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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 三人を居間に集めて顔を見回したマルティアーゼは、

「三人共よく聞いて……そろそろアルステルに行こうと思うの、これからは貴方達三人それぞれ考えがあるでしょうから話し合って決めること、ルーディ貴方は賢い子なのよ自身を持って考えを口に出しなさい、スレントはサム達とこれから一緒に付いて仕事を覚えなさい、二人には優しく教えるように云っておいたから、サムも一人で考えないでルーディやスレントの意見も聞くようにしなさい」

「えぐっ……お姉ちゃんが行っちゃうの嫌だよ」

 スレントが泣き出して玉のような涙を溜めると、

「泣くなよ、今度は俺達で会いに行こう、もっと大きくなって強くなるんだ」

 サムがスレントの頭に手を置いて優しく言う、それを見たマルティアーゼは頷くと、

「そうよスレント、今度からはもう甘やかさないわよ、サムやルーディだって甘えたことを言わないでしょう、強くなってアルステルに来なさい」

「うぐ……」

 目にいっぱい涙を溜めていたが唇を噛み締め、大きな目をマルティアーゼに向けて見つめていた。

「たった一年の間で貴方達自信どれだけ変わったかよく分かってると思う、でもそれは一人一人が成長しただけ……今日からは三人で成長していくのよ、焦らなくても皆同じ時間の流れにいる、貴方達が立派な男性になって私の前に現れてくれる事を願って私は行くわ、いい? 三人で力を合わせるのよ」

 三人が頷いて答えるとマルティアーゼは詠唱を唱えた。

「貴方達の新たな門出とご加護を……」

 キラリと散りばめられた光が天井から降り注がれ三人の体に消えていく、それを不思議そうに三人は見ていた。

「さぁ、三日後に出るから旅の準備をしないと、それだけあればサムの腕も治ってるでしょうし」

「……お姉ちゃん」

 スレントが抱きついてきた。

「どうしたの……、さっきもう甘えさせないって言ったばかりじゃない」

「だって……」

「駄目よスレント」

 マルティアーゼはスレントを体から引き剥がすと膝をついた。

「甘えたいのは分かるけれど私はもうすぐ出ていくのよ、今此処で約束して頂戴、今度会う時は貴方達が健やかに生活出来る場所を作ってあげるからそれまでの辛抱よ、出来るわね?」

「うう……うっ」

 口を歪ませて泣くスレントに、

「貴方も今日から一歩を踏み出さないといけないの、二人はもう前を向いて歩こうとしてる、貴方だけ置いてけぼりになってしまうわよ」

「嫌だ……嫌いやっ」

 スレントが頭を大きく振って泣き喚くと、

「いつまで甘えるの、貴方が頑張らないと三人でアルステルに来られないわよ」

「行く、僕も行く、うわぁぁん」

 自分だけ置いて行かれるのかと地団駄を踏んで激しく抵抗するスレントの顔を、マルティアーゼが両手で挟んで目を見た。

「今度会う時は立派な男の人になってから会いましょう、甘えていては私を守れないわよ」

「えぐっ……」

「いいわね私の騎士様」

「マール……、俺達もいつかはマールの騎士になるよ」

「僕は勉強して医者になりたいな、サムが怪我しても僕が治してあげられるようになりたい」

 サムとルーディも決意新たに自分達の目指すべき目標を掲げた。

「貴方達も立派な男性になれることを祈ってるわ、さぁ皆、三人で強くなって私の所にいらっしゃい」

 伝えるべきことは言った。

 前は生きるための事を、今回は自分達の将来を見つめて進むべき目標を持つ事を伝えることが出来た。

 少しずつでも着実に前へと、一歩の重みは感じることは出来なくても、いつか自分達の歩んできた道のりの重みを理解してくれるだろうと思った。

 それはマルティアーゼ自身が振り返り感じたことでもあり、その時どんなに最善と必死に考えて乗り越えた物事も、あの時こうすればよかったのではと後悔をすることはある、だがその後悔も経験となって今後の生き方の道標になるはずで、彼らにも沢山の後悔がこれから出てくるだろうが、それが彼らを強くしてくれるはずだと思っていた。

 マルティアーゼの出発の時間は慌ただしい準備の日々でもあった。

 この辺りの服屋には厚手の物が少なく、探し回るだけでかなりの時間を費やしてしまった。

「心もとないけれど、重ね着をすれば何とかアルステルまで着けるわよね」

 ミーハマットにいては向こうの状況が分からず、もう大丈夫だと憶測で行ってしまってからまだ雪が降っていたとなれば大変なことになる。

 雪が止んでいたとしても完全に雪が溶けるまでにはまだかなり時期的に早いはずで、冷たい気候の対策は十分にしておかなければならなかった。

「そんなに荷物がいるの?」

 ルーディがマルティアーゼの買い込んできた品物を見て驚いていた。

「ええ、ここじゃ必要のない物だけれど向こうはまだ寒いはず、温かくしていないと凍えてしまうわよ」

 マルティアーゼが服を畳みながら答える。

「こんなに着てたら汗でびっしょりになるよ」

「そうね、貴方達はまだ寒い場所の事を知らなかったわね、アルステルには暑い季節と寒い季節があるのよ、私の故郷のローザンでは雪が降れば何処にもいけなくなるほど沢山の雪が降るわ、それが半年近くも続くのよ、皆家で寒さを我慢しながら暖かくなるまで生活をしてるわ」

