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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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18

 天気は曇りで暑くは無かったが湿度が高く、汗だくになりながらも一行は北へと向けて歩みを止めずに森の中を進んでいた。

 道など勿論なくカルエは同じような風景に戸惑いすら見せずに、力強く突き進んでいくのを後ろからマルティアーゼ達が必死に付いてきていた。

 平坦な足場ならカルエに付いていくことが出来たが、坂道になると流石に追いつくことが出来ず少しずつ離されていく。

 その時は先の方でカルエが笑顔で待っていてくれるが、マルティアーゼ達の顔には笑顔を浮かべる余裕も無く、

「少し休むかい、疲れただろう」

 マルティアーゼ達の表情を見て取ったカルエがは、少し歩いて開けた場所で休憩を取ろうと言ってくる。

 山なのか丘なのか見分けが付かなかったが、取りあえず高台の場所に出てこられて一息つける事に感謝していた。

「まだまだ山を越えていかないといけないからね、ほら見た目じゃあまり高くない山に見えるけど、あそこは高い木で見えないだけで谷は深いからね」

 なだらかそうに見える山が幾つも重なりあって、今から進んで行くであろう先には幾つもの凹凸が見えた。

「これを越えないといけないのね、気が遠くなりそうだわ」

「それだけじゃないよ、ガブにも注意しないといけないからね」

 水を飲んで落ち着いた所でまた歩き始めた。

 これの繰り返しで一日中森の中を歩き、暗くなる前に見通しのいい場所で野宿と決め込んだ。

 山から流れる川の近くで火を起こし、持ってきた干し肉を軽く炙って腹に入れていく。

 お腹は空いているのに体力を削りに削って、目の前の食事を見ても中々食欲が沸かずにいたが、少しでも体力を取り戻すために無理矢理に腹に詰め込む。

 水は源流から近く清らかで、濡らした布で体を拭くだけだったが一日中歩いて汚れた体を綺麗にすると、乾いた素肌はサラサラとして気持ち良く眠れそうだった。

「いつも川の近くで野宿出来るとも限らないから、できる限り今日は川の水を使った方が良いよ」

 持ってきた水袋も半分まで減っていたので、溢れるぐらいの水を入れた。

 汗を拭いただけでもたき火に当たっていると乾いた肌が火照ってきて眠気を誘ってくる。

 疲れもあってかマルティアーゼは足を組んだまま眠ってしまった。

 朝露が顔に落ちてきて目が覚めたマルティアーゼは、消えたたき火の周りで眠ってるトムとカルエを見た。

 肩には誰かが掛けてくれたのであろうマントの温かさで寒くはなかった。

「冷えてるわね、火を起こしてあげようかしら」

 カルエの村で何度か火起こしを手伝った自信か、荷袋の中にあった着火剤の瓶と火打ち石を取り出して、枝を組んでその上に着火剤の液体を少しかける。

 そこに火打ち石でかちかち鳴らしながら火の粉を飛ばすと、ぽっと赤い火が点いた。

「やったぁ」

 と、小声で呟いた。

 ゆらゆらと小さな火が継ぎ足された枝に引火していき大きく燃え上がると、寒さも忘れて火の揺らめきを見つめていた。

「?」

 何かが視界に映ったと思った。

 周りは暗く動く者は見当たらず、気のせいかとたき火に視線を戻すが、やはり何か気になってもう一度周りを見回した。

 山の黒いシルエットとその上に広がる明け方の青白い星の数の減った空と静かな朝だったが、河原に視線を移動させると川の中にあった大きな黒い影がゆらりと動いた。

「…………」

 目を凝らしても黒く丸い物体が左右に動いていることしか見えず、マルティアーゼが枝に火を点けてその黒い物体にめがけて投げてみた。

 手元に落ちた火が周囲を照らし出して、初めてマルティアーゼは驚く。

 一部しか見えなかったが、黒い毛の生えた大きな顔が一瞬浮かび上がった。

「怪物!」

 それは小山のように大きく遠目だと大きな岩にしか見えないほど巨大だった。

 マルティアーゼは隣に熟睡している二人を起こした方が良いのか、起こして騒ぐと怪物を刺激させてしまうのではないかと迷った。

 息をのむマルティアーゼは思考を働かせる。

 怪物はその場から動こうとせずじっとこちらを観察しているようで、

(なんて大きいのかしら、あれほど大きいのに物音一つ気づかなかったなんて)

