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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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26 夢魔の呼び声

「さぁ、行きましょう」

 青空の下、家の前に並んだ三人を見つめてトムに言った。

「じゃあ行ってくるわね」

 マルティアーゼは三人に別れではなく、出かける挨拶をすると、

「行ってらっしゃい」

「またね」

「ばいばい」

 荷物を担いで階段を下り始めると、三人は手を振りながらマルティアーゼ達を見送っていた。

 スレントが愚図って泣いている声が聞こえていて、三人が「またね」と声をかけてくるが、それに応えずに階段を歩き続けていった。

 マルティアーゼの目には溢れて涙がこぼれていたが、三人に見せてしまえば余計に悲しくさせてしまうと泣いた顔を向けようとはしなかった。

 彼女も寂しくはあったがこれもあの子達のためと、泣いた顔を見せずに力強く階段を降りて行く。

 別れ際に三人にはこれからのために当分の生活費と馬も手渡していたので、麓に降りた二人は新しく馬を購入すると、荷物を括り付けてプラハの町を出発した。

 二人旅になったのは一ヶ月半ぶりで、また静かに馬に揺られながらの旅が始まった。

「何だか二人旅なんてもの凄く懐かしく感じるわね、たった一月半しか経っていないのに」

 崖を登りながら向かい側に見えるプラハの町を眺めていた。

 初めての町での生活はカルエの村の生活とは違い、一般庶民の生活というものをここでしていたんだなと、改めてこの町を眺めていると、まるで故郷のように愛おしく感じられてきた。

「この町でいい思い出が出来ましたね」

 マルティアーゼの我が儘で思いも掛けない生活をさせられたが、トムにも一仕事を終えたという達成感は感じていた。

 二人は数日掛けて街道を北に向けて進んでいき、西へと出る為アルステル方面に向かっていた。

 沿岸州に行くには国家間にある山脈を越えてアルステルの西の街道から西沿岸に行くことが出来るが、かなりの遠回りになるため、山脈を越える手前にもう一本、西へ行く街道が地図に載っていたのでそちらから進む事に決めた。

 左手には森が生い茂り、右側に高い山肌を見ながら山脈に沿って伸びる街道は、まだ新しく出来たばかりの道で道幅も狭く舗装もされていない、言わば幅の広い獣道みたいな感じの街道だった。

 一応大きな石をどけただけで、道だと分かる線がずっと伸びているのが見える。

「この道を行けば西沿岸諸国に出られるのね」

「ええ、地図だとそうなっていますね、ただこの街道もまだ出来たばかりで整備もされてないみたいですから、本当に西沿岸まで繋がっているかどうかも怪しいですね」

 少なくとも道についた轍があるということは何処かに通じているのだろうと思われたが、進みやすいとは言いにくい。

「でも此処はプラハと違って涼しいわね、風が山から流れて来るからかしら、このくらいの気候なら旅も悪くないわ」

 道は軽く上り坂で緩やかな曲線で先が見えないことが不安を感じさせている。

 見えているのは山肌と背の高い木々だけだが、長く続く山脈は見ていても飽きることのない綺麗な連山で、木々の生えていない山肌の山頂はうっすらと白くなっている。

 旅は順調に数日進んだが一つの町や村もなく、変わらぬ道と、時折街道から逸れた場所にある野営地を見つけただけであった。

「今どの辺りまで来たのかしら、こう毎日同じ景色だと飽きないけれど進んでいるのかどうか分からなくて不安になってくるわね」

「宿場町でもあれば距離も測れるんですけどね……」

 トムが今まで進んできた日数と一日の大体の距離を計算しながら、地図に照らし合わせてみた。

「まだ半分も来てなさそうですね、多く見積もっても半分ぐらいですか……、この調子だと途中で食料が無くなってしまいます、最低でも何処かで水だけでも手に入れたいですね」

 日も暮れそうになった時間に街道脇で見つけた小屋に今日は泊まることにした。

 小さいがしっかりした、まだ建てられてからそれ程経っていなさそうな、木の香りのする建物の中を覗いて入って行った。

 何もない部屋は中央には地面が剥き出しになっていて、焼かれたたき火の跡が残っているだけであった。

「ここは旅人のための小屋ですかね……」

「何にしても有り難いわ、今日はここを借りましょう」

 荷物を置いてトムがたき火の枝を集めてくるのを、マルティアーゼはじっとトムの行動を見ていた。

 ぱっと火が点いて小屋の中が明るくなると、暖かい優しい温もりが部屋を包んできて、持っていた干し肉を少しずつかじりながら食事をした後、羽織っていた外套を床に敷くと二人共直ぐに横になった。

