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朝日が完全に昇るまでゆっくりと寝ていた三人は、昼前になって起き出すと町の散策へと宿を出た。
国は安定していて、肉以外で特産物はこれといった物はなかったが、人々はそれに不満を持ってる感じもなく、北方らしいゴツゴツした顔で肩幅のある男の人が多かったが、目元は温厚そうで笑うと目尻が下がり優しそうに見える。
路地からは女性や子供の笑い声が聞こえてきて賑やかな町に思えた。
「サスターク国王ってエスタル王の実弟だったわよね」
歩きながらマルティアーゼが昔に教師に教えられた事を思い出して聞いてきた。
「確かダンク王でしたか、歳が二つ違いだと聞いてます」
トムの知ってる知識は誰もが持ってる情報しかなかった。
「ダンク王はエスタル王家にして武の人だと聞くわ、兄がエスタル王に就く事が分かっていたから、ダンク王は剣で兄を補佐することを決めたそうね」
「私はダンク王がどうして剣の道に入ったか分かる気がしますね、魔導の才がある兄と比べられるのは嫌なものでしょう、自分を見てもらうのに兄と違う道を目指したというのは自然といえますね」
「……そうね」
マルティアーゼの姉ディアンドルはその反対で、妹に魔導や人望が集まってる事に嫌悪感を抱いていた。
なぜ妹ばかりちやほやされるのか、自分は姉であり何れこの国を治める人物だというのに、父や母はマルティアーゼばかりに気に掛け、国民ですらまるで姉の存在などないように振る舞っている事への不満があった、その嫉妬が妹に対して自分の方が上なのだと見せつけるように、何かにつけて嫌がらせを行ってくるようになっていた。
マルティアーゼにしてみれば物心がついてくる頃には既にディアンドルは妹を避けるようになっていたし、姉と仲良く遊びたくとも理由もわからず嫌がらせばかりを受けてきていたマルティアーゼにとっては、姉は恐ろしい存在へと変わってきていた。
次第に顔を合わせる機会も減り、静かに一人で自室に籠もるようになったマルティアーゼは、あの時の嫌な生活が意識を外に向けさせた切っ掛けでもあったわけだが、あの孤独感と姉の存在が今でも彼女の奥底に残るトラウマになっていた。
ダンク王もまた兄への嫉妬や不満があり、そこから逃れるように兄とは違う生き方を選んだのだろうかと、マルティアーゼ姉妹とはまた違う兄弟の関係が気になった。
「ここは憩いの場でしょうか」
三人が出た場所は大きな噴水がある広場だった。
円形に石畳を敷き、中央にある獣の像の口から綺麗な水が流れ出ていて、人々は広場で寝転がったり、噴水の縁に腰を掛けながらわいわいと会話を楽しんだり、噴水に落ちそうになりながら日向ぼっこをしている人など、各々の時間を満喫している様子が窺えた。
素朴な感じの町の中は細い路地がたくさんあり、走り回る子供達や大人達の話し声で落ち着いて歩くことも出来ず、唯一華やかで落ち着ける雰囲気の場所がここだけだった。
首都の周りは牧畜場や練兵場といった殺風景な風景で占領されていて、北に行けば大きな池があるものの、距離としては男女が気軽に愛を育む場所としては遠すぎて、殆どの男女はこの広場にやって来ては恋から愛へと花開かせていた。
「人が多いわね、こんな場所じゃ落ち着かないわ」
人々が落ち着こうと広場に集るので、せっかくの場所もがやがやと騒々しくなっていた。
噴水の周りは子供達が駆け回り、少し離れた芝生には所狭しと男女達が座って広場を眺めている。
「まあそうですね……でも時間もあることですし、少し座って景色を眺めてみませんか? 低い位置から見るとまた違った風景が見られるかも知れませんよ」
「マルさん、あそこに座れる場所がありますよ」
丁度一組の男女が去っていった空間に三人は座ってみた。
「わあ、こうやって見ると家の形が変わってますね、どうして皆屋根が斜めになってるんですか?」
スーグリが家を指差しながら聞く。
座って町並みを見てると、歩いている時には気づかなかった家の三角屋根は、前面が高く奥に行くに連れて低くなっているのがよく見えた。
「あれは雪を除雪しやすくしてるんだよ、ローザンでもああいう屋根になってる、雪の多い地域での造りだよ」
「へえ、アルステルも雪が降るのにあんな家は見たことないですよね」
スーグリは珍しそうにキョロキョロと家々を見渡す。
「雪も色々あるんだよ、粉のような軽い雪もあれば水のように重い雪もある、アルステルの方は水っぽい雪だからある程度積もれば解けて滑り落ちるからあんな風に急な屋根にしなくても問題ない、けど北に行くほど粉のようにさらさらしてるから高く積もるとかなりの重さになって家が押しつぶされてしまう、だから角度のある屋根にして下に落ちるようにしてるんだ」
「ローザンは北と東に山があるから一度雪が積もると中々解けないのよね」
マルティアーゼは感慨深そうに言ってくる。
「そうですね、向こうは暖かくなるのは遅いですね……」
此処からならローザンまでは半月あれば帰れる距離だというのに、我儘なお姫様が意固地にも帰ろうとしないので、トムはもどかしさを感じて無理矢理にでも連れて帰りたい気持ちでマルティアーゼを見た。
「いいなぁ……何だか皆、楽しそうですね」
スーグリが自分達の周りの男女に視線を移すと、羨ましそうにその光景を眺めて呟いた。
多くの若い男女達が恋言葉を呟き、そして相手の声にうっとりと耳を傾ける。
マルティアーゼ達のことは、自分達を祝福してくれている観客の一人ぐらいにしか見えておらず、甘い視線で相手を見つめ合っている。
恋芽吹き心躍る若人達の恋愛の季節。
広場にいた新しい恋人達のどのぐらいがこの先大輪の花を咲かせるのか、暖かさと寒さが入り混じり、時折肌寒い風が吹いても燃え上がる男女の恋の炎は消えることはなく、なびく髪にさえ愛おしく高鳴る鼓動に想いは募るばかりで、想い想われ愛しき人だけを見て、相手の心にも自分だけを映そうと切磋琢磨する甘酸っぱい恋の季節だった。