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トムが一緒に付いて来てくれるお陰で、次の日から声をかけてくるのは専ら年配の女性達ばかりで、スーグリもお年寄りとなら安心して話すことが出来る。
家の物陰から覗く怪しい男達も、トムのさりげない流し目だけで近寄ってくることもなく、舌打ちしながら去っていく。
「今日のお買い物は終わりです、帰りましょうかトムさん」
「一寸待ってくれないか、行きたい店があるんだ」
「鍛冶屋さんですか?」
スーグリは、トムは暇があると行きつけの鍛冶屋で武具を見るのが好きなのを知っていた。
「いやいや、別の場所だよ」
「へぇトムさんが他の所に行くのなんて珍しいですね、ふふっ」
トムが行きたかったのは服屋で、店に入ったスーグリは物珍しく店内を見回すと飾ってある服はトムが来るには縁遠い、女性物ばかりの服が並んだ店だった。
「ここは……」
スーグリは柔らかそうな服が並んでいる商品を見て不思議に思った。
「トムさん、この店って女性物ばかり……」
「そうだよ、君に服を買ってあげようと思ってきたんだ、好きなのを選んでくれ、俺には好みはよく分からないからな」
「えええっ、そんな……どうしてですか?」
いきなり贈り物だなんて言われたスーグリはドキッとした。
「私何もしてませんよ、なのにいきなり贈り物だなんて」
「良いんだよ、この前無理に出場させてしまって今もこんな目に合わせてしまって悪いと思ってるんだ、これぐらいはさせて欲しい、綺麗な服を持ってないって言ってただろう」
「……でも」
照れて手を揉みしだきながら上目遣いでトムを見ると、優しそうな目でこちらを見ている。
「いらないなら無理にとは言わないよ」
もじもじして選ぼうとしないスーグリだったので、彼女の性格を逆手に取った言葉をトムが言った。
「いります! あっ……」
慌てたように即答したスーグリは、自分の厚かましい言い様に顔を赤らめた。
「はははっ、なら早く選びなよ」
「ううっ」
照れながら店内の服を見て回りああだこうだと自答しながらも、そこは女の子らしく嬉しそうに物色して気に入った服を何着か持ってトムに駆け寄ってきた。
「トムさん、どれが良いと思います?」
トムに選んでもらおうと、持ってきた服を体にあてがって見せた。
「俺には分からないよ、スグリの好きなので良いんだよ」
スーグリの胸の膨らみを見て、目のやり場に困った顔をしながらトムは言葉を返した。
「こういうのは男の人に選んでもらったほうが嬉しいんですよ」
「ふうむ……別段どちらも良いとは思うんだが……、俺は昔からマルさんに趣味が悪いと言われてからな、俺が選んで良いものか……」
「良いんです! トムさんは戦いになると即断するのにこういう時は優柔不断なんですね」
スーグリにはっきり言われて、トムは頭をかきながら、
「参ったな、じゃあこっちのほうが良いかな」
トムが選んだのは襟元にフリフリが付いていて、スカート部分は厚い布地を二重に重ね合わせて豪華さを醸し出している赤いドレスだった。
「じゃあこれにします、ふふっ……」
早速スーグリは選んだドレスで採寸をしてもらうために小部屋に入っていくと、
「店主、済まないが冬用の外套も彼女に合わせて作ってくれないか?」
「はいはい」
暫く店で待っていると、小部屋から出てきたスーグリは満足げな表情で戻ってきた。
仕立ては三日程掛かるらしく、その時に代金を支払うことにして店を後にした。
「ふふふっ、あれに出てドレスを買ってもらえるなんて出て良かったかも、有難うございます」
(ころころと気分が変わるものだ、女性とはよく分からんな)
外に出るのが怖いと言っていたスーグリはそんな思いが何処にいったのか、楽しくは鼻歌を歌いながら雪道を歩いていた。
「最近雪も穏やかになって来たな、仕事もしてないし簡単なものでもしてみるか」
「いいですねぇ、やりましょう、部屋にばかりいると体も鈍ってしまいますしね」
街中に積もった雪は人が行き交うお陰でそれ程歩くのに困難ではなかったが、町の外に出て人が踏み入らない所では溶けないで高く積もったままだった。
冬の間は依頼所にくる依頼も少なく、遠出をするにも命がけになることが多いので、大きなギルドならともかくトムとスーグリだけでは良い依頼があっても手を出せずにいた。
二人は依頼所に立ち寄り壁に貼られている依頼を見て行くも、内容と報酬が割に合わないものが多かった。
アルステルで稼げそうな依頼はすぐに取られてしまっていて、残っているのは微妙なものばかりしかない。
「あまり良いものがないな……、チルミーの町まで届け物だけで銀粒小二十か、今の時期往復だけで一日は掛かるのに二十とは……」
「こっちは、エスタルで銀粒小五十ですね」
店の親父に話を聞いてもやはり依頼は少なく、朝に張り出しても良いものはすぐになくなるのだそうだ。
「思い切って遠くの依頼をしてはどうだい? 北方を抜けるまではきついかも知れんが、南に行けば旅程も楽になるだろう」
親父の提案もトムは首を振った。
「遠出はしたくはないんだ、なるべく周辺で出来るものをと思ってる」
二人してアルステルを出ていけば、もしもだが、その間にマルティアーゼが帰ってきて誰もいないとなった時、自分達を探しにまた何処かに行ってしまうかも知れないと思った。
「トムさん、これはどうですか」
「ん?」
スーグリが一枚の依頼書を持ってきた。
それは西の街道の森にいる白兎の捕獲で、依頼主は飲食店からだった。
「五匹で銀粒大五十ですって、依頼書が二枚重なって貼ってあったから見つからなかったみたいですよ、西の街道なら遠くはないしどうですか?」
「しかし、馬で行くのは無理だし西の街道なんてどれだけ距離があると思ってるんだ、その白兎だってどの辺りにいるのかも分からないんだろう、徒歩で西の街道を探し回るのは無理だよ」
「……駄目ですか」
良いと思った依頼だったがトムに言われると確かに内容が曖昧で、西の街道を抜けるのに馬でも十日は掛かる距離なのに、雪道の徒歩となれば一体何日掛かることか分からなかった、しかも街道をゆくわけでもなく白兎を探し捕まえなくてはいけないのである、一旦町を出れば軽く一ヶ月は留守にすることになる。
考えてみれば近くて遠い時間の掛かる依頼だと思って、スーグリは落胆した。
「あんた達こっちに来な」
店主が二人を呼んでくる。
「この依頼主の所に行ってみなよ、依頼期限が過ぎてしまったものだが、依頼主に直接話をしてみて依頼を受けさせて貰えるなら、儂のところに持って来てくれれば受理するよ」
店主の差し出した依頼内容はアルステルの北の小さな町クエイの事件の調査で、報酬は銀粒大八十だが、期限は一月前に過ぎていた。
「クエイ……? 聞いたことがない町だな、何処にある町なんだ」
「エスタルに行く西側の街道を半日行けば森の方に続く細い道がある、初めの宿場町を少し過ぎた辺りだ、そこから道なりに行けば町というより集落に近いかな、大昔に戦争から逃れた人達が作った古い町さ、今じゃ百人ぐらいまで減ってひっそりと暮らしてる」
「馬で行けないなら無理だ」
「街道なら商人の馬車が頻繁に通ってるから馬でも行けると思うが、森に入ってから町までは大した距離ではないんだが、そこから道がどうなってるかは儂も分からんよ」
店主が詳しい話は直接依頼主に聞いてみればいいと言われ、話だけでも聞くために二人は依頼主の家に行ってみることにした。