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店主もマルティアーゼ達がやって来ると、強面でイライラした顔がほころび、まるで孫と会ったように柔和になってしまう。
「大きいのねぇ……、スグリちゃんの頼みだから結構良いのを回してあげてるんだけどね、これ以上となるとかなり危険な仕事になっちゃうよ」
言葉使いも我が子をあやすような優しいおじいちゃんみたいで、マルティアーゼたちの要求に返事をしてきた。
「私達アルステルで家を買ったんですよ、これからもよろしくお願いしますね」
「おおっおお……そうかい、そりゃ頑張って稼いだもんだ」
「まだ完全には私達の家じゃないんですよ、だからもっと稼がないといけないんです、なにか良いのは無いですか?」
懇願するスーグリに店主も困った顔をしていたが、マルティアーゼが壁に貼られてあった一枚の依頼に目を止めて聞いてみた。
「ねえ、これは何かしら?」
「そりゃあ護衛の依頼だね、もうすぐ期限が来ちまうから早いとこ人数を集めたいんだが、それはギルド単位での依頼でね、あんた達はギルドに入ってないから無理だよ」
店主は頬杖を付きながら答える。
「金三十はギルド単位で貰えるの? それとも一人かしら」
「ギルド単位だよ、男爵令嬢をサスタークまで送って連れて帰ってくるまでの護衛だよ、なんでもお忍びらしいから依頼してきたみたいだよ、十人ほど護衛が欲しいらしいがまだ七人のギルド一組だけだ」
「じゃあ私達で十人になりますよ」
スーグリが大きな目をより大きくさせて、瞬きもせずに店主をじっと見つめた。
「い、いや……だからその……ギルドじゃないと、……参ったな」
しどろもどろになりながら店主の困惑した顔から力が抜ける。
「分かった、分かったからそんなに儂を見つめんでくれ、こっちが悪い事してるみたいじゃないかい……、スグリちゃん達三人でも良いかどうか一度聞いて見るから明日まで待ってくれ」
「有難うございます」
「やれやれ、スグリちゃんには敵わんよ……」
マルティアーゼ達は次の日依頼所に行くと、店主が依頼主から了承を得てきてくれて受けられることになった。
依頼主はマルティアーゼ達が同じ女性というのが少し安心して旅が出来ると、三人だったがギルド一組分の金粒三十で払うと言ってくれた。
「出発は明後日明朝に西大城門に集合だ、後のことは依頼主に聞いてくれ」
「やったねマルさん」
初めてのギルド用の仕事で少し緊張を孕んだ三人は、万全の体勢で挑むために仕事は休んで英気を養っていた。
「何日ぐらいの護衛なのかしらね」
居間に買い揃えた卓を囲んで、三人は初の護衛任務について話し合っていた。
「サスタークまでは六日は掛かりますから往復だけで十二日でしょう、あとは男爵令嬢がどのくらいサスタークに滞在するかですね」
「少なくても半月はこの仕事に時間を取られるってわけね」
「まぁそれでも金額で言えばかなり良い方ですよ」
「お忍びでサスタークまで何をしに行くのかしら、私は行くのは初めてだわ」
「私もですよ」
アルステルを中心に東西南の仕事が殆どで北の方へは行くことが少なく、エスタルの街道や小さな町ぐらいは利用することはあっても、首都へは入ったことがなかった。
エスタルでさえそのような状況でサスタークなど領土にさえ入ったことはなく、どんな国なのかさえ知らなかった。
ただ一人、トムだけは昔に行った事があるみたいで、
「私だってそんなに知ってるわけじゃないですけど、まだ小さかったし親父と一緒に行っただけですから、思い出なんて焼き肉を食べたことぐらいしか無いですよ」
「焼き肉?」
どこでも食べられそうなものが思い出なんて、とマルティアーゼは思った。
「そうですよ、サスタークは牧畜が盛んで色んな動物の肉が揃ってるんです、北にありますから作物が育ちにくいで牧畜に力を入れてるんです、親父がここの肉は絶品だって教えてくれて、二人で腹いっぱい食べた記憶だけはあります」
「にくぅ食べたいですね」
スーグリが想像して、行く前から涎を垂らして答えた。
「まぁ向こうに着いてから時間があれば行ってみますか、どうせ私達は令嬢の用が終わるまで暇なんですから」
「そうね、毎日肉は嫌だけど一度ぐらいは行ってみるのも悪くはないわね」
「マルさんだって本当は肉が好きなくせに、一杯肉食べるじゃないですか」
「嫌いだなんて言ってないわよ、ばかりって言ったのよ、お馬鹿さんね」
「むっ……お馬鹿さんとは何ですか!」
スーグリがマルティアーゼに抱きついて体中をくすぐる。
二人のやり取りが日常的になっているのをトムがため息を吐きながら、
「とにかく明日朝は早いんですから、準備だけは怠らないでくださいよ」
