表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の魔導   作者: 雪仲 響
165/983

165 外れた町

 依頼主の家はアルステルの北西のアルデード城が見える住宅街にあった。

 閑静で大きな家々が立ち並ぶ、いわゆるお金持ちの地区だ。

 邸宅には今は真っ白い雪で覆われているが庭もあり、家の中には一体幾つの部屋があるのか多くの窓が見え隠れしていた。

 呼び鈴を鳴らすと中から正装をした老人が出てきて、トムはここに来た理由を説明をすると、老人は言葉少なげにどうぞと二人をすんなりと迎え入れてくれた。

「うわあ、大きな家ですね……」

「かなりの大富豪みたいだな」

 客室に通されるまでに幾つもの部屋を通り過ぎて、家の大きさに少々戸惑いを感じながら、どうすればこんな大きな家に住めるのだろうと二人は考えていた。

「こんなに大きな家に住む人が小さな町の依頼をするってどういう事でしょうね」

「ふうむ」

 一室だけで宿屋の二部屋以上の広さがある所に通され、部屋を見回してため息が出た。

 客間であるにも関わらず豪華な置物や絵が飾ってあり、触って壊してしまうとどれだけの弁償を支払わなければいけないのかと、考えただけで身が竦んでしまう程だった。

 二人はうろうろせずに椅子に座ったまま頭だけを左右に振って見回していると、壮年の男性が先程の老人を連れて部屋にやって来た。

 トムとスーグリは立ち上がって一礼をすると、

「いきなり押しかけてしまい申し訳ない、私はトム、こっちはスーグリです」

「スーグリです、依頼所の店主に聞いてやって来ました」

 男性が手で制しながら座るように促してくる。

 三人が座って老人が運んできたお茶を卓に置き終えて出ていくまで、重い沈黙が続いたが、扉が閉められると壮年の男性がゆっくりと口を開いた。

「私はこの家の主デッセン、あなた方は前に私が出した依頼で来て下さったのですね」

 髭と髪に白い物が混じっているが、肌は艷やかで眼光も相手をしっかり見据えてくるし、物腰や態度は年季の入った落ち着きを醸し出していた。

 トムは頷いて、

「そうです、一ヶ月前に期限が切れていたのを、店主がまだ依頼を受けられるか話をしてくればと言われたのでやって来た次第です、依頼の方はもう無くなったのでしょうか?」

「いえ……何分急な依頼でしたもので……、雪が降る前に受けてくださる人がいればいいとは思っていたのですが、残念なことにいなかったもので諦めかけていたんですよ、受けてくださるのならこちらこそお願いしたい」

 ゆっくりとだが声のよく通る話し方だった。

「で、その内容というのが依頼書には場所と金額しか書かれていなかったのですがどういう仕事なのでしょうか?」

「クエイの町は私の故郷なんですよ、今はこの様にアルステルに住んでいますが、親戚がまだ向こうにいましてね、その親戚から暑さの和らいだ頃に連絡が来たんです」

「連絡とは?」

「はい、何やら向こうでちょっとした事件が起きたようで、人が消えた……というんです、消えるというのは目の前でというのではなく、居なくなったということですが、暑い時期に三人の町の者が居なくなってしまったと……小さな町で三人も居なくなれば大騒ぎです、警備兵が捜索をしたらしいのですが、結局見つからないまま兵士達は捜索を打ち切ってしまったらしいんです」

「ふむ……、その居なくなったとは他の場所に移住したとか旅に出たとかではないんですか?」

 デッセンは頭を振って否定した。

「それはないでしょう、その三人は皆子供なんですよ、それもまだ一人で何処か遠くに行けるような年端もいかない子らしいです、親御さん達は何度も警備兵にもう一度捜索をして欲しいと願い出ているらしいですが、これが中々……、居なくなった子供の一人が親戚の知り合いの子供みたいで、私どもに何とかして欲しいと手紙を寄越してしてきたんです」

「子供が三人も……それは親御さんも心配ですよね、トムさん」

「うむ」

「若者も少なく年寄りだけの捜索で思うように捗っていないようで、アルステルで人を雇って捜索を手伝って貰おうと考えていたのですが、もう一ヶ月……その間に雪が降ってきたので今、町がどうなってるのかも状況は掴めておりません、あなた方は何人で行って貰えるのですか?」

 デッセンが二人に聞いてきた。

「私達二人だけです」

「二人?」

 トムが頷くと、デッセンは見るからに肩を落とした。

「そうですか……、本当ならどこかのギルドの人達に受けてもらいたかった依頼なんですが、仕方ありませんね」

「あの……、この依頼は捜索だけの仕事ということなんでしょうか? そもそも子供が消えた原因を見つけなければ解決にはならないでしょう」

 親達にしてみれば原因がどうこうよりも、まずは子どもたちの無事を確認したいのは当然だろうが、短期間に人が三人も消えるということは尋常ではなく、解決しないことにはこの先また同じようなことが起こるのではとトムは思っていた。

