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銀の魔導   作者: 雪仲 響
2/972

2

 後ろに仲間を四人連れていて小太りの男はそれなりに歳をとっていたが、他のものは見た目も若い、中にはまだあどけなさが残る男も混じっていた。

 だが全員明らかに人相が悪く、いかにもこれから悪事を働くぞ、といわんばかりの横柄な態度でにやにやしていた。

「兵隊さんよ、悪いがその子を渡して貰えねぇか、俺達の店で無銭飲食しやがってんでな」

 にやにやと小太りの男が言った。

「何を貴様、なにを馬鹿なことを、このおか……この子がそんなことするわけが、言いがかりはよさんか」

 トムはこんなところでこの国のお姫様だと知られたら一大事であると、とっさに話し方を変えた。

「嘘じゃねえよ、なんなら俺たちの店に来てくれたっていいぜ、店の客もその子がいたことを証言してくるぜ」

「嘘よ、そんな所に入ってなんかいないわ」

 カールとトムの後ろでマルティアーゼが叫ぶ。

 無論、カール達は男達の話に耳を傾けるつもりもなく、男の言うとおりに店になんか行く気もなかった。

 そんな仲間だらけの場所の証言なんてものが意味がないのはカールがよく知っていた。

 店に入った途端、何をされるかわかったものでもない、この地区はそういうところなのである。

「失せろゴロツキども、この子は我々が保護する、さっさと行かないか」

 カールが早くこの場から離れようと威嚇ぎみに言い放つが、男どもは一向に立ち去ろうとはせず、

「へへへっ、そうはいかねえよ兵隊さん、その子を渡してもらうまではな、この場所のこと知らねぇのかい、この辺りには怖い人達もいるんだぜ、俺達がその子にすこーし説教したら、ちゃんとその子の家まで送り届けるからよ」

 と、ニタニタと笑みをこぼしながら男が説明をしてくる。

「しつこいぞお前たち、これ以上邪魔をするならしょっぴくぞ」

 カールが小太りの男の前に出て、槍で構えて見せる。

 後ろでトムはがマルティアーゼを庇うように体で隠し、剣に手を掛けていた。

「はぁこれだからお堅い騎士様は嫌いだね、二人で俺たちをしょっぴくだぁ、笑っちまうぜ、はははっ」

 男ども全員がズボンからナイフを取り出し、カールに光る刃を見せつけた。

「ここはおれたちの縄張りなんだぜ、兵士二人ぐらい殺したところでなんとでも隠せるんだ、知らないのかい俺はゴードン・コップだ、ゴードン一家っていやあ、ちったぁ名はあがってんだけどな、さぁどうするよ騎士様、大人しく言う事聞いてれば殺しはしねえぜ」

 と、ゴードンが言う。

「戯言を……」

 ギリギリと歯を噛みしめカールが睨んだ。

 ゴードンは頭を少しかしげ、後ろの仲間に合図をした。

 もう慣れたしぐさなのか、男たちは無言でカール達がやってきた道を塞ぐように広がっていく。

(俺たちを帰さない気だな)

 トムが周りを気にしながら逃げ道を確認する。

 カールがじりじりと寄ってくる男どもからトムとマルティアーゼを庇いながら下がらせると、槍を向けて男どもを立ち止まらせてトムに小声で言う。

「トム、屯所まで行け必ずだ、わかったな」

「はっ、了解です、命に代えましても、姫様いましばらくの辛抱をしてくださいませ」

 トムはカールとマルティアーゼに小声で言った。

「たかが二人だ、さっさとやっちまえ」

 四人の後ろからゴードンが命令した。

 一斉に前に出てナイフを振りかざすが、カールは長槍を横に振り払って対応するとすかさず後ろに下がった。

「行けトム、時間を稼ぐ」

 カールが素早く言うと、相手の一人に槍を突き出した。

「うわぁ」

 男は驚き尻もちをついた。

 それを見てトムがマルティアーゼを連れて走りだすと、後ろでゴードンの怒号が聞こえた。

「逃すな、捕まえろ」

「行かせるか、お前たちは俺が相手だ」

 カールが追いかけようとする三人の道を塞ぐように槍を伸ばす。

「何を……、このぉ」

 近くに居た男がカールに詰め寄りナイフを振り回してくるのを柄で弾いていく。

 他の男たちも続くがカールの間合いになかなか入れずに、届かない位置でナイフを振り回して牽制するだけである。

「くそぉ、マドルス何ちんたらやってんだ逃げられちまうだろ、バイカいつまで座ってやがる、ボイス、ダイお前らでそいつの相手してろ、他の者はついて来い」

 苛ついたゴードンが怒鳴り散らす。

「ちっ」

 長身のマドルスが舌打ちをし、いまだに尻もちをついたままのあどけなさを残す小柄なバイカの襟元を持ち上げて立たせると、そのままゴードンの後ろを付いて引っ張っていった。

