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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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 町に入ると急激に自分の匂いが気になりだしてきた。

 川で洗濯はしていたがやはり人が大勢いる所に来れば、自分の匂いがきつく感じてしまう。

 そそくさと住宅街に足を運びサム達の家に向かった。

 変わらぬ景色を眺めながら家の前に着くと、馬から降りて戸を叩いたが反応がなく、しんとしたままだったのでもう一度戸を叩いてみた。

 すると僅かに開いた扉の奥から覗き見る目が、マルティアーゼの視線と重なる。

「……スレント?」

 扉が開くと家からスレントが飛びついてきた。

「お姉ちゃん!」

 マルティアーゼの胸で顔を埋めながら抱きつくスレントに驚いた。

(少し大きくなったかしら)

 マルティアーゼは抱きついて離れないスレントの頭に手を置くと、背が少し高くなった感じを受けた。

「どうしてすぐに出てこなかったの?」

 すると、顔を上げたスレントが、

「僕一人の時は誰か来てもすぐに開けちゃ駄目って云われてたから」

「サム達はいないの?」

「うん、仕事に行った」

「そう……、とりあえず中に入れてもらえないかしら」

 マルティアーゼは家に入ると、暗い室内に一つだけ点けられた蝋燭の明かりだけがほの暗く光っている事に、

「窓まで閉め切って……」

 マルティアーゼは蝋燭を消して、窓を開け明かりを室内に取り込んだ。

「だって……家にいると思われると怖いもん」

「誰か人が来たりするの?」

 すると、スレントは首を振って答えた。

「なら気にする必要はないでしょうに……」

 明かりを取り込んだ室内に風が流れ込んでくる、爽やかな風が暗く湿った空気を洗い流していくようで気持ちが良かった。

 明るくなった部屋を見ると、マルティアーゼ達がいなくなってからかなり家具も整ってきていて、生活は出来ているようであった。

「ちゃんと生活は出来ているの?」

「うん、毎日ごあん食べてるよ」

「それならいいけど、いつもスレントはお留守番なの?」

「ううん、難しい時はサムとルーディだけ、簡単なのは一緒に行ってる」

「そう」

 とりあえずちゃんと働いているようで安心はした。

「あっ……そうだ、私、服を買い替えようと思ってたの、サム達が帰ってくるまでお買い物に付き合って頂戴よ」

「うん!」

 マルティアーゼは二人で商店街に出向き、早速服屋に行って何ヶ月も着込んで薄汚れた服を一式買い揃えた。

「どうかしら、やっぱり新しい服は良いわね、気持ちが一新されるわ」

「いっ……しん? わかんない、でも綺麗」

「ふふっ、ありがとう」

 外套以外買い替えたマルティアーゼ達は、その足で飲食店に立ち寄って、香ばしく焼いた大量の肉と野菜を両手いっぱいに購入して家に戻る。

「着いたああ」

 スレントが家路に走っていくのをマルティアーゼがたしなめる。

「スレント転ぶわよ」

 マルティアーゼの言葉もどこ吹く風で、小さな体を左右に揺らしながら家に入っていくと、中からいきなりスレントの大きな鳴き声が響いた。

「え……スレント、どうしたの」

 マルティアーゼは驚いて家まで走っていくと、

「どうして家から出てったんだ! 何かあったらどうするんだよ」

 家にいたのはサム達で、頭を抱えて泣いているスレントに怒鳴っていた。

「スレント!」

 飛び込んできたマルティアーゼにサム達が目を丸くして驚いた。

「……え?」

「マール……どうしてここにいるの?」

 サムとルーディは何故マルティアーゼがここにいるのか、信じられないという風に驚いていた。

「貴方達スレントに何をしてるの!」

「いや……一人の時は家から出るなって言ってたから……」

 マルティアーゼの強面にサムが恐縮したように言葉に詰ま理ながら答えた。

「貴方達お兄さんでしょ、スレントに暴力振るうなんて最低よ、いつもスレントを苛めているんではないでしょうね」

 マルティアーゼの胸で泣くスレントの頭をなでながら言い放った。

「苛めてなんかいないよ、言うことを聞かないから躾けていたんだ」

「だからといって暴力は駄目よ、言葉で言いなさい」

「……わかったよ」

 小声で答えるサム達に、