 何日かぶりに土の上ではなく木の板の上で見張りをする必要も無く、ゆっくりと朝まで眠ることが出来たのでマルティアーゼは安心していたのかも知れなかった。




 暗い部屋でマルティアーゼは一人椅子に座っていた…………、

 目の前には大きな窓からの月明かりが差し込んでいて、足元だけが明るく照らされていた。

 マルティアーゼは綺麗に半分になった月をじっと見つめながら、何かを待ち続けていた。

 後ろから何者かが近付いてくる気配があり、マルティアーゼの肩へ腕を伸ばし優しく包み込んできた。

「この匂い……、何ヶ月ぶりかしら、もう一年になるかしら……貴方に会うのは」

 マルティアーゼはそっと伸ばしてきた腕に手を置くと、腕に頬ずりしながら懐かしんだ。

「あれほどの事があったというのに、最近は貴方のことを思い出すことさえなかったわ、私は酷い子ね……そうね薄情者と言うべきかしら、あんなに貴方と一緒に居たかったはずなのにどうして忘れていたのかしら……」

 いつも優しく時には叱ってくれる、まるで本当の姉であり母親のような存在。

「ねえ私、少しは大人になったように見えないかしら? 貴方が居なくなってから随分と沢山の経験をしてきたわ、魂をつなぎ止められた人達を解放させてあげたり私のことをお姉ちゃんと呼んでくれる小さな女の子、同じ年頃の友達も出来たし三人もの男の子達を生活が出来るまで一緒に過ごしていたのよ、凄いと思わない? この一年で本当に色々な事を経験したわ、たった一年でよ、こんな事あのお城にいれば絶対に叶わないことだったわ、私あそこから出て来て良かったと思うの、私が思い描いていた以上に世界は楽しい所だわ」

 マルティアーゼは相手に教えようと一人興奮して話を続けているが、相手は言葉を遮ることもせず、じっとマルティアーゼの話を聞いてくれていた。

「貴方も一緒だったらどんなに楽しい旅になったでしょう、でも貴方があんなことになったから私は旅に出る決心が出来たのかもね……、貴方の居ないあの場所に私の居場所は無くなってしまったのだもの、お父様やお母様は私がお姉様に苛められていても、言うことはいつも同じで放っておきなさいばかり、お姉様は私が居なくなって喜んでるかもね、私もお姉様の目から解放されて少しほっとしてるの、これでお互い気兼ねなく生きていけるんだもの、これで良かったのよね……」

 マルティアーゼはもう一度相手の匂いを嗅いでみた。

 花の香りのするいつもの匂いが鼻孔をくすぐる。

「また貴方の匂いが嗅げるなんて思ってみなかったわ、懐かしい……あの頃のことを思い出すわ、出来るならもう一度貴方と過ごしてみたい、それが叶うなら私はいつだって国に帰ろうと思えるわ……貴方も私が帰ってきてくれた方が嬉しいでしょう、フラン……」

 一筋の涙が頬を伝い流れ落ちて、そっと顔を上げて相手の顔を覗き込んでみた。

「貴方なんか一生帰ってこなくて良いのよ!」

 相手と目が合うと驚愕と悲鳴が入り混じって周りの景色が溶け出していった。

 フランだと思っていた相手はディアンドルだったのだ。

 冷笑と憎しみの眼差しがマルティアーゼの瞳の中に焼き付いて、顔を背けることが出来ないまま視線はディアンドルに釘付けになっていた。

「不遇な子、淫らで卑しい子、親に甘えて侍女に恋して自分を悲劇の子として見て貰いたいイヤらしい妹よ、妹だなんて言葉を吐くだけでも反吐が出そうだわ、貴方なんてローザンには要らないのよ、この国は私の物、貴方なんかに絶対渡さない、身の程を知りなさい薄汚いウサギの皮を被ったチュッチュが! でも自分から出て行くなんて少しは大人になったじゃない、ははははっ……あっはははっ」

