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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 その夜、食後に湯浴みを済ませたマルティアーゼはスレントの部屋を借りて寝ることにした。

 だが、夜中にスレントが二階から降りてきて、

「どうしたの? こんな夜中に」

 物音に気付いたマルティアーゼが部屋の前で経っているスレントに声をかけた。

「お姉ちゃん、一緒に寝たい……」

「どうしたの、もう一人で寝られるんじゃなかったの?」

「だって……、お姉ちゃんとが良い」

 スレントの顔が次第にくしゃくしゃに崩れて目に涙を溜め始めると、

「困った子ね……、甘えたが戻ってきたのかしら、ほらっ泣かない、今日だけよ」

 夜中に泣かれると二階で寝てるサム達を起こしてしまうといけないと、マルティアーゼは布団をめくり上げてスレントを招き入れた。

「こんなことじゃいつまで経っても強くなれないわよ」

 スレントは布団に入るとマルティアーゼに抱きついてきて、嬉しそうに胸に顔を埋めてきた。

「気持ちいい……」

「まぁ……誰かと同じようなことを言うのね、ふふっ」

「お母さんみたい」

「ご両親は生きているの?」

「ううん、お母さんは死んじゃって、お父さんは知らない人とどっかに行った」

「……そう、寂しかったのね」

「でも今はサムやルーディもいるし、お姉ちゃんもいるから…………」

 スレントは母の温もりに懐かしさを感じていたのかマルティアーゼの胸ですやすやと眠りに入ると、それを温かい眼差しで見守りながらマルティアーゼも眠りについていった。

 サムとルーディはトムに教わった剣の使い方を今でもしっかりと守っているらしく、大人になったら剣士になると云っていた。

 スレントの方はまだ何になりたいのか決まっていなかったが、大きくなったらマルティアーゼに会いに行くと、心温まる言葉を云ってくれた。

 久しぶりの三人は前より背が高くなり昔のような薄汚れた生活をしておらず、しっかりと自分達の生き方に前向きに歩み、三人にしか分からないここでの規則があるようで、ちゃんとそれを守りながら三人協力して生きている事に少し大人びた感じを受けたことは、マルティアーゼにとって男の子というものの強さを見せられた感じがした。

 偶然の出会いが三人にとって運命的な出会いでもあったし、マルティアーゼ自身も良いことをした甲斐があったと安心したと共に、これからの三人の人生がどのように歩んでいくのかが楽しみであった。

(皆、地に足をつけて歩いている……、人には何もない人生なんて無いんだわ、見えていなくてもしっかりと自分達の将来を見据えている、それに引き換え私は何になりたいのか……)

 ようやくサム達との対面を果たしたマルティアーゼだったが、その心には何かポッカリと空いた穴が大きくなっていく不安を感じていた。

 プラハでの生活自体に何も不安を感じることもなく、穏やかな日々を過ごせていた。

 暑くもなく寒くもないプラハの気候は安定してしていた、時折降ってくる激しい雨もこの地方特有の現象で、そのおかげで水不足に悩まされることなく、動植物にとっても住みやすい地域だった。

 マルティアーゼはそこで日々サム達の仕事を手伝ったり、スレントが出来ない仕事の時は、彼女がスレントでも出来そうな仕事を貰ってきて一緒にこなしていた。

 マルティアーゼが来てからスレントも明るくなったと、サム達は家に置いてけぼりをさせなないで済むとマルティアーゼに任せて、二人でもう少し大きな仕事を取ってきて数日家に戻ってこない時もあった。

「今日も二人は帰ってこないのね、だったら二人で良い物でも食べに行きましょうか」

「わあい、行くっ!」

 マルティアーゼはスレントには甘く、何かと二人の時は外食に出かけていた。

 別段、サム達が嫌いではなく、この一番年下のスレントより下の者がいないためお兄さんとしての自覚が育ちにくく、常に従う立場だった為か男子というより甘えたい男の子でしかない。

