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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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16 森の民

 ポンポンッと頬を叩かれてマルティアーゼが目覚めると、見知らぬ子供が笑って見つめていた。

 屈託のない笑顔で驚いてはいたが恐怖はなかった。

「貴方は誰、どこから来たの、トムは……」

 横目で見ると寝息をたてて隣で眠っているトムの姿を見つけた。

 上体を起こして改めて子供を見るとマルティアーゼと歳の近そうな女の子で、ざんばら頭に服装はなめしただけの革を肌の上に直接着ていて、胸と腰を隠しているだけだった。

 顔は薄汚れていていたが、笑顔には苦労を感じていない豊かさがあった。

「こんな所で寝ていたらガブに食べられちゃうよ」

「ガブ?」

「うん、そうだよこの森に住んでる大きな猛獣、見つかったら中々逃げることは出来ないんだからね、どうしてこんな所で寝ているの?」

 起き上がったマルティアーゼが少女に向きあうと、

「私達は船で嵐に遭って海岸に流されてしまったのよ、町を探してここまで歩いてきたのよ」

 マルティアーゼは説明した。

「ふうん、でも町なんてこの辺りにはないわよ、もっとずっと西に行かないとね、でも運が良かったね、私は木の実拾いに来ていて偶々見つけたんだから」

「一人で? さっきガブって猛獣がいるって言ってたのに大丈夫なの?」

 彼女は笑うと大きく頷いた。

「ここは私には庭みたいなものよ、ガブの習性もよく知ってるし襲われたときの対処だってちゃんと知ってるんだから、でも貴方たちは知らないから襲われたら食べられちゃうわ」

「ここは何処なの?」

「ここ……は、かぁ、一応ミーハマットの国らしいけど、ここにはミーハマットの兵士も来ないし町だってない場所よ、この森は私達の森、例え勝手に国だと言われても私達には関係ない事よ」

