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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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19

「明日には森を出られると思うよ、頑張ろう」

 カルエが元気いっぱいに二人を引き連れ先頭を進んでいく。

「カルエは眠くないのかしら……」

「あの調子だと問題なさそうですね」

 一人ぐっすりと寝ていたマルティアーゼはカルエの元気な足取りに、自分には短い睡眠であれほど元気にはなれそうもないと思い、心配していた。

「でもこのまま抜け出られたとしてもカルエ、貴方はどうするの、一人で村まで帰ることが出来ないんじゃない?」

「何言ってるの、あたしはこの森で生きてきたんだよ、一人になれば村まで二日もあれば帰れるよ、それに道は此処だけじゃ無いしね、あたしだけしか通れないような道だってあるんだよ、心配しないでも大丈夫よ」

 と、意気揚々にカルエは答えた。

 三人が歩き始めて直ぐに、先頭を歩くカルエの足が急に止まった。

 どうしたのかと前を見ると、カルエの前方の木にしがみついたガブが立ってこちらを見つめていたのだ。

 明るくなった森の中で一際黒く、木を抱くみたいに爪を立てて起立しているガブは、陽光の下にその巨躯を露わにしていた。

 黒い体にトムの二倍もありそうな身長、顔だけでもマルティアーゼの胴ぐらいはありそうに全てが規格外の大きさだった。

「二人共走らずにゆっくりと後ろに下がって行って、背中を見せたら駄目よ、相手を見つめながら少しずつ下がるのよ」

 カルエが小声でマルティアーゼに指示をしながら鈴を鳴らし続けた。

 ガブはじっとこちらを見つめ隙を窺っているように目を見開いて、口から低いうなり声を鳴らしている。

 カルエは腰から小瓶を取り出し、いつでもあの臭い匂いの液体を投げつけられるようにしながら後ずさりして、トムもそろりと剣を抜いて万が一襲ってくるようであれば、時間稼ぎであれこの身に代えてもマルティアーゼを逃がそうと覚悟を決めていた。