「それはそうですが……なにより先に子供達をと思っておりましたので、それに事件と申しましたが、まだ誘拐などの作為的な事件なのか事故なのかはっきりとしておりませんので……」

「一月過ぎてしまっていて何処まで出来るか分かりませんが、捜査も兼ねて俺達でさせて貰えないですか?」

 トムは依頼内容に捜査も加えて提案してみた。

「はい……そうして頂けるならこちらとしてもお願いしたいところです」

 デッセンが恭しく頭を垂れてくると、

「ではもう一度依頼書を書いて頂けますか?」

「分かりました」




 新たな依頼書の報酬金額は前と変わらなかったが、追記として解決出来たのなら成功報酬として金粒一に銀粒小三十とし、捜査期間は削除されていた、

(あなた方の出来る限りの時間でお願いします)

 事件が起きてから二ヶ月以上経ち、いまだに子供達が見つかっていないのであれば生存は絶望的と考え、雪も降り風化が進んでいる事件の捜査では難航することが予想される為、無理なら諦めてもらっても構わないし、気の済むまで調べて頂いても結構とのことだった。

「思ったほど雪は積もっていないな」

 宿を出てエスタル行きの西の街道に出た二人は、幾つもの馬車で踏み固められた街道を馬で歩いていた。

 冬であろうと商人にとっては仕事のために荷を運ばなければならない。

 二頭立ての馬車が力強く雪を蹴って走って行くのが、トム達の横を通り過ぎていく。

 分厚い外套に身を包んだ二人に雪が飛んできて当たると、スーグリは眉をひそめて嫌な顔をした。

「もうっ、せっかく新調した外套が汚れちゃう」

 スーグリはトムに買ってもらった外套に付いた雪を振り払って、馬を街道脇に寄せる。

 仕立ててもらった服を購入してからの出発だったので、アルステルの町を出たのは依頼を受けてから三日後だった。

 雪は相変わらず吹雪くこともない穏やかな降雪で、しんしんと降り続く雪は見慣れた街道を白銀へと変えていた。

 森に積もる雪は木々に重くのし掛かり、耐えきれなくなった枝がしなりを利用して雪を振り落として青々とした顔を見せる。

「トムさん、事件を調べるって今頃行っても分かるんですか?」

「さぁ……、捜索だけに行くっていうのが気になっただけだよ、捜索だけならいくら町に人が少ないといっても人口百人のうち三十人もいれば十分だろう、そこに俺達が行った所で大した人数が増えるわけでもない、それにもう月日が経ち過ぎているから既に見つけていて原因も見つけているかも知れない、それなら行って帰ってくるだけでも報酬だけは貰えるだろう、まだなら俺達で子供達が居なくなった理由を調べておけば、今後同じようなことが起きないように出来るのではないかと思っただけだよ」

「何度も起きるのは怖いですもんね」

 小さな町で起こった失踪事件にトムは不思議と違和感を覚えていた。

 ローザンでも毎日事件や事故は起きていた、誘拐や喧嘩、それこそ殺人といった凶悪犯罪だってあった。

 国が捜索をして引き上げたというのならそれなりの理由があるはずだろう、ここはアルステルでローザンよりも都会なのだ、法の整備も兵士の質も上で、アルステルの町の取り締まりや巡回も滞りなくしているのをいつも見ていた。

 その国の兵士が捜索を意味なく止めたというのは考えにくく、何かの結論に達したからではないか、町の人達にはそれが納得出来ないだけかも知れないとトムは思っていた。

 別にトムはアルステル国に肩入れする理由もなかったが、自分もローザンで警備兵として働いていたこともあり、職務については少しばかり知ってはいたので、兵士が簡単に仕事を放り出すとは考えたくはなかっただけかも知れない。

 問題の町はアルステルから半日とそれ程遠くもない距離だが、それは雪が降っていない場合である。

 昼前にクエイへと行く街道脇の道を見つけた時、二人は大きく深呼吸をした。

「行き止まり……じゃないですよね」

「……」

 道は真っ白い雪道になっていて、馬の膝ぐらいの高さまで積もっていた。

「本当にここを行くんですか?」

 スーグリが心配そうに聞いてくるが、この道しか行く道がないのであれば行くしかないと、

「それしかないだろう……馬を降りて引っ張っていくか、踏み固めながら行くからスグリは俺の通った後を付いてくるんだぞ」

 トムの背丈でさえ膝上まで雪があり、森の奥に消える道を覗いただけで疲れを覚えてしまう。

 トムは深呼吸をすると、覚悟をして雪道に一歩を踏み込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