 彼女は苦々しく歯ぎしりをしながら答えた。

「私達……って事は他にも誰かがいるの?」

「この森には私の村があるのよ、他には誰も住んでいないわ」

「それならお願いがあるのだけれど……少しで良いのよ、水と食糧を分けて貰えないかしら、船が転覆して持っていた荷物を全て無くしてしまったの」

「構わないよ、水なら沢山あるしご飯ぐらい食べさせてあげるさ、取りあえずこれを食べなよ」

 彼女は持っていた袋から赤い果物を渡してくれた。

「有り難う……私はマール、こっちはトムよ、起きてトム」

 マルティアーゼがトムを揺り起こした。

「私はカルエよ、よろし……きゃあ」

 目が覚めたトムが目を開けると、見知らぬ人物がマルティアーゼの側にいるのを見つけて、慌ててカルエを蹴飛ばしてマルティアーゼから引きはがした。

「貴様何者だ」

「止めなさいトム!」

 咄嗟にマルティアーゼがトムを制止する。

「彼女は私達がここで寝ていると危険だと知らせに来てくれたの、失礼よ」

「いてて……けんかっ早いんだね」

 転んだカルエが仰向けになって倒れていた。

「御免なさい……そういう人ではないのよ、私を守ろうとしてくれただけなのよ、許して頂戴」

 マルティアーゼがカルエに謝った。

「…………はっ、いえひ……マールさんが謝ることはないです、私が悪かった、目覚めたら知らない人がいたもので……申し訳無い」

 トムがカルエに頭を下げる。

「わかったよ許してあげるよ、でもせめて相手を見極めてから蹴って欲しいな、これでも私は女なんだからね」

 カルエが腕をさすりながら答えた。

「……申し訳無かった」

「本当御免なさいね、彼女はカルエよ、村で水と食べ物を分けてくれるらしいわ、有り難いわ」

 トムとカルエから貰った果物で喉と腹を満たすと、二人は彼女に連れられて森の奥深くへと進んでいく。

 カルエは腰に付けた鈴をチリンチリンと森を響かせながら、力強い足取りでどんどん進んでいくので、二人は置いていかれないように必死に後を付いて行くのに精一杯だった。

「この森は明るい死の森って言うんだよ、ガブが獲物を食べるときに笑っているような声を出すんだよ、だから明るい死の森って付けられてるのよ」

 先頭を行くカルエは息も乱さず平然と説明しながら歩いていた。

 先に見えてきた開けた場所には、木で造られた家が密集して建っている集落が見えた。

「あそこだよ」

 歩き出して半日近く、開けた土地に頭上から日の光が差し込んできたのを見て、自分達がどのくらい長く森を歩いていたのかに気づいた。

「こんな奥深くに村があるのね」

 村の人達は一応は文化の交流があるのだろう、大人は町の人が着ている服装だったが、子供達はカルエと同じような革の服装を着ていて村の中をはしゃぎ回っている。

 建物は全て地面から高く離して建てられていて、足場の柱には動物よけの返しの板が設けられている。

 床の下はひんやりとした風が通り過ぎて、日中でも家の中は過ごしやすくなっていた。

 助かったのだと感嘆の声を上げたくても喉が渇いて唾さえも出てこなくて、荒い息を吐いているとカルエが大人を連れて家から出てきた。

「これ飲みなよ、それとこれを食べな」

 カルエから差し出された水と食べ物を受け取り、トムと分けて喉を潤すとお礼を言った。

「私はカルエの父親のジルバだ、娘から話は聞いたよ、森で寝ていたんだってね、あんな所で良く一夜を過ごせたものだね、助かって良かった、今日はゆっくりこの村で泊まってくれればいい、何も無いがここならガブもやってこないから心配はいらないよ」

 長い髪に額を紐で縛っているジルバは、浅黒く彫りが深い顔ではあったが優しい目をしていたが、全体的に見た目も若そうで皺のない肌に力溢れる屈強な男性に見えた。

「有り難う、おかげで助かったわ、これを」

 飲み干した水袋をカルエに返す。

「水ならまだいっぱいあるから欲しけりゃ言ってよ」

「ええ、有り難う、もう喉も潤ったわ、おかげで生き返ったみたいに力が沸いてきたわ」

 マルティアーゼがにこりと笑った。

「マールは綺麗な顔をしてるね、御姫様みたい」

「そうかしら?」

「マールみたいな綺麗な白い肌なんて見たことないよ」

 カルエがマルティアーゼの顔や腕を撫で回して、マルティアーゼはくすぐったそうに笑った。

「そうだ父様、ジンの家は誰も使ってなかったよね、あそこで泊まって貰おうよ」

「ふむ、そうだな、じゃあ案内してあげなさい」

 カルエに手を引かれて連れて行かされた家は空き家で、ここの主人のジンという人はガブにやられて亡くなってから長い間、誰も使っていなかったそうだった。

「何もないけど少なくとも安心して寝られるでしょ、あとで寝る敷物を持ってくるね、飯は私の家で一緒に食べればいいよ」

「ご厚意に甘えるわね、少し疲れたみたいだから寝かせて貰うわ、有り難う」

 マルティアーゼは健気に頑張って顔色を変えずにいたが、空腹と長時間の歩きでかなり疲れていたようだった。

 喉と空腹が満たされると一気に疲れが襲ってきたみたいで、目はとろんと今にも倒れそうにしていた。

 カルエが床に敷く絨毯を持ってきたときには、既にマルティアーゼとトムは寝息を立てて熟睡していたので、カルエはマルティアーゼの側に絨毯を置いてそっと家を後にした。

 いつまで寝ていたのか起きたときは周りに明かりもなく、暗い中に窓から見える星空に気づいてここは家の中だったことを思い出した。

 隣のトムの姿は見えなかったが、微かに聞こえる寝息で彼が熟睡しているのが分かる。

(頭がいたいわ、固い床で寝てたから……、腕も痺れてる)

 マルティアーゼは星空が見える場所の壁にもたれると、静かに空を見上げた。

 ぼんやりする頭の中で光点を探していた。

(綺麗ね、雲がないから小さな星もよく見えるわ……、ここからでも城と同じような星が見えるのね、城を出てから何日が経ったかしら……十日? いえ二十日は経ったかしら、城では大騒ぎになってるでしょうね、私がいなくなって皆はどう思ってるのかしら、お父様やお母様は心配しているでしょうね、お姉様は……私の事がお嫌いだから喜んでいるかも知れないわね、他に私の事を思ってくれてる人は……いえ、こんな事を考える事自体厚かましいわね、勝手に国を出た者を心配する人なんかいないわ)

 目を瞑ると本当はローザンの自分の部屋にいて、国を抜け出したのは只の妄想、夢の中で思い描いた外の世界を見ているのではと実感が伝わってこない。

 しかし、ゆっくりと目を開けると暗闇の小さな部屋に、床に座った自分がそこにいることで現実に引き戻される。

(今になって自分はいけないことをしてしまった事の大きさが胸の奥から沸いてくるようだわ、親に心配させるなんて事がこんなにも重く感じるのね、でも親の顔色を伺いながら生きていくのも私には我慢がならない、お姉様の言ってたとおりなのかもしれない、あそこに居ては駄目だったのよ、ああ…どうして私は市井に生まれてこなかったのかしら、自分の生きたい道を選び自分の足で歩いて行きたかっただけなのに……)

 言いしれぬ背徳感に襲われ、今更ながらどれだけ国が大騒ぎになっているのか、考えるだけで身震いを覚えた。

 両腕で自分の体を抱きしめ身を縮めながら、マルティアーゼは夜中に一人不安を感じながら過ごしていた。

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