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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 翌朝、朝食はいらないとすぐに宿を後にして東へと海を目指した。

 相も変わらぬ森を進み続けてもう一泊道沿いにある宿で泊まり、気になった食事はごく普通の安全に食べられる物で一安心していた。

 更に翌日も森を進んでいると次第に森に差し込んでくる光の量が増えてきて、いきなり目の前に大きな海原が視界に入ってくる。

 空色の青さとはまた違う透き通るような薄水色の青が、遠浅の内海の水平線一杯まで広がっている。

「やっと海に出たのね、なんて綺麗な海かしら」

 天候は快晴、高台の街道から望む海岸線は長い流線型を描き、一本の白波の線を作っては消していくを繰り返していた。

「たしかここはトムと竜の骨を探しに通った記憶があるわ……、それならこのまま北に進めば検問所があるはずよね、ああっもう大丈夫……ここからならもう安心して帰ることが出来るわ」

 高台を下りながら突き当りの海岸沿いまで出ると、潮風がマルティアーゼを包み込む。

「ここはどの辺りになるのかしらね、風の暖かさからまだ南にいるみたいだわ」

 北の連山を見る限りそう遠くないように思えてそろそろ気温も下がってきていい頃合いだと思っていたが、それは目の錯覚であって数日は掛かる距離があり、それほど連山は近くに見えていた。

「とにかくこの道を真っ直ぐ北に行けばミーハマットから出られるのよ」

 それだけでもかなり楽になったとマルティアーゼは馬首を変えて、海岸沿いを北へと進み始めた。

 海を見ていればおのずとあの時を思い出してしまう。

 風はあったがそれほど強くもなかった穏やかとさえいえた海で、突然ドルエンとルンバの乗った船が黒い怪物に飲み込まれたあの日。

 いきなり盛り上がった海面から現れた大きな口が、海水と一緒に船ごと飲み込んでいった。

 あの時のドルエン達の驚愕の表情は今でも鮮明に思い出される。

 そして魔の手はマルティアーゼ達にも襲いかかってきて、間一髪飲み込まれるのを逃れたマルティアーゼは押し寄せる波に翻弄され、意識が無くなる前にトムに伝言を言い残して離れ離れになった海が今、眼の前に静かに広がっている。

(あの時の私に出来ることはなかった……、二人を助けることもトムを助ける余裕さえ……、こんなに穏やかな海であのような恐ろしいことが起こるなんて思いもしなかったわ)

 この世の陸も海もまだマルティアーゼの知らない生き物が沢山いる、人間など凶暴な生き物がいる場所を避けて住んでいるだけに過ぎず、謙虚な思考を持っておかなければ何れ手痛い目に遭ってしまう事を思い知らされた悲劇だった。

「この世の因果は平等に造られている……、動物には力を人には数を、どちらが上ではなく時と場合で勝敗が着くのよ、傲慢な思考は破滅へと導いてしまう、私が竜のいる島なんて行かなければドルエンさんやそのお友達も死なずに済んだ……、私が彼らを死へと導いてしまったのだわ」

 非業の死を遂げたドルエンであったが、見方によってはドルエンは密かに死を望んでいたかも知れない。

 最愛の息子を想いながら港町で何年も海を眺めるだけ年老いていく彼にとって、実感のない行方不明で片付けられた息子の死よりも、決定的な息子の死の確認を感じたくて、その為なら死をも厭わない覚悟でマルティアーゼ達を追って島にやって来たのかも知れなかった。

 そして、それはマルティアーゼが持ち帰ってきた首飾りで決定的な息子の死を知り、彼の中で一つの答えを受け入れることが出来た。

 それだけでもドルエンの心残りが解消されたのならば、彼にとって竜の島に来たことは意味ある行動で本望だっただろう。

 ドルエンの本心を聞くことを出来なかったマルティアーゼには、今でも自分の所為で彼を死なせてしまったと考えていた。

「この透き通る海の何処かに彼らの魂はまだ……」

 マルティアーゼは目を閉じて海に散っていった彼らに黙祷を捧げた。




 歩む街道には時折荷物を載せた馬車がすれ違うぐらいで人の通りは少ない、潮風に当たりながら北へと進むとその先に港町が見えてきた。

 まだ陽は真上に届く前だったが、食事にしようかと町に入って店を探した。

「家はあるけどお店は少ないわね」

 海沿いに並ぶ僅かな店以外、内陸部にはこの町に住まう人達の家が密集しているだけだった、その少ない店の中から適当に選んだ店で食事を摂った。

 客はマルティアーゼだけで繁盛していなさそうな店だったが、料理の味は中々満足のいく物が出てきた。

 魚中心の煮付けや焼き物など港町らしい料理で腹を満たしたマルティアーゼが満足して店を出たときには、キラキラと陽光が眩しく、目を開けていられないぐらい太陽が真上に来ている時だった。

