうな量があった。

「ちょ……ちょっと姫様、こんな沢山食べきれないですよ」

「何言ってるの、男の人ならこれぐらい食べられるでしょう、店でもみんなこれぐらい買って帰ってたから、私も買ってきたのよ」

「これは……家族で食べる量ですよ、二人でこんなに食べたら吐いて……あっ失礼しました、ですがこの量はあまりにも……」

 見ているだけで食欲が失せそうな肉とスープに、トムはあからさまにげんなりした顔になった。

「折角買ってきたんだからとにかく食べられるだけ食べてよ、私も頑張るわ」

 マルティアーゼは意気込みを見せるが、それもあと数分後には食べ物を見るのも嫌だという意気込みにかわるのだった。

 マルティアーゼは美味しそうに串肉の香ばしい匂いと甘い油に舌鼓を打ちながら食べ始めると、トムもしようがなくなるべく早めに消費していかないといけない物から食べていった。

 二人が食事を始めると、外が騒がしくなった。

「何かしら?」

 串肉を持ったまま窓辺に行き、下の通りを覗き込んでみた。

 沢山の男達が通りに人達に向かって、

「どけどけぇ、道をあけろ」

 と、叫びながら走って行くのが見えた。

「何かしらね、この町は物騒な町なの?」

 口に肉を頬張りながらトムに言う。

 トムは目の前の食べ物に消費するのに夢中で、マルティアーゼへの返事は、

「どうなんでしょうか」

 と、生返事をしながら食事を続けていた。

「町を見ながら思っていたのだけれど、旅をしていていつもその土地の事をよく知らないまま町を後にしてるじゃない、だからこれからは少しでもその土地の事を知っておこうと思うのよ、だって私は歩き回りたくて旅に出たんじゃ無いんだから、いろんな土地で生活してる人やどんな場所があるのかが知りたかったのよ」

 食べきった串を握りしめながらトムに力説した。

「はぁ……」

 トムにとってはマルティアーゼの護衛が優先であって旅をしたいわけでも無く、出来るならローザンに戻って欲しいと思っているぐらいだった。

 しかしズルズルと旅をしていて既に半年、その間にどれだけの出会いと別れがあったことかつくづく思いだしてみると沢山の出来事を経験していた。

 トムは感傷的な性格ではなかったが、それでもこの半年、マルティアーゼの側にいて色んな事を経験したなと思わずにいられなかった。

 国ではどのように大騒ぎになっているだろうかと考えると身震いがせずにいられないが、もうここまで来てしまったなら仕方がないと腹を括って諦めている部分もあった。

(多分ローザンに帰る事が出来ても俺の極刑は免れないだろうな……、なんせ公女と国を出て来たんだ、例え其れが姫様の意思であっても国の兵士であった者が連れ出したと見られるだろう)

 何故あの時、強引にでも城に連れ戻さなかったのか、今更後悔しても仕方なかったが考えずにはいられなかった。

(俺が死ぬのはいい、姫様に剣を捧げたときにそう誓ったのだ、だが旅をしている知らない場所で俺が死んでしまったら姫様を一人にさせてしまう、ローザンに帰るまでは死ぬわけもいかない、お守りしなければならないんだ)

「明日は一緒にこの町を見て歩きましょうよ、町の人に此処がどんな場所か聞いて歩くのも良いわね……ねぇ聞いてる?」

「……えっ、あっはい、そうしましょう、それよりもっと食べて下さい、全然減りませんよ」

 物思いから呼び戻されたトムがすかさず返事をした。

 その後は二人で食事を続けていたが、マルティアーゼは串肉を二本平らげた所で満腹だといって、寝台に寝そべってしまい、結局トムも食べきれずに半分以上の肉と手つかずの果物をそっと片付けた。

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