「さぁスレントもう泣かないの、男の子でしょう」

 頭を殴られたみたいで小さなコブが出来ていて、ズキズキする痛みにスレントの目から涙が止まらなかった。

「治療してあげるから部屋に行きましょう、貴方達はそこで座ってなさい」

 マルティアーゼが奥のスレントの部屋で治療をしている間、サム達は黙って居間で待っていた。

 暫くするとマルティアーゼだけが戻ってきて二人を見る。

「貴方達に云ったわよね、三人で協力しなさいって、スレントを除け者にしなさいって云ったかしら?」

「だってスレントには難しい事が出来ないから……」

「ふう……それを教えてあげるのがお兄さんの役目でしょうに……、全くこんな事をトムが知ったら怒るわよ」

「うっ……」

 二人はしょげた顔でマルティアーゼを見てくる。

「いいわね、もうスレントに手を挙げないこと、約束できる?」

「うん」

「はい」

「ならいいわ、スレントこっちに来て、二人には怒っておいたから大丈夫よ」

 そろりとスレントが顔を出してくる、まだ目が赤かったが泣き止んではいた。

 マルティアーゼの裾を握りサム達を見ると、

「スレント、もう許してあげていいわよね、二人共反省してるから」

「うん」

 こくりと首を縦にふると、

「それじゃあもうこの話は終わりよ、じゃあ食事にしましょう、冷めてしまったかも知れないけれどお腹が減ってるでしょう、スレントも沢山食べてね」

 何とも場の悪さを感じながらも、四人で卓に広げられた肉と野菜を静かに食べ始めた。

「どっ……どうしてマールはここに来たの?」

 怒られた後で中々口を開くのが勇気がいるようで、ルーディが場の空気に戸惑いながらもゆっくりと言葉をついてマルティアーゼを見た。

「ん……どう言えばいいのかしらねぇ、話せば長くなってしまうんだけれど、ちょっと探しものをしていたらトムと逸れてしまったのよ」

 マルティアーゼはゆっくりと言葉を選びながら、簡潔に答えた。

「トムさんは何処かに行っちゃったの?」

「どうかしら……生きてるならアルステルに戻ってるかも知れないわね」

「トムさん、死んだの?」

 サムとルーディの表情がこわばる、それもそのはず二人はトムにいろいろと教わっただけあって彼のことを師匠のように慕っていたからで、掴んでいた肉に力がはいる。

「分からないわ……、海で遭難して散り散りになってしまったの、でも私はきっとトムなら生きていると信じているわ、私だって助かったんですもの、彼ならきっと大丈夫よ、だからこうして私一人でアルステルに帰る旅をしているの」

「マールは今、アルステルに住んでるの?」

 サムは上目遣いに小声で聞いてみると、マルティアーゼは頷いて、

「そうよ、トムともう一人……女の子がいるわ、ちょっと理由あってアルステルで一緒に生活しているのよ、だからトムが帰っていなくてもアルステルには戻らないといけないの」

「じゃあすぐに行くの?」

「いいえ、まだ向こうは雪が降ってるはずだから暖かくなる頃に戻るつもり、そうねぇ……あと一ヶ月待てば街道も通れるようになるかもね、その間に貴方達の顔を見に来たっていうのに……、貴方達がスレントを苛めているとは思っても見なかったわ」

 マルティアーゼは肩をすくめて言うと、サムが反論してきた。

「だから苛めてないって、俺達はここで生きてきたんだ、ここいらには俺達を知ってる嫌な奴らだっているんだ、だから一人で外に出て捕まったらひどい目に遭うかも知れないんだよ」

「本当なの、スレント」

「うん……、でも今日はお姉ちゃんがいたから出て行ったんだよ」

 大きな瞳をマルティアーゼに向けて言ってきた。

「そんなの俺達は知らないだろう」

「……うぅ」

 スレントはどうすれば良かったのか分からずしょんぼりとしていたが、サムは憮然としながらそのせいで怒られたんだぞと言いたげだった。

「分かったもう良いわよ、スレントを連れ出したのは私だから謝るわ、でも暴力は駄目よ」

「分かってるよ」

 何故かマルティアーゼがこの三人と接する時には、良識ある姉のようにそして母親のように三人をたしなめていたが、彼女自身、暴力以上に危険な事をしてきていたので、本当なら本人が自覚しなければならない事でもあった。

「さぁもっと食べないと大きくなれないわよ、長旅で埃まみれなのよ、後で湯浴みをさせてもらうわ」

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