そう言うとトムは一人自室に戻っていった。
マルティアーゼ達のじゃれ合いはいつも決まって、
「やめなさい!」
マルティアーゼの拳骨で終わるのが常だった。
明け方まだ薄暗い中、石畳に規則正しい蹄鉄の音を鳴らしながら三人は西大城門に向かっていた。
家から壁伝いに南に行けばすぐに着いてしまう城門で、慌てることもなく遅刻しないよう早めに出発をした。
「今日は霧が濃いわね」
ほんの一軒先の家が見えない程に霧が立ち込め、外套に水滴となって染み込んできて肩にずっしりと重みを感じるぐらい湿り気を帯びていた。
声も反響せずに隣で歩く二人に聞こえてるのかと不安を覚えながら粛々と進んでいった。
目の前にいきなり大きな門が見えてくると、開かれた大城門の側に幾人もの人影が浮かび上がってきた。
「もう依頼主が来てるんですかね……」
トムが声を上げずにそっと言ってくる。
影の色は次第に濃くなり、門に到着したマルティアーゼ達が集まっている人影に近付いていく。
「失礼、我々は本日男爵令嬢護衛の任務に就かせて頂く者だが、そちらも同じ要件の方たちで間違いないでしょうか?」
「……ん?」
ぬらりとガタイのしっかりした男がマルティアーゼの前に現れて、三人に目をやった。
「ああそうだ、俺達も護衛の任務を受けたギルドだ、お前達三人だけか? ギルドしか受けられないはずだが……」
太い眉に口の周りに生やした剛毛の男が、怪しむようにマルティアーゼ達を睨んできた。
「我々は依頼主のご厚意で了承を得てきたのだ、長旅になるだろうから宜しく」
「ああっ……頭こいつらですぜ、最近荒稼ぎしてる奴らって」
後ろから出てきたずんぐりとした小男は、マルティアーゼ達を指差して出ている歯を舐めながら言ってきた。
「ほう、お前達か……ふむそう言えばえらく美人の女二人に男が一人と噂通りか、結構稼いでるみたいだなお前達」
頭の男が髭をじょりじょり撫でながら値踏みするように聞いてくると、それに反応したマルティアーゼが、
「それが何か? ちゃんと仕事の報酬を貰ってるだけだわ」
ずいっと前に出て、頭の男の目をしかと見ながら答えた。
こちらはちゃんとした成功報酬を貰ってるだけで、何もやましいことはをしてはいないのに、まるで悪事を働いて稼いでいるような言い方に聞こえたのがマルティアーゼには気に入らなかった。
すると男の仲間達も集まってきて、マルティアーゼ達を取り囲もうとするのを頭の男が手を挙げて止めさせた。
「別に稼いでるのが悪いわけじゃねえ、だがなアルステルには何百と傭兵や野良、幾十のギルドがあるんだ、誰だって稼ぎたいんだぜ、そいつらに回らないぐらいにでかい仕事ばかりしてると目を付けられるってことだ、気をつけるんだな」
「それはおかしいわ、依頼は早い者が受けるはずよ、私達は朝早くから仕事を探しに行って見つけているのよ、仕事が欲しいならそれなりの努力をすればいいだけじゃない」
「姉ちゃん分かってねえな、依頼所に来る奴らは一攫千金を狙ってるが、それ以上に調和ってのを重んじてでかい仕事ばかりやらねえようにしてるんだ、その代りに何かあった時はお互い助け合おうって暗黙の了解が出来てる、その和を乱すやつは何処に行っても嫌われちまうのさ」
「そんなのは貴方達が勝手に決めたことじゃない、私はそんなの知らないわよ」
マルティアーゼが反論するが頭の男は冷静に、
「そうさ、こういう仕事は長いことやってれば危険な目に合うこともある、だからそういう時の為に普段からお互い仲良く稼いでいこうって自然と出来上がった決まりだ、だから別に悪いことじゃねえと言ってるし、これからは気をつけなって忠告してやってるんだ」
「…………」
何か納得がいかないマルティアーゼが口を出そうとした時、霧の中から一人の男性がやってきた。
身なりの良い服装でスラリと背の高い壮年の男だった。
「これはこれは皆さんお集まりが早いですな」
「さて、仕事の始まりだな……」
頭の男はマルティアーゼに背を向けてやってきた男性の方を見ると、
「護衛は俺達だけなのかい?」
と、男性に聞いた。
「いかにも、これより皆様には依頼内容のご説明させて頂きます、私は御者と執事を務めさせて頂いてますゼオルです、皆様には主人のクリスティナ様をサスタークまでの往復の護衛でございます、道中近寄ってくる輩に対しての対応と危険の排除で、安全にアルステル帰路までの護衛よろしくお願いします、報酬は帰還の後お支払い致します」
カツカツと乾いた音を鳴らしながら近寄ってきた人影が、集まった人達の前に出てきた。
「お嬢様、出てきてはいけませんとあれほど……」
「私が今回仕事を依頼したクリスティナです」
綺麗な水色のドレスを着た女性が皆の前で挨拶をした。