 ディアンドルの顔が鼻先まで近づいてきてマルティアーゼに伝えてくる。

 侮蔑と軽蔑の笑顔は恐ろしく、意識さえも支配されそうな威圧感があった。

「ちがっ……私はそのような事をしたことなど、私はただ楽しくお話がしたかっただけ、お姉様ともお話が……したかった……なのに」

 涙が溢れる、分かって貰えない悔しさの気持ちが涙となって流れ落ちていく。

「マルティアーゼよ、何を泣いておる」

 はっとして振り向くと、底にはローザン大公夫妻が立っていた。

「……お父様お母様、私はお父様達が嫌で国を出たのではありません、ただあそこに居ては私は自分の生き方というのものが出来ないのです……、侍女に監視されお姉様の目を気にしながら何も出来ずにただ生きるなんて…………」

 父と母の目はマルティアーゼを優しく包むように見てくれていた、……と思っていた。

「構わないんだよ、お前がいなくても私達にはディアンドルがいる、次期女王のディアンドルがな、だからお前には期待してはいないんだよ、国を出てくれて有り難うマルティアーゼ、もう此処に戻ってこなくても構わないんだよ、さらばだ」

「あああ……ああっ、ああああぁ……」

 笑う父と見下した目の母の顔が溶けていくと、フランの姿へと変わっていく。

「マルティアーゼ様、貴方の為に身を捧げたのに幸せそうで……、私がどれほど苦しみ貴方の名を呼んでいたことか……、それも分からず自分の生き方ばかり……死ななければ良かった、自分の事しか考えない人だと分かっていれば、あの時、身を捧げなければ良かった、返して私の肉体を……貴方の幸せは私が与えたもの、返して返して返して……」

「……ああっ、あああ…………あっ、お父様……フランんんぅぅ」

 皆が目の前に立って笑っていた。

 皆、マルティアーゼに侮蔑の表情をして、ぐるぐる回り続ける視界に全員の姿が混じり合い、声だけが鳴り響いてもう誰の声かも分からず何も考えられなくなっていく。

 ただ目の前から父や母、姉とフランが笑いながら遠のいて消えていった。

 マルティアーゼは待ってと手を伸ばすが、誰かに引っ張られる様に距離が遠ざかり何もない暗い場所で漂い続けていた。

「ああ、お父様どうしてそのようなことを言うの、どうして私の事を分かってくれないの、フラン、私は貴方のことをどれだけ心配していた事か……、どれだけ貴方が亡くなったと聞かされたとき悲しんだ事か……、貴方がいなくなってからお姉様の苛めが酷くなったのよ、私を孤立させようとしてくるのよ、あそこに私の居場所はもう無かったのよ、どうか分かって……私は一人が苦しかったのよ」

 誰も聞いてくれない一人ぼっちの暗闇で泣き叫びながら、マルティアーゼは手足をばたつかせてもがいていた。

「人は裏切り騙す者、例えその時その場だけ本心だったとしても、時が経てば昔に言った事も罪悪も無しに簡単に言葉を覆す生き物、信じられるのは己だけ……自分を信じ己の欲のまま生きればよいのだ……」

 何処からかマルティアーゼの脳裏に響く低い声が聞こえて来た。

 聞いたことのない声だが、不思議と恐怖も不安も感じさせない安堵するよく通る声だった。

「だれ?」

「儂のことなど気にすることではない、お主の不安を取り除いてやろうというのじゃ、お主はもう一人で何でも出来る、昔の幼い何も出来ないお主ではない、望めば何でも出来るし手に入れられる、自分の力を信じるのじゃ、それだけの力をお主は持っておる」

 年寄りなのか若者なのか、しっかりとした声はまるでマルティアーゼのことを何でも知っている素振りで話してくる。

 目を幾ら見開いても真っ暗闇で何も見えてこないが、はっきりと目の前にいる気配だけはひしひしと感じられた。

「貴方は誰、どうしてそのような事が分かるの、私の何を知っているというのよ」

 マルティアーゼは相手に訴えかけるが、一呼吸空けて出て来た言葉はマルティアーゼの質問の返答ではなかった。

「これから幾多の出来事が待ち構えているであろう、それを乗り越えるのはお主の力だ、己の力を信じ我が物とせよ、それが全てそれがお主なのじゃ」

 最後の言葉が遠く小さくなっていくのをマルティアーゼは、

「待って……待ちなさい、私の力とは魔道の事なの? 答えて貴方は誰なの」

 視界が一気に明るくなりだし頭の中まで光が差し込んできたみたいに目を閉じていても光が見えていて、一瞬で目が覚めた。

 息苦しさと動悸で苦しく、息をするのも忘れてしまったみたいで、窒息しそうになって空気を求めた。

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