「折角の気分が台無しね、少しは曇ってくれないかしら」

 とはいっても、快晴すぎる空には一欠片の雲さえ見当たらず、太陽の光で空すら白く見えてくるほど明るかった。

 影が一番小さく、真上からの直射日光で頭がぽかぽかと食後の満腹感と相まって眠くなってくる中、明るい間は北上しようと馬を動かす。

 昼下がりの港町は本当に静かで、昼食の時間なのか人っ子一人姿を現さない。

 そのまま町を抜けて何事もないまま三日間、通る港町で寝泊まりを繰り返して北へと進んでいった。

「かなり来たはずだけど、山までの距離感がよくつかめないわ」

 此処まで来ると暖かい空気の中に生ぬるい空気が混じってきていた。

 木陰に入ればひやりと、連山を抜けてきた北方の空気と熱帯の空気が混じり合って、気温も肌に汗をかくほど暑くもなくさらりと乾いた気温まで下がってきているようであった。

 連山の麓は森で覆われているためか近くにあるようで遠い気がして、少しずつ山が大きく、左へと移動してるように見えてはいても、内海は相も変わらず同じ景色で静かに波を立てているだけなので、同じ道を繰り返して進んでいるように思えてくる。

「このまま進めばいいはずなのに、心配になってくるわね……次の町で聞いてみようかしら」

 大きな湾になっている内海の海岸線は多少の起伏があるにしても、大陸全体から見ればほぼ直線に近く、もっと北や南に行けば岸壁があって人が立ち入ることも下に降りることも困難な場所がある、その中でミーハマットの海岸線は砂地の多い人の住みやすい場所で、景色の変わり映えのしない所でもあった。

 見えてきた町に入ると、店先にいた女性に声をかけてみた。

 話を聞くと、この町がミーハマットの最北の町で、あとはこの道を進んでいけば海沿いの道から山の麓を通り抜けた所が国境だというのを教えてもらえた。

「あと一日は掛かるから気をつけていきなよ、それとあんた他所の国の人かい、それならあんまりここの男達に近付かない方がいいよ、余所者が嫌いな連中が多いからね」

「ええ、そうするわ」

 忠告を受けたマルティアーゼは町の様子を見ながら通り抜けようとしていた。

 軒先でたむろしている男達は明るいうちから酒を酌み交わし、赤い顔をこちらに向けて笑っている。

(昼間から飲酒だなんていい身分ね)

 それほど大きくもない町なのに、店先や軒先で寝転がったり、酒を飲んで友人と話し合ってる男達が多く見受けられた。

(もうすぐアルステルなんだから揉め事はしたくないわ)

 なんとも怠惰な状況にマルティアーゼは呆れた顔をしながら、目を合わせないように通り抜けようとしていた。

「よう、かわい子ちゃん、何処かにお出かけかい、ひっひっひっ」

 町の端まで来て安心したマルティアーゼに声が掛かった、見ると酒場の軒先で椅子に座った三人の男達が酒を片手にマルティアーゼに笑いかけていた。

「……」

 ちらりと見ただけで無視して行こうとすると、

「余所者は俺達とは話さねえってか、こっちきて酌してくれよ」

「可愛い子に注いでもらえばおじさん達嬉しいんだけどなぁ」

 男達がマルティアーゼに野次を飛ばしてくると、

「飲んでいないで働きなさいよ」

 思っていた事が自然とマルティアーゼの口から出た。

「あぁ?」

「何だと!」

 一瞬、どうして男達が怒鳴っているのかが分からずにいた。

(あら……私今、思わず口にしちゃったかしら)

 ガタンッと、男達が立ち上がってマルティアーゼの方へと走り出したが、酒で千鳥足になった男達は店の段差でつまずき将棋倒しになってしまう。

 男達はもつれた体から抜け出そうと仲間に怒鳴っていると、

「酔いが覚めるまでそこで反省してればいいわよ」

 マルティアーゼは興味を失ったように馬を走らせていく。

「何だと、これだから余所者は嫌いなんだ」

「覚えてろよ」

「余所者は来るんじゃねえ」

 背中に届く男達の野次も気にせずに町から出ていく。

「いけないわね、どうして口から出ちゃうのかしら、関わらないようにと思ってたのに……、でも余所者ってだけで絡んでくるのは許せないわ」

 ともあれ国境近くで足止めを食らっている暇はない、此処を抜ければあとはアルステルだけであった。

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