 現状を理解しているのか、まるで他人事のように感じ入っていた。

 マルティアーゼは迷ったあげくにそっとカルエの肩を揺さぶって起こす。

「……ん、どうしたの」

「しっ……」

 か細い声でカルエを制した。

「何か居るの?」

 小さな返事が帰ってくる。

「そこの河原に大きな動物がこっちをじっと見つめているの」

 マルティアーゼが口早に教えると、カルエがそっと体の向きを変えて河原を見た。

 黒い影がゆらゆらと上下しているのに気づくと、咄嗟に胸元から取り出した小瓶を握って様子を窺う。

「いい、そのままじっとしていてね、私が動いたら息を止めて目と鼻を抑えて」

 カルエがマルティアーゼに小声で伝えると、風向きを調べ始めた。

 風は緩やかだったが、怪物の方へと流れているのを確認するとまずいなという顔をした。

 寝ている間に匂いで見つかっていたのかと、不注意を悔やむ。

 カルエはたき火を怪物に投げてどの位の距離にいるのかを見極めると、怪物に走り出し小瓶の中身を空中にばらまいた。

 一気に拡散した液体は風に乗り怪物の体に降りかかる。

「グオオオオオオォォォ」

 もの凄い咆哮と匂いが辺りに拡散し、暫くするとマルティアーゼの所にも届いてきた。

 染みるというか、痛いというのかチクチクとする刺激臭と、何かが腐ったような腐敗臭が混じった匂いだった。

 怪物がのたうち回り、顔や体を地面に擦りつけるが強烈な匂いが取れないと分かると、川を渡って山の方へと姿を消していった。

 トムは飛び起きて寝ぼけ眼であっても体が勝手に剣に手を掛けて、立ち上がり構えを見せて強烈な匂いでむせた。

「もう大丈夫だけど此処はもう引き払いましょう、私達がここにいることを覚えてしまったはずよ」

 口を押さえながらカルエが戻ってくると、直ぐに荷物を片付け始める。

「ごほっ、なんだこれは……一体何があったんです」

 トムが強烈な匂いにむせながら言う。

「とても大きな怪物がいたのよ、カルエが追い払ってくれ……ごほっ、早く荷物をまとめて逃げるのよ」

 マルティアーゼも口を押さえながら、荷物を片付ける。

「あれがガブよ、今投げたのはガブが嫌がる匂いの水、でも一時的な物だから早く此処から離れた方が良いの」

 三人は急いで走り出した。

 途中、川に入って匂いを消しながら森を抜けるために歩を進めていく。

 夜明け近くだったので次第に足元も見通しが良くなり、歩調も早くなり山を一つ二つと越えていくことが出来た。

「これだけくればもう大丈夫じゃないかしら?」

 疲れて息も絶え絶えになり足が言うことが聞かなくなると、マルティアーゼがカルエに少し休憩を取ろうと提案した。

「駄目だよ、ガブはとても鼻が良いんだよ、でもしようがないね少しだけだよ、あたしが見張ってるから二人はそこの岩場で休んでいて」

 流石のトムもこの行軍には疲れが出たとみて、反論すること無くマルティアーゼと休憩を取ることにした。

 二人は高台の岩場に腰を下ろして水を一気に流しこんだ。

「はぁはぁ、カルエは凄いわね、これだけ歩いても息すら乱していないわ」

「はい、流石はこの森で生活しているだけあって凄い体力です」

 やって来た方角の森を見ながら軽く水を口に含んだカルエは一口だけしか飲もうとせず、後はじっとガブが居ないかどうか眼下の森を見下ろしていた。

「今日中にはあと二つは山を越えるよ」

 カルエは太陽の高さを確認して後どれ位進めるか見極める。

「匂い瓶もあと二つしかないしね、あと二日は注意して行かないと」

 休憩が終わると、山を迂回しながら歩いて行く。

 陽がどっぷりと暮れ始め何とか目標の山二つを超えた所で野宿となったが、直ぐには休むとはいかなかった。

「休む前にもう一仕事あるんだよ、彼には力仕事を手伝って貰わないといけないのよ」

 そう言ってトムを連れ出して近くの大きな大木を見つけると、カルエの体ほどもある太い枝をトムの持っている剣で折ってくれと頼んだ。

 トムが何度も切りつけて太い枝に切れ目を入れると体重をかけて木を折る。

 カルエの指示通りに無駄な枝を取り払い尖端をとがらすように削っていくと、カルエは持ってきた袋から縄を取り出してトムに渡した。

「それを枝に括り付けてくれないかな、あたしが木の上に登るから下から縄を投げて欲しいんだ」

「分かった」