「待て、いかせんぞ」

 カールが通させまいとゴードンに視線を向けた時、ボイスとダイがナイフを突き出してきた。

 一瞬反応が遅れたカールは完全に避けきれずに左肩にナイフが突き刺さった。

「ぐあぁ」

 カールはよろけざまに槍を振る。

「今だ、やっちまえ」

 ボイスがそう言うと、ダイと二人でカールに襲いかかった。




 細く入り組んだ路地で帰る方向に向かおうとしても行き止まりだったり、回り込んでいこうと思っても、さらに細く曲がりくねった道に入り込んでしまい、完全に向かう方とは違う場所に走ってしまっていた。

 街灯もなくなり方向もわからなくなり、見える道が全て一度通った場所に思えて二人に焦りが出て来た。

 進んでいるのか戻っているのかわからず、だが逃げなければと気だけが焦りとにかく走り回るだけで精一杯だった。

(捕まるわけにはいかない)

 今の第一優先事項であり、自身の安全ではなく、マルティアーゼの安全を確保することだとトムは自分に言い聞かせていた。

 だが警備隊に配属されて間もないトムにはまだこの地区の地理は疎く、手を取り引っ張られているマルティアーゼの息も上がってきている。

 何とかしなければと思うが、後ろの方で追っ手の声がかすかに聞こえる以上、止まるわけにはいかなかった。

 くねくねと入り組んだ街中を夢中で走り抜けていくと、次第に周りの家々の形も変わってきていた。

(何処だ此処は……)

