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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 見えない暗闇の中で一気に体が重くなって地面に倒れ込んだトムは、手足全てを掴まれて身動きが取れなくなった。

「ぐくうぅぅ……」

(なんて力だ……)

 森の方から青白い明かりが見えてきた。

「くそっ、魔道士か……」

 身動きの取れない上に魔道士まで来たのかと、トムは歯を食いしばって逃げようとした。

 ぱっと、明るい光が魔道士の上空に飛んだ。

「くそおおぉ!」

 ゾンビに掴まれた状態で魔法を避けられるわけがない、トムの悔しさの声が空に向けて発せられた。

 光は矢となりトムへと落ちてきて、ドンッ、ドンッと周りにいたゾンビ達の後頭部から口にかけて矢が貫通していった。

 五本に分かれた光の矢は的確にゾンビ達を串刺しにして地面に突き刺さり、動きを止めたゾンビはそれ以上動くことは二度となかった。

「くっ……なんだ一体」

 ゾンビ達の掴んでいた力が抜けると、トムが這いずって出てくる。

「はぁはぁ……ぐくっ」

 ゾンビに噛まれた手足が焼けるように痛かった。

 火鉢に手足を突っ込んだみたいで異常に熱く、指先からの血液の脈打つ音が全身に伝わってくる。

「じっとしていて下さい」

 頭上から声がかかる。

 トムは目の前に立つ人物を見上げと、青白い炎に照らされて幽鬼のように立っている魔道士がトムを見下ろしていた。

 そう大きくもない小柄な魔道士は、青い炎をゆっくりと近付けて手足の傷を確認していく。

「……やはりお前か」

「やはりとは、何か誤解をされてませんか」

 魔道士ルブは静かに言った。

「うん、これならまだ大丈夫です助かりますよ、じっとしてて下さい」

 ルブが詠唱を唱えると手に平が白い発光体に包まれ、腕の傷口に当てられる。

 傷口からは黒い霧のようなものが立ち昇り始め、それが消えるまで魔法をかけ続けた。

 同様に足の方の治療も行うと傷口を塞ぐ魔法も掛けてくれた。

 チクチクとする傷を塞ぐ魔法の痛みは、マルティアーゼが掛けてくれた時と同じで身に覚えがあった。

「足の方は自分で切った怪我もありますが、重要な血管や筋肉は切れていないので治療を続ければ問題なく治りますよ」

「何故お前が此処にいるんだ……、死人を蘇らせたのはお前なのか」

 トムは身を起こしてルブを見た。

「とんでもない、私はゾンビを作ることなんて出来ませんよ」

 朗らかに笑うルブに動揺も無ければ声を荒げて否定もせず、淡々と受け応えをするルブが嘘をついているように思えなかった。

「では何故此処にいる、なにかゾンビと関係があるのだろう」

「困りましたね……、どう話せばいいのか」

 そう言ったが、ルブの表情に困った様子もなく、子供をあやす父親のような不思議な感じがした。

「トムさん!」

 後ろからスーグリの声が聞こえてきた。

 坂道には松明の明かりが何十と続いていて墓場に上がってくる様子が窺えた。

「トムさんから離れて!」

 トムの側に立つルブを見てスーグリが槍を構える。

「スグリ大丈夫だ、槍を下ろしてくれ」

「やれやれ、人が沢山集まって来てしまいました」

 真っ暗だった墓場に松明の明かりが照らし出され、その光景に集まった町人達が皆驚き嘆きの声を上げた。

「おおっ……コートにロルトそれに子供達まで、何ということだ……」

 口々に悲惨な現状に息を呑み、たまらず吐いてしまう町人もいた。

「ルブ……お前さん、何ということをしたのだ、私はお前さんじゃないと思っておったのに……」

 前に出てきたオーランが松明の明かりで見つけたルブに向かって言い放った。

「トムさん怪我は……、あっ!」

 明かりで見た怪我は酷く、腕には噛まれた歯型の傷があり、ズボンはズタズタで切り傷と出血で真っ赤に染まっていてスーグリが驚いた。

 それをトムは手で制して問題ない素振りを示すと、

「町の失踪者全員この墓場にいました、皆ゾンビにされていましたがもうこの通り動きはしませんよ」

 トムがオーランに説明した。

 失踪者に刺さった光の矢はとうに消え失せていて、土の上で静かに眠っている。

「それにこれを退治してくれたのは彼で、犯人ではなさそうです」

「……なんですと、見張りの者が逃げられたと言っておったので、仰られた通りルブが犯人だったのかと思っていましたが……」

 それを聞いたルブは薄く笑いながら、

「尾行には気付いていました、それに犯人なら森の中で拘束させてもらってます、皆さんには説明させて貰わなければいけない状況……みたいですね、本当は隠密にと言われているんですが仕方ないですかね、その前にまずこの遺体をどうにかしないことには流石に遺体を持ち帰ることは出来ませんので、ご家族にはなるべく不安を煽らないようゾンビになったことは言わずにお願いしたいです」

 しっかりした口調でこれほど饒舌な話し方をしたルブをオーランも聞いたことがなかったようで、見た目とは裏腹に大人びた彼を目を開いて驚いていた。

「ルブ……お前は一体、何者・・なのだ」

「オーランさん、その事は後で……」

 トムが遮るようにオーランに言うと、

「は、はい、そうですね、まずはこの者達を埋葬しましょう、ですがもう夜も深く準備もあるので、明日朝一番にこの者達を埋葬するようにします、お前達でトムさんを町まで運んでおくれ」

