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銀の魔導   作者: 雪仲 響
174/983

174 青緑の日々

 北方の国々が深く白い雪に埋もれ、惰眠を貪っても誰からもとやかく言われることもない時期に入っている頃、ミーハマットは朝から鳥のさえずりが五月蝿く、明るくなった時には色々な声が家の中まで響いてきていた。

 まるで動物に囲まれながら眠っているような、ひっきりなしに何かしらの声が耳に入ってくる。

「う……ん、ううん」

 いくら寝返りを打とうが無理矢理に睡魔を遠ざけようとしてきて、苛立ちで目が覚めてしまう。

「…………もう、うるさい!」

 毎日同じような目覚めにすっかり寝起きの悪さが板についてきたマルティアーゼは、いつものように一人で叫んでいた。

「マール起きたんだ、おはよう」

「……おはよう」

 部屋に戻ってきたのはカルエだった。

 手には二人分の朝ご飯を乗せた大きな葉っぱを抱えていた。

「や……、今日もご機嫌悪そうだね」

「無理に起こされちゃ誰でも機嫌が悪いわよ」

「顔洗っておいでよ、ご飯にしよっ」

 マルティアーゼはけだるい体を起こして立ち上がると、無言で部屋から出ていった。

 慣れた手付きで汲んできた水樽から水を掬うと一気に寝ぼけた顔にかけた。

 水の冷たさで身が引き締まる感覚に意識がはっきりとしてくると、やっとマルティアーゼの杏型の瞳が大きく見開いた。

「ふあぁ……、どれだけ寝ても起こされると気分が良くないわ」

「おはようマール、もう元気になったようだな」

 ジルバが大きな木を担いでマルティアーゼに近寄って来た。

「もうこの通り」

 ジルバはマルティアーゼの笑顔を見て安心したようだ。

「今日もカルエと果物取りに行ってきてくれないか、村の皆が二人の取ってくる果物が気に入ったみたいだ」

「ええ、ここに置いてもらってるんですもの、そのくらいで喜んでくれるならいつでも、じゃあ食事が終わったら行ってくるわ」

 村人からはマルティアーゼが戻ってきたと喜んでくれていたが、あの夜、マルティアーゼを村まで運んでくれたのがカルエとジルバだった。

 二人が狩りをしていて陽が落ち始めたので村に帰ろうとしていた時、空にいきなり光り輝くものが上がったのを見て、光源を辿って行ってみるとそこには半裸のマルティアーゼとガブの死体が倒れていて驚いたそうだ。

 村で目覚めたマルティアーゼは、ガブと対峙したまでは覚えていたがそこからの先はおぼろげな夢を見ているような途切れ途切れの記憶しかなかった。

 数日間は体が怠く、殆ど寝て過ごしていたような状態だったが、今ではすっかり元気を取り戻しいつもの明るい彼女になっていた。

 ジルバの勧めで、当分の間、村で過ごすことになってもう一ヶ月、マルティアーゼの村の手伝いは専らカルエと森の果実採集をするのが日課となっていた。

 赤や橙色の果実の生える穴場を見つけて以来、今では村の大人気食材となっていて村人に大いに喜ばれていた。

「マールはまたすぐに出ていっちゃうの?」

 手で料理を掬いながら口に運ぶカルエに、マルティアーゼは考え込む様子で、

「そうね……、早くアルステルに戻らないとトム達が心配してるはずだけど、今の季節だともう雪が降ってるかも知れないわね」

「雪ってなに?」

 カルエの頭の中は「???」になっていて、何が降ってくるのか想像だにしていないだろうというのをマルティアーゼには分かっていた。

「そうね、ここは年中暑いから雪なんて降らないわね、北方じゃ冷たくて白い物が降ってくるの、多い所だと家が埋まってしまうぐらい降り続けたりするのよ」

「おおぉ、なんか凄いね」

 この森から出たことがないカルエに外の世界は未知の領域だった、父ジルバは昔に少しだけ外に出たことがあったらしいが、その話を聞いただけでもカルエの心は胸が弾けそうだったが、マルティアーゼから聞く話はカルエの想像を超えて思考が追いつかないほどに壮大だった。

