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結局一軒の情報しか手に入らず、日にちが経ちすぎていて手掛かりとなるものは何もなかった。
宿に戻る間に町の地形などを見ながら帰ってきて、二人は今日聞いた話を整理していた。
「スグリはこの事件について何か感じたかい?」
「そうですね……、私はいなくなった子供達を我が子のように町の人達が探しているのが強く感じたかも、事件については……まるで神隠しですね、子供だけなら誘拐かもって思ってましたけど、大人もいなくなってるってことは違うのかな、親御さんや家族の人の為にも一刻も早く見つけてあげたいです」
スーグリには母親の涙を見て、それが子供の死で終わろうとも、先に進むために結果を出してあげたく思っているようだった。
「うむ、ただ単にいなくなるってことはないはずなんだ、理由があるのは確かだろうがその理由が分からん、誘拐なら脅迫や身代金の要求が合ってもいいんだがそれすらなく、獣に襲われたのでもなく、自分から出ていかなければならない理由でもあったのか……、こんな時マルさんがいれば何と言うだろう、俺はあまり考え事が得意じゃないしな」
「私もですよ」
生粋の兵士でしかないトムと村から出てきて間もないスーグリ達には難解な事件にしか見えなかったが、ここを二人でどうにか解決させるにはこれしかないなとトムが無言で頷いた。
「マルさんがいないのはどうしようもない、俺達の得意で調べるとしよう」
「なんですかそれは?」
スーグリには何のことか分からず首を傾げた。
「俺達は剣士だ、剣を振るう事とこの足しかないだろ」
トムがにやりと笑った。
「明日からしらみ潰しに町の探索をしていく、オーランさんが云ってた場所に行ってみるとしよう」
「そうですね」
翌日、二人は朝からオーランの家に行くと、昨日教えられた場所に調査をしに行くことを告げた。
「道案内に人を付けましょう」
「いえ結構です、地図は覚えましたから大丈夫ですよ」
「トムさん、あの人……この町にも魔道士がいるんですね」
トムが話してる横でスーグリが通りを歩く魔道士の後ろ姿を見つけて、トムに教えた。
茶色いローブで足元まで隠し、猫背で歩く姿は丸い麻袋が動いてるようだ。
「ああ……ルブですか、つい一ヶ月ほど前にこの町に住み始めた魔道士ですよ、なんでも都会に嫌気がさして静かな所に住みたかったとかで……、おおいルブ」
オーランが呼ぶと魔道士の足が止まり、こちらに振り向いてお辞儀をしてきたのでオーランが手招きをする。
一瞬躊躇した魔道士は、スーグリと変わらぬ小さな体をしているのに、猫背であったので余計に小さく見える。
魔道士はてくてくと体を揺らしながらこちらに近寄ってきて、トム達の前まで来るとお辞儀をしながら、
「オーランさんおはようございます、お連れの方もはじめましてルブです」
フードから覗く顔はまだ若々しく特徴のない素朴な顔だが、肌艶には張りがあって丸い目で上目遣いにトムたちを見てきた。
「トムです」
「はじめましてスーグリです」
「このお二人は町の事件で調査をしに来て下さった人達だ、何かあったら教えてあげてくれないか」
「調査……ですか、そうですか分かりました、何か変わったことがあればお知らせ致しますよ」
魔道士は一瞬怪訝な顔でトム達を見たが、すぐににこやかな表情に変わった。
「どうだいこの町の住心地は? 大分慣れてきたんじゃないか」
オーランはそんな変化など気付きもせずにいつもの態度で話しかける。
「はい、とても静かで良い所ですが、まだ町の人が見つからないそうなので、大きな声で話したり笑ったりするのははばかれますね、早く解決して皆さんと楽しく過ごしたいです」
この若い魔道士は話していればごく普通の若者のようで、はきはきと受け応えをする所を見ると、生来明るい人物なのだろうかとトムは感じた。
「何もお前さんが気を使うことはないよ、自然にしてればいいさ、ところでこんな朝っぱらから何処に出かけるつもりだったんだい?」
まだ明るくなったばかりの朝に一体どこに行くのだとオーランが尋ねると、
「秘薬集めですよ、貧乏人ですから秘薬代も馬鹿にならないんですよ、森に行って少しでも浮かせようと思ってるんです」
「あまり森に入らん方が良いぞ、時期が時期じゃからな」
オーランは心配そうに注意するが、ルブの方はそれは無用だというように、
「大丈夫ですよ、これでも魔道士ですよ、それに森の奥まで行くつもりはありませんよ、西の森の噂は知ってますからね」
「それならいいが、何かあったら大声で助けを呼ぶんだぞ」
「心配してくださり有難うございます、では行ってきます」
ルブは一礼を三人にすると元の通りを歩いて行った。
「なかなか感じの良い若い魔道士でしょう、ルブが来るまで魔道士なんてぶっきらぼうで無愛想だと思っていたんですが、あの子と話していて見方が変わったんですよ、はははっ」
「そうですか……」
トムから見れば魔道士なんて変わり者だと思っているのだが、その筆頭がマルティアーゼだというのは言うまでもなく、グルバヌス然りまともな魔道士と出会ったことがなかったからだ。
その後トム達もオーランと別れて南の伐採場に向かった。
雪と風は止んでいたが、凍えるような冷気が積もった雪を氷に変え、氷の砕く音をさせながら町の中を歩いていく。
雲間から差し込む太陽の光が白い息に虹彩を浮かび上がらせる。
「このまま太陽が出てくれていればいいが……」
空に広がる厚い雲はそんな願いをあざ笑うかのように、じわじわと光のカーテンの幅を狭めて閉じようとしてくる。
日差しがなくなれば急激に冷たさが肌に刺さってきて、フードの下にも頭から布を被って冷える耳を保護していているにも関わらず、スーグリは身震いが止まらないようだった。
寒さを我慢しながら二人は町から外れ、南の脇道へと足を踏み入れて伐採場へと歩いていった。
舗装もされていないただのあぜ道で、両脇には鬱蒼と森が広がり道には雪が足首を隠すほど積もっている。
「こんな所に子供達が来るんですかね」
スーグリの震える声には、寒さによるものと寂しい森の中を歩く怖さも入り混じっているようで、目だけをきょろきょろと辺りを見回しながら聞いてくる。
昨日は消えた子供の母親に強気な発言をしていても、死人や罪人の事が心に引っかかっているみたいで、槍を持つ手に力が入る。
「さぁ……、夜ともなれば真っ暗で歩くことも出来ないだろうさ、俺だって子供の頃は伐採場や炭坑場なんて所には冒険心がくすぐられて遊びに行ってよく親に怒られたもんだが、夜に行こうとは流石に思わなかったな」
トムはそのような事を気にかける様子もなく、幼少期の思い出を懐かしそうに話してくる。
他愛もない話で気を紛らわせながら半日も掛からず一本道の行き着いた先には、大きく森が伐採された空間が広がっていて、そこには余った木材なのか沢山の切り分けられた木が何ヶ所かで綺麗に積まれていた。
「ここか……」
一面真っ白に染め上げられ誰一人来ていない事は、トム達以外の足跡など一切見当たらない綺麗に敷かれた雪の絨毯を見れば明らかだった。
「人の来た気配はないが子供達がいなくなったのは雪が降る前だ、この下にもしかしたらいるのかも知れない、探してみるとしよう」
この綺麗な雪の下に子供達が眠っているなどと思いたくはなかったが、二人は恐る恐る広場に足を踏み入れ、盛り上がってる地面や人が隠れそうな木材の周辺の探索に取り掛かった。