 煉瓦造りの二階建てから屋根の低い平屋建てが多くなり、道も石畳から舗装されてない砂利道になっている所が多くなってきていた。

「ここはどの辺りなんだ」

 明かりも減って辺りは暗く、足下もおぼつかなくなり歩き辛くなってきていた。

「あっちよ」

 マルティアーゼが指で差して走り出した。

「マルティアーゼ様!」

 トムが驚き後を追って行く。

 こんな場所で見失ったら大変な事になると必死で後を追った。

 うっすらと見えるマルティアーゼの背中だけを見て付いていくと、すでに街から抜け出て森に近いところまで来ていた。

「お待ちください、マルティアーゼ様」

 軽いとはいえ一応は革鎧を身につけているトムにとっては全速力で走り続けられず、息が上がり視界が狭くなってくる。

「あそこに入り口があるわ、もう少しよ」

 振り向き、指を差すマルティアーゼがトムを促す。

 そこには炭鉱で使われていた入り口があり、入り口には立ち入り禁止の木の札がぶら下がっていた。

 その中に入った二人は奥へと進むが、勿論明かりも無く真っ暗だった。

「お待ちください、今明かりを灯しますので」

 そういうと腰から短い木の棒と布を取り出し木の先に布を巻き付けると、持っていた小さな油瓶を布に垂らし、火打ち石で点火した。

 二人の間で明かりが灯ると小さな顔のマルティアーゼの顔が浮かび上がり、額には玉の汗が流れ落ちて息を切らしていた。

「ごめんなさいね、でもとにかく安全な所まではと思って……」

「それよりここはまだ入り口から見えてしまいます、奥にいってそこで休みましょう」

 奥へ奥へ、一本道から次第に道が枝分かれとなっていく。

 中は以外に広くなっていて、壁や天井は穴が崩れないように木材で固定されている。

 暗く天井の高い坑道は奧に行くにつれて湿り気を帯び、ひんやりとしていて、地面には荷台のわだちができていたので、それに沿って奥へと進んでいった。

 この土地の部族を平定したローザン大公が国を造る際に掘った炭鉱所だったが、落盤や病気で死亡事故が続いたため閉鎖されてからは立ち入りが禁じられていた。

 しかし国が大きくなるにつれ炭鉱所と町との距離も縮まり、たまに子供達が炭鉱所に潜り込み、迷って出られなくなって死亡するなどの事件が起こっていた。

 それほど中は入り組んでおり国からも厳しくここでの遊びを禁止と言い渡している場所でもあった。

 その中を小さな松明一つで入っていく二人。

 分かれ道になるとトムが壁に目印を剣で傷を付けていく。

 それを二度三度付けた時、入り口の方から声が聞こえてくる。

「出てきやがれ! ここに入ったのは見えたんだぞ、もう逃げられないぜ、はははっ」

 追ってきたゴードンが叫んでいた。

 マドルスとバイカも後ろで挑発的な言葉でまくし立てていた。

 声はまるで耳元で叫んでるように近くに聞こえてきて、トムはここではまだ入り口に近いと判断すると奥へと入っていく。

 坑道は奥へ行くにつれて細くなっていき、入り口では跳ねても頭が当たらないぐらい高かった天井が、今や歩いてるだけでもつきそうなぐらいに迫っていた。

 松明のぼんやりした明かりが足元を照らしていると、時折かさかさと黒い物が明かりから逃げて行くのが見えたが、トムは気にせずどんどん進んでいく。

 マルティアーゼは不気味そうにキョロキョロとしながら、トムの袖を握って引っ張られていた。

「ねぇ、なんだかここ怖いわ」

「ご心配なさらずに必ず城にお連れ致します、それまで我慢して下さい」

「ねえ、なにか武器はないかしら? 護身用に何か持っていたいんだけれども」

「この短剣ぐらいしか……、あっ姫様、怪我されるといけませんのでお返し下さいませ」

 トムのサッシュベルトに差してあった短剣を鞘ごと抜き取って、自分のベルトに差し込んだ。

「大丈夫よこれくらい、何か持ってる方が安心するわ、ふふっ」

「では持っているだけで使わないようにしてください、奴らに襲われても戦おうとせずお逃げ下さい」

「ええ、分かったわ」

 何度も分かれ道や横穴に入り奥へ奥へと逃げていくと、ゴードン達の騒ぐ声も聞こえなくなっていた。

「姫様、ここで一息入れましょう」

 トムは言うと、堀かけの道に入り地面にたいまつを差して壁に立てかけた。

 逃げ始めてからかなりの時間が経ち、初めての休息が取れる所で二人は休んだ。

 小さくはあるがたいまつの明かりが二人を照らし、地面に丸まって座っているマルティアーゼの浮かび上がった顔が土と汗で汚れていたので、トムは腰の布をマルティアーゼに渡した。

「綺麗とは云えませんが、これでお顔を」

「有り難う、あなたは何でも持っているのね、私は何も持たずに来たのに……、貴方のお名前は?」

「警備隊第五部隊トム・ファンガスで御座います」

「ああ、そうトムね、もう一人の方がそうおっしゃってたわね」

 顔の汚れを拭き取ると綺麗な顔が現れた。

 子供ながらも威厳と品格を持ち合わせた表情にトムはしばし見とれていた。

 白くきめの細かい肌が松明の明かりを何倍も明るくさせたように、マルティアーゼの周りだけ光り輝いているようであった。

「どうして街に……お供もつけずにおられたのですか?」

「お城から抜け出してきたのよ、街の人たちがどんな生活をしているのか見たかったの、私これでも何度か街に探索に出たこともあるのよ」

 少し自慢げに話すのを聞いてトムが驚く。

「なんと、そのような危ないことを何度も……、もうこれ以上はお止めください、姫様に何かあったらどうなさるつもりですか、姫様はこの国の宝、国民の希望と言われてますのに……、私も含め国民は皆お慕いしておりますが中にはあのような野蛮な連中もいるのですよ、あのような者に捕まったら何をされるか分かったものではありません」

 トムが諭すようにマルティアーゼに言う。

 それに対しつまらなさそうな表情を浮かべたマルティアーゼが視線を落とす。

「だって、毎日お城でお勉強やお稽古ばかりで息が詰まりそうなのよ、寝る前にベランダから見える町明かりを見ていたら、皆いったい何をしているんだろうっていつも気になっていたわ、だって私も同じ歳の子達とおしゃべりしたり遊んだりしたいわ、けど姉様はいつも私を睨んでまともにお話もしてくれないし、最近はもう顔すら見てないわ、何だか私嫌われてるみたい」