 三人がかなり後退してガブとの距離が離れてくると、

「さっきの野宿した場所まで走って!」

 三人が一斉に走り出す。

 ガブはそれを敗走行為と見なして一気に四つの足を使って走り出して三人を追いかけ始める。

 大きな木々の間をするすると巨体を苦も無く避けながら、速度を上げて距離を縮めてきた。

「どこか登れる木に上がって」

 カルエは簡単そうに言うが、そのような事をしたことがないマルティアーゼには到底無理な注文だった。

「私が囮になる、二人はその間に……」

 トムが立ち止まって振り返ると、後ろを走っていたカルエがトムの腕を掴んだ。

「駄目よ、さっきの場所まで走って」

 と、トムの腕を引っ張って走らせた。

 先頭を走っていたマルティアーゼは周りを見渡し、何処か高い所はないかと探していた。

「あれだわ」

 マルティアーゼは直立していない曲がった木を見つけていた。

 あれならば上がれそうと勢いを付けて木の幹に足を掛けてきに登り始めた。

 それを見ていたトムとカルエが走る向きを変えてマルティアーゼから注意を逸らすようにガブを誘導してくれた。

 高い所に上ったマルティアーゼは上からトム達が走って行くのを見ると、後ろから凄い勢いで追いかけてくるガブを見つけた。

「あああ……なんて速いのかしら、あれでは捕まってしまうわ」

 二人が止まっているかのようにガブが悠々と差を詰めてくる、このままでは野宿した場所に着く前に捕まってしまうと、自然と詠唱を唱えていた。

 そして二人の直ぐ後ろまで追い詰めたガブに向けて火球を飛ばす。

 ガブが前足の爪を二人に引っかけようとした瞬間、頭に火球を食らったガブがゴロゴロと体勢を崩して転がり込む。

 顔に纏わり付く炎で息苦しいのか、口の中まで入り込んだ火を吸い込んで大きく咆哮を鳴らしながら地面を転がり回っている。

 その間に二人が野宿をした場所まで来るとカルエが木に上り、手にナイフを握ってトムを待った。

「早く上って」

 トムも登ろうとしたが足が滑ってなかなか上れず、仕方なく仕掛けた罠の真下で迎え撃とうと剣を構えた。

 顔の火を消したガブは咆哮と共に怒り狂い、木の下にいたトムを見つけると、声を鳴らしながら突進してきた。

「あああ……トム早く上って頂戴」

 地面が揺れるほどの振動でもってこちらに走ってくるガブに、もう上る時間はないと感じたトムは剣を突き出しガブを待った。

 フシュウウゥゥゥ、と荒い息と焼け焦げた毛の匂いを漂わせてトムの前で止まったガブが、トムに向けて喉から威嚇する声をあげた。

 木の上に居るカルエから見ても巨大で、手を伸ばせばガブに触れそうなぐらい間近に見えていた。

 トムの持つ剣も震えていて、到底こんな細い剣では目の前の怪物に傷さえ負わせそうにないと思うぐらいに、圧倒的な力がひしひしと伝わってくる。

 絶望的で死を感じているトムは既に戦意を喪失したように、後はいつ襲われて生きながら食べられるのだろうかと茫然自失していた。

 相手は殺すつもりで襲ってきているのではなく食べるためである、この違いがさらなる恐怖で体を硬直させていた。

 一噛みでどれだけの肉が持って行かれるのか、一撃で死ねるのならまだいいが死なないまま食われるのだけは勘弁して貰いたかった。

 そんなトムの思いなどこの怪物に通じるはずもなく、獲物が死のうが生きたままであろうが牙に突き立てた肉を咀嚼することが唯一の目的なのだ。

 じりじりとトムの視線が外れる所を探すかのように左右に移動を繰り返し、トムもそれに合わせて剣先を向けていくだけで精一杯だった。。

「ねえあんた、もっと後ろに下がって、そこじゃ罠の真下だよ」

 仕掛けた罠の位置を確認するために上を見る余裕もなく、視線を外せば襲われるのは明白で瞬きをする時間さえも恐怖だった。

 カルエの指示通り怪物に気づかれないように後ろに下がって行く。

「今の剣先が丸太の真下になるよ、あと一歩下がって」

 トムが言われたように一歩自分の足元を見た時だった。

 ガブが視線を外した瞬間を見逃さず踊り掛かってきた、反射的にトムはしまったと思った、と同時に後ろに飛んでしまって木の幹にぶつかり腰を落としてしまう。

 目の前にガブのナイフのような五本の爪がトムに振り下ろされようとした。

 完全に剣の動作が追いつけずゆっくりに見える爪が眼前に迫ってくる。

 ドン、とガブの頭部が地面に引っ張られて叩きつけられた。

 勢いでガブの爪がトムの太ももを引っ掻いて、トムの口から悲痛な声が上がる。

 ガブの後頭部に太い丸太が突き刺さり口から血と舌を出して倒れていた、その横でトムも同じように太ももを押さえて倒れていた。

「ああ、今がとどめを刺す機会なのに……」

 カルエが決まったと思った時にはトムも倒れていて、早くトドメを刺さないと息があれば確実に殺されてしまう。

 仕方なくカルエが持っていた小さなナイフで飛び降りてとどめを刺そうと構えた時、後ろからマルティアーゼの声が聞こえてきた。

「私がやるわ」

 走ってきたマルティアーゼがトムの剣を拾うと、両手で柄を逆手に握って思いっきりガブの首に突き刺した。

 一度では仕留めきれずに何度も剣を突き立てて、ガブの頭部を体から切り離していく事に成功した。

「はぁはぁ……」

 マルティアーゼがマントを返り血で真っ赤に染めて息を切らすと、地面に尻餅をついた。

 恐怖の二日間は朝の日差しと共に終わりを告げ、三人はほっとした気分だった。

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