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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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25

 朝、マルティアーゼとスレントが一緒に出かけて行くのを、サムとルーディが寂しそうに見送っていた。

 朝早くからだったが、スレントの方はマルティアーゼと二人で出かけるのを楽しそうにはしゃいでいた。

 昼過ぎまで黒花の実の採集をしてから皆の為にお菓子を買って宿に帰ると、サムもルーディも目の色を変えて喜んでいた。

「今日で百個は集めてきたわ、明日までには集められそうよ」

 マルティアーゼが小袋の中身を皆に見せた。

「私は明日、家を探しに行ってこようかと思うんですが……、サムだけ連れていって家を見学させようかと思うので、ルーディはマールさんの方を手伝わせておいてくれますか?」

「いいわよ」

 マルティアーゼがサムに振り返ってお願いをした。

「サム、これからは貴方が二人のお兄さんなんだから、二人を守ってあげないといけないわよ、ちゃんとトムに剣の使い方を教えて貰いなさいよ」

「うん、ほらこれ見て、トムのお兄ちゃんに買って貰ったんだ」

「僕も」

 腰に付けた短剣を抜いてマルティアーゼに見せてくる。

「こら、危ないだろ剣を向けるんじゃない、しまうんだ」

 トムが二人を叱った。

「だって……」

「ふふっ、大丈夫よ、でも無闇に人に向ける物じゃないわよ、それはこれから貴方達の大事な商売道具になるんだから」

「僕もほちい」

 スレントがマルティアーゼの裾を引っ張って欲しがった。

「貴方はまだ危ないわ、もっと大きくなったらサムに買って貰いなさい」

「ええっ……やだっ」

 首を振りながら二人の持っている短剣をじっと見つめて涙ぐんでいた。

「困ったわね……あれは遊び道具じゃないのよ、怪我をするかも知れないから貴方にはまだ早いのよ」

「えぐぐっ]

「スレント、駄々をこねるな、お金が貯まったら買ってあげるよ」

 サムがスレントに言い聞かせるが、納得いかないスレントがついに声を上げて泣き出してしまう。

「まぁ泣かないのよ、男の子でしょ」

 マルティアーゼが抱き寄せて泣き止まそうとするが、一度付いた火は中々消えずにいた。

「分かったわ、じゃあ明日私と他に良い物が無いかお店を回りましょう、それで良いでしょう、ねっ?」

 頭を撫でながらスレントに言うと、少しずつ泣き止んでくる。

 それを皆でやれやれといった風に目配せをして、

「さぁ、お菓子は後で食べるのよ、先に食事に行きましょう」

 窓から聞こえる喧騒にまじって漂ってくる肉のいい匂いが、五人のお腹から空腹の合図を鳴らした。

 プラハで十日ほど宿で滞在している間に、トムとサムが見つけて来た家に五人で移り住むことにした。

 マルティアーゼとトムはここに住むわけでもなかったが、取りあえずサム達が此処で住むことが出来るようになるまでの間だけ一緒に住むことにした。

 家は三人で住むなら丁度いい大きさで、二階建ての上下二部屋ずつあった。

 一階に居間と一部屋あるので、そこの部屋にはスレントとマルティアーゼが、トムは二階の一室で寝泊まりをする事にした。

 残った一部屋にはサムとルーディの部屋になったが、取りあえずの仮部屋ということでもあり、マルティアーゼ達が家を出て行けばまた三人で新たに部屋決めをするということになっていた。