「私も外に行ってみたいな、でも父様が危険だから駄目だって言うんだよ、マールだって行けるんだし大丈夫だよね」

「そうね……、私も外の世界はとても大きくて人々が楽しく暮らしている所だと思っていたけれど、実際は危険なことも多いし、人々も皆笑って生きてるわけではなかった、争いや人の物を盗まないと生きていけない状況の子供達だっていたわ、愛する人を失った悲しみに絶えられず自ら死を選んだ人だっているのよ、世界とは何なのかと考えさせられる事が沢山あるの、憧れと現実の違いに落胆させるつもりはないけれど」

 カルエも自分と同じ様に、想像する世界とはどれだけ明るく楽しい所だと夢見ているのかと思うと胸が締め付けられる。

 どんなに話をしても結局の所、見たこともい経験したこともない者にとっては実感のないものでしかなく、良いことも悪いことも想いと結びつかなかった。

 外に出て後悔するか、この森で悶々と空想の世界を楽しむだけで終わるのがいいのかは彼女次第だった。

「でも、ガブより怖いものはいないでしょう、それなら何だって平気だよ」

「ふふっ、ガブはここにしかいないわ、かわりにもっと南には別の大きな動物がいたし、海の孤島にも大きな動物がいたわ」

「おおぉ、マールは色んな所に行ってるんだね、凄い凄いもっと話を聞かせてよ」

「いいけれど、ジルバさんが果物を採ってきて欲しいって言ってたわ、早く行かないと帰りが遅くなるわ、お話はまた今晩にでもしましょ」

 果物がある場所は村から遠く、二人が採りに行って帰ってきた頃はすっかり夜になっていた。

 籠一杯に持って帰ってきた果物を村人達に渡すと笑顔で喜んでくれたが、二人は疲れて食事が終わると寝床で横になって話をしていた。

 しかし、カルエはマルティアーゼの話を聞いている内に瞼が重くなって眠ってしまう。

「今日はいつもより一杯持ち帰ってきたから疲れちゃったみたいね」

 マルティアーゼは天井を見上げると静かに目を閉じた。

(もうここに来て一月は経ったわ、アルステルを出てからもう四ヶ月は過ぎてるかしら……、トムは無事にアルステルに戻れたかしら、あの海で別れてからもずいぶんと時間が過ぎてしまった、思い起こせば随分といろんな目に遭ってしまったわ、これだけの出来事を体験するなんて事は普通なのかしら)

 考えれば考えるほど国を出てからというもの、人一人が経験する物事の度を超えているように感じていたが、それを比較する相手がいなかったので今までは色んなことがあったな位しか考えていなかった。

 経験した事をカルエに話していると、話す内容が途切れる事なく口から出て来ることに、やっと自分の行ってきた事柄が普通ではないのだろうかと疑問を感じたのだった。

(世界を見たいと思ったのは私だけど、殆どの人は生まれ育った土地で疑問も抱かず暮らしていたわね、私の方こそ皆と比べたら少し変に見られているのかしら)

 よく考えれば出会った人達の殆どが生まれ育った場所かそこから出てきたばかりの人が多く、マルティアーゼのように各地を旅する者は少なかった。

 人々は各地を放浪するだけの余裕などなく、今の自分に必死になって生きようとしていた。

 マルティアーゼはそんな人達を見て来て、自分はどうなんだろうと考え始めた。

(今のようにゆっくりとした時間を過ごした時間なんて、ほんの数ヶ月しかなかった、私……少し疲れてきてるのかしら、アルステルに戻ったら少しは穏やかな時間を過ごしてみて何がしたいのかよく考えてみないと……、けどアルステルはまだ遠い……)

 思い描くアルステルの道のりを考えただけでも少なくともあと半月は掛かる道程だった、しかも今は雪の季節、ローザンの雪を思い出せばどのような道になっているのか想像がついた。

(雪が溶けるまでは北方に入る事は難しい、暖かくなる時期に合わせて帰るのが良いわね……)

 それを考えるとあと一ヶ月以内には、旅を再開してなるべくミーハマットの北部にいなくてはいけなかった。

(ここでの生活もあと僅か……、またカルエとお別れが……)

 森の静けさが眠気を誘い、マルティアーゼは夢の中でトムとスーグリの二人との再会を果たしていた。

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