183 希望の種
というわけで四人で簡単な依頼を受けると、意気揚々とプラハの町を出ていく。
近くの森で採れる果物集めだったが殆ど遊びのような仕事で、楽しく採集をしながら青い空の下で採れたての果物で喉を潤したり、他愛のない会話で笑い合ったりして暗くなる前に町へと戻ってきた。
何気ない時間つぶしのような仕事だったが、サム達にとってこれほど楽しい仕事は今まで味わったことがないような時間だったに違いない。
籠一杯に取れた果物を渡して報酬を受け取ると、サムが次に僕達に付いて来てとマルティアーゼの手を引っ張っていく。
何処に行くのかと思いきやいつもの店で食事をしたいと言い出した。
「いつもと変わらないじゃない、もっと他の店でもいいのよ」
「いいんだここで」
いつも食べている焼き肉を注文して皆で卓を囲んで食べた。
「思い出作りをするならもっと変わったことをすればいいのに……」
「マールと一日いられる事が思い出だから何処でもいいんだ、楽しく過ごせればそれが一番だよ」
「本当サムは変わったわ、たった一年で……」
(私の旅も悪い事ばかりじゃなかった、土の中で寒さに耐えた種が芽吹くように私にも希望という芽が芽吹いたみたい、環境を変えてあげれば人としての道を歩むもの、彼らはこれから未来に向かって大木となっていくのね)
これがあの盗みを働いていたサムだとは到底思えぬほどに見違える男の子になったと、マルティアーゼは自分の行いで三人もの子供の人生を救う事ができた、今までの悲しい出来事の中にあって微かな希望を見出した瞬間だった。
(あと数年もすればこの子達も男性と呼ぶ年齢に……、その時私はどうしてるかしら、この子達には目標に向かって強く生きなさいと偉そうに言ったけれど、自分自身の身の振り方すら見つけていないなんて情けないわ)
「俺達あそこに住み始めてから生活のためにずっと働いてきて、楽しい思い出ってあんまりないからさ、マールがいる間に少しでも思い出ってのを作りたいなってスレントと話してたんだ」
「……そうだったの、そう言えばスレントとはよく一緒にいたけれど、貴方達はトムといることが多かったわね、私がここに来てからも貴方達は仕事ばかりだったから、こうしてゆっくりと一緒にいる時間は少なかったわね」
四人で一日一緒に何かをして過ごすことは初めての事だったかも知れない。
じっくりと話をして穏やかに過ごす時間はとても濃密で、三人を見ていて初めて気付くことも多々あった。
変わったのは性格だけではない、やせ細っていた三人の体もふっくらと本来あるべきはずだった子供らしい体型へと戻り、サムに至っては腕に筋肉が付き始めてきていた。
「そうだわ、サムとルーディに渡したい物があるの」
「なに?」
サムとルーディが目を合わせる。
「ふふっ……後のお楽しみよ、まずは食事を楽しみましょう、ほらスレントお口が汚れてるわよ」
食事が終わるとマルティアーゼが向かったのは馬小屋だった。
「さぁ貴方達好きな馬を選びなさい」
「渡したい物って馬のこと?」
「そうよ、そろそろ貴方達も行動範囲が広くなる頃だし、徒歩だけでは何かと不便になってくるでしょう」
「……すげえ、これがあれば遠くに行けるし荷物も運べるよな」
「そうだね、これなら二つ三つ受けられそうだね」
「お姉ちゃん僕も欲しい」
スレントは自分には馬が貰えないことに、マルティアーゼを見て言ってきた。
「あらスレントはまだ一人で乗れないでしょう、貴方はサムかルーディに乗せて貰いなさい」
「やだやだ、僕も欲しい」
と、スレントはマルティアーゼの裾を掴んで足をバタバタさせると、
「スレントには別の物をあげるから、馬は大きくなったらサムに買ってもらいなさい」
「ぶうぅ……」
「決めたよマール」
二人に馬を与えたのは、慣れてくるに連れて大きな仕事を選んでくるようになった二人が、町から離れた所まで行くにも徒歩で行って泊りがけで仕事を終わらせていた。
集めてくる品物も袋で担いで持って帰ってくるので、時間がかかりその間、スレントは一人家で留守番となっていた。
今日まではマルティアーゼがスレントといたので問題なかったが、この先スレント一人だと不安を感じ、馬があれば遠出も荷物運びも或いはスレントも連れて皆で仕事ができるようにもなると、サムとルーディに馬を買い与えた理由だった。
「スレント、次の依頼から一緒に仕事が出来る、もう留守番しなくていいぞ」
「ほんと?」
「うん、色んな所に連れてってやるよ」
サムの言葉に、駄々をこねていたスレントに笑顔が戻った。
「良かったわね」
とりあえず馬の購入がすんなりといったことに安堵して、スレントにもこれから覚えるであろうものを買いに商店街を見て回った。
「前はたしか兜だったわね……、今度はもうあんな玩具じゃ駄目って言うわよね、何がいいかしら……」
「僕もサムが持ってる剣がいい」
「まだ短剣は危ないわよ、でも来年あたりから使えるようにならないといけないわよね、そうだわ!」
マルティアーゼが何か思いついたように、スレントの手を取り雑貨屋に入っていった。
外でサム達が待っていると、出てきたスレントの腰には革ベルトが着けられていてそこに短剣が挿してあった。
「マール……、スレントに短剣は早いって言ってたんじゃないの?」
ルーディがマルティアーゼに聞くと、
「ええ、だからこれは木の短剣よ、でも紙とかなら切ることは出来るから使い方には注意がいるわよ、スレントいいわね、人に向けたり振り回したりしちゃ駄目よ、使い方はサムによく聞いて使うこと」
「うん」
「さぁこれが私からの贈り物、明日から自らの力で生き抜きなさい、そしていつかまたこの青空の下で会いましょう」
マルティアーゼは両手を広げて三人に言い放った。
別れの日、町の入り口でマルティアーゼはサム達と向き合って別れを告げた。
「また必ず会えることを祈って待ってる、もう私は何処にも行かない、旅を終わらせて貴方達の居場所を作って待ってるわ、次からは私の後ろではなく隣に立てるような男性になるのを願ってる、強く……強く生きなさい」
「うん、トムさんに会ったら伝えておいてよ、今度会ったら驚くぐらい剣が上手くなって一緒に仕事が出来るようになってるってさ」
「……分かったわ」
馬に乗り込んだマルティアーゼは三人を見下ろすと、スレントの泣き顔が目に入ってきた、しかし、別れを惜しんでいても泣き言も言わずにただマルティアーゼを見ていただけでぐっと堪えている。
「それじゃあ行くわね」
マルティアーゼは三人に手を振りながらゆっくりと馬を動かす。
サム達も手を振り、再度の別れを惜しむように森に消えていくマルティアーゼを見守り続けていた。
行く末はまだ遠く、サム達三人が見たマルティアーゼの後ろ姿は、夢と希望の道筋を作ってくれているように光り輝いていて、自分達も必ずその道を辿っていけるような大人になるのだと固く誓っていた。