 本当ならマルティアーゼ一人で部屋を使う予定だったが、スレントが甘えて一緒が良いとぐずってしまい、仕方なく一緒の部屋になった。

 それぞれの部屋に寝台と机、居間には卓と椅子といった具合に必要な家具も購入し、最低限のものは家の取引後に直ぐ買い揃えてきた。

 三人は自分達に家が出来た事に大いに喜んでいて、

「お前達、これからはやらなければいけないことが沢山あるんだぞ」

 その全てはマルティアーゼのお金から出した物であったが、本当の生活はこれからだとトムから言い聞かせられると、三人の顔にも緊張が浮かんでいた。

「いい? これからは自分達で働いて生活をしていくのよ、しっかり働いて三人で生きて行かなくちゃいけないんだからね」

「うん、もう泥棒はしないよ、ちゃんと三人で頑張る」

 サムは決意の強い表情でマルティアーゼに言ってきた。

 それからもトムはサムとルーディに剣を教え、依頼はマルティアーゼとスレントで出来る物を探してはこなしていた。

 スレントの小さな頭には短剣の代わりに革で出来た兜が被されていて、それを嬉しそうにマルティアーゼに見せびらかせて笑っていた。

「それを着けていると立派な兵隊さんだわ、将来は私を守って貰えるかしら」

「うん、いいよ」

 笑うマルティアーゼに大きな声で返事をするスレントと、微笑ましい会話が交わされながら採集の仕事に向かって行った。

「さぁこれで依頼は完了ね」

 依頼内容の殆どが採集だったので報酬も安かったが、幾つもの仕事を受けて毎日楽しく過ごせていた。

 依頼所で契約書と依頼内容の品物を渡しお金を受け取った二人は、手を繋ぎながら家に向かって帰っていく姿は、姉弟のように周りから見えただろう。

 大きな声で歌を唄うスレントは元気な傭兵に見えなくもない。

 家に帰るとトムが食事を作っていてくれてそれを皆で卓を囲んで食べる、もう同じような風景が繰り返し行われていた。

 サムもルーディもトムの指導のおかげで何とか基本は覚えられたみたいで、むやみやたらと剣を抜いたりすることもなく、刃物の怖さを理解出来たようだった。

「人に向けての使い方ではなく、物を作る時の刃物の使い方も教えておきました」

 トムは毎日マルティアーゼに今日教えた事を伝えていた。

「あと怪我したときの治療も教えて貰ったよ」

 サムが自慢げに言ってきた。

「そう、それじゃあ明日からは一緒に依頼の仕事を出来るようにサム達にも覚えて貰わないとね、スレントなんてもう自分で依頼を探してるわよ、ねぇ」

「うん、僕出来る」

 口を汚しながら食べ物を次々と入れていくスレントの口元を、マルティアーゼが拭いてあげる。

「もうすっかり懐いてしまいましたね」

 トムが二人を見ながら言うと、マルティアーゼも満更でもなさそうに笑みを返した。

 その数日後、三人が寝てからマルティアーゼとトムが居間で話合っていた。

「ここの生活にも慣れてきたみたいね」

「そうですね、サムもルーディも物覚えは良いですから、教えるのにも手間が掛からず良かったです」

「もう少しだけ此処に滞在して仕事を覚えるまでは協力して頂戴」

「分かりました、もうここまでしてきたんです、あの子達が自立してやっていけるまで面倒でも何でも協力しますよ」

「それが終われば又旅に出ましょう」

 居間で二人の会話は静かに交わされていた。

 マルティアーゼ自身も仕事に慣れてきて楽しく感じてはいたが、それは三人が生きて行く為の手段を覚えるためであり、彼女が今後もこのままプラハで過ごす為の仕事では無い。

 初めて仕事というものをしてみて、自分でお金を稼ぐという事がどんなものなのか経験して分かった事は、僅かなお金を手に入れるのにどれだけ大変なことなのかということが実感出来た。

(人々はこうやって日々働き、僅かなお金をやり繰りしながら生活しているのね、それなのに今まで私はこんな事も知らずに毎日呑気に暮らしていたんだわ、情けない事ね……)

 王族という立場に生まれ、市井の生活をうわべだけでしか見たことが無かったマルティアーゼも同じ生活をすることで分かったことが沢山あり、サム達の出会いは決してサム達の成長を助けるというだけの事ではなく、マルティアーゼ自身も成長出来た行いであった。

 お互いがこれからの人生に役立つ経験を手に入れて、あっという間に半月が過ぎてしまい、もうサム達三人だけで依頼を探し仕事に出かける風景が慣れてきた頃、居間に全員集まったときにマルティアーゼはサム達に言葉をかけた。

「サム、貴方達はもう此処でやっていけるようになったから、私達は明日には旅に出ようと思ってるの」

 昨晩のトムとの話で明日旅に出ようと決めた事についてサム達に伝えた。

「どうして?」

 サムが聞いてきた。

「貴方達に剣と仕事と此処での生活を教えたのは、貴方達がこれから悪いことをせずに自分達で生きていけるようになってもらうなのよ、それを貴方達に教えたわ、もう私達が旅に出て行っても三人でやっていけるでしょう」

 しっかりとサムの目を見てゆっくりと言葉を継いだ。

「嫌だよ、マールお姉ちゃん一緒に居て」

 マルティアーゼの膝に抱きついてくるスレントの頭を撫でながら、

「スレント、貴方ももう八つに成ったんだから男らしくしなさい」

「やだやだっ」

「駄目よ、我が儘は、大きくなったら私を守るって言ってくれたじゃない、いつまでも私達に守って貰っては立派な兵隊さんに成れないわよ」

「ひっく、うぐぐ」

 大声では泣かなかったが目からは大粒の涙がこぼれ出ていた。

「サムとルーディはお兄さんなのだから分かるわね、これからは三人で協力して生きて行くのよ」

 毅然とした態度でマルティアーゼが二人に言い聞かせる。

 ここで甘えた言葉を出せば二人にも別れを惜しむ感情が出てくるだろうと、厳しい言葉で二人に伝えた。

 隣ではトムは何も言わず三人を見据えていた。

「何処に行くの?」

 サムは二人の旅先を聞いてくるが、マルティアーゼは首を振って答える。

「私達の旅は当てのない旅よ、だから答えることは出来ないわ、もし本当に私達にまた会いたいと思うなら強くなりなさい、自分達で旅が出来るように此処で生きて行くのよ、そうすればいつかまた何処かで出会えるかも知れないわ」

「……寂しくなるね」

 今度はルーディが口を割ってくる。

「寂しく何て無いわ、生きている限りこの空の下で私達と繋がっているわ、寂しくなったら空を見なさい、けれど泣いてばかりいては駄目よ、三人で力を合わせてこれからの困難を生き抜く力を身につけていきなさい」

 伸びた黒髪を後ろに括ったルーディはこの中で一番大人しかったが、聡明さを称えた瞳をしていて、こくりと首を縦に動かして返事をした。

「僕たち早く大きくなってお姉ちゃん達を探しに行くよ」

「ええ、待ってるわ」

 サムの言葉に笑みを浮かべて答えた。

「分かったよねスレント、貴方も大きくなってからまた会いましょう、約束よ」

「……うん」

 頭を撫でるとスレントは涙を拭いて、マルティアーゼの胸に抱きついてくる。

「サム、ルーディこれが最後だ、よく聞きなさい」

 じっと聞いていたトムが二人に声を掛けてくる。

「いいか、短剣を人殺しや脅しに使うんじゃないぞ、お前達はまだ子供だ、危険と思ったら逃げるんだ、逃げずに意地や格好で命を粗末に扱うな、いいな」

「うん」

「分かった」

「貴方達三人の頭上に幸運を……」

 マルティアーゼが祈った。

 居間の天井に淡い光が輝きだして弾けると、三人の頭に降り注いだ。


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