「そのようなことは無いと思いますが……」

 トムには宮廷内の出来事など知らず、何と言えばいいのか言葉に詰まった。

「けどいいの、街に出れば色んな知らない物ばかりで楽しいわ、お城じゃ見たこともないような食べ物や玩具なんかが店先にいっぱい並べられているのよ、毎回行く度に品物が変わってるから胸が躍るわ、木彫りのお人形の背中に付いてる紐を引っ張るとまるで生きてるように動くのよ、他にはこんなに大っきな果物とかが売ってたわ」

 マルティアーゼは両腕を広げて大きさを教えながら無邪気に目を輝かせて、熱心に語り続ける少女にトムはどこか危なげな感じを受けとった。

 トムにとっては何気ない事であっても、目の前で楽しそうに話す少女にとっては新しい知識の宝庫に見て取れたのだろう。

 見る物、触れる物が何もかも初めてで物珍しい出来事であり、探究心をかき立てる世界なのだろうと感じ取れる、だからこそ危険な場所にもどんどん入り込もうとする、自分の身分がどれだけ重要な事かも知らずにおられないのだと考えていた。

「姫様、取りあえずここから抜け出すことが先決です」

 そう言って松明をとると、来た道の方に耳を澄ませて追っ手の男達の物音が聞こえないか確かめてみる。

「何も聞こえません、他の道に入って行ったかも知れません、今のうちに鉱山から脱出しましょう姫様」

 入り口に向かって来た道を目印を確認しながらゆっくりと注意深く進んでいく。

 小さい松明一本で真っ暗な坑道を歩くのは誰でも不安を感じる事で、マルティアーゼは後ろからトムの服を掴み離れないようについてきていた。

 明かりの境界線がはっきりと分かれ、二歩ほど先から真っ暗で時折見える生き物の走り去る影が不気味でしようがなかった。

「とても暗いわ、なんだか嫌な予感がする」

 マルティアーゼがぞわぞわする悪寒に震え始めた。

 入ってきたときは逃げるので夢中で周りのことを気にとめていなかったが、改めて自分達が危険な場所に来てしまっていた事に気づいた。

 通ってきた印を確認しながら慎重に進んでいくが、物音一つせずに着実に入り口に近づいてきていた。

「何処かに隠れてるかも知れません、注意してください」

 トムがそっとマルティアーゼにささやいた。

「ええ、分かったわ」

 マルティアーゼが汗を拭こうとトムから手を離した途端、後ろの闇から手が伸びてきてマルティアーゼの口を塞いで闇の中に連れ去っていった。

「姫様? 手を離さないで下さ……」

 トムが振り返るとマルティアーゼの姿が消えていて、暗闇に目を懲らしても何処にも居なかった。

「姫様! 何処におられますか」

 なるべく小声で周囲にささやきかけるが返事はなく、慌てたトムはまた奥へと戻って行った。

 もうすぐ出口という所で一体何処に行ってしまったのか、明かりも持たずに遠くに行けるはずもないのだがマルティアーゼの姿は一向に見当たらなかった。

「姫様、姫様何処におられますか」

 闇はトムの声を吸い込んで跳ね返そうとはせずに、ねっとりとした漆黒の空気がトムの声をかき消していく。

 分かれ道で止まったトムは印の付けた反対側に行くのに躊躇して、入って行った道に進んだが、休憩した行き止まりまで来てもマルティアーゼはなかった。

 トムは焦っては居たが冷静に印を付けた場所まで戻ると、付けた印を消して反対の道に新たに印をつけて進んでいった。

 トムはどこまでも続く奥深い坑道の中で自分の足音だけを聞いていると、この先にマルティアーゼが居ないのでないか、何処かでじっと自分が来るのを震えながら待っているのではないか、もしかして間違った選択をしているのではないかと不安に感じながらも奥へと歩いていると、遠く奧の方で悲鳴が鳴り響いた。

「姫様! 何処におられますか」

 声の方へと剣を構えながら走り出した。

 一刻の猶予がなく分かれ道でも立ち止まらず直感で突き進んでいく。

 あれきりマルティアーゼの声は聞こえてこず、どうなったのか不安を掻き立てられながらも奥へと向かっていった。


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[良い点] 姫様、ご無事で。
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