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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 すっかり村での食事にも慣れ、手先を器用に食事を摂る姿が様になったマルティアーゼは、ある日、食後にジルバと二人で話をしていた。

「……そうかまた行くのか、カルエにはもう言ったのか?」

「いえ、まだ話してないの、カルエの顔を見てると中々言い出せなくて……、でも私から言うつもり」

「村の皆も悲しむだろう、だが君には帰るべき場所があるのだ、後ろめたさなど感じなくても良い、生きていればまた必ず何処かで出会えるだろう」

 屈強な体格とは裏腹に、優しく微笑むジルバから勇気をもらった気がしたマルティアーゼの顔は、緊張が解けたように穏やかに変わった。

「まだすぐにじゃないのよ、けど数日後には行こうと思ってるの……」

「村の者には私から説明しておく」

 マルティアーゼはその晩、カルエと寝床で話をしていると、

「ねえカルエ、私……皆の所に帰らないといけないの」

 その言葉に沈黙が流れたが、

「そっかぁ……そろそろかなって思ってたんだ、マールが毎日楽しくしてるからまだ行かないんだと思ってたけど、マールは外の人だもん、長くここにはいられないんだって事は分かってるよ、…………また会えるよね?」

 しんみりと小声で話すカルエに、マルティアーゼは頷いた。

 思いの外、カルエが驚かなかった事にマルティアーゼも安心した。

「ええ……勿論」

「今度は私から会いに行きたいな、ここも好きだけど外も見てみたい、もっと大っきくなったら父様を説得してみるよ」

「カルエならきっと大丈夫、待ってるわ」

 カルエと目を合わせ二人して笑い合う。

「なんか今からドキドキしてきた、どんな所にマールが住んでいるんだろうとか、私の知ってる町なんかよりももっと大っきい所にいっぱい人がいるんでしょ、早く見てみたいな」

「カルエは何だか昔の私みたいだわ……、言葉や文字では伝わらない実際に見て触ってみたいと思うわよね、きっと貴方も色々なものを見て驚くんでしょうね」

 同い年なのに子供を優しく見守るような目でカルエを見た。

 マルティアーゼが城で思い描いていたあの頃とカルエを重ね合わせていた、自分とは違う世界、彼女が見る外の世界とはどの様に映るのだろうか、曇りのない純粋に希望と夢を宿している瞳がどう感じるのだろうか、それが彼女の望む生き方ならば応援してあげたい気持ちだった。




 帰路につくことを決めたマルティアーゼに迷いはなかった。

 一緒に生き延びた馬に沢山の餌を与え、もうすぐ出かけるよと声をかける。

「アルステルまでは遠いけれど頑張って頂戴ね」

 村人からはまだ行くまでに時間はあるのに、今日が最後のように声をかけられ、毎日違う村人の家に連れて行かれご馳走を振る舞われた。

「これじゃあ出発するまでに誰だか分からなくなるぐらい太ってしまうわ」

 天井を見上げながらお腹を擦るマルティアーゼに、

「心配ないよ、森の中を歩いていれば嫌でも痩せちゃうから、それに私はマールがどんな姿になっても見分けられるよ、だって匂いを覚えちゃったから、へへっ」

 カルエはマルティアーゼにすり寄って匂いを嗅いだ。

「止めてよ、くすぐったいわ、ふふふっ」

 こうして仲の良い姉妹みたいにはしゃぐ姿もあと僅か、それを忘れるかのように深夜まで言葉を交わし共に眠った。

 日々の時間は旅立つと決めてからあっという間に二日、三日と過ぎていった。

 旅の出発を後数日伸ばそうかと思うこともあったが、決心が鈍るといけないと己を自制した。

「明日行くんだな」

「ええ」

 ここでの最後の食事はジルバとカルエの三人で普段と変わらぬ時間を過ごした。

「カルエ、くれぐれも気をつけて行ってくるんだぞ、匂い水も多めに持っていくようにな」

「うん……父様、私……いいやっ何でも無い、マール明日は早いよ、もう寝よう」

 何を言おうとしたのか、カルエは途中で話すのを止めてしまい、マルティアーゼを連れて寝床に向かった。

「何か言いたかったの?」

「ううん、大した事じゃないから」

「……そう」

 カルエは朝早いからといつものお話をせずに早々に寝てしまう。

 マルティアーゼはカルエが何を言いたかったのか、考えている内にいつの間にか眠ってしまっていた。

 目が覚めると隣りにいたカルエの姿はなく、外からいななく馬の鳴き声が聞こえてきた。

「あっおはようマール、さっさと支度して出発だよ」

「分かったわ」

 マルティアーゼが顔を洗いに向かった先で、ジルバと出会った、神妙な面持ちでマルティアーゼを見てくるジルバが小声で声をかけてきた。

「マール、君に話しておきたい事がある」

「?」

 二人は家の物陰でひそひそと話し合うと、マルティアーゼの表情が固くなるのが見えた。

「いいの、それで?」

「構わない、そう望むならそうしてくれ、それとこれを……」

 小さな小袋を一つ、マルティアーゼは重そうに受け取った。

 支度と言っても食料と水、寝るときの外套兼毛布ぐらいだが、それを馬に乗せてカルエが前に二人が乗り込む。

「じゃあ父様行ってくるね」

「……」

「ああ、気をつけてな、また会おう」

「有難う皆、また絶対会いに来るわ」

 マルティアーゼは手を振り別れを告げる。

 数人の村人達も朝早くに起きて集まってきてくれていて、手を振って見送ってくれていた。

 のそのそとゆっくり村を出ても、すぐに森に隠れて見えなくなる。

 外敵から守るために木々で囲まれた村は、そこに住む人達でしか分かりづらい村の目印があり、ここで長年住み続けられてきた知恵だった。

「元気よく行こう」

「……そうね」

 前に森を抜けた道のりを今度はカルエと二人で進んでいくことになった。

 思えばあれから一年、森で迷っていたマルティアーゼ達がカルエが出会って、数ヶ月滞在した村に、また来られるとは思っていなかった。

 数奇な運命の道標ともいうのか、旅を重ね知らずの内に誘われるように国々を巡り、またこうして再会出来るというのはどのような運命だろうかと考えていた。

 マルティアーゼは運命や偶然と一言で片付けるような言い方や考えは好きではなかった。

 必ず原因と必然があるからこその結果であり、その一つ一つを紐解いていけば理解の範疇にあるのだと思っている。

(自分で信じて進んできた生き方が、まるで繰り返されるみたいに同じことをしている、この先を行けばまたプラハであの子達に出会えるのかしら)

 何かが自分を振り回そうとしている力が働いているような奇妙な感覚と、またあの子達に出会えるかも知れないという嬉しさがあった。

 森は広く太陽に照らされ輝く木々は宝石のようで、空は青々としていて透き通っている、何処を見回しても山と緑だけだがマルティアーゼには心に残る印象的な美しさに見えた。

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