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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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「よっと!」

 木の上から降りてきたカルエがガブが死んだことを確認すると、トムの容体を見た。

「あんた大丈夫かい見せてみなよ」

 太ももの傷は長く動脈は切れていないみたいだったが、出血が酷くトムの左足は真っ赤になっていた。

「今は傷口が開かないように縛っておくしかないね」

 太ももの付け根に持っていた布を破ってきつく縛り上げ、残った布で傷口を覆った。

「待ってカルエ……」

 初めて生き物を殺した興奮で腰が抜けてしまったマルティアーゼは、のろのろと四つん這いでトムの側までやって来ていた。

「私が魔法で傷を治すわ」

「魔法って……使えるのかい?」

「ええ、大丈夫任せて」

 逃げていたときのマルティアーゼの魔法にカルエは気づいていなかった。

「トム、我慢してね」

 両手を傷の上に当てると詠唱を唱えた。

 淡い光がトムの傷に当たると苦痛を露わにしながら必死に我慢していた。

 血が次第に止まり止血だけは何とかする出来た。

「ふう……傷口は少しずつ塞がっていくと思うけど時間が掛かるわ、当分は歩けないわね」

「へえマール、凄いねぇ魔法使えるんだ、あたし初めて魔法見たよ」

 村に来てから一度も見せたことが無く、使えることも教えていなかった。

「でも私の力だけの魔法は体力を使うから普段は使わないことにしていたの、今は非常時だから仕方ないけれど疲れちゃったわ」

 地べたに座り込んだマルティアーゼは自分の震える両手を見つめた。

 この手であの巨大な怪物を倒したんだと今だに興奮していて、腰の辺りがどくどくと脈打つ感じで酷く痛かった。

(これが生き物を殺す感触なの……)

「有り難う御座います」

 トムは自分で布をきつく巻き直して、裂けた傷がなるべく開かないように足を伸ばしていた。

「足は曲げない方が良いよ、枝を探してくる」

 カルエが足が曲がらないように長い添え木を探しに出かけた。

「危なかったです、何も出来なかった……もう終わりだと思いましたよ」

「この森にこんな巨大な生き物がいるのね、とても恐ろしい所だわ」

 マルティアーゼは後ろに転がっているガブの頭を見て今更ながら身震いをした。

「……ですが姫様、あの様な危険な事は今後なさらずにお願いします」

「仕方ないわよ、あの時は勝手に体が動いていたのよ、私の火ではこの怪物は殺せなかったし目の前で貴方が倒れたんだもの、何とかしなきゃってそれしか頭になかったわ」

「そのおかげで助かったわけですが……」

 トムには何とも言い難い返事しか出来ずにいた。

 守るべき者を危険に遭わせて助けられるなど護衛として失格であり、自分に失望していた。

「姫様はどこで剣などを覚えたのですか?」

「教えて貰ってなんか無いわよ、貴方のを見よう見まねでしただけ、剣って重いのね、良く片手で持つことが出来るわね」

 あっけらかんとマルティアーゼは答えた。

 それについてもトムは驚き、マルティアーゼに返された剣を見つめていた。

(姫様は何気ない事でもよく見ておられる、あまりにも全てのことに興味をお持ちになられすぎるのは恐ろしいことだな)

「持ってきたよ」

 トムははっとして振り返るとカルエが木を抱えて帰ってきたのだった。

 二本の枝を左足に両側から添えて木の蔓で縛って固定すると、もう一本太めの真っ直ぐな枝をナイフで削り始めた。

 既に太陽は天高く昇り陽光がさんさんと降り注ぐ森の中で、巨大なガブの死体の傍らに三人の男女が座っている異様な光景が描かれていた。

「出来た」

 カルエが枝を持ち上げると、丈夫そうな太い杖をトムに渡した。

「それでゆっくりでも歩けるだろう」

「有り難う」

 トムは杖を受け取るとちゃんと手で持つ所はナイフで削り、スベスベしていて握りやすくそれ程重くもなかった。

「ふむ、これなら歩けそうだ」

「えへへ上手だろう、でも今日は止めたほうがいいよ、怪我したばかりだから動いて熱でも出したら大変だし、マールも疲れているみたいだからもう一日はここで野宿しよう、それに食べきれないほどの肉もあるからね」

 カルエはガブの方を見て唾を飲み込む。

「この化け物を食べるのか……」

「匂いが独特だけどね、上手く調理すれば結構いけるよ、それにさガブの毛皮はあたし達にとっては貴重なんだよ、こんなに大きいのは初めてだ、村に持って帰れば皆喜ぶよ」

「……そうなんだ」

 トムは呆れて答えた。

 ついさっきまで殺されそうになっていたのに、今ではもう食料と戦利品として見ているカルエの度胸の大きさに感服していた。

「待ってなよ」

 カルエがガブを捌き始めた。

 躊躇ない素早い手捌きでみるみるうちに革を剥いで肉と分けていった。

「トム、水を汲んでくるわ此処でじっとしていてね、血で汚れているから拭き取らないといけないわ」

「しかし一人では……」

「大丈夫よ、何かしていた方が気が休まるわ、それに川も直ぐそこよ、見えない所まで行かないから心配しないで」

 マルティアーゼが水袋を持って駆けていく。

 トムは木にももたれ掛かると足に力を入れてみた、ズキッ、と傷口が開くと痛みが走って苦痛に顔を歪めた。

 マルティアーゼが水を汲んで戻ってくるとトムの足についた血を綺麗に洗い流して、残った水でカルエが手足を洗い流した。

 綺麗に捌いたガブの肉を木に吊して、剥いだ皮を川に洗いに出かけていった。

 すっぽりとカルエが隠れるほどの大量の皮を重そうに運んでいくと、残されたガブの骨だけになった死体が滑稽に見えてきてしまう。

「こんなに大量の肉をどうするのかしら、三人で食べられる量ではないわね」

「しかしやはり森の人ですね、物怖じせず当たり前にするべき事が身についてる感じです」

「私と同じ歳なのに凄いわ、世の中には色んな人が居るのね……、さぁトムもう少し治癒魔法を掛けておくわね」

 カルエが洗い終えた皮を持って帰ってくるとそれも木に吊しておいた。

 三人はその場でもう一日休息をすると、その日はカルエの焼いてくれたガブの肉を食べて過ごした。

 匂いと血抜きの為、夕方まで川の水に浸しておいた肉は多少の匂いはしたものの鼻をつまむほどでは無く、赤身の肉は軟らかく満足するまで食べ続けていた。

「ガブの肉なんて村じゃ祭りやお祝いの時にしか食べないし、殆ど干し肉にした物ばかりから、こんなに油の乗った新鮮な肉は久しぶりだよ」

 カルエは村でもあまり食べられないガブの肉を、何度も焼いては美味しそうに食べていた。

 次の日、カルエは持てるだけの肉を持って旅の支度をしていた。

 ここに戻ってくるまでの食料だけを袋に詰め込み、残りは帰りに取りに来るらしい。

 トムの足を考えて三人はゆっくりと歩き始める。

 木には沢山のガブの肉と皮を吊してあり、地面には骨と頭だけが転がっている。

「帰りまでには綺麗に干し肉になってると思うよ、残った肉はこの辺りの動物が食べに来る分で残してあるんだよ、お腹が一杯なら襲われもしないしね」

 何とも逞しくこの森での生き方を知り尽くしているものだと、野宿をしていた場所の脇にまとめておいてあるガブの死体を見た。

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