 強い男の子になりなさいと云っても、サム達の前で男らしさを出しにくいのだろう、いつも大人しくサム達の言うことを聞く子になってしまっていた。

 そんなスレントを三人の中で一番心配していたマルティアーゼは、何かにつけて甘えさせてしまっていた。

「ねえスレント、貴方はもう八歳でしょう、サム達と一緒にお仕事出来るように頑張らないといけないわよ」

「サムが来ちゃ駄目だって言うもん」

「サムには私から言ってあげるから、今度から一緒に行ってきなさい、早く一人で出来るようにならないと」

「お留守番は一人で出来るよ」

「暗い部屋でじっとしてるだけでしょうに……、もう少し強い男にならないといつ迄経ってもサム達とお仕事出来ないわよ」

「やだっ!」

「どうして? 大きくなって私を守るんじゃなかったの」

 スレントは嫌々と首を横に振るのをマルティアーゼはため息混じりに、

「困ったわね……、私はもうすぐ出発しないといけないのに、そんなことじゃおちおち旅に出られないじゃない」

 そう云われたスレントはマルティアーゼが何を言っても嫌々と首を振って話を聞こうとせずに、淡々と食べ続けてお腹が一杯になったら笑顔でご馳走様をしただけだった。

 家に戻った二人は早めの就寝に入ったが、マルティアーゼは布団の中で考え事をしていた。

(どうにかしてスレントにもう少し男らしさを教えられないかしら、サム達ではまたスレントを泣かすだけになるでしょうし、トムがいればどうすかしら……、男の子って女の子と違って素直じゃないから言葉で言っても分からないでしょうし)

 子供をあやしつけた事なんてなかったマルティアーゼには、大人のような話し方しか出来なくてスレントからすれば堅苦しく怒られてるように聞こえるみたいで、嫌なことから目を背ける態度で無関心を装うとする。

 そんな態度にマルティアーゼが怒ると、あとは泣くだけで結局彼女の方が折れないと収集がつかなくなってしまう。

(甘えるのは仕方ないとしても、このままってことには出来ないわ)

 結局何も思いつかないまま、いつの間にか深い眠りについてしまう。




 いつものように朝から軽い仕事で一日を過ごしていた。

 依頼所でもスレントは慣れたように壁の張り紙を見て、これが良いと自分から探してくる。

 マルティアーゼがそれを見て、彼女名義で依頼を受けるというやり取りが普段のあり方になっていた。

 店主の方もスレントの顔を覚えていて、微笑ましく笑みを浮かべながら受付台に手を掛けるスレントに対して、

「ほう……、今日はお姉ちゃんとこれをするのかい?」

「うん、お金を貯めてお姉ちゃんとこの国に行くんだ」

「ほう、それはそれは偉いなぁ、はっはっはっ」

 マルティアーゼは苦笑いを浮かべながら名前を書いていた。

「これでお願い」

「あいよ」

 お金を貯めると言っても、こんな安い採集依頼では一体いつアルステルに来られるのだろうと思わずにいられなかったが、スレントにしてみれば大きな夢に近付いていると思っているのだろう。

 意気揚々と町を出て採集作業に取り掛かり半日もせずに終わらせると、少ない賃金を貰い受けたスレントは自信満々に、

「今日は僕がごあん食べさせてあげる」

「まぁ、嬉しいわ、何食べようかしらね」

 勿論、奢ってもらうつもりはなかったが、気持ちだけ受け取っていた。

 昼食を外で食べて家に戻って一息ついた頃、戸を勢いよく開けて入ってきたルーディが、

「マール大変だ! サムが……」

「!」

 ルーディの顔色は真っ青で、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「どうしたの、ちゃんと説明しなさい」

「依頼が終わって金を受け取ったら、外で奴らが金を奪おうとしてきたんだ」

「奴らって……」

「いいから、早く来て」

「スレント、貴方は家で待ってなさい」

「やだっ!」

 家を飛び出したマルティアーゼ達の後を、スレントも家を飛び出してきて必死でついて来ようとする。

「スレント戻りなさい」

「やだやだっ」

 ここでスレント相手に立ち止まっている時間はない。

 ついて来られようが来られまいが、マルティアーゼはルーディの後を追いかけることに集中して走り続けた。

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