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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 初めはゆっくりと剣先が流れるような動きから、次第に大きく弧を描くような早い動きに変わっていく。

 腰を落とし膝を伸ばして剣を水平に構えたり、くるりと回って剣を突き出したりと、小さな体のスーグリは見るものには力強く大きい存在へと見えていた。

「ほお……」

「小さいのによくやるねぇ」

「いいぞ姉ちゃん」

 人々の声援は聞こえていてもスーグリは観客を見ないように、一度でも誰かと目が合ってしまえば演技どころではなくなってしまうと、剣の動きだけに集中することで緊張しないようにした。

 上段に構えて腰から上体に力を伝えるように斬る、一連の動作に無駄なく滑るような動きを壇上いっぱい使って駆け回り観客を魅了していく。

 長く感じた演舞も最後は剣を上空に突き出して終わりを告げた。

 スーグリは額に玉の汗を浮かべ強張った表情をしながらも、最後まで演舞を終えることが出来た満足感はあった。

「わああぁぁ……」

 と、一瞬の静けさの後に大喝采が巻き起こる。

 拍手と歓声に驚いたスーグリが観客を見渡すと、皆笑顔で自分に向けて手を叩いている事に急激に顔を赤らめたが、人から喜んで貰えた初めての経験に内心嬉しさが入り混じっていた。

 トムも笑顔で拍手を送っていたことが何よりスーグリには嬉しかった。

「素晴らしい剣舞でしたね、さぁ皆の衆これで今年のアルステル姫の出場者は出揃ったぞ、女性達は壇上へどうぞ」

 出場した女性達が上がってきて一列に並ぶ。

「さぁ今年の姫は決めたかな、アルステルにふさわしいと思った女性に拍手をしてくれよ」

 ざわざわと人々が言葉を交わしていく。

「何番が良い」

「あの子の方が器量が良さそうだ」

「美しさなら何番だ」

 等と意見が飛び交い暫く通りは騒然となっていたが、司会の男が手を挙げて声を張り上げた。

「よおし皆の衆用意はいいかぁ、女性達は順番に読み上げるから呼ばれたら一歩前に出てくれ、ではっ…………」




 席に戻ってきたスーグリとトムは食事の続きをしていたが、スーグリの方は興奮収まらないようでそわそわと卓の上に視線を這わせていた。

「出場して良かったじゃないか、あれだけ人前で踊れたら大したものだよ」

「とても恥ずかしかったですよ……、まだ手が震えてます」

 トムは喜んでいてくれたがスーグリにとっては人生で一番緊張した事で、二度と出たいとは思わなかった。

 結果は残念なことにアルステル姫には成れなかったが、それでも最後にスーグリが呼ばれた時は皆から大きな拍手を貰うことは出来た。

「いやあ、姉ちゃんの演舞は楽しかったよ、これは奢りだ飲んでくれ」

 隣のおじさんから果汁酒の小樽の差し入れをしてくれたり、道行く人からは通り過ぎる際に、

「とても可愛かったわよ」

「俺は君に拍手をしたんだがねぇ、惜しかったね」

 と、途切れることなくねぎらいの言葉を掛けられていた。

「これで明日からは有名人だな」

「トムさん、止めてくださいよ、外を歩けなくなっちゃう……、出るだけって言ってたのに剣舞までさせられて……はあぁ」

 アルステル姫に選ばれた女性はいまだに壇上で大勢の人に囲まれていた。

 賞品のドレスに着替え輝くティアラを頭に乗せた姿は、一国のお姫様のように美しかった。

(あんな綺麗なドレス、一度でもいいから着てみたいなぁ……)

 姫になるつもりはなかったが、女の子としては一度は夢見た華やかなドレスに身を包み、貴婦人のような優雅な佇まいで歩いてみたかったという想いはあり、見惚れているスーグリを見ていたトムは、やはり女の子だなという感じで笑みを浮かべながら肉にありついていた。

(彼女のためと思って無理に出させてしまったが、頑張ったご褒美に今度服でも買ってあげるかな)

 すっかり暗くなった通りにはかがり火が焚かれ、夜の賑わいに変わっていた。

 屋台には人が集まり酒の声がそこいらから聞こえてきて、大人の時間が始まっていた。

 そうなれば先程の大会の後で男達の興奮も上がっているのが見て分かり、酔っ払った人がスーグリに絡んでくるといけないと食事を済ませると、早々に宿に戻っていった。

「ゆっくりと見て回ることも出来なかったな、今日はあんな催しがあるとは知らなかった」

「ふう……外に出て余計疲れちゃった」

 宿に帰ってきたスーグリは、部屋の静けさにやっと心落ち着く場所に戻って来られたとほっとした。

 しかしスーグリにとっての明日からの日々が、いつも過ごしていた町とは全く様変わりしていようとは彼女は知る由もなかった。

 次の日に買い物にでかけた時、いきなり声を掛けられた。

「スーグリちゃんだろ、君の演舞は素晴らしかったよ」

 まるで知らない青年がにこやかにスーグリに話しかけてくる。

「……あっ、有難うございます」

 昨日の剣舞を見た人なのかと思いお礼を言うと、青年が迫ってきた。

「もしよかったらお話しようよ、もっと君のことが知りたいんだ」

「え……でも、買い物があるし……」

 それでも青年は近付いてきて手を掴まれたスーグリは、相手に危険を感じて手を振り払い、そのままスーグリは何も言わずに一目散に走り出して逃げた。

 後ろを振り返り青年が追って来ていないのを確認したが、怖くなったので宿まで足を止めずに走り続けた。

 宿に戻ってトムに事情を説明すると、渋い顔をして、

「じゃあ明日からは外に行くなら俺も一緒に付き合うよ、今日はもう部屋で静かにしておきなよ、それと槍も持って歩くようにしないといけないな」

「ううっ、あんなのに出なきゃよかった……」

(出ただけの私でこんな目に合うんだから、アルステル姫になった人は……)

 出場した女性が皆、スーグリのように人見知りだというのではなく、この町で有名に成りたい良い男を見つけ出したいと、想いは邪であれアルステルの姫になろうというからには、それなりに自己顕示欲が強くないと自分から出ようとは思わないだろう。

 それは彼女達の出で立ちからはっきりと滲み出ていたのがその証拠であった。

 何れにしろ名を通してしまったスーグリにはあの大会をなかった事には出来ず、一夜にして一変してしまったアルステルで、歩いていれば誰からともなく声をかけられる有名人に図らずもなってしまったのである。

 彼女は降り積もった雪が暖かくなれば消えていくように、盛り上がりも時間が経てば注目されなくなるだろうと信じるしかなかった。

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