 付いてきた男達がトムを担ぎ上げて坂道を下りていく、その後にスーグリも心配そうに付いて下りていった。

「オーランさん、私は後でご自宅に行きます、犯人を連れていかないといけないので……」

「ルブ、その犯人とやらはどんな奴なのだ?」

「その事については説明しにくいですね、危険を及ぼすことはないでしょうが、一応これも私の仕事なので隔離させておきます、それではまた後で……」

 ルブはお辞儀をすると、町の反対側、森へと暗闇の中に消えていった。

「仕事……とは」




 トム達がオーランの家まで運び込まれたのは夜も更けた頃だった。

 一日中何も食べていなかったトム達は、オーランの計らいで食事までご馳走になった。

 利き腕をやられたトムはスーグリに食べさせてもらい、二人が食事を終えた頃にルブが家へとやってきた。

 墓場にいた町人達全員がオーラン宅に留まり、起きたことについて色々と話し合っていたが、ルブがやってくるとピタリと話し声は止み、一斉に一同の顔が彼に向けられた。

「皆さんお揃いでご苦労さまです」

 一礼をするとオーランに促されて椅子に座る、そこにトム達も部屋へと入ってきて席についた。

「では皆さんお揃いになられたことですので、本件の説明をさせて頂きます」

 皆無言でルブの言葉に耳を傾ける。

「私はアルステル魔導部隊、国境警備配属のルブ・シティクス中級魔道士です」

「国の……?」

 トムが呟いた。

「お前さんが……国家魔道士と」

 今まで親しげに話していた相手が国の兵士だったのかと、オーランは開いた口が閉まらずにいるほどの驚きだった。

「はい、本件の失踪事件で警備兵の捜査がありましたが、その折、魔導の形跡があったと報告を受け、一般警備兵の捜査を打ち切り本件を魔導部隊の私どもが秘密裏に捜査を受け持つ事になったのです」

「何故それを町の人に言わなかった」

 トムがそういうと町人達からも、

「そうだ、早くそれを言えば俺達だって協力したはずだ」

「そうだそうだ」

「いえ、それは出来ません、魔導が関係しているのであれば、魔道士のいないこの町の人では危険に巻き込むだけになってしまうと上からの命令です、ですが私が派遣された時には既に町の人達だけで捜索をされていまして、残念な事に二人も失踪されてしまいました、こう言うと何ですが、打ち切りとなれば町の人達は悲しみに暮れて静かにしていてくれるのではないかという考えだったのですが、これほどこの町の人達の結束が固いというのを見誤ったのはこちらの誤算でした、何分魔導絡みということで隠密に捜査解決というのが鉄則、勿論、解決した後には事後報告させていただく次第でした」

 ルブは一息入れて皆の顔色を見た。

 納得した表情もいればしていない者もいる、それについてはルブは何も言わず、

「犯人がどのような魔道士で、私よりも強力な魔導の使い手なのか一から調べていたのですが、まだ調査途中に外部からそこのトムさんとスーグリさんが調査に来られたと言うので焦りがありました、申し訳ありませんが後を付けさせてもらいまして、そこでお二人を狙った魔道士に出くわしたのです」

「伐採場の時か」

 あの時の事を思い出しながらトムは言う。

「そうです、あの時は逃げられてしまいましたがお二人がご無事で何よりでした、それにあの場所で使った魔法が何なのか分かったお陰で対抗策も見つかりました、相手は闇属性の魔法だったのは私には何よりでした、私は光の属性なのであとは力関係を知りたかったのですが、尾行を撒くのに時間が掛かってしまい、墓場についた時、丁度犯人が墓場で魔法を唱えていたので、私はこの機会を逃さず戦闘に入りまして森の中で戦っていたのですよ、時間は掛かりましたがなんとか拘束して捕まえることが出来たと言うことです、後はトムさんの知る限りですよ」

 一連の状況を事細かく説明し終えたルブは、満足げに肩で深呼吸をした。

 皆の沈黙は何を思いどう答えたものかという沈黙だった。

「質問がある、犯人は何故この町で誘拐を犯してゾンビにしたのだ、犯行の目的が分からん」

 口を開いたのはやはりトムだった。

「申し訳ないですがそれにつきましてはお答えすることが出来ません、犯人はアルステルに連れて帰り尋問という形になりますので、オーランさん申し訳ないですが国境警備の方へ連絡馬を走らせて貰えませんか?」

「あっああぁ……、明日にでも行かせるとしよう」

 ルブはにこやかに笑い、

「町長さんオーランさん、それに町の皆さん、この一ヶ月の間良くして頂き有難うございました、任務とはいえ名残惜しいですがこれで終わりです」

 これで失踪事件が終焉を迎え、明日から平穏な日常が訪れると誰しもがそう思っていた、だがそれは一瞬で皆の顔が青ざめる事となる。

 バタンッと激しく戸を開けて入ってきた男が大声で叫んだ。

「大変だ、火事だ、すぐ来てくれ」

 皆に緊張が走る。

 急いで町の男達が外に向かい火元に走っていくと、その後をルブとトム達も外に出た。

「何処が火事なんだ」

 トムが辺りを見渡すが火事が見当たらない、しかし町の人達が通り走っていく方へと付いていくと、ぼんやりと煙が立ち上っているのが見えた。

「あそこみたいですね……あれ? あの場所は……」

 ルブの顔色が険しくなって一人火事現場に走っていった。

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