「想像できないなぁ、いろんな場所に人は住んでるんだね」

「そうよ、この大陸には沢山の国があって色んな人や色んな物があるわ、世界は広く果てしない、貴方が大きくなって一人で旅が出来るようになれば世界に目を向けてみるのもいいかも知れないわ、医者になるなら色んな国の医学を身に付けておいたほうがいいわ」

「まだ自分でも医者になれるかどうかなんて分かんないよ、勉強はしてみたいけどまだそんなにお金に余裕がないから、今はお金を稼ぐことが大事だし……」

「あらルーディ、貴方……髪伸びすぎじゃない?」

 椅子に座っていたルーディが前かがみになると黒髪が肩から流れてきたのを、マルティアーゼは今頃気付いたようだった。

 長く綺麗な直毛の黒髪は腰まで伸びていて、纏めもせずに無造作にしていた。

「前も長いとは思っていたけれど、伸ばし過ぎじゃない?」

「伸ばしてるつもりはないよ、勝手に伸びるんだ」

「しようがないわね、後ろを向いて」

 背を向けたルーディの髪を束ねると、持っていた紐で一纏めに頭頂から結んであげた。

「ルーディ短剣を貸してくれない?」

「うん」

 腰から短剣を渡すと、マルティアーゼが伸びた髪をバッサリと切った。

「どうせ髪を切らないんでしょうから、短くしておいてあげたわ」

 半分ほど切った髪は首筋に掛かるぐらいになって、幾分すっきりした感じになった。

 側頭を掻き上げた事で顔全体が明るく爽やかさな好青年に見える。

「あらいい男になったじゃない、その方がいいわ、紐はあげるからこれからは自分で髪を纏めなさいよ」

 髪で隠れていたから分からなかったが、線の細い顔立ちで側頭は女性のように丸く整っていたので、髪を括れば女性のように見えるが本人はあまり自分の顔に興味はないのか気にも止めておらず、

「分かった、ありがとう」

 と、そっけなく答えた。

「お姉ちゃん」

 そこにスレントが部屋にやってくると、一瞬女の人が二人いるのかと足を止めて見比べる。

「どうしたの?」

 マルティアーゼが聞くが、スレントは見慣れたはずのルーディを知らない人のように目で警戒しながらマルティアーゼに近付いてきた。

「サムがね、呼んでた」

 目だけをルーディに向けながらひそひそとマルティアーゼに小声で話してくる。

「そう、もう少ししたら行くって伝えておいて」

「……うん」

「?」

 ルーディは首を傾げスレントをじっと見た。

 そそくさと立ち去る間も、スレントは物珍しそうにルーディを見つめながら部屋を出ていくと、

「何だ?」

 不思議そうにルーディが言ってくる。

「さぁどうしたのかしらね」

 荷物の整理が終わると、二人は二階のサムの部屋に上がっていった。

 部屋ではスレントが何やらサムと話している所に二人がやってくると、それに気付いたスレントがサムの後ろに隠れてしまう。

「どうしたの、二人してコソコソ話なんかして……」

「いや、大した話はしてないよ、スレントが女の人が二人いたって言うもんだから誰だろうと思ってただけ、ルーディのことだったんだ」

 サムがルーディを見ておかしくて笑った。

「……ルーディなの?」

 スレントはそれがルーディだと言われてまじまじと見つめていた。

「何? 俺がどうかした?」

 聞き慣れた声を聞いてルーディだと分かったようだったが、目だけはそれをまだ受け入れていないようだった。

「ふふっ、髪を上げたから分かんなかったのね、貴方達も髪が伸びてきてるわね、切ってあげましょうか?」

 別れる前の一仕事に二人の伸びた髪を切ってあげることにした。

 サムは剣の練習で邪魔だから短くして欲しいと癖っ毛の茶髪を額が見えるぐらいまで短くして、後ろも刈り上げてさっぱりした感じにした。

 スレントの金髪は子供らしく眉上から縁を揃えて短く切っていった。

「三人共綺麗になったじゃない、どうスレント気持ちいいでしょう」

「うん」

「軽くなった気がするよ」

 床に散らばった二人分の髪を掃除しながら、マルティアーゼが呟く。

「貴方達の髪の色が違うように一人一人出来ることも違うのよ、こうして混ざりあえば綺麗な色になるでしょう……、さぁ終わったわよ、それでサムは私に何か用なの?」

「いや……そんな用って事じゃないんだけど、旅に出るのって明日だよね」

「ええ……それが?」

「最後……じゃないけど、腕も治ったし行く前にさ一緒に仕事をしないかなって、スレントもやりやいって言ってるし駄目かな……」

 サムが照れながら言ってくる。

「仕事ねえ……いいわよ、当分会えないわけだしやりましょうか、その代わり危ないのは駄目よ」

「分かってる、簡単なものでいいんだ、思い出作りみたいなもんだし」

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