 カルエがするすると大木を登っていく間、トムが切り落とした枝に縄を括っていく。

 出来上がった縄を頭上のカルエに投げ渡すと、カルエは縄を手に持ち大木の枝に縄を通してトムに返し、縄を伝ってカルエが降りてきた。

「じゃあこの木を上まで持ち上げるから引っ張るよ」

 二人で高い所まで持ち上げると縄を大木の根元にしっかりと結びつけた。

「まぁ即席だけど念のための罠だよ、もしガブが現れたらこの場所までおびき寄せて縄を切れば頭からこの木が落ちてくるからね、覚えていてよ」

「上手くいくのかな」

 あの怪物にこんな単純な手で仕留められるのかとトムは心配だった。

「いくかいかないかじゃないよ、しておくことに越したことはないんだよ」

 ひとまず罠を作り終えると木々の間に座り込んで、マルティアーゼが点けたたき火に温まりながら簡単に食事を済ませた。

 干し肉と水という質素なものだったが、お腹の減っていた三人は夢中で干し肉にかぶりついていた。

「今日は私が夜通し起きていますから、お二人はゆっくり寝ていて下さい」

 トムはそう言ったがカルエは、

「明日も歩くんだから寝ないと倒れちゃうよ、私と交替で寝よう、でもマールはちゃんと寝ておかないといけないよ」

 マルティアーゼは反論したくとも、今にも寝てしまいそうなくらい目が落ちてきて抵抗することも出来なかった。

 横になると直ぐに寝息が聞こえて来て、トムがそっとマントを体に掛けてやる。

「ねえ、あんた達ってどんな関係なの? 前から気になっていたんだけど恋人ににしちゃよそよそしいし、かといってマールは慕ってるみたいだしね」

 前々から不思議に思っていたことをカルエが聞いてみた。

「ふむ、そんなに変な関係に見えるかな、まぁ彼女の父親の所で働いていたからお互い顔見知りということなんだけどね、ちょっと訳あって彼女が家を飛び出してきてしまってね、それで俺がこうして守る為に付いてきたんだ」

「家出って事なんだ」

「まぁね、彼女の気が済むまで旅をしてるだけだ、彼女の父親の恩義もあって側に付いているだけだよ」

 トムはうまく嘘をついて説明したので、カルエも納得したみたいであった。

「じゃあさ砂漠に何しにいくのさ、わざわざあんなとこ行っても何もないよ」

「国から出たことがないから色んな場所に行って沢山のものを見たいんじゃ無いかな、世間知らずだから何をするにもこっちはヒヤヒヤさせられるけどね」

 それについてはトムも何故砂漠なのかは知らなかった。

「ふうん、いいなあ、あたしも外に行ってみたいなぁ、村の皆は此処が一番だって言うけど外に出た人なんて数人しかいないしさ、外の話を余りしてくれないんだ」

 カルエはたき火を見つめながら寂しそうに話していた。

 カルエにとっても外の世界に興味があるらしく、マルティアーゼの話に食い入るように聞いていたことをトムは思い出していた。

「俺も国からそんなに出たこともないがどこでも同じようなものだよ、此処と違って町だと自由にとはいかないからね、大勢の人と生活をしているんだ、決まり事や人の付き合い方にも苦労すると思うよ、その点ここには生きる厳しさはあるけど自由もある、何よりこの森の人は逞しい、生きる術を自然と身につけているし強く生きている、町の若者なんてカルエが見たら軟弱な男達に見えると思うよ」

「でもいつかは私も外の世界で生活してみたいよ、出来るならこのまま一緒にあんた達と旅に行きたい気分だよ」

「君はまだ若い、これから何度だって機会は訪れるさ、さぁもう遅い先に寝てくれて良いよ」

 夜のとばりは既に降りていてマルティアーゼも深い夢の中に入り込んでいるようにすやすやと眠っている。

 カルエも木の幹を枕代わりにして横になると目を瞑った。

 辺りは静寂が訪れ、トムは静かにたき火を見つめながら枝をくべ続けていた。

 パチパチと火の爆ぜる音以外何も聞こえない森の中、夜更け過ぎまで火の番を続け、トム自身も眠くて耐えられなくなる頃にカルエを起こして交代して貰い、疲れた体を休ませた。

 カルエはそれからじっと明るくなるまで注意を払い続けていたが、ガブの気配も無く静かに夜が明けていった。

 何事もなく一夜を開けた三人は朝食を早々に済ませると、火を消して無言